第143話 鉄道と漫画と同人の話をする

「そういえば鳴神くん。先日、国の方から渡辺さん達の集落まで人が来て、鉄道を敷く計画について、詳しく話が聞きたいって言われたんだって。なんでも鳴神くんから鉄道を引こうとしている話を聞いたって言ってたらしいんだけど、心当たりある?」

 いつもの昼休みの時間、みんなで集まって昼食を食べていたら、更科くんにそう問われた。

 心当たりがあるかないかで言われたら、あるとしか答えられない。

「あー、うん。……この前、国の人と会った時に、そういう話になったよ。印刷用の機械とかをダンジョン街に輸入すれば喜ばれるかもって。その時に例として、渡辺さん達が車を買ってダンジョン内部に持ち込んだとか、鉄道を敷こうとしてる計画があるって話もしたんだ」

 マレハさんの元に頼まれた漫画を買って持って行った時の事を思い出す。

(でも俺、渡辺さんの名前ははっきり出してなかったような気もするけど。……公安の人なら、そういうのも調べてすぐわかるのか)

 俺が街道作りバイトに参加した時なんて特殊な条件なら、調べればすぐにわかりそうだ。それにあのバイトには早渡海くんも参加してたんだし、貞満さんから上に情報が上がってたのかも。


「何でもモデルケースとして、鉄道会社との間を国の方で取り持ってもらうって話になったらしくてね? 渡辺さんや籠原さんが鉄道の計画が早く進む事になりそうだって、随分と喜んでたよ。あと、国の人に相談したかった事もついでに相談できたって。鳴神くんにお礼言っといてって言われたよ」

 更科くんは相変わらず、渡辺さんと小まめに連絡を取っているらしい。

 俺の話した内容がきっかけで鉄道を敷く計画が進みそうなのは嬉しいけど、別に俺のおかげではないよな。たまたま利害が一致した国が自発的に動いてくれただけだ。

「そうなんだ。俺は話のついでにちょっと話題に出しただけで、大した事してないんだけどな」

「でもきっかけは鳴神くんなんだよね。……そもそもなんで、国の人と話なんてしたの?」

 とても不思議そうに首を傾げられて、俺もふと、なんで一般の中学生でしかない俺が、国の人を相手に話なんかしてるんだろうと不思議になった。

(言われてみれば、国の人と話をする事自体、中々ないよな。俺も貞満さんと話をするまでは、話す機会なんかなかった訳だし)

 役所でも警察でも、何か用事があれば行く事もあるんだろうけど、用事を済ます以外では世間話でもしましょうか、とは中々ならないよな。仕事の邪魔だろうし。


「ダンジョン街の知り合いの人に漫画本を差し入れたんだ。それがすごく気に入られて、ぜひもっと漫画を読みたいから、代理購入してくれないかって頼まれて。それで、頼まれた本を持って行った時に、偶然その場に国の人も居合わせたんだ。それで本の他にも、彼らに喜ばれそうなものはないかって話になったんだ」

 経緯を大枠で説明する。

(来栖さんがその場に居合わせたのは偶然じゃないけど、その辺は言えないから省略してと。でもそれ以外は別に、話しても問題ないよな?)

 功績関連の話はできないけど、差し入れに漫画を持って行った話なら問題ないと思う。

「鳴神くん、漫画に詳しいんだ?」

 雪乃崎くんが、意外と言わんばかりの表情で目を瞬かせた。俺にダンジョン攻略以外の趣味があるとは思わなかったらしい。……まあそれも、別に間違った認識じゃないんだけど。


「それなりに読んでる方かな。電子書籍とかが主だけど。後は隙間時間に、ネットで公開されてる無料小説なんかも読んでるよ」

 俺は雪乃崎くんに説明する。

 今世ではダンジョン攻略に全力を尽くしてきたので、自分の部屋には漫画も小説も置いてないけど、ネットや電子書籍で気になったものは読んでいるのだ。やっぱり漫画も小説も、今世でも少しは新作を摂取したいという読書欲が抑えきれないので。

(前世で特に好きだった本は、マレハさんに持っていくのに選んでいる時に懐かしくなって、いくつかは電子書籍で買い直したりもしたし)

