第152話 姉と更科くんと救済ダンジョンへ行ってみる  後編

「お願いします! 私が一生働いてでも絶対に返しますから! どうか雪斗にも融資を受けさせて下さい!」

「条件に当てはまる方は融資を受ける権利があります。また、お住いの地域によって差はありますが、自治体からの補助金も出るでしょう。まずは、そちらの主治医と相談しましょう。できるだけ早く、どの等級のポーションで完治できるのかを専用の魔道具で診断してもらい、診断書を書いていただいて、融資の手続きを開始できるように……」

 遠くから、雪斗くんのお母さんと役人さんの話し合う声が漏れ聞こえてくる。必死に食らいついているって感じのお母さんと、淡々と必要事項を説明する役人さんのお堅い話し方が対称的だ。

(……雪斗くんの方が、千佳ちゃんよりも早く治療が受けられる事になったりして)

 まあ、雪斗くんの治療ができそうなのは俺も嬉しい。


「うちが先に手続きを始めたのに……」「いいじゃないか。千佳の友達が無事に治れば、おまえだって納得して、千佳の治療に合意できるだろう」「それはそうだけど……」

(……他人の子供を勝手に実験台扱いするの、止めて欲しい)

 漏れ聞こえてきた会話に、思わず遠い目になる。

 基礎レベルが上がった事で俺の聴力が良くなっているのと、気になって「聴覚強化」を使っているせいで遠くの会話が聞こえているのだから、自業自得なんだけどさ。

 この会話が子供達には聞こえないようにと祈りながらそちらを見ると、人形達が子供達の耳をうまく塞ぐ形に持っていったり、楽し気な音を立てて、あちらの会話が聞こえないように配慮してくれていた。

(グッジョブ! そのままうまく、その子達の気を逸らしておいてくれ!)

 俺は遠隔指示でこっそりと人形達を褒めておく。あと、子供達の気を逸らすのに何かいいものがないかとインベントリを漁って、これなら危なくない遊び道具にできるかと、低反発クッションを取り出した。これはエバさんやマレハさんにお礼として贈ったのと同じものだ。手触りが気に入ったので俺の分も一個追加で買ったのだ。

「きゃわ! おっきなクッション!」

「ふかふか~」

 子供達の反応も上々だ。両側から大きなクッションに抱き着いて、きゃっきゃと笑い声を上げている。


「あらそれ、買ったの?」

 姉の視線がクッションに向いている。

「そう、元々はお世話になった人へのお礼に贈る為に同じ物を買ったんだけど、触ってみたら俺も欲しくなってさ」

「確かにふかふかそうよね」

「ただいまー、おやつ買ってきたよっ。おお、クッション?」

 更科くんが屋台で買い出ししてきた食べ物を大量に抱えて戻ってきた。

「俺の私物だよ」

「そうなんだ。……ところで、子供達に勝手におやつあげる訳にはいかないよね? どっちの親も白熱してるから、おやつの許可を貰いに行くの、億劫だなあ」

「……俺が聞いてくるわ」

 更科くんと一緒に屋台まで買い出しに行っていた渡辺さんが、食べ物を俺達の近くに置いて、憂鬱そうな表情でそちらに向かっていく。



「この調子だと、俺達にできる事ってないような……。邪魔にならないように、適当なところで先に帰った方が良さそうな気がしない?」

 更科くんにこっそり訊いてみる。当初の予定は崩れに崩れ、もはや見る影もない。子供達の障害が無事に治るかどうかはとても気になるけれど、専門家の大人も沢山いるし、俺達のような未成年にできる事なんてなさそうな雰囲気だ。

