第19話 戦場の形
いざ最初の戦場へ。
そう身構えて向かったものの、ホールは予想を超えて明るい雰囲気で満ちていた。
さすがに大きな笑い声がとはいかないが、暗い様子ではない。
(自分たちもそうだが、普通に武装が許されているというのは……どうなのだ?)
一応、兵士たちにより暗器の類が無いかといった確認はされたが、それだけだ。
貴族らしい面々に、当たり前のように、武装した人間が付き従っている。
貴族たち自身も、半数は立派な鎧姿だ。
もっとも、戦える姿かというと微妙なところだが。
「自分には縁がありやせんでしたが、若……こいつは……」
「文武両道、それは建前とするつもりはないということだろう」
こちらにいくつもの視線が向き、また散っていく。
従者がボルクス1人という姿なのだか、当然かもしれない。
そんな中でも、2人の男たちが近づいてくる。
どちらも、鎧に着られていない姿だ。
「若いな。後継としての代理かな?」
「ええ。アレクシア男爵の後継予定、ヴィルと申します」
この国じゃ、自分の家は貴族層では一番下。
がっつりへりくだることはしなくても、相手が上だと考えて間違いない。
身分、爵位の差を使っての横暴は許されないが、そうでない部分はちゃんとせねば。
自身の評判は領、両親の評判となるのだから。
「ははは。そう下手に出ることはないよ。見てみたまえ」
「は? は……なるほど」
言われ、会場内を見渡し……納得する。
ほぼすべてのテーブルが円卓で、席順のようなものは見当たらない。
さすがに貴族当人と従者たちの関係は分かりやすいが、それ以外はさっぱりだ。
「ありがとうございます。おかげで恥をかかずにすみそうです」
「何、多少の下心はある。おっと、私はハルモニア家の者だ。君の父上のように息子に家督を譲るつもりでね。私の名前より、息子のほうを覚えてもらいたいところだ」
やはりというかなんというか、もっと上の方々は奥に見える男たちのようだ。
家柄による配置順はないにしても、自然とというわけだ。
「これが私の息子だ。ギニアス、こちらがあのアレクシアの息子さんだそうだ」
「噂通りの戦士のようで。ギニアスです。どうぞよろしく」
「どんな噂か少々気になりますが、弱いというつもりもありません。よろしく」
少なくとも、この2人戦えそうである。
帝国の始まりである初代が、とある半島付近から成しあがった戦士というのが関係しているのかもしれない。
話している間にも、給仕たちが忙しそうに走り回っている。
壁際に近いこちらにもオーダーを聞きにやってくる……んん?
「お飲み物はいかがされますか?」
「ああ、酒精の無いものを……これも何かの試験かな? さすがにここで本物ということはないだろうが」
近づいてくる給仕から飲み物を受け取るふりをして、その手をしっかりとつかむ。
回りに気づかれないよう、お盆に隠れるようにして、だ。
そのまま小声でささやくように問いかけると、男はなぜか満足そうにうなずいた。
俺たちにだけ見えるように、お盆が持ち上げられる。
隠れていた手には短剣が握られていた。
ボルクス、そしてハルモニア家の親子はひどく驚いた様子。
刃はつぶれていて先に何か塗られている。
(毒、いや……塗料、だろうか?)
「お気づきになりましたか。これも陛下の指示なのです。気が付かないものは鍛える必要あり、と。ああ、気が付く人間と共にいることも運の内、ということでお二方は大丈夫ですよ。こちらを胸元に」
身分の差を気にしない物言いに、一瞬ボルクスの顔色が変わるが、すぐに戻った。
どうやら俺と同じで、そういう場だと認識したらしい。
あるいは、給仕のフリをした立場ある人間、なのかもしれない。
そうこうしてるうちに、給仕から、人数分のバッジが手渡される。
俺のだけは色が違う。
「必ずつけておいてください。後、ほかの参加者に伝えることのないようにお願いします。何もなしで気が付けるか、防げる環境にいられるかが重要ですので。それでは」
そう言って、音もなく給仕は去って行った。
見れば、何人かの貴族たちの服や鎧には明らかにそれらしい汚れがついている。
「さっそく、噂の実力に助けられたようだな」
「偶然です。お二人であれば気が付けたと思いますよ。殺気というか、妙な気配を私にぶつけてきたので気が付けた次第です」
剣は交えていないが、2人とも十分戦士として戦える力を持っているように感じる。
逆に、ボルクスだとやりすぎてしまうかもしれない。
俺を護衛するという役目があるから、だ。
「若、ここは魔境ですかい?」
「かもしれんな。ふふ、面白くなってきた」
前陛下の葬儀、その関係ということで喜ばしいことではない。
しかし、新しい皇帝はこの状況すら利用して国の先に役立つ人材を見極めようとしている。
とても、俺好みだ。
ふと、ホールがにわかに騒がしくなる。
顔を向ければ、今いるホールの奥、メインホールへと入場が始まったようだ。
さすがに従者たちはここまで、あとは貴族たちだけとなる。
俺も、宝剣の鞘を固定しなおし、ゆっくりと進む。
大きな扉をくぐった先は、先ほどのホールが小屋のように感じる見事な空間だった。
いつの間にか運び込まれた献上品の数々。
それらに負けじと輝きを放つ見事な祭壇。
一番目立つところにあるのは、前陛下の遺影……ではなく、生前の装備だろうか?
傷が歴戦を物語る、立派な全身鎧だった。
(あれが……)
そんな祭壇前に立つ立派な鎧姿の男性。
雰囲気から、わかる。
この方が新たな陛下だ。
無言でこちらを見ているだけなのに、品定めされている気分だ。
「初顔もいるだろうな、ジェラルドだ。今日は父の葬儀に、良く集まってくれた」
かしこまった言い方は好まないのか、短い挨拶が続く。
母方の先祖である英雄の名をつけた父の意志を引き継ぎ、より国を富ませると。
立派な演説のような挨拶が終わり、式典が始まる。
と言っても、順番に祈りを捧げていくものだ。
新たな王を支えることを宣言することを含めた、独特の雰囲気。
長いような短い時間が過ぎていく。
「父も静かすぎる送り出しは望むまい。給仕よりバッジを受け取った物、前に」
突然の呼びかけ。
その言葉に従い、前に歩みを進めたのは全体でいうとかなり少数だった。
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