第134話 マレハさんから買い出しを頼まれる 後編
(国に渡す物だから俺が受け取る訳じゃないとはいえ、マレハさんがそんな貴重な魔道具をわざわざ提供してくれたのが俺の為なら、やっぱりお礼しないと)
どうすればいいのかと悩んで、ふと、どうせならマレハさんの望んでいる漫画本を、もっと迅速に大量に届けてもらうよう、代わりに国に要望を出せばいいんでは? と思い至る。
それだけじゃ大したお礼にはならないかもしれないし、そもそも俺ができるお礼とは違うけど、今すぐ思いつくのはそれくらいだ。俺自身ができるお礼については、また後でじっくり考えよう。
「マレハさん、来栖さん達に、漫画や絵本や写真集や図鑑なんかの文章以外の本も早めに入手できるように、この機会に頼んでおきましょう」
国の人達だって、俺の身の安全とプライバシーの引き換えにとはいえ、マレハさんからこんな貴重な魔道具を提供されたのだ。きっとそのくらいは喜んでやってくれるに違いない。
「おや。こちらの方々は本を持ってきてくださる方とは、別の所属の方かと思っておりました」
マレハさんが目をぱちくりと瞬いている。
「公安の人なら確かに、役所の人とは所属は別でしょうけど、同じ公務員ならついでに伝えてもらえるかなって、……えっと、ダメでしょうか?」
以前、自衛隊所属の貞満さんに煎餅の宅配を頼んだ際には受け入れてもらえたので、来栖さん達に本の種類を増やすお願いをしても大丈夫かと思ったのだけど、もしかして無茶振りだったろうか。
「いえいえ、大丈夫ですよ。漫画に絵本に写真集に図鑑ですね。こちらからしっかりと伝えておきます」
「ありがとうございます」
来栖さんが笑顔になってすんなりと引き受けてくれたので安堵する。これで少しでも早く、こちらの人達が漫画を沢山読めるようになればいいな。
俺が今回持って来なかった物の中にも、名作はいっぱいあるに違いない。俺も最近の漫画は殆どチェックできていないから、きっと知らない名作漫画が沢山あるはずだ。
「トキヤ様は思考が柔軟ですね。私は街役場に来られる役人に方にお願いしなければ、要望は通らないものだとばかり思っておりました」
「柔軟っていうより、横着なだけです。目の前に国の人がいるならついでに頼んでおけば、そのらの方がより早く手に入るかな、とか思ってしまって」
というか、内心でマレハさんに何かお返しがしたいと必死に考えた結果だ。
(マレハさんは凄い魔道具を提供したんだから、その分だけ国に要望を出したって許されるはず!)
「ちなみに、他に欲しいのは、どんな種類の本でしょうか?」
来栖さんがマレハさんにそう質問した。やはり来栖さんもマレハさんの好感度を稼いでおきたいんだろう。監視と尾行の件で明らかにマイナスに傾いたっぽいもんな。ここで少しでも挽回しておきたいと考えても不思議はない。
「そちらにどのような種類の本があるのかも、こちらにはまだわからない状態なのですよ。……トキヤ様、何かお勧めはありますでしょうか?」
マレハさんはちょっと困ったように苦笑して、俺に話題を振ってきた。
「……そうですね。そういえば知り合いの食堂の人は、前に料理の本が欲しいと言っていましたし、同世代の女の子に持って行った折り紙の本も喜んでもらえました。なので、料理とか編みぐるみの作り方の本とかペーパークラフトの本みたいな、写真や絵で解説が載っている趣味の教本なんかは喜ばれるかもしれません」
俺は以前に差し入れした物を参考にして、喜ばれそうな物を考えて提案してみる。
「なるほど、趣味の教本ですか」
来栖さんが頷く隣で、春日さんがメモ帳を開いてメモを取っている。
「後は、あちらの動物の図鑑とか、世界の服飾がわかる本なんかもいいかもしれませんね。和柄の華やかな和紙の絵柄に、とても喜んで貰えたので。……それと、本とは違いますけど、そういう日本の伝統的な生地で作られた着物とか小物なんかも、興味を持ってくれる人はいそうです」
マレハさんに着物とは何かを説明すると、興味深そうな様子で頷いた。
「そちらの伝統的な装束ですか。それは拝見してみたいです」
「今はまだ宅配も試用期間で食べ物が中心のようですが、本の他にも、雑貨類も服も家具も機械類も、その存在を知ってもらえれば、欲しいって人は出てくると思います。テレビだってこちらで映せるなら、アニメとかもお勧めできるようになりますし」
俺は今後宅配で取り扱って欲しい品を、思いついた順に列挙していく。本に限らず、こちらで取り扱って欲しいものは結構あるのだ。
電波放送を映せなくても、記録媒体ごと持ってくれば映せるなら、アニメや映画も見られるようになる訳だし、できるならそういったエンターテインメントも、こちらの人にお勧めしたい。
「機械類もですか?」
意外そうな表情で、来栖さんが問い返してくる。
「はい。先日、バイトでこちらの街と集落を繋ぐ街道を作るのに参加したんですが、その際に、日本からこちらに移住した人達が、車を買って持ち込んだって言っていました。それに鉄道もいずれ敷きたいって言ってました。車も鉄道も機械の一種なんですし、それらが持ち込めるなら、他の機械だって持ち込めるはずですよね?」
