第8話 星降る夜の語らい



 星の瞬く夜。


 周囲は昼間とは全く違う姿を見せる。

 俺は一人、焚火のそばで夜の番をしていた。


 しっかりした天幕の1つでもと思われるかもしれないが、それはフェリシアたちに使わせている。

 ボルクスは、御者台に毛布を持ち込んで寝転んでいた。


(2人を信用しないわけではないが、馬車の中で寝てもらうわけにもな)


 さすがに、陛下へ向けた献上品らが入ったところで寝泊まりしてもらうわけにもいかない。

 移動中は、仕方ないとは思うがね。


「俺ぐらい野営に慣れた貴族はなかなかいないだろうな……」


 言いながら、眠気覚ましの茶を煮立てる。

 母が、こういうのが好きなのだ。

 昔……お屋敷でよく野草をもとに栽培していたらしい。


(それが領主印なんて銘柄で特産品になるとは、わからないもんだ)


 故郷の名前でもあり、家名でもあるアレクシア。

 名もなき土地だったそこを、父は母とともに一気に開拓した。


 正確には、住まう魔物たちを一掃し、開拓した分の半分は与えるとして人を呼び込んだのだ。

 多くの土地から、人々が集まり……当然悪意ある人間も集まった。


 結果として、両親はそれらの悪行を裁き、人が集まる。

 ただそれでも、裕福とはいかない土地柄だった。


 南には山脈が連なり、自然と人間の領域はここまでだと言わんばかり。

 そこから時折降りてくる魔物たちを、撃退していく最前線でもあった。


 かつては、その先まで人類が到達していたと聞く。

 運が良ければ、当時の遺跡が見つかるというのも人が集まる理由だった。


(弟たちも、自由に生きると言いながら……領内にいるっぽいしな)


 多分、自分たちなりに貢献しようと探索者の真似事でもしてるのだと思う。

 自分に似た戦士がいると聞いたことがあるからだ。


「無事ならばよし、そういう家族もあるか……寝られないのか?」


「あ、見つかっちゃいました」


 さすがに少女1人の気配ぐらい、すぐに感じられなくては魔物とは戦えない。

 薄着のフェリシアを手招きし、火にあたらせる。


「暖かいです……」


「うむ。茶……はますます寝られなくなるからな、白湯でいいか?」


 予備のコップにお湯を注ぎ、片手をその上に添え……魔力を集中させる。


「氷、ですか? 器用なんですね」


「そうでもない。剣が無ければまともに放出もできんのさ。このぐらいが限界だ」


 俺には魔法の才能があまりない。

 魔法使いとして戦う上では、となるが。


 剣や斬撃を飛ばす、あるいは体の強化には十分使えるのだが、攻撃魔法は難しい。

 火種にしたり、こうして飲食時に使うぐらいだ。


「十分お強いですよ。帝都を探しても片手に入ると思います。お世辞じゃないですよ?」


「そうか。ありがたく受け取っておく。道中、何かあれば言うといい。高いものは無理だが、日用品を買うぐらいはできる」


 母からの教えをもとに、そんなことを口にしてから少し後悔した。

 フェリシアは、意外なものを見る目でこちらを見てきたからだ。


「俺のような男が気を使うのが意外か?」


「正直に言えば。お爺様はお爺様なので、ええ」


「孫は無責任にかわいがるものだというからな。そうもなろう」


 何か言いたそうな気配は感じるが、問い詰めるようなことはしない。

 彼女と爺さんは怪しいが、同行者でありそれ未満ではない。


 まだ少し熱かったのか、ふうふうと湯を冷まそうとする姿は、年相応の少女だった。


「俺はな……たまに夢を見る。輝く剣を手に、闇を払う夢だ。幼い頃は、読み聞かせの英雄のことだと思っていた。しかし……」


「違ったんですね。成長していく度に、おとぎ話のそれとは違うと」


 耳をくすぐるようなフェリシアの声が、熱を帯びた気がした。

 視線を向ければ、少し魔力が動いているように感じる。


「私も、そうです。お兄様のように……夢、夢なんでしょうか」


「さあな。ただの夢ではないのなら、そのうちわかるのではないか?」


 例えば両親は、お互いのことを運命の相手だった、なんて惚気る。

 恐らく、そういうことではないのだろうけども……。


「そう、ですね。ありがとうございます。なんだかほっとしました」


「俺は何もしていない。さあ、飲んだら横になってるといい。昼間は夜の分、ボルクスと一緒に警戒してもらうぞ」


 うるんだ瞳を向けられ、気恥ずかしくなった俺はそう話を打ち切った。



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