第130話 シーカー用靴屋へ行ってみる

 午前中にレーベの街の斥候ギルドで険しい地形の踏破訓練をやった時、よりエッジの効いた登山靴の必要性を感じた。それで、戦闘にも登山にも使える靴を購入する事に決めた。

 普段はそこまでエッジの効いた靴じゃなくていいので、必要に応じて履き替える予定だが、どうせなら普段の戦闘靴も新調してしまうつもりだ。


 シーカー用の靴は以前に一度買っている。4層でニワトリに怪我をさせられた時だ。

 あの時は自分の装備の足りなさを実感して、追加装備を揃える流れで戦闘靴も買ったのだ。それまでは普通の靴を履いて戦っていた。

 これまではその戦闘靴一種類でずっとやってきたのだけど、少しキツくなってきたし、下級ダンジョンでの戦闘に備えて、もっと良い素材の戦闘靴と登山靴を新たに買おうと思う。


 ただ、キセラの街の靴屋に行くのは、実は今回が初めてとなる。以前の戦闘靴は地球製の物を買ったからだ。

(当時はダンジョン街と日本のどっちの方が相場が高いとか、モンスター素材の揃えがいいとかが全然わからなかったし、たくさんの新しい店を新規開拓していくのが億劫だったんだよな。ホルツさんの防具屋に行った時点で精神的に力尽きて、靴はもう日本のでいいやって、適当に決めたんだった)

 あの頃は今より更に人見知りが激しかったし、お金もかなりギリギリでやり繰りしていた。

 そういう事情もあって、戦闘靴といっても、かなり安めの物を買った覚えがある。

 部屋に保存してある領収書を箱から探してみたら、やはり一万円ちょっとの物を買っていた。

(下級に行けば今まで以上にモンスターも強くなるんだし、この機会に買い直した方がいいよな)




 キセラの街の靴屋は、ジジムさん達の食堂の隣の隣にある。

 街の通りは四軒ごとにちょっと広めの通りがある。とは言っても、四軒並んでいる店舗も、壁を共有しているとかで密接しているとかじゃなく、一軒ごとに小さいながら庭があって、店舗と店舗の間には、庭の他にも、人が一人通れるくらいの細い小道が空いている。

 四軒ごとにある通りは人が二人くらい並んで通れる広さの、ちょっとだけ幅広の通路という意味だ。

 銀行の北側にある北西通りに入ってすぐがガイエンさんのスクロール屋で、その隣がアゼーラさんの魔道具屋。その隣がアルドさんの武器屋で、その隣がホルツさんの防具屋。

 やや幅広の通りを挟んで、更にその隣がジジムさんの食堂……というふうに続いていく訳だ。



「いらっしゃいませー」

 靴屋に入ってすぐ、こちらに気づいて声をかけてきたのは、青白い肌に黒髪黒目、額に湾曲した太めの角を持った種族の成人男性だった。この前行ったレーベの街でも、同じ種族だろう見た目の人を、何人か見かけたな。

「こんにちは。あの、こちらでシーカー用の靴を販売しているんでしょうか?」

 普通の靴とシーカー用の靴は明らかに、造りも値段も違うからな。先に確かめておかないと。

「はい、そうですよー。とはいっても、うちは既製品の扱いはなくて、注文を受けての個別作成のみになります。よろしいでしょうかー?」

 既製品は取り扱っていないらしい。すべて個別作成か。値段もかなり高くなるのだし、自分の足に合わせて造ってもらった方が、良い物ができるのだろう。

「はい、大丈夫です」

「それなら良かったですー。やっぱり靴は一から足に合わせて作った方が、履き心地がいいですからねー。ではまず、お客様の足を測らせていただきたいのですが」

「あ、はい。お願いします」

「それではこちらにどうぞー」

 店内に設置してある背の低い椅子を勧められ、促されるままに座る。

「お客様のお名前は?」

「鳴神 鴇矢です。鴇矢が名前です」

「トキヤ様ですね、はい、了解ですー。ボクはガダといいます。種族はクルシカ族です。よろしくお願いしますー」

「ガダさんですね、よろしくお願いします」

 自己紹介で種族までこうして教えてくれる人は珍しいな。でもそのおかげで、これまで聞いた事がなかった種族名が知れた。


「素材は何を予定してますかー?」

「えっと、特に決めてなくて」

 椅子に座った状態で、履いてきた靴を脱いで、靴下も脱いだ状態で、足の細かい数値を取ったり足形をとったりされる。と同時に、素材に関する質問をされた。だが俺は魔物素材に詳しくないから答えられない。