俺はこちらに機械を持ち込めるはずの根拠として、この前のバイトで見かけた自動車なんかを例に出す。
「鉄道、ですか」
来栖さんと春日さんが面食らったような顔になる。
「ええ。後は印刷用な魔道具が一枚ずつしかセットできなくて不便だって話も聞きましたし、紙と一緒に印刷用の機械もあれば便利そうです。他にも、こちらの魔道具とは違う仕組みで動く地球の機械なんかも、それなりに需要があるかなと思いまして」
魔道具って地球の機械では再現できないような性能のものもあるけど、逆に地球の機械にある機能がついてなかったり、存在しないものもあるのだ。両方使える方が便利に暮らせると思うんだよな。
「そうなんですか。米国がドローンを使ってダンジョン内部の地形を調べた実績がありますので、コアクリスタルを燃料としたドローンならば、こちらへ持ち込めるのは知っています。車も最近になって、コアクリスタルが燃料のものならば、こちらへの持ち込みが許可されるようになったそうですね。……ですが、パソコンやスマホは一切使えず、衛星の打ち上げも不許可でした。ダンジョンシステムは、精密機械や大型機械の導入を禁止している訳ではないのでしょうか?」
来栖さんに探るように言われて、そういえばスマホはこちらでは一切使えない状態になるんだと思い出した。機械類で持ち込みや使用が可能なものとそうでないものって、どういう区分で仕訳けられているんだろう。その辺りをダンジョンシステムに詳しく聞いてみたいくらいだ。
「どうでしょうね? システムは時々アップデートしますから、以前は禁止だったものでも、後で許可に変更する場合もあります。あるいは物の大きさや精密さではなく、コアクリスタルを燃料として使う仕組みの物のみ、こちらへの持ち込みを許可しているのかもしれません」
俺が答えがわからずに首を傾げていると、代わりにマレハさんが説明してくれた。
「そういえば、パソコンやスマホって、コアクリスタルで動くものは、まだ発売されてないんでしたっけ?」
もしかしたら、コアクリスタルが燃料のものなら使えるのだろうか。試してみたいけど、まだ発売されてないなら試しようがないか。残念だ。
「……ええ、そうですね。コアクリスタルの粒を収納できる大きさがないといけないので、機械類は小型な物ほど、コアクリスタル燃料への切り替えが遅れているようです」
それで、車やストーブなんかはコアクリスタル燃料の物が売っているのに、パソコンやスマホは電気を動力にしたもののままなのか。技術的に小型化が難しいなら、今後もしばらくは不可能なままなのかな?
「そうなんですか。あれ? でもマレハさんがさっき渡した魔道具とか、すごく小さいのに、コアクリスタルで動いているんですよね? あれって、小さめのコアクリスタルでも中に入らなさそうな大きさですけど、どうやって燃料を補給するんですか?」
先ほどマレハさんが来栖さんに手渡した魔道具を思い出してみると、とてもコアクリスタルを収納できるだけのスペースがあるようには思えなかった。あれでどうやって動くのだろう。
「あれはコアクリスタルを個体の状態で保存するのではなく、純粋な燃料の状態に変換してから吸収する機能がついておりますので、大きさがあの魔道具よりも大きいコアクリスタルでも、挿入口につければ吸収して作動いたします」
どうやら、ワールドラビリンスの50層以降で出る魔道具には、そういった機能が搭載されているらしい。現在地球で利用しているコアクリスタルを燃料にする仕組みよりもずっと高機能のようだ。
というかもしかして、実はエバさんが俺にくれた魔道具も、それと同じ仕組みがついているのかもしれない。そういえば、あれもかなり小さめだった。エバさんからあらかじめ燃料を満タンにしてあると言われていたので、そういえばまだ一度も燃料を補充してみた事がない。
(家に帰ったら試してみようかな。でも、使う機会がないから燃料も減ってなくて、コアクリスタルを補給できないかな。まあ、身を守る魔道具を使う機会なんか、ない方がいいんだけど)
「高性能の魔道具には、そういった機能がついているんですね。なら、そういった仕組みが地球でも再現できれば、こちらでもスマホやパソコンが使えるようになるかもしれませんね」
しかしそうなると、マレハさんが渡した魔道具を解析してその機能を再現できるかどうかとかを、化学班が検証したりするのだろうか。なんだか益々、その魔道具の希少価値が上がってしまった気がする。一体どうやってマレハさんにお礼をしたらいいのか。
「……これは、コアクリスタルを燃料とした機械類とそうでない物とで、こちらで使用できるかできないかを、もっと詳しく調査した方が良さそうですね」
来栖さんが疲れたような表情で溜息をついた。
(今までその調査をしていなかった事の方が、俺にとっては意外なんだけど……。初期に機械類を色々持ち込んで使えなくって駄目だと判断して、それ以来は、大型の機械や精密機械は駄目って固定概念に縛られてたのかな?)