「うーん。確かに、話し合いがここまでグダグダだと、救済ダンジョンの様子見どころじゃないかも……」

 更科くんもちょっと、これからどうするか悩んでいる。

「でもあたし達だって、子供達の遊び相手くらいならできるでしょ」

 俺達の会話が聞こえていた姉が、あっけらかんと言い放つのに、俺はなんだか妙に感心してしまった。

 そうだよな、子供達の遊び相手の為だけでも、まだここにいる価値はあるか。特に親の関心が別の事に向いている今は、子供達を近くで見ていられる人がいた方が良さそうだ。

 見逃していて気づけなかった事をさらっと指摘されて、姉が年上なのだと、当たり前の事を再確認した気持ちになった。


「……お姉さん、ありがとうございます。それとすみません。今回は俺の頼み事が原因で、変な事態に巻き込んでしまって」

 更科くんが姉に頭を下げて謝っている。彼が姉に対して敬語なのがなんか変な感じだ。でも俺ももし更科くんのお姉さんに会う機会があったら敬語になりそうだ。

「別に更科くんのせいじゃないでしょ。あと、あたしの名前は瑠璃葉だから! ちゃんと名前で呼びなさいよ」

「はい、瑠璃葉さん。それとぜひ後日改めて、お礼とお詫びをさせて下さい」

 更科くんはにっこり笑って、次の約束を取り付けようとしている。

(え、別に、純粋にお礼とお詫びだよね? まさか姉さんに、異性としての興味を持ったとかないよね?)

 更科くんの笑顔が妙に輝いている気がして、俺は微妙な気分になる。別に、彼が姉に異性としての興味を持ったからって邪魔するつもりはないけど、だからといって積極的に応援するには、ちょっとだけ複雑な気分になるというか。

 友達が自分の姉に恋……とまではいかなくても、憧れを持って接しているかもしれない場面に出くわしたら、そんな気分になるのも仕方なくない?


「別に、そんな気にしなくっていいわよ? あたしが気まぐれで、勝手に鴇矢についてきただけだし」

 姉はつんとした澄まし顔だ。まだちょっと余所行きの表情だな。意外と人見知りするところがあるのかも。

「鳴神くんと仲が良いんですね」

「べ、べっつに!? 普通よ、普通っ!」

 ここで姉の顔がちょっとだけ赤くなった。否定する語尾も強い。明らかに動揺している。……一つ年下の男の子に熱心に話しかけられている事よりも、弟と仲が良いと言われて照れているあたり、姉の方は更科くんに対して、恋愛的な意識は持っていないみたいだ。

(……自分には恋愛感情がなさそうって思ってる俺から見ても、この二人は結構わかりやすいな)

 そんなふうに二人のやりとりを眺めていたら、渡辺さんと一緒に雪斗くんのお母さんが戻ってきた。さっきまで役人さんに詰め寄ってたけど、ようやく少し気持ちが落ち着いたようだ。



 その後、みんなでおやつを食べた。スーツ姿の役人さんとか弁護士さんとかも一緒になって、芝生の上に直に座っておやつを食べるのは、何だかシュールな光景だった。

 結局その後も続いたグダグダな大人達の会話は、あんまりにも精神衛生上に悪いので、あえて聞かないように意識した。

 合計で一時間近くは子供達と一緒に遊んだかな。普段動けていなかった事もあって、体力が尽きるのが早かったのか、それともおやつを食べて満腹になったからか、一時間程で子供達がぐっすり眠ってしまったので、そこで解散となった。

 その一時間の間に、子供達はぎこちなくも少し歩けるくらいには、ここでの体の動かし方に慣れたのだ。順応が早い。それを見て、千佳ちゃんの両親も一応の納得を見せたので、融資の手続きはどうにか進められそうな気配である。

 雪斗くんの方も同じ融資を受けられる見込みがだって話だし、そこは良かったなと思う。

 同じ病院に入院している友達同士なら、病院経由で融資の話もいずれは伝わっていたかもしれないけど、こういうのは少しでも早い方がいいよな。

 渡辺さんが役人さんに「もっと制度の周知徹底を……」って真剣な様子で話していたのも聞こえたし、助けが必要な家族の元へ、ちゃんと制度の周知が届けばいいと思う。

(できれば借金じゃなくて、返さなくていい補助金みたいな制度があれば、もっといいんだろうけど)

 住人にお金を配給できるダンジョンと違って、日本の政治は国民の税金によって賄われている部分が多いのだから、そこまで望むのは望みすぎなのだろうか。

 それにさっき役人さんが、自治体で補助金が出るって言ってたし、ポーションの代金の全額ではなくても、補助金自体はちゃんと出ているようだ。



 気になったので家に帰ってからネットで調べてみたら、効果の高いポーションは数十億円もの高額で取引されている物まであった。保険で何割か負担があったり、自治体から一部の補助金が出るにせよ、それを返済しなければならないとなれば、そりゃあ即断即決とはいかないよな、と改めて思った。

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