第151話 姉と更科くんと救済ダンジョンへ行ってみる 中編
ゲートを潜って出てきた集団の中に見知った顔があった。少し離れた木陰から、空になったジュースのコップ片手にそれを発見する。
「あれ? 更科くんだけじゃなく、渡辺さんまでいる?」
集団でゲート移動してきた中に二人がいた。今日は渡辺さんは来ない予定だったんじゃなかったっけと首を捻ったけど、すぐにそれどころじゃないと気づいた。
すごい剣幕で隣の男性に何かを捲し立てている女性がいて、その女性を宥めるように話しかけては反論されている気弱そうな様子の男性が集団の中心にいたのだが、彼が押す車椅子に子供がいたのだ。そしてその子供が、自力で立とうとして車椅子の足置き場の上で、不安定な半立ち状態になっていたのである。
なのに車椅子を押している男性は隣の女性に気を取られていて、それに気づいていない。
「更科くん! 車椅子っ! 子供が立とうとしてる!!」
「えっ?」
焦った俺の叫びを聞いて、更科くんはまず俺の方を見て、それから慌てて車椅子の方を振り返った。渡辺さんもだ。
「あ! 危ないっ」
二人が慌てて車椅子に駆け寄る。俺の声に反応した周囲の大人達も一斉に駆け寄った。子供が立ち上がろうとしてバランスを崩して、車椅子が横倒しになりそうになった。それを渡辺さん達周囲の大人が間一髪で止めたのがほぼ同時だった。
「止まった! 良かった……っ」
「危ないわね、子供から目を離しちゃ駄目じゃない」
俺と姉が大きく安堵の息をついた。
「おー?」
俺達と一緒にいた男の子がそちらを見て、不思議そうに首を傾げた。
その後、車椅子に乗った子供をなんとかかんとか宥めて立ち上がらないように説得しながら、その集団がこちらに早足でやってくる。
「え、どうしよう。遅れてくるって言ってたのに、予定より早くない?」
「そもそも何で、こんな大勢なのよ。今日は友達一人だけって言ってなかった?」
俺と姉が揃って慌てる。今日は更科くんの頼みで、救済ダンジョンがどんなところかを三人で軽く見て回るだけの予定だったのだ。それが直前になって何かトラブルがあったらしく、急に遅れるという連絡が入ったと思ったら、今度は予定よりも前倒しで、集団での登場とか。……もう訳がわからない。
「ありがとう鳴神くん、気づいてくれて助かったよ!」
「ごめん、鳴神くん! 急に予定が変更になっちゃってっ! 俺が今日、先に様子見してきて、本番は後日って予定だったのに、ご両親がどうしても今日行くって言って、そのままゲートを潜っちゃって……っ」
渡辺さんと更科くんが、焦った様子で俺に早口に言い募る。
「千佳じゃんー!」
それとほぼ同時に、男の子が嬉しそうに声を上げて車椅子の女の子に呼びかけた。
「雪斗くん!」
車椅子に乗っていた女の子が、嬉しそうに歓声を上げて応えている。
「……あの。お知り合い、ですか?」
「え? ええ、この子と同じ病院に入院している子です」
俺は思わず、男の子の隣にいた母親を振り返って訊ねた。彼女も騒がしい集団がこちらに近づいてくるのに面食らっていた様子だったが、俺の問いかけに何とか頷いた。
「雪斗くん、ここだとわたし、動けるんだよ!」
「おー! おれもだ! ちょっとだけど歩けた! まだあんま歩けないけど、手も足も動くんだ!」
「わたしも、わたしも動くの! 首も動かしやすいんだよ!」
「体を起こすのも楽だよな!」
子供達の無邪気で嬉しそうな歓声と、大人達の方の混沌の落差がむごい。
でも、二人とも似たような症状なのか、二人で分かり合って喜んでいるその内容が切なくもある。
そもそも更科くんが救済ダンジョンの様子見をしたいと言い出したのは、渡辺さんの目標である「子供を助ける」活動の一環だった。
NPO法人化を目指したり、集落への移住者を増やそうとしたり、知名度を上げようとしたりと、その活動は地道ながら多岐に渡っている。
だが、まだまだ準備不足の感は否めない。本人達も本格的な活動を始めるに諸々が不足しているとわかっていたので、「子供助け」に関しては、具体的な活動はまだ開始していなかったそうだ。