 俺の生活の中心がダンジョン攻略になっているのは否定しないけど、それ以外の趣味にも、ほんの少しは時間を割いているのだ。

「わりと色々と買って持っていったよ」

 マレハさんの元に持って行った本の題名をいくつか例に出してみる。

「へえー、そんなにたくさん漫画を持っていったんだ」

 雪乃崎くんが感心しているけれど、実際にはもっとたくさん持って行った。今出したのはごく一部だけだ。

「漫画はこれまではなかった文化らしくて、すごく面白がってくれたよ」

 俺としても、あそこまでダイレクトに感動を伝えられると、持って行った甲斐がある。

「そっか。漫画って今じゃ世界中に広がっているけど、地球でも前はそんなにメジャーな存在じゃなかったっていうもんね」

「ダンジョン街に地球の本を扱う本屋が完成すれば、向こうでも買う事ができるようになるから、そうなれば漫画も一気に広がっていくと思う」

 いずれはダンジョン街の住人が漫画を描いて出版するような時代も来るのかもしれない。どんな漫画が展開されていくのか、将来が楽しみだ。



「漫画もそうだが、ダンジョン内に鉄道が走る事になりそうだとはな。宅配が始まった影響が大きいのだろうが、ここに来て、一気にこちらの文化や技術が流れるようになったな」

 早渡海くんが感心したような、微妙に困惑したような雰囲気を醸し出してそうコメントした。ファンタジーの世界に科学技術が齎されているのに、なんとなく違和感を覚えてるのかもしれない。

「そもそもダンジョン内って空間転移できるゲートがあるから、乗り物が必要だって思ってなかったよ」

 雪乃崎くんは鉄道云々よりも、ゲート以外の乗り物があちらで必要とされた事そのものに驚いているようだ。まあ、一瞬でどこへでも行ける技術が既にあるのに、他の不便が多い乗り物を必要とするとは、普通は思わないよな。

「街に昇格するとゲートも公式なものを設置できて、誰でも利用できるんだけど、村や集落は仮設のゲートしか設置できなくて、利用者も制限されてるからねー。ゲートも乗り物もないってなると、移動はかなり不便だよ」

 更科くんがゲートの利用制限を上げて肩を竦める。

 ダンジョン街って、ゲートが利用できる場所へは一瞬で移動できる代わりに、それ以外の交通網が全然整ってないんだよな。基本は徒歩移動だし。両極端でアンバランスな感じだ。



「漫画といえば、ダンジョン街の住人に漫画の二次創作を持っていこうと思ってるんだけど、あれって法律的にグレーゾーンなところがあるんだよね。持って行くのは問題あるかな?」

 思いついた疑問をついでに訊ねてみる。

 マレハさんへのお礼を考えていて、あちらでは手に入らない物という事で、同人誌を思いついたのだ。

 今の宅配制度だと多分、あちらでは同人誌の入手は難しそうな気がするのだ。一般に流通している商業作品じゃないから。

 それとも、同人専門通販の会社があちらへの宅配事業に参加すれば、それも可能になるのだろうか。

 どちらにしろ、まずは通常の商業商品が定着してからの話になるだろうけど。

 マレハさんに同人誌が受け入れられるかどうかはわからないから、お礼には他の物も持って行くつもりだ。

 同人誌も最初から刺激の強い物を持って行くのは躊躇われるので、初回はBLやGLや公式CPとは別のCPの作品は持っていかず、健全でほのぼの系の作品をいくつか持っていって様子をみようかと思っている。

 以前持っていった漫画の二次創作を中心にして、一時創作も少々買い揃えて持って行く予定でいる。

「オリジナルなら問題ないだろうけど、二次創作は扱いがデリケートだからねえ。でも、あんまり過激な内容じゃなければいいんじゃない? 事前にきちんと、日本での二次創作の扱いとか、マナーとかを説明する必要はあるだろうけど。転売禁止を明記してる作者さんもいる訳だし」

 更科くんがすぐに自分の考えを話してくれた。彼は多趣味で情報通だしネットにも詳しいから、同人誌についてもそれなりに詳しそうな気配がする。

「そっか、そうだね。日本でどういう扱いかは、ちゃんと知らせておかないと不味いね。……ああ、あっちで同人の祭典を開いたら、同人誌の入手がしやすくなりそうだし、お互いの文化の交流にもなりそうだよね」

 更科くんの言った注意事項を忘れないようにしないと、と心に留める。そしてふと思いついた内容を付け足す。


「あ、それ面白そう! 鳴神くん、そのアイデア借りてもいい? 渡辺さんの集落でそういう祭典をやったら、集落の知名度があがって移住者が増えるかも! 渡辺さん達に同人の祭典を開催しないかって提案していいかな? オリジナル作品だけになるか、二次創作も扱うかは、話し合ってみないとわからないけど」

 更科くんが俺の呟きに反応して、顔をパッと輝かせた。同人の祭典をダンジョン街でやるという案が気に入ったらしい。

「勿論いいよ。もし実現するようなら、俺も手伝いに行くよ。あと、折角ダンジョンで第一号の鉄道になるかもしれないんだし、鉄道企画もやったらいいかも」

 もし渡辺さんの集落で同人の祭典が開かれたら、きっと楽しいだろう。俺も手伝いたい。それに鉄道も、その手の物が好きな人向けの「売り」になると思う。俺が追加で提案を出すと、更科くんは更に喜んで手を叩き合わせた。

