第4話 女王セミラミスとモブの霜川君

 霜川君は頑張った。ある時は水道の蛇口を捻ればそこから顔を出して帰還したし、ある時は総菜のトンカツの中に紛れ込んでもいた。カップ麺の中に潜んでいた時には危うく熱湯をかけてしまう所であった。しかし、我が魔術の産物とはいえ、どんな理屈でこんな帰還が可能になるのかは不可解である。


 霜川君で支払うこと十数回。やっと彼は樋口一葉の五千円札を連れ帰った。


「マスタートリニティ。今回は自信満々です」

「そうだな」

「お願いします。僕に彼女を作って下さい」

「わかった」


 浮かれて踊りそうになっている霜川君を正座させ、私は五千円札を広げる。その五千円札の肖像、樋口一葉をぺろりと舐め息を吹きかける。私の意識体の中に保存してあった疑似人格が五千円札へと移動する。


「君の名は?」

「セミラミスだ。何故、そなたの様な下賤な者がおるのか?」

「私は君の創造主である。神にも等しいのだが」

「そんな間抜け面で神を名乗るだと。片腹痛いわ」


 うむ。設定どおりの受け答えだが、少々生意気すぎるかもしれん。たかが五千円札なのに。


「まあ、私の事は置いておこう。君の隣にいる男、見た目は福沢諭吉の彼が君の配偶者だ。下賤な者の中でも極めて下賤な男だぞ」

「霜川憲といいます。セミラミスさんですね。けんちゃんと呼んで下さい」

「わかった。憲ちゃんに命ずる。肩を揉め」

「かしこまりました!」


 五千円札の肩を一万円札が揉んでいる。非常にシュールな図柄だが、この二人を上手く回すことで私は永遠に潤うのだ。


 ふふふふふ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る