それでも、車が後から許可されたと知っていたなら、そのあたりでもう一度詳しく調査しなおしていれば、新しい発見があったかもしれないのに。
あるいは一度システムに拒否された物をもう一度こちらに持ち込んで調査し直すのを、政府の人が自主的に遠慮してたとかかな? 日本人って結構、無駄に気を回して忖度(そんたく)しすぎる事も多いらしいし。
「興味深いお話を有難うございます。コアクリスタルを原料として動く機械類ならば、こちらに輸入が可能かもしれないとなれば、随分と大規模な取引ができる可能性があります。政府の方に上申しておきましょう」
機械類は高額な物が多いから、政府にとっても逃せない商機になる可能性がある。やっぱり、使えるものと使えない物の再調査は必要そうだ。
「車とやらは、先日の街道作りの際に見かけました。荷物を載せて長距離を移動するのに便利だと聞きました。鉄道とはどのようなものでしょうか?」
マレハさんはどうやら鉄道の存在そのものを知らないらしい。やっぱりこちらには、鉄道に類する乗り物はないんだな。
「鉄道は、地面に鉄の道をあらかじめ敷いておいて、その上を走る大型の車のようなものですかね? 車とは違って決まった道しか走れない代わりに、高速で大容量を運べるものです」
来栖さんが鉄道とは何かを説明している。
「鉄道の方は街道作りをしていた人達が、そのうち日本の鉄道会社に見積もりを依頼したいって話をしていました。でも、ダンジョン内部に鉄道を作る話を、日本の鉄道会社に受けて貰えるか不安だって零してましたから、もし政府の方で導入を推進してもらえるなら俺も嬉しいです」
俺は鉄道の導入を国で推進してもらえないかなと期待を込めてコメントしておく。鉄道が開通すれば、渡辺さんの集落にも気軽に遊びに行けるようになるだろう。
「そうでしたか」
頷く来栖さんと、ひたすらメモ帳にメモを取っている春日さん。……春日さん、どうやらこの会話を全部速記で書き記しているみたいだ。大変そうだな。でも折角の機会だから遠慮しないで、出したい要望は全部話すつもりだけども。
「あとは、印刷用の機械をこちらに持ち込めないなら、日本の印刷会社にこちらの原稿を渡して、代わりに印刷してもらうサービスがあったら良いかもです」
日本には印刷会社が沢山あるらしいし、そういうのもアリだと思う。俺は作った事ないけど、自費出版の本とか少数部数の同人誌とかを作ってくれる会社もあるらしいし、装丁(そうてい)が凝った美しい本とか、面白い仕掛けが施された本なんかも、注文に応じて作ってくれるらしいし。もしダンジョン街からの仕事が来るようになれば、その分だけ会社にお金が入るのだから、きっと喜ばれるだろう。
「なるほど。そういった事業形態も、今後展開できるかもしれませんね」
……そんな感じで、しばらくの間、思いつくものをあれこれと話した後で解散となった。
来栖さんと春日さんは、マレハさんにペコペコと何度も頭を下げて帰って行った。彼らがここの街担当の役人さんに、ちゃんと漫画の要望を伝えてくれるといいな。
俺はその後にマレハさんに頼まれていた漫画を何箱も、ダンボールに入った状態で渡した。その際に領収書とお釣りも渡して、きちんと間違いがないかも確認してもらった。
箱にぎっしりと詰め込まれた大量の漫画本を前にして、非常に興奮した表情で、それでもそれを必死に抑えようとしているマレハさんの様子が微笑ましかった。
俺にはその気持ちがとてもよくわかる。目の前の漫画を片っ端から、一刻も早く読みたくて仕方ない状態だろう。
その後は更に、人形達をインベントリから出して、みんなで斥候ギルドで訓練を受けた。
帰りに受付に寄った際には、マレハさん以外の職員さん達からもすごい熱意を持って、代理購入に関するお礼を言われた。
前回に差し入れした漫画も、マレハさんが読み終わった後で、みんなで回し読みをしたとの事で、今回も本が届くのを楽しみにしていた人がかなり大勢いたそうだ。
そんなに沢山の人が漫画を楽しみにして待っていたくれたんだとわかって、俺も嬉しくなった。
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