第28話 力の意味


 周囲に、獣とも人ともわからない叫び声が響く。

 声の主は、何かが集まり固まって出来上がった魔物。

 全身が黒く、目が陽光の下でも爛々と赤く輝いている。


 相手との距離は、全力で走ればすぐに、と言ったぐらい。


「こいつは、なかなかだな」


「かなり大きいですね……でも今なら!」


 フェリシアの言うように、相手の動きは鈍い。

 先ほどは大きく吼えたが、それだけだ。


 傷が素早くふさがるように、徐々に全身が形をはっきりさせていく。


「敢えて近づくのも、な」


「じゃあ自分は弓で……刺さりやすねえ」


「肉体があるようで、ないのではないか?」


 斬撃を飛ばし、様子を見る。

 俺の攻撃に付き従うように矢が放たれ、根元まで突き刺さるのが見えた。


 なるほど、アルフ爺さんの言うように見えてる肉体は肉体ではないのかもしれない。


「なら私が! 燃え……上がれ!」


 俺と魔力の光で、つながったままのフェリシア。

 そんな彼女の手にする杖から、両手いっぱい広げたような大きさの炎が飛んでいく。


 人が全力で走るぐらいの速さで飛んだそれは、魔物に当たると同時に爆発を起こした。

 魔物の悲鳴だろう叫び声が爆風の向こう側で聞こえた。

 こちらにも砂煙が襲い掛かってくるほどの威力に、さすがに驚く。


「わぷっ!? すいません、ケホッ。思ったより威力が高くて」


「ヴィル殿とつながってるせいじゃろう。お互いに高めあう、そんな魔法のはずじゃよ」


 彼女自身も予想外の威力だったらしい。

 となると、効果は期待できる。


 果たして、白煙の向こう側には大きく体を削られた魔物がいた。

 四つ足の獣が、無理やり立っていたような姿。

 その右半身が、赤く焼け焦げている。


「これなら、と行きたがったがそうもいかんか。来るぞっ!」


「あそこから再生を!?」


 宝剣を構えなおし、数歩前に。

 相手からのプレッシャーを逆にはねのけるべく、気合を入れる。


 爆風とは違う風が、周囲に吹き荒れた。

 瞬く間に半身の再生を果たした魔物が放ったものだ。


「飛び散った肉片が別個に動き出すかもしれんっ!」


「了解でさあ!」


「二人は本命に集中せい」


 斬撃による攻撃が、逆効果かもしれない。

 そう感じた俺は、見上げるほどの体躯である魔物に接近戦を仕掛ける。


 言わずとも、少し後ろにフェリシアが付いてくるのを感じながら、相手の動きを見る。

 先ほどより、確実に体つきがしっかりしている。

 毛皮か鱗かわからないぬめっとした姿が、どこかまがまがしい。


 1対の瞳が、俺に向けられ……相手の右腕が素早く上空から振り下ろされた。


「なかなか速い!」


 相手の右側に回り込むように回避しつつ、その威力を確かめる。

 俺の胴体ほどはある腕の太さから繰り出される打撃は、十分俺を殺しうるだろう。


 もちろん、直撃したらの話である。

 ただの兵士であれば苦戦するだろうが、宝剣を握る俺の相手になるかは疑問だ。


「まずは一撃! 通る、なら!」


 伸びきった形の相手の腕に、宝剣をたたきつけるようにして一撃。

 半ばまで切り裂いた腕が垂れ下がる。


 剣が通用するのを確認し、もう数歩踏み込んでさらに肩口に近いところを切りつける。


「赤き力、降り注げ!」


 背中に感じる熱気。

 横に飛べば、フェリシアの放った小さな火槍たちが魔物の腕に雨のように降り注ぐ。


 先ほどの再現のように、焼けこげる魔物の体。

 痛みはあるのか、響き渡る悲鳴。

 その隙をついて、宝剣を光らせたまま足のあたりを切りつけた。


 フェリシアの使う魔法の1つ、浄化。

 結界にも、瘴気に侵された諸々を浄化することにも使える便利で希少な魔法。


 その光と、宝剣の光がよく似ていると気が付き、試してみたのだ。


「やはり、これなら行ける」


「お兄様、肉片から小さい魔物が!」


 言われ、周囲を見ると犬猫ほどの大きさの黒い魔物が誕生していた。

 それらも民には十分驚異だろうが、この場にいる戦士2人には問題ない。


 弓から手斧に持ち替えたボルクス、どこか雰囲気を感じさせる細剣を持つアルフ爺さん。

 2人が動き出すのを見つつ、本命の魔物に集中すべく向き直る。


 相手はうめき声をあげ、再生しようとしているようだが……。


「フェリシア、魔法を火から切り替えてくれ」


「やはり、普通の魔物ではないのですね」


 頷き、宝剣の光を強くするように念じる。

 暗闇が照らされるように、宝剣の光が魔物を照らし、後ろに下がったのが見えた。

 口だろう部分から、瘴気がよだれの様に零れ落ちていく。


「どうやら、欲しいものでもあり、嫌なものでもあるらしい」


「なら、これで!」


 瘴気の泉を浄化した時のように、彼女の周囲に光が広がっていく。

 それを追い風にしながら、一気に魔物へと突撃。


 追い詰められた状態なのか、暴れる魔物の攻撃をかいくぐり至近距離へ。


 そこまで来ると、自分にも力の中心が感じ取れた。


「古の力よ、眠るといい」


 ちょうど体の中心部に、力の引っ掛かりを感じた。

 そこへ宝剣を突き出し、光を注ぐように集中。


 黒を、白が染め上げるという不思議な光景が生まれ、普通ならありえない光景が広がる。

 突き出した宝剣が刺さった場所が、背中側まで突き抜けるように大きな穴となったのだ。


 そこから光は広がり、魔物はチリの様に消えていった。

 叫び声が、徐々に小さくなり、やがて途切れる。


「やりましたね、お兄様」


「……ああ」


 高揚した彼女の声にも、どうしてもあいまいな返事になってしまった。

 魔物にとどめを刺す瞬間、声が聞こえた気がしたのだ。


 悪い感じではなく、優しくも力強い声。

 それはまるで、相手を憂う声のようであった。


「お兄様?」


「いや、何でもない。少々不気味な相手だったからな。疲れた」


 疑問の問いかけに、ごまかすように告げてボルクスたちのほうを向く。

 2人も、無事に戦いを終えてこちらに歩いてくるところだった。




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