第9話 命の対価
「前方右に4、詠唱準備。火矢でいい」
「わかりました。いつでも」
緊張を帯びたフェリシアの声を背に、さらに気配を探る。
相手はそう強くないだろうが、刃が刺されば人は死ぬ。
それが、悪人が持ったものであろうと、善人が持ったものであろうと。
油断することと、自分の力に自信を持つことは違うということだ。
「放てっ!」
「赤き力、貫けっ!」
木陰から出てきた異形に、背後から火矢が飛ぶ。
一回の詠唱で、5本ほどの火矢が出せるのは驚きだ。
力を感じるとは思っていたが、やはり……かなりの使い手だ。
木箱を投げつけたような音が響き渡り、見えた異形──ゴブリンが火に包まれた。
瘴気だまりから生まれるという魔物、ゴブリン。
背丈は大人の太ももぐらいまでだが、逆に倒しにくい相手でもある。
「1匹、端のがもれましたっ」
「問題ない」
言いながら、空いている左手でナイフを放つ。
威力はともかく、当たることを考えて修練した左手での投擲。
それは狙い通りに、火矢の直撃を受けなかったゴブリンの胸元に吸い込まれる。
「目標沈黙。討伐と認む、と。気配もない。大丈夫そうだ」
「ふは……緊張しました。お兄様はずっとこういうことを?」
「そうだな。地元では魔物は珍しくない。兵士がほとんどは相手をするが、大物は俺が出ることもある。その意味では、時折か」
宝剣どころか、鉄剣の出番もなかったが、それならその方がいい。
近接戦闘は、こちらの被害が生じることも増える戦い方だからな。
「お強いのに、ああも真剣に?」
偶然か、それとも別の理由か。
先ほどまで、自分が考えていたこと、そのままが彼女の口から出てきたことに内心驚く。
「フェリシアは料理はするのか?」
「? ええ、それなりに。お爺様はあまりご自分で身の回りのことはできませんので」
「なら、手慣れたものを作るとき、悪い手抜きはしないだろう?」
「そうですね。時間短縮の小技は使ったりしますが……ああ、なるほど」
安全のため、その確認は怠りませんね、とつぶやきが続く。
その言葉に満足し、頷いて見せる。
「お爺様や家族は、この国の兵士は考えるより殴る方が早いという者ばかりだと……噂はあてになりませんね」
「俺も、考えるよりは戦う方が好きだ。かといって、何も考えないわけではないのさ」
一応倒したゴブリンを確認するが、めぼしいものは持っていないし、売れる部位もない。
ただひたすらに、力尽きるまで奪い、むさぼる存在だ。
たまに、気まぐれかため込んでいることもあるが、大したものはない。
だからこそ、こうして討伐依頼が塩漬けになっていたのだろうが……。
「そう、そこです。お兄様は帝都までお金を稼ぎながらの旅なのですよね? なら、どうして?」
「ゴブリン程度なら、馬車ごとでも出てきても問題はないが……ボルクスと馬車をあの村に置いておくことで、情報を仕入れてもらうのさ。村人は金は出せない、依頼も儲けはない。となれば、命の対価として物か話ぐらいしか出せん。が、それでいい」
「……私には難しいです」
その必要はないように思うが、当人はそう思ってはいないようだ。
顔をうつ向かせ、少し落ち込んだ様子のフェリシア。
さすがに慰めるような年でもないので、気にすることではないと一声かけるだけにする。
それよりも、だ。まだ気になることがある。
「依頼からすると、まだいるはずだ。探すぞ」
「は、はいっ!」
村から1時間も歩いていない距離に、少なくないゴブリンが出る。
そのことは、まだ人間が平和に過ごすには時間がかかることを示している。
本当なら、国から補助金でも出して、討伐されるのが望ましいのだが……。
「悩ましい話だな」
「どうされました?」
「いや、どう見つけようかとな。ゴブリンやオークなどはうら若き乙女を好むというが……待て、そんなつもりはない。普通に歩いて探す」
思い出したことをそのまま口にしたせいで、フェリシアには引かれてしまった。
慌てて弁明しつつ、ゴブリンの気配を探る。
先ほど探った際には、近くに感じられなかったので距離があるはずだ。
「む? この手が行けるか? フェリシア」
「なんでしょう」
少し硬い声、先ほどのことが尾を引いているのか。
やはりこの年頃はよくわからん。
「周囲の魔力を探すことはできるか? 具体的には、ゴブリンが出てきそうな瘴気の気配を、だが」
「なるほどっ! やってみます!」
自分にできることがある、そのことがうれしいのか笑顔になったフェリシア。
杖を構え、集中し始める姿は、それだけならすでに歴戦の姿。
気配自体は、母上を思い出す力強さだ。
俺の目にも、彼女から魔力が無数の糸となって伸びていくのが見える。
「……っ! ありました。こっちです」
彼女が指し示す方向に、鉄剣を構えて進む。
そして、しばらくすると俺にもその気配が感じられた。
「俺の気配探知と、フェリシアの魔力探知。両方使えば今後も楽そうだ」
「お任せください」
向き合い、笑いあう。
頷き、前を向けば彼女も真剣な姿に。
木々をうまく使い、進んだ先には……泉。
黒くよどみ、ゴブリンがまるで水浴びのように浸かる光景があった。
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