第141話 下級魔物素材ダンジョン1の1層、水角オオウサギ

 さて、初心者ダンジョンの攻略を完了したからには、次に潜るのは下級の「易」のダンジョンだ。

(1月に入ったら受験に集中するからダンジョンに潜るのは自粛するけど、今はまだ11月の終わりだしな)

 これまで散々、下調べと準備は重ねてきたのだ。ここで2月の受験が終わるまでお預けなんて、とても我慢ができない。

「黒檀の罠解除や鍵開けの講習も、簡単なのなら受けたし」

 ダンジョンも下級の「易」で、いきなり凶悪な罠なんてないだろう。ネットで調べたところ、罠だってモンスターと同じで、最初は簡単なものばかりから始まって、段階を置いて複雑になっていくようだし。


(昨日、コルティエさんの服屋で服も受け取ってきたし、靴の慣らしもやった。まず様子見で潜ってみるのには何の問題もないはず)

 初の下級という事で入念に準備の確認をしてきたのだ。問題はないと思う。

 ちなみに下級ダンジョンから、フィールドの大きさが三倍ほどに広くなる代わりに、中継地点に中継ゲートが設置されるそうだ。中継ゲートは「南方向、中継ゲート」というふうに、どちら方面に進んだかわかるようになっていて、そのゲートに出入りすると、今度からそのゲートを開始地点に選ぶ事ができるようになるという。

 ただ、中継ゲートで方向確認ができる代わり、あちこちに設置してある緊急脱出用の石柱には、方向や距離が提示されなくなるらしい。初心者ダンジョンよりは少し難易度が上がる仕様だ。

(コンパスも買ったし、方向がわからなくなったら、緊急脱出システムで一度戻ってもいいんだしな)

 他に確認すべきものは、出現モンスターについてか。



「攻略サイト情報」

 1、水属性・水角オオウサギ(魔物素材ドロップ:角、毛皮、肉)

 フィールド:草原フィールド

 推奨スキルもしくは魔法:水耐性

 ドロップ:コアクリスタル、下級ポーション(怪我回復薬、経口タイプ)、黒砂糖(袋入り)、鉄のナイフ、スクロール



「モンスターは3匹から5匹前後の群れで活動する「水角オオウサギ」だ。額に一本、真っ直ぐな鋭い角があるのが特徴で、大きさは初心者ダンジョンのブタと同じくらいらしい。水魔法の攻撃で目を狙ってくるから、ゴーグル着用が推奨されているんだ。だから今回、俺はゴーグルを着用してる訳だな。とは言っても、攻撃方法の魔法は水だし、威力も低いので破壊力はないらしいけどな」

 ネットで調べた事前情報を人形達に告げる。

「下調べもしたし、あとは実際に行ってみて確かめよう」

 人形達に地上用の武器を装備させる。これまでは10層の水中フィールドで長く活動していたから、本格的な地上戦は久しぶりになるが、昨日までの数日間、新しい靴慣らしも兼ねて初心者ダンジョンで地上戦を熟してきたから大丈夫だと思う。

「これから行くのは罠ありの草原フィールドだから、黒檀は特に、何か不自然な点を見つけたら、すぐにみんなに警告してくれ」

 俺は黒檀にそう告げる。

 罠に関しては、それ系統の魔法を取得しなかった事もあって、斥候の黒檀だけが頼りとなる。罠ありのフィールドに実際に行くのは、これが初めてだ。黒檀にここから先のフィールドは罠があると、先に注意しておく。

 黒檀にこくりと頷き、背中の斥候用品が入っているリュックを背負い直している。

「みんな、準備はいいか? ……それじゃ、行くぞ!」

 人形達を見回して、それぞれの準備が整ったのを確認して、ついにゲートを潜る。





 ゲートの先は初心者ダンジョンの6層から9層までとほぼ変わらない見た目の草原フィールドだった。草の丈が少し長めで、膝下くらいまであるのが、あちらとは違う点だろうか。

 ところどころに生えている果樹に生っているのは梨のようだ。俺は梨が好物なので、あとで収穫していこう。


 少し歩くと、早速先頭を歩く黒檀が、片手で俺達を制した。

「罠か?」

 俺が聞くと、頷いて肯定する。黒檀が指さす方をよく見ると、そこには草原の草を輪っかに結んで足を引っかけるタイプの罠があった。

 草丈が長めで密集して生えているから、そういう罠があってもすぐには見つからないようだ。

「なるほど、戦闘中にこれに引っ掛かって転んだりしたら危ないな」

 態勢を崩したところにモンスターの追撃が来る恐ろしさは、ヒツジの雷撃で学んでいる。

「見かけたら刃物で切って無効化していくか。ダンジョン内部は半日から一日程度で元の状態に戻るけど、少なくとも戦闘中に復活しなければ、罠に引っ掛かる心配もないし。……黒檀、同じ罠を見つけたら切って無効化していってくれ。特に戦闘開始地点では、入念に罠がないかどうかを先に確認しておこう。罠がないのを確認した地点まで、敵を誘導して連れてくるのも頼むな」

 こうして指示してみると、改めて斥候の重要さと仕事の多さに気づく。下級からは一気に斥候の必要性が増すな。下級に挑戦するのが、黒檀のレベルがそれなりに上がって成長した今の時期で良かった。


「っ、また罠か?」

 少し移動すると、また黒檀にさっと制止された。

 ざっと見だが、近場に草を結んだ輪っかは見当たらない。別の罠だろうか。

 俺が首を傾げて周囲を見渡していると、黒檀が慎重な歩みで特定の場所に近づき、そこを指さしている。黒檀の指示で山吹が柄の長い斧でそこを突くと、彼らの目の前の地面が一気に崩れ落ちていった。

「落とし穴か!」

 俺もそちらに慎重に近づいて、穴の様子を確かめてみる。

 広さは人が一人落ちるくらいの大きさで、深さは一メートルくらいの落とし穴だ。底に二重の罠が仕掛けられていたりはしないようだ。穴の底に刃物が突き立てられているような凶悪な罠ではないらしい。まあ、まだ下級の「易」だから、そこは手加減されているのだろう。

 ただ、ダンジョンが仕掛けた罠だからなのか、落とし穴の上には周りと変わらない背丈の草が生えていて、見分けがつきにくいのが厄介だ。人が作った罠なら、穴を掘った箇所だけ草が生えてなかったりと不自然な箇所が残るのだろうが、この落とし穴にはそれがない。黒檀はどうやって落とし穴を発見したのだろう。

「黒檀、落とし穴をどうやって発見したんだ? 何か周囲と違うところがあったのか?」

 俺が訊ねると、黒檀は落とし穴の淵を指さした。よく見るとほんの僅かだが、穴の部分だけ土が凹んでいる。じっくり観察しないとわからない程度だけども。これは多分、成長した草の重さに、表面の薄い土の層が耐えきれなかったからだろう。

「そうか、地面が丸く不自然に凹んでいる場合、落とし穴の可能性がある訳だな」

 俺が納得してそうコメントすると、黒檀も深く頷いた。他の人形も穴の周りの僅かな凹みを確認したりして、自分なりに気を付けるべき箇所を確認している。

「落ちて怪我しても困るし、落とし穴のない位置に敵を誘導してもらう方がいいな」

 俺の言葉に黒檀が力強く頷いてくれる。頼もしいな。


 少し進むと、今度はオオウサギを見つけたようだ。先に周囲に罠がないか、地面をしっかり確かめた上で、俺達をこの場に残して、黒檀が敵をこの場まで誘導する為にそちらに赴く。

 俺達は武器を構えて、黒檀が敵を連れてくるのを待った。


「来た、敵は四匹! 鋭い角と水魔法の攻撃に注意!」

 俺は気配察知で、黒檀に誘導されてこちらに向かってくるモンスターを察知して、みんな改めて声を掛ける。

 まず黒檀が一足先にこちらに戻ってきて、その後を追って四匹のオオウサギがやってくる。

 オオウサギの姿は3層のウサギよりもかなり大きく、地球で世界最大の兎として有名なフレミッシュジャイアントと同じか、それよりも大きいくらいはあった。

 毛皮の色は黒で目は赤い。下半身は草原に埋もれているが、その大きさからすべてを草で隠しきれていない。

 敵もこちらを認識したらしく、俺達が待ち構えていたのに気づいて、威嚇の唸り声を上げた。四匹が一丸となって襲ってくる。

 それを山吹、紅、青藍が一匹ずつ請け負い、残りの一匹を俺と紫苑の矢と、黒檀の投げナイフで足止めする。


 大きさはウサギにしてはかなり大きめとはいえ、9層のウシよりは小さい相手だ。スピードも3層のウサギよりは早いが、7層のイヌと同程度だ。群れの数が少ない分、対処がしやすい。俺も人形達もちゃんと相手の動きを追って、的確に対処できている。

 ウサギだけあって脚の力が強いらしく、跳躍で自分の体の四倍から五倍くらいは跳ねた。空中を跳ぶだけなら矢を当てる的になるだけだが、こちらに向かって跳ばれると、額の長く鋭利な角も相まって、本体そのものが凶悪な武器となる。あの角に刺されたら、流石にノーダメージとはいかないだろう。あの跳躍攻撃だけは確実に避けないと。

 それでも、人形達がそれぞれ武器を振るうと、オオウサギの毛皮を突き抜けてダメージを与えられている様子が伺える。どうやら毛皮の防御力はそれ程でもなさそうだ。

 角の上方で水を発生させてこちらに水の塊を飛ばしてくる魔法の攻撃がたまに襲ってくるが、俺はその対策としてあらかじめゴーグルをしているし、人形達はそもそも目が存在しないから、水で視界を妨げられる事もない。

 順調に敵にのみダメージを積み重ねていき、そう時を掛けずにオオウサギ四匹を倒し切った。


「よし、倒せたな」

 数が少ないのもあって、倒した後のドロップアイテム探しも短時間で済んだ。オオウサギの戦った跡地は草が薙ぎ倒されて凹んでいるのもあって、アイテムも見つけやすい。

(楽勝に近いな、少なくとも苦戦はしてない)

 オオウサギの群れ相手に苦戦しないのは、ピラニアとの戦闘が長引いて、そこで大分レベルが上がったからだろう。10層でドロップアイテム拾いに拘って期間が長引いた分だけ、こちらが適正レベルよりも下になったようだ。

「まあ、まだ一戦目だし、中継ゲートすら見つけてないしな。油断はせずに、様子を見ながらやっていこう」

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