だが先日、街道作りが終わった直後くらいの時期に、集落の住人の地球での知り合いから、「ポーション治療が受けられないでいる子供がいる」という相談が寄せられた。
(まだ体制が何も整っていない状態で、いきなりヘビーな相談が持ち込まれたものだな……)
その子供の両親は子供を虐待している訳ではないのだけど、お金がないので子供の治療は半分諦めてしまっているらしい。それを見かねた近所に住む人が、渡辺さんの活動を知って、人伝に相談してきたのだという。
「子供を助ける活動をしようとしてるんなら、その子をなんとかしてやってくれ」って感じで。
(……うーん、難しい)
相談したきた相手はその子の親でも親戚でもなく、子供も別に、虐待されている訳でもない。その状態で、一体何をしろというのか。
渡辺さん達もデリケートな問題に頭を抱えたそうだが、それでも放っておけないという事で、その子の親に接触してみたそうだ。
治療費を集める為にクラウドファンディングの提案も出したそうだが、両親が渋った為にその話は立ち消えた。
渡辺さん達が資金提供を行うという案も仲間内では出たそうだが、困っている人全員に同じように提供できるだけの資金がない以上は不公平になるだけだし、できるだけ本人達の自助努力を促す方向でなければ活動は続けられないと籠原さんに諭されたらしい。
政府関係者が鉄道の件で渡辺さんの集落を訪れたのは、丁度その時期だったそうだ。そこで渡辺さんがダメ元で、何か解決策がないか政府に人に相談してみたそうである。
そして、以前から金銭問題で治療が受けられない子供がいるのは政府も問題視していたそうで、子供が成人するまでは無利子で受けられる融資制度があるとの事で、両親に制度の利用を勧めたのだそうだ。
渡辺さんが両親からの信用を得る為に呼び寄せた弁護士さん、政府から融資制度を説明する役人さん、そして福祉関係のケアマネージャーという役職の人も自治体の役所から派遣されて、大勢での話し合いが何度も行われてきたのだという。
(この大勢の人達は、弁護士の人とか役人さんとかケアマネージャーの人なのか……)
見知らぬ大人が沢山いると思ったら、関係者だったようだ。
そして話し合いの結果、子供が成人するまで無利子で融資が受けられるなら、ポーション治療に同意してもいいと両親が合意するところまで、一度は持っていけた。
だが、「ダンジョンが信用できるかわからないから、やっぱりポーション治療はちょっと……」と、手続きの最終段階で母親が尻込みし始めたという。
そこで、「救済ダンジョンの中では障害があっても動けると実証すれば、ダンジョンからドロップしたポーションも信用できるでしょう」といった具合に説得する運びになったのだそうだ。
治療が必要な子供は未成年なので、親の合意なしに、勝手にポーションを投与する訳にはいかないのだ。
そもそも治療の代金は融資……つまりは借金な訳である。保護者の同意なしに子供に借金を負わせる訳にはいかない。
救済ダンジョンに親子を案内して、ダンジョンの持つ機能を目の当たりにしてもらう事で話は纏まった。だが、救済ダンジョンがどんなところなのか、渡辺さん達は一度も見た事がなかった。
そこで、当事者を連れていく前に様子見しておきたいとの意見が出た。
でも話し合いが頻繁にあって、関係者は忙しかった。そこで更科くんが、救済ダンジョンがどんなところか事前に見て報告すると、自発的に手伝いを申し出た。
本来ならば今日、更科くんと俺達の様子見が終わった後……次の週あたりにでも、親子を連れてくる予定だったらしい。
俺が更科くんに声を掛けられたのは、見るべきところが多かった場合に、手分けして回る人員として。
更科くんは今日、救済ダンジョンを見て回る際、具体的にどういうポイントを重点的に視察すべきかを渡辺さんと打ち合わせる為に、彼と合流して役所の会議室にいた。その後役所のゲートから直接こちらに来て、俺達と合流するという予定を立てていたそうだ。
問題が起こったのはそこでだ。
渡辺さん達と当事者の親子との話し合いが、更科くんとの打ち合わせの後に行われる予定だったのだが、予定よりも30分以上早くに、当事者達が待ち合わせ場所の会議室に来てしまった。その上急に、これからすぐに救済ダンジョンに行きたいと強弁した。
更科くんは本来、話し合いの場にいる予定ではなかったのだけど、突然の騒ぎに会議室を脱出しそびれた。
その上彼らが急にこちらに行くと言い出したので、それがどうなるか見届ける為に、俺に30分遅れると連絡を入れた。予定中止と伝えなかったのは、周囲の大人が宥めていたので、その親子の救済ダンジョン行きは予定通り後日になるだろうと判断したからだ。
まさか話し合いの場で、車椅子に乗った子供を連れた状態で、そのまま役所のゲートでの移動を強行するとは思ってもみなかった、との事だ。
周りもその行動を止めきれず、慌ててそのままついてきたというのが、今回の顛末だ。
更科くんが、子供達には聞こえないように小声で、今回の経緯を説明した。
「……そんな経緯だったんだ」
俺が虐待に関する話が苦手だと友達に打ち明けてからは、更科くんは俺にはあまり具体的な話はしないように配慮していてくれた。なので彼から受けた今回の頼みも、「救済ダンジョンがどんなところなのか見ておきたいから、よければ付き合ってくれる?」というシンプルなものだった。俺も詳しく踏み込んで聞こうとしなかったし。
でもそのせいで、渡辺さんの集落でそんな問題が勃発していたなんて、まるで知らなかった。
「あんたの友達、結構ヘビーなボランティアに関わってるのね」
姉も事情を聞いて驚いている。気軽についてきたらこんな事態に巻き込まれるとは、そりゃあ思わないだろう。俺だって思ってなかった。
俺と姉が事情を聞いて驚いているその少し遠くの木陰には、車椅子から芝生の上にそっと移してもらって、雪斗くんと一緒に人形達を相手に遊んでいる千佳ちゃんがいる。
子供達は二人とも、人形達を怖がらずに受け入れて遊び相手に認定してくれているようだ。
俺達から更に少し離れた場所で、「そんな制度があるのなら、うちの子も無利子で融資が受けられるんですか!?」と役人さん相手に詰め寄っているのは、雪斗くんの母親だ。
どうやら、子供の障害の治療に必要なポーション代金を限定無利子で融資が受けられるという制度は認知度が低いらしく、雪斗くんの母親も知らなかったらしい。それが受けられるならうちの子も、と必死で融資について質問責めしている。
(政府は、困ってる人を助ける為の制度について、もっと広報をしっかりやって欲しい……)
折角必要な制度を作っても、その必要な人の元にまで必要な情報が届いてない現状がもどかしい。子供の健康を願う親にもその子自身にも、どれだけそれの制度が励みになる事か。
制度の策定自体は素晴らしいんだけど、肝心の広報が不足しているのが残念でならない。もっと広く在野に知られる方法はないものか。
その一方、「ダンジョンで娘がいつもより楽に動けるからって、それで本当にポーションで、同じ効果が出るとは限らないでしょ!?」「それでも千佳の為を思えば、騙されたと思って試してみても……」「騙されたら借金だけが残るのよ!」といった感じで、ひたすら言い争っている千佳ちゃんのご両親の姿も遠くに見える。
……子供達が遊んでいる場所からはそれなりに離れた場所に移動して口論しているのが救いか。
正直、親の争う姿なんて子供には見せたくない。かといって、両親の承諾なく子供を遠くへやる訳にはいかない。せめて言い争いの具体的な内容が聞こえないよう、人形達との遊びに夢中になってくれればいいと願うしかない。
(でも、ご両親も子供を心配しながら長年介護を続けてきた事で、精神的に疲弊してるのかもしれないし。あんまり悪く思うのも良くないかな)
考えてみれば、全身が不自由な状態から完全に治療するようなポーションともなれば、値段がどれだけかかるかわからない。ダンジョン出現から数年後にはポーション治療にも保険が適用されるようになったとはいえ、それでも一般家庭で払うには大変な負担となるような、とんでもない大金なのだろう。
しかも、両親が何らかの理由でお金が稼げなくなった場合、借金の返済は子供本人に圧し掛かるのだ。そりゃあ躊躇するのも仕方ないか。
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