「では、お値段のご予算はー?」

「うーん……えっと、もうすぐ下級に挑む予定なので、そこで不足ないくらいの値段って、どれくらいでしょうか?」

 貯金を目一杯使う訳にもいかないので、逆にこちらから質問してみる。俺には適正価格がわからないので、どれくらいが適正か本職に判断してもらいたい。

「下級ですか。それなら、二万DGから五万DGくらいが妥当なお値段でしょうかー。靴の種類はショートブーツと普通のブーツとロングブーツのどれにします? それによっても、お値段が変わってきますー」

 日本円に換算すると、二十万円から五十万円か。結構、値段の幅が広いな。まあ最低限のものでも、これまで履いていた一万円ちょっとの靴とは比べようもない高額になるけど。

「これまではショートブーツを履いていました。ここからも同じで問題ないでしょうか?」

 ちなみに、ここで言うショートブーツは踝より少し高いくらいの長さで、普通のブーツは膝下、ロングブーツは太ももの半ばまである、軍靴のようなタイプだ。

「できれば普通の長さのブーツの方が、安全度は高いと思いますー。ロングブーツが一番安全ではありますが、一人では履くのも脱ぐのもとても大変なので、お勧めはしづらいですねー」

「それなら、普通のブーツでお願いします」

 膝下の長さのものなら、これまでよりも防御力も高くなるし、着脱もそんなに大変じゃないだろう。


「素材は、下級魔物素材ダンジョンの、スイギュウ、オオトカゲか、イノシシ、クマ、ワニあたりを外の素材に、内側は柔らかめの素材である、シカ、ウマ、ウサギ、ヒョウあたりの皮をお勧めします」

「その、俺には素材の違いがわからないので、三万DGくらいの予算内で、一番いい感じの組み合わせでお願いできませんか?」

 下級の魔物素材ダンジョンで出てくるモンスターの名前を言われるが、どのモンスターがどの層で出てくるかは調べているけど、どの素材が靴に合うかなんて、そもそも調べてもいない。なので全部お任せにしてしまう。

 俺の許容範囲内で一番高い値段を告げる。でも考えてみるとこれ、今使っている防具すべてを足した値段よりも、靴一足の方が高くなる計算だな。これは防具もそのうち、下級用に一式買い替えた方がいいのだろうか。それとも、靴の方が防具よりも高くなるのは当たり前の事なのだろうか。どうにも判断に困る。

「了解ですー。それでは三万DGの予算内で一番性能の良いオオトカゲの皮とシカの皮を使って、ブーツを作るという形にさせて頂いてよろしいでしょうかー?」

 ガダさんが予算内で一番いい素材を即座に提案してこちらに確認してくれる。ありがたい。俺に決めろと言われても、どれがいいか本当にわからないから。

「はい、そうしてください」

「わかりましたー」


「あとそれと、山とか岩の斜面が厳しいフィールド対応用に、戦闘もできる登山靴も一足、別に用意したいと思うんです」

 今日、靴屋に来るきっかけとなった、登山靴も購入したいと告げる。

「うーん、エッジが効いた頑丈な登山兼用の戦闘靴となりますと、お値段が更に上がります。いっそ、普段の戦闘靴にそういった機能を組み込んだ方が良いのではないでしょうかー?」

 ガダさんからそう提案されて躊躇する。

「登山用の靴って、普段から使っても大丈夫なものなんでしょうか? 壊れるのが早くなったりしないでしょうか」