「おー! それもいいねっ」

「鳴神くん。よくそんなに色々と思いつくね」

「発想力に感心する」

 雪乃崎くんと早渡海くんにしみじみと感心された。


「そうかな? ……異世界転生とか転移を題材にした漫画や小説を、結構読むからかな? 異世界で地球の知識を応用して色々やってみる系統の話が多いから、そっち方面に考えが行きやすいのかも。それに丁度、異世界に鉄道を敷く小説を最近読んだから、鉄道を使った地域振興が頭に残ってたのかもね。……そういえばその小説に、温泉を観光資源にする題材も入ってたから、もしかしたら渡辺さんの集落の参考になる部分があるかも。更科くん、良ければ読んでみる?」

 俺自身は、別段そんなに発想力が優れてる人間じゃないと思う。単に、そういう想定の話を読むのが好きなだけだ。

 こういう創作物が現実の役に立つかは未知数だけど、もし興味があればどうだろうかと思って勧めてみる。

「うん、読みたい!」

「無料公開されてるネット小説だから、URLを送るね」

 スマホを取り出して、無料小説サイトの該当URLを探す。

「それなら、僕にもついでに送ってもらっていい?」

「俺にも送ってくれ。そういった分野の小説は読んだ事がない。どんなものか気になる」

「じゃあみんなに送るね」

 更科くん以外からも要望があったので、三人に向けてメールを送った。

 普段そういう異世界物のライトファンタジーを読まない人に楽しんで貰えるかはわからないけど、本人達が読んでみたいと言っているのだから、試してもらえばいいだろう。



「あれ、そういえば、ダンジョン街の人達には、Rー18とかBL、GL、NLとか、公式とは別のCPって、意味が通じない?」

 該当作品のURLを送った際に、サイトトップの「BL特集」という文字が目に入ったので、ふと思い立つ。知らない人には意味不明の単語でしかないよな、これ。

「それは通じないだろうな」

 早渡海くんも即座に頷いた。

「僕も一応、意味はわかるけど、実際には読んだ事ないかな」

 雪乃崎くんも同意した。

 ちなみに俺は前世でBL、GL共に少しだけ読んだ事があるけど、嫌悪感はなかったけど、萌えたり嵌まったりもしなかった口だ。ああいうのは楽しめる人にとってはすごく楽しい読み物である一方、馴染みがない人にとっては一生関りのない分野だよな。

「ダンジョン街の人達に、本屋ができる前に意味を教えて注意したりしないと、表紙に注意書きが書いてあっても意味がわからなくて、買っちゃうんじゃないかな? 政府と街役場で、そういう話し合いの場が持たれてるならいいけど」

 俺の頭をそんな心配が過った。

 意味を知った上で買うのなら、それは個人の自由だけど、何も知らないで特殊性癖の本を買ってしまうような事故は、できれば避けたいのだけど。政府はちゃんとそういった対策を取っているだろうか?


「15禁、18禁、20禁の年齢制限に関しては、政府も配慮して説明すると思うな。けど、BLとかGLって、そもそも読まない人には認識されてないかもしれないね?」

 更科くんは年齢制限に関しては、政府が配慮するはずだと言う。そういう点は結構厳しい方だもんな。日本って。でも同時に、特殊性癖の本については微妙だともコメントした。

「でも、同人以外の商業にも、そういうジャンルの本ってあるよね?」

「本屋で見かけるね」

 本屋の一角にそういった本専門のコーナーがあるところは結構多い。商業誌にもそういうのを取り扱ってるところはある。それらに対する対策は果たして大丈夫なのだろうか?

「……今回の本屋や図書館の建設はかなり急ピッチで進んでいるらしいし、万が一政府の担当者がそういった概念に詳しくなかったら拙いな。父に相談しておく事にする」

 早渡海くんが神妙な表情になって、その話題をそう締めくくった。

 ……父親相手に特殊性癖の本がどうとかって話題に出すのって、必要性があってもかなり気まずいだろうな。早渡海くんに対してなんかごめん、という気持ちになった。




 その日の夜に貞満さんから電話があって、特殊な本について詳しい分類を知るにはどうしたら良いかという相談を受けた。

 貞満さんはそういうのにはまったく詳しくなく、上に報告するにも、一体どういうジャンルが世の中に存在しているのかわからずに困惑しているらしい。

 俺が会合に出席して直接意見するのはどうかと言われたが、それは謹んで辞退させてもらった。俺自身が18歳未満なので、そういう話題が出る会合に出席するのは、周りが意見交換し辛いんじゃないかと言い訳しておいた。

 実際には単に、政府関係者が大勢集まる会合に出席って内容に気後れしただけだけど。

 代わりに本屋の店員さんとか、同人誌専門通販の会社の人とかに来てもらって意見してもらえばいいんじゃないかとアドバイスしておいた。

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