第142話 下級以降の食材の扱いについて

「母さん、下級のダンジョンでドロップした食材って、普通の料理に使える?」

 下級の魔物素材ダンジョンから帰ってきて、そこでドロップした黒砂糖と木に生っていた梨を手に、夕飯の準備中の母に聞いてみる。オオウサギからは兎肉もドロップしたけど、兎肉は姉が嫌いだと以前聞いていたから、そちらは最初から持って来ていない。

 下級からは手に入る食材に様々な特殊効果がつくというから、普通に家で料理する分を差し入れしていいのか、あらかじめ聞いておかないと。


 俺の問いに、母はちょっと困ったように溜息をついた。

「特殊効果のついた食材を普通の食事に使うのは、やめておいた方がいいでしょうね」

 案の定、料理に使うには不都合があるらしい。

「ドロップした食材を家にお裾分けしようと思ってくれる気持ちは嬉しいけれど」

「美味しくないの? それとも他に問題がある?」

「味はむしろ、級が上がれば上がる程良くなっていく傾向ね。特殊効果のある食材を使うと、貴方より下のレベルの瑠璃葉に、不相応の下駄を履かせる事になってしまうでしょ? そういうのは良くないわ。バフ効果は本人の実力で取ってこれる範囲のものに留めておかないと」

 どうやら食材を料理に使う事そのものに問題があるんじゃなくて、下級でドロップする特殊効果のある食材を、それを得られるレベルにない姉に食べさせる事に問題があるようだ。

 そういえば両親は自分達が得たドロップアイテムを子供に使わせたりしないし、ダンジョン攻略の為の資金援助なんかもしない主義だ。必要な物は自分で揃え、自分で実力をつけていくべきという考えらしい。(初級で得られる傷薬なんかが家の救急箱に入っているのを除いて)

 そういう事なら、特殊効果のある食材は家じゃ使えないな。まさか姉一人分だけ違うものを用意させる訳にはいかない。


「そうなんだ。わかった、今度から食材は全部売る方に回すよ」

 俺がそう言うと、母はちょっと首を傾げた。

「あら、鴇矢が自分で食べる分には使って構わないわよ? そういう効果をきちんと調べて使い熟すのも、シーカーには必要でしょうし。自分の分は自分で作れるようになった方がいいわ。天歌もたまにそうしてるし。でも天歌は殆どは面倒がって、ドロップした食材は売って、ダンジョン街で支援効果のある保存食を買ってきてるようだけどね」

「そうなんだ」

 兄も自分用の携帯食をたまに自作していたのか。知らなかった。

 両親も兄も俺より先を攻略しているのだから、その分効果の強い食材を入手しているのだろう。それらを俺や姉に食べさせないように、食材を使い分けているらしい。

 普段の食事と食材を使い分けるのは結構大変な気がするけど、それがうちの方針なら従うしかない。理由も概ね納得できるものだし。

「鴇矢にも、簡単に作れて日持ちがする料理のレシピを、いくつか教えてあげるわ」

(どうせ一人暮らしするようになれば、料理もしないといけなくなるんだし、丁度いい機会か)

「うん、お願い」

 簡単に作れて数日は保存が効く料理を母から学ぶ事になった。


(そういえば人形も精霊も、料理の支援効果は受けられないのか)

 人形も精霊も物が食べられない。ポーションも飲めないのだから、当然、特殊効果の付いた料理も食べられない。そういう点では幻獣は普段から食事を必要とする分、食材での支援効果も受けられそうだ。使役系もそういう部分で違いが出るんだな。



「基本的に、他の普通の食材と混ざらないように、自分の使う食材のうち特殊効果のあるものはインベントリか自室に置いておいてね。母さんも天歌もそうしてるから」

「うん、気を付けるよ」

「使いかけの食材の保管は、家に余ってる入れ物があればそれを使ってもいいし、なければホームセンターや百円ショップで、適当な容器を買ってきてね。使いかけの食材で冷蔵や冷凍が必要なものは冷蔵庫に入れておいていいけど、特殊効果のあるものはちゃんとその旨をメモしておいてね。間違って使っちゃうといけないから」

「わかったよ」

 結構、気を付けないといけない事柄や、事前に用意しないといけない物が多いな。家族それぞれで攻略状況が違うのだから仕方ないけど。今聞いた注意事項は忘れないようにしないと。


「鴇矢が今回持ってきた黒砂糖なんかは、ダンジョン攻略前におやつとして、そのまま一欠片を食べてから戦う使い方もできるけど、調理しないと食べられない食材はそうはいかないから、普通の食材と混ぜて料理しないとね」

「普通の食材と混ぜても、特殊効果は発揮するの?」

(まあ、今回みたいに一部の食材だけ入手するパターンも多いだろうから、料理に必要な食材全部を特殊食材で揃えるのも大変そうだもんな。特殊食を作るプロなら、全部の食材をきちんと買い揃えられるだろうけど)

 そう考えると、特殊食はプロに任せた方が効率は良さそうだ。その方が少ない量で効率よく効果を得られる。それに素人の作ったものだとどうしても、味にばらつきがあったり、保存期間が短くなったりもしそうだし。

「あまり分量が少ないと効果時間が短くなったりはするけど、効果そのものは他と混ぜても消えないわ。勿論、火を通しても効果は消えないわ。基本的には食材そのものの効果だから、調理方法が変わったり使い方が変わっても、効果は変わらないようね。効果時間を高める為にはその材料の比率を高めるといった工夫の仕方もあるけど、あまりレシピを無視して一種類の原料だけ沢山入れると、どうしても味が変わって美味しくなくなるから気を付けてね」

「うん」

「黒砂糖は独特の風味はちょっと残るけど、砂糖の代わりにそのまま使えるし、魔物素材ダンジョンで出る油類も、大抵のものは調理用オイルとして使えるわ。食用に向いていないオイルは肌か髪につけるか、必要なければ売ってしまえばいいわ」


 ……そんな感じで夕飯の時間になるまで教えて貰ったレシピは、果物の砂糖煮と野菜のピクルスだった。また気になるものがあれば教えてもらう予定だけど、俺も兄と同じで、どちらかと言えば自作よりは、専門店で出来合いの保存食を買う派になりそうな予感がする。

 たまに作るくらいならいいんだけど、日常的に料理するのはかなり面倒に感じてしまったのだ。自分で作らなくても食べられるなら、その方が楽でいい。

 あと、料理を作る時間があるならその分もダンジョン攻略の方に回したいって、どうしても考えてしまうし。

 毎日ちゃんと家族分の料理を作ってる母はすごいなと、改めて感謝した。

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