第133話 マレハさんから買い出しを頼まれる  中編

 注文して数日後から、段ボール箱で大量の荷物が次々と届き始めた。在庫がなかったものも一週間程度で揃いそうなので、次の休みにはマレハさんのところに持っていけそうかな?

 届いた順に内容を確認していき、注文した内容が全部揃っているかどうか、合計金額に間違いがないかどうかを三度確認して、注文したものが全部揃った週の日曜日に持って行く。

 何度も思うけど、インベントリスキルがあって本当に良かった。大量の本を手で運ぶとなったら、例え人形達に手伝って貰ったとしても厳しかったに違いない。

 そうして斥候ギルドまで漫画を届けに行ったところ、何故かマレハさんが、俺をつけている者がいると言って、一瞬でさっと姿を消したと思ったら、すぐにその相手を二人捕まえて戻ってきた。


「え? ……えっ?」

(何事っ!? もしかして、功績の件が外国にバレたとか!?)

 俺が呆然としている間に、マレハさんに吊るされて応接室まで連行されてきた二人組は、慌てた様子でスーツの懐から警察手帳を取り出した。本物の警察手帳なんか初めてみた。

「怪しい者ではありません! 実は私共は公安の者でして」

「ははっ。天下の公安でも、高レベルシーカー相手じゃ手も足も出ませんねえ」

 マレハさんに吊るされた状態で、一人は慌てて言い訳をしながら職業を明かし、もう一人はその体勢で何故かのんびり苦笑していた。

「公安!?」

 出自を聞いてびっくりした。もしかして、秋の修学旅行と文化祭の期間に影から監視と護衛をされていたと、以前に聞いた公安の人達が、この人達なのだろうか。

 早渡海くんから聞いていたのもあって、彼らに怖さは感じなかった。

(つまり、国の公的機関の人なんだよな)

 その程度の認識しか持てないくらい、俺にその手の知識がないだけとも言うけど。


「こちらの方々は、トキヤ様のお知り合いでしょうか?」

 マレハさんが不思議そうに首を傾げる。

「いえ、会った事はない人達ですけど、職業が国の公務員の人だったので。……ですので、どうか降ろしてあげて下さい……」

 俺は遠慮がちに申し出た。いつまでも目の前で人をぶらんと宙づりにされていると、どうにもソワソワして落ち着かない。それに公務員の人達なら、別に悪意があって俺の後をつけていた訳でもないだろう。




「私は来栖(くるす)と言います」

「俺は春日(かすが)です」

(生真面目で苦労性なイメージの人が来栖さんで、のんびりした話し方の人が春日さんか)

 年齢はどちらも20代半ばくらいの見た目だけど、なんとなく来栖さんの方が、春日さんよりも年配で先輩にあたる人なのかな? と思う。

 春日さんの方はヘラヘラとして軽い雰囲気だけど、地の性格が軽いというよりは、ちょっとそういうキャラを作ってる感じかな? さっきマレハさんに吊るされていた時は、のんびり苦笑しているように見せかけて、口の端が引き攣っていたみたいだし。

 その人達は、マレハさんにステータスボードを提示して身分をはっきり証明してみせて、一応の納得を得られた。

 その後、立って話すのもなんですし、とまずは座るように勧められて、ホッとした顔でソファに座った。必然的に俺とマレハさんが、その向かい側のソファに並んで座る事になる。


「先日、鳴神君がこちらに本の導入を加速させる提案をした事はご存じでしょうか? ああはい、その件で、彼が危険な目に合わないよう、国から一時、護衛と監視がついていたんです。我々はその際の人員です」

 来栖さんと名乗った方の人が、マレハさんに事情の説明を始める。

(あ、やっぱり、前に護衛してくれてた人達なんだ)

「護衛はともかく監視、ですか?」

 マレハさんがその単語に眉を顰める。明らかに監視というものを不愉快に感じている表情だ。

「こっそりと護衛するには監視していないと、対象を守れないものなんじゃないですか?」

 俺は監視がついていた事については特に気にしていないので、不快そうにしているマレハさんに、そう言って宥めた。職業的にそういうのを熟すプロみたいな職業が公安なのだから、そこは仕方ないのかもしれないけど、尾行していた事に続いて監視していた、と言い出した事で、マレハさんの彼らに対する印象が悪くなっているみたいだ。


「実は先日、鳴神君が、希少なマイナースクロールを大放出する祭りを、収集家の方に提案したとの報告を受けましてね」

 何故か急に、先日ガイエンさんに対して提案した、マイナースクロール祭りの話になった。

「何か問題がありましたか?」

(その日のうちに早渡海くんを通して報告だけはしておいたけど、祭りの提案をしたのが何か問題だったのかな?)

 俺は首を傾げる。

「国としては、マイナースクロールを一気に放出する機会となれば、普段は目にしないようなスキルや魔法が見つかるかもしれないと、かなり騒めいています。できれば国の方に纏めて売って頂きたかったですが、こちらの店舗の方々は組織との大量取引を拒まれていますので、それも叶わず……。ともあれ、その祭りがもし実現するのなら、その機会にスクロールを精査したいという意見が多いので、祭りには政府の人員が派遣される事になりそうです」

「え、そんな事になっていたんですか」

 国がマイナースクロールに注目していたなんて知らなかった。

 人形専門スキルについては、ガイエンさんの存在を知れた事で入手しやすくなったって、後でお礼を言われたけど、他のマイナースクロールに関しても、調査したり入手したりしたかったのか。

 そこにあるとわかっているのにそれまでは手出しできなかった存在が大々的に開放される事になりそうで、国としては慌てたり騒いだりしてるって事か。


(なんか申し訳ないな。けど、悪気はなかったんです……)

 ダンジョン街の店舗が大口取引を断ってるのが、もしもシステムからの制限ならば、俺にもガイエンさんにもそれはどうしようもない事だし、国がそれらを纏めて手に入れる機会がなかったのは仕方ないと思う。

 もし祭りが実現したらある程度は買い集められるだろうから、それで勘弁して欲しい。

 問題があるとすれば、祭りとなれば日本だけじゃなくて他の国にも同時に、マイナースクロールの情報が渡ってしまうって懸念だけど、そればかりは諦めてもらうしかないよな……。


「マイナースクロールに関しての、そちらの思惑と事情はわかりました。けれどそれだけでは、尾行の理由にはならないのでは?」

 俺と来栖さんがマイナースクロール祭りについて説明するけど、マレハさんはまだ納得がいっていない感じだ。

「そこで更に、鳴神くんが大量の荷物を発注したと、追加で連絡を受けまして。担当者にはきちんと、その理由である本の代理購入の話をあらかじめ説明してもらっていたので、本来ならばそれで済んだはずなのですが……。万が一、また鳴神君が関わった事で何か大事になるのではないかと、一部の者が不安視しましてね。それでこっそり様子見させてもらおうと、私共が派遣された訳でして」

 来栖さんが、俺をこっそり尾行していた理由を説明する。要するに、今回も何かやらかすんじゃないかと心配されたようだ。

 というか、マイナースクロール祭りの提案も、国にとってはかなりの「やらかし」の部類だったらしい。


「速攻で見つかっちゃいましたけどねー」

 軽く肩を竦めてヘラヘラしているのは春日さんだ。彼は説明は来栖さんに任せて、基本的には様子見してるだけみたいだな。

「……ダンジョン街で人を尾行するには、少々レベルが足りないようですね」

 マレハさんは冷たい口調で辛辣に言い捨てた。これでもオブラートに包んだ言い方なのかもしれない。

「面目次第もございません」

 来栖さんが恐縮しきった様子で、マレハさんに頭を下げた。なんか額に冷や汗か脂汗を掻いてないか?

「こちらとしてましても、鳴神くんに危害を加えるつもりは毛頭なく。ただ、確認の為に様子を窺わせて頂いていただけでして」

 続けて、かなり必死な感じで言い訳している。どうも、俺をこっそり尾行していたせいでマレハさんを不快にさせたのを拙いと焦っているみたいだ。

 マレハさんはこっそりと人を後をつけるような真似を卑怯に思って、公安の人達を警戒している様子だ。公安の人としては、ダンジョン街の住人に悪印象を持たれたくなくて困っているのだろう。

 事情はわかったが、俺としても、どうしていいのかわからない。

 狙われて危険に晒されていたんじゃないのなら、公安の人に尾行されていた事に対する嫌悪感や恐れはないんだけど、だからといって、うまく仲裁できる程には口が巧くないのだ。

 ただこんな事で、マレハさんの中で日本の印象が悪くならないといいんだけどと、不安に思う。

 折角漫画を読んで感動してくれたりして、日本の文化に興味を持って接してくれていたのに、それが悪い方向に傾いてしまったら悲しい。



「私はそちらの国の文化に、大変感銘を受けたのです。得に漫画の存在と、その素晴らしい技量、描き手の作家様の情熱には、非常に大きな衝撃を受けました」

 俺が困ったように彼らの様子を窺っていると、マレハさんが急に、日本の漫画について切々と語り出した。

「トキヤ様にとっては面倒なだけで得もありませんのに、漫画の買い出しというお願いを快くお引き受けしていただけて、とても感謝しているのです」

(え、いきなり何っ!?)

 俺が呆気にとられていると、マレハさんはインベントリから銅色の小さなメダルのようなものを取り出す。

「こちらは50層以降で得られる、身を守る為の魔道具です」

 マレハさんはそう言って、来栖さんにその魔道具を三つ手渡した。

「こちらは、エバ・ホバ様がトキヤ様に渡されたという魔道具と比べれば、性能に違いもある劣化版でしかないでしょう。それでもそちらには、それなりに価値のあるものでは?」


「50層!?」

 何事かと思いながら聞いていただけの俺も思わず、驚きに声を上げる。

(50層以降で得られる魔道具をさらっとインベントリから取り出せるって事は、つまりマレハさんは、50層以降まで到達してるんだ! 凄い!)

 30層の資格を持っているだけでも充分過ぎる程凄いのに、更に20層も上の層まで到達していたなんて。マレハさんはきっと、斥候ギルドの中でも特に高レベルなんじゃないかな。

「おお……っ」

「それは莫大な価値があります」

 春日さんと来栖さんも非常に驚いた様子だ。来栖さんに手渡された魔道具を、二人してまじまじと見つめている。

(地球で最高峰のシーカーが、ダンジョン出現以降の30年でやっと30層を超えたところだっていうなのに、さらっと50層以降でドロップする魔道具を出してくるとか、マレハさんえげつないっ!?)

 今の地球においてそれがどれだけ価値のあるものなのか、俺には到底想像もつかないような、貴重な代物だ。


「こちらをお渡しします。その代わりにくれぐれも、護衛以外ではトキヤ様に余計な手出しをしないよう、そちらの上の方にお願いして下さい」

 マレハさんがとても真剣な表情でそう言うのを聞いて、ようやく彼の言動が、俺の安全とプライバシーを配慮してのものなのだと思い至った。

 俺は慌てて、座っていたソファから立ち上がって止めに入った。

「待って下さい! 俺、50層の魔道具なんて、そんな高価そうなもののお返しなんてできません!」

 まさか俺の為に魔道具を譲渡しようとしているとは思わず成り行きを見守ってしまったが、いくらなんでもマレハさんに、そこまで貴重な魔道具を出してもらう訳にはいかない。とにかく慌てて、それを取り下げて欲しいと頼み込む。

(っていうか、エバさんに前に貰った魔道具って、この50層の魔道具よりも更に貴重なものなんだ!? お返しにって思って、結構いい値段の低反発枕と有名メーカーの懐中時計を買ってインベントリに用意してあるけど、これじゃ到底釣り合わない!!)

 改めて300層超えのシーカーであるエバさんの凄さがわかって、魔道具のお返しをどうしようか途方に暮れたりもしたが。とりあえず今はまず、目の前のマレハさんの魔道具の方に集中しないと。


「トキヤ様にお返しなど求めておりませんよ。魔道具をそちらの国に渡すのはあくまでも、私からのトキヤ様への感謝の気持ちですので」

 そんなふうに穏やかに微笑まれても、それで誤魔化される訳にはいかない。

「いえ、どう考えても俺が貰いすぎですっ。漫画を買ってくるくらい、誰にでもできる事ですから! そんな貴重な魔道具を出してもらう程の事じゃないです!」

 たまたま差し入れに漫画を持って行って、こちらに本屋ができるまでの隙間期間に、代理で漫画を購入しただけだ。なので本当に、俺は大した事をしていないのだ。偶然とかタイミングがあっただけで、感謝されるような事じゃない。

「価値観は人それぞれです。どうかお気になさらずに」

「……そういう事でしたら、こちらは受け取らせてもらいます。そして上の方には、強く釘を刺しておきましょう。今後は決して、こういった事がないように手配します」

 俺は一生懸命、撤回して欲しいと願ったのだけど、来栖さんが神妙な表情で魔道具を受け取ると決めてしまい、結局は押し切られてしまった。

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