第144話 下級魔物素材ダンジョン2の1層、火吹きキツネ
オオウサギと戦いながらフィールドを回って地図と中継ゲートを埋めていった結果、一週間程で次の層に降りる階段を見つけた。
楽勝すぎて手応えを感じなかった事から、オオウサギは適正レベルより下と判断して、次に進む事にする。
とは言ってもネットで推奨されているジグザグ攻略をしていく予定なので、このままここの2層に降りるのではなく、ゲートの出入りを確保した後は、魔物素材ダンジョン2の1に移動するのだが。
そんな訳で次は、下級魔物素材ダンジョン2の1層、出現モンスターは火吹きキツネだ。
「攻略サイト情報」
2ー1、火属性・火吹きキツネ(魔物素材ドロップ:毛皮、爪、牙)
フィールド:まばらな林フィールド
推奨スキルもしくは魔法:火耐性、変温耐性
ドロップ:コアクリスタル、下級ポーション(怪我回復薬、軟膏タイプ)、オリーブオイル(瓶入り)、鉄のレイピア、スクロール
「次は2の1層だ。敵は火吹きキツネ。3体から5体程度の群れで行動する。火属性の魔法を敵が使ってくるのは今回が初めてになるから、そこは注意が必要だな。攻略サイトの情報じゃ、火を吹く直前に四肢に力を入れて、ぐっとタメを作る動作が入るそうだ。その動作に気を付けていれば、避けるのもそう難しくないらしい」
前回同様、今回もネットで仕入れた事前情報を人形達と共有する。
「フィールドは「まばらな林」。こっちも初めてのフィールドだな。草原とは違う罠もあるかもしれないから、黒檀は特に注意してくれ」
勿論、同じ草原だからといって罠まで同じとは限らないのだし、注意はいつだって必要なのだけど。それでも初フィールドとなると、勝手が違うところもあるだろう。
黒檀はこくりと頷き、右手をぐっと握って意思表示を返してくれた。
まばらな林の名の通り、かなり開いた感覚で木が生えているフィールドだった。木の種類は杉とか檜とかかな?
雑木林というには、木の種類がちょっと偏っている気がする。下草だって、手入れされてない林だと、もっと雑然としていて歩くのも苦労する感じになるはずだしな。未手入れのそれに比べれば、随分と整っている印象を受ける。
たまに柿が生っている木があるから、ここで採れる果物は柿なのだろう。木が長いので、地面からでは直接採取できそうにない。確か、柿を採る専用の物干し竿にハサミが付いたような道具があるんだっけ?
(でも、この層の為だけに柿を採る用の道具を買ってくる程じゃないよな)
柿は嫌いじゃないが、別に好物という程でもないし。道具を揃えるとか、無理に木に登って採取する気にはなれなかったで、今回は採取はしないで放置する事にした。
黒檀はゲートを通ってフィールドに足を踏み入れた途端、あっちこっちをよく観察する仕草をして、罠がないかを入念に確認している。
斥候ギルドに行く時は人形を全員連れていって一緒に訓練を受けている訳だけど、やっぱりスキルの影響か、器用さや知力の問題なのか、黒檀が一番罠の発見も解除も上手くなっている。まあ、その為の斥候職なのだから、そうなるのが当然とも言える。
しばらくして黒檀が見つけた罠は、草原フィールドであった草の輪と落とし穴の他にも、新規のものが二種類あった。
一つは木に巻き付く蔦を使った罠で、蔦に引っ掛かると木の枝から拳大の大きさの石が落下してくるというものだった。結構凶悪だ。木の枝の高さは3メートル以上ある。その高さからこんな大きさの石が落ちてくれば、当たり所が悪ければ一発で死にかねない。
下級の「易」の1層だから、まだ生死に関わるような罠はないだろうと楽観視していたのだけど、どうやらそうでもないらしい。
考えてみればモンスターだって、一歩間違えれば死亡する相手とばかり戦っているのだ。罠だって緩いものばかりでは済むはずなかった。今後は一層気を引き締めて、罠に注意していかないとな。
もう一つの罠も似た感じで、地面に蔦の輪っかがあって、それを踏むと足を取られて木の枝に吊り下げられる状態になってしまうという罠だった。引っ張られると結び目が自然と締まっていく「もやい結び」と呼ばれる縛り方をされており、足を抜けなくする細工がされていた。
こちらは蔦を切れば脱出できるから命の危険はない罠だけど、モンスターとの戦闘中に引っ掛かれば危ないのは変わらない。なので基本的に前回と同じく、罠はすべて事前に見つけて破壊して、周囲の安全を確保してから戦闘を開始すると決めた。
「それにしても、1層でもう、こんなに複数の罠が出てくるのか。斥候ギルドの講習を受ける頻度を上げた方がいいかもしれないな」
先に進めば進む程、罠は多様化していき、凶悪になっていくのだろう。それに対応できるように、もっと斥候ギルドで高度な講習を受けた方がいいかもしれない。黒檀だって、いくらスキルを持っているからって、習ってもいない罠を発見したり解除したりはできない。事前学習が必要だ。
(何を優先して行動するかは俺の采配に掛かってるんだから、もし黒檀が罠を発見できなかったとしたら、それは俺の采配に問題があるって事だ)
黒檀が斥候として万全に働けるように、俺もその下準備を整えないとな。
(攻略サイトには罠の種類が掲載されてるところもあったけど、それに抜けがあったら、知識が却って油断を招いたり、足を引っ張ったりするかもしれない。それに罠のある位置は個別に変わるんだし、あんまり参考にしすぎるのも良くないよな)
やはり斥候ギルドに行く頻度を増やして、どんな罠があっても対応できるように、黒檀に腕を磨いてもらった方が良さそうだ。
「黒檀、周囲にモンスターの気配がある」
俺も気配察知を持っているので、指摘される前にそれに気づいた。黒檀も頷いて、俯瞰でモンスターの位置を見極めて偵察に向かった。
(相手が使うのは火魔法。痛覚があって本能的に火を恐れる人間の俺が一番、魔法に当たらないように気を付けないとな)
人形達は痛覚がない分、多少の火では怯まなさそうだ。だからといって無駄に破損して欲しくはないけど。
残った人形達も各々が武器を構えて、黒檀が釣ってくる敵を待ち構える。
しばらくして、黒檀に誘導されてこちらに向かってきたのは、3体のキツネだ。色は普通の狐と同じく黄色と赤が混じったような明るい茶色で、尻尾が長い。大きさは尻尾も含めるとかなり大きいが、本体だけならオオウサギよりは小さいくらいか。牙を剥いているから顔立ちが結構狂暴に見える。
待ち構えているこちらに気づき、三体は一旦足を止めて揃って姿勢を低くした。脚にぐっと力を込めているのがその動作でわかる。
「火吹きの魔法が来そうだ!」
俺の警告の一拍後、予測通り、三体のキツネが一斉に口元から赤い火を吹いた。ガスバーナーを巨大化したような長細い火で、飛距離は二メートル近くか。こちらはみんな一斉に飛びのいたから、誰も火には触れていない。
(火の長さはそれなりだけど、周囲に大きく広がる訳じゃないし、前動作があるから避けやすい。ネットの情報通りだな)
口元から火が消えるのを確認して、前衛が一気に距離を詰める。あの独特の動作に入っていない事からも、火吹き魔法が連続で来ないのに気づいたのだろう。俺もクロスボウを構えて、その胴体を狙う。
(よし、当たった!)
矢は無事に狙った位置に命中し、キツネから鈍い悲鳴が上がった。
群れの数が少ないのもあって、キツネとの戦闘はこちらが優位のままで進んだ。キツネの爪や牙は鋭いものの、攻撃速度がそこまで速くないので、前衛の人形達がそれを避けるのも難しくないようだ。
火を吹く兆候を見せる度にみんな咄嗟に飛びのいて避けているが、時折ブラフを混ぜてくるのには要注意か。自分達に不利な状況を仕切り直す為に、火を吹く「フリ」をするだけの知能はあるらしい。
それでも、攻撃力に勝るこちらの優位は揺るがなかった。数分で3体のキツネを倒し切った。
「よし、全部倒せたな」
倒れたキツネの姿がすうっと消えていくのを確認してから、改めて人形達を一人一人見渡してみるが、誰も破損を負っていない。完勝だ。
「……まだ一戦目だけど、ここも適正レベルより下なのかもな」
人形達がドロップアイテムを拾い集めるのを眺めながら独り言ちる。
(初心者ダンジョンで水中を回避した人や、アイテムを拾わず抜けるだけに集中してきた人でも、このダンジョンでそれなりに戦えてるんだろうし。10層で長く掛かった分だけ、こっちの浅層が弱く感じるのも当然か)
まだ1層なのだし、もう少し先に進めば適正レベルになるだろう。状況が変わらないようならまた、階段を見つけ次第、次に進んで良さそうだ。
「とりあえず、もう何戦かキツネと戦って様子見をしてみよう」
俺の言葉に、ドロップアイテムを拾い終えた人形達が頷く。ドロップアイテムを俺に渡した後で、黒檀が再び、キツネの群れを釣る為に林を駆け去っていった。
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