第10話 命を奪うということ


 瘴気の泉。


 規模や深さ、その闇の濃さで様々な違いがある。

 共通しているのは、魔物を生み出すよどみということだ。


 小さい物なら、こうしてゴブリンを時折程度だが……。

 どこに出現するかは決まっておらず、厄介な話である。


「少し、大きい気がするな」


「そうなのですか? 私、見るのは初めてです」


 だろうなと答えつつ、荷物を探る。

 確か……あった。


「それは、お水ですよね?」


「ああ。月光にだけさらし、魔力を注いだ特別製だ。教会の聖水や浄化の……ああ、しまったな。フェリシアなら一発だ」


 一発とは言ってみたものの、実際どこまでやれるかは未知だ。

 俺の場合、魔物にどこまで剣が通じるかわからないように、彼女の力も計っておきたい。


「やってみます。アンデッドは古いお墓へのお参りで遭遇したことはあるんですけどね……」


 厳密には、天へと還す浄化と、今から行うものは質が違うのだとは思う。

 それでも、効果なしということはないはずだ。

 英雄の1人、癒しと光の力を持った聖女の血縁でなければ使えない浄化魔法なら……な。


「ねじれたよどみを……正しき姿に!」


 小声で、それでも力強い言葉が放たれ、それは力となる。

 魔力が見えているのか、実際に光を放っているのかわからない布のようなものが飛んでいく。


 そして、それは瘴気の泉に覆いかぶさるように舞い降り、弾けた。


「成功、か?」


「だと思います。泉は消えましたし。あんな風になるんですね」


 砕けるように弾けたから、失敗かと思ったが、そうではないらしい。

 一瞬見えた感じだと、無数の白い光と黒い光がくっつくように消えていったようだ。

 つまり、冷たい水にお湯を入れて混ぜるような感じだろうか?


「なるほど。そうかもしれませんね。要研究です」


 自分の勝手な仮説を伝えてみると、ひとまずは納得したようだった。

 俺も、本当のところはわからないが使えるならそれでいい。


「思ったより早く片付いたな。少し、狩りをしてから戻ろう。村人にも、こういうことができるぐらいには平和になったと知らせることができる」


「狩りですか、何を?」


 きっと、狩りなんてことはしたことがないのであろうフェリシア。

 そんな彼女に、実際の狩りを見せてやるのもいいかもしれない。


 そう考えたわけだが、俺の場合は少し狩人とは違うからな。


「少し離れて探そう。見つけた相手が獲物だ。鳥か……鹿か、熊はいないとは思うが」


 足元に気を付けつつついてくるように告げ、遠回りをしながら村に向かう。


 しばらくすると、周囲に動物の気配が戻ってくるのを感じた。

 そのざわめきのようなものを感じたのか、フェリシアも周囲をきょろきょろとみている。


「それが命の気配ってやつだろうな。魔力でも見てみたらどうだ?」


「……本当です。何もいないと思ったのに、あっちにも、こっちにも!」


 はしゃぐ姿は、領地で見る子供のよう。

 普段のすましたような姿や、教育を受けたなと感じさせる淑女然とした様子も悪くはない。

 こうして、表情をころころ変える姿は、見ているこちらも心地良い。


「大型の獣は処理が大変だからな……よし、あのウサギにしよう」


 言って、鉄剣に軽く魔力を籠め、斬撃を飛ばした。

 ほぼ攻撃魔法のようなものらしい、飛ぶ斬撃。

 矢のように音がしないらしく、ウサギも気が付かない。


 さくっと首を落とされるウサギに、上手くいったと微笑む。

 が、すぐ横でそれを目撃してしまったらしいフェリシアは少し引いていた。


「旅をするなら、こういうことも当然……わかってそうだから、これ以上は言わんが」


「ええ、はい。お兄様の言う通りです。普段いただいてる食材も、こうして命を奪ってるわけですから」


 少し声が硬いが、納得はできたようだ。

 そのまま歩きだし、俺が止める前にウサギの足を握り、ひっくり返した。


「処理の仕方、教えてくださいな」


「それは構わんが。戻ったら、服を洗うぞ」


 真剣すぎて、血が付いたことにも気が付いてなさそうだった。

 その後も少しばたばたしつつ、数羽のウサギを仕留め、村に。


 ちょうど、馬車の整備をしてるらしいボルクスがこちらに気が付いた。


「ご無事で、若」


「ああ、問題ない。爺さんは?」


「こっちじゃよ」


 反対側でボルクスの手伝いをしてくれていたらしいアルフ爺さん。

 にじむ汗からすると、結構動いたようだな。


「孫を傷物にしたんなら、責任は取ってほしいが」


「お爺様っ!?」


「ウサギだウサギ。狩りをして帰ってきた」


 フェリシアの服が血で汚れてるのを見てのことか、飛んできた冗談。

 からかうような声音に、フェリシアも真っ赤になる。


 近くにいた村人も巻き込んで、しばし笑い声が響くのだった。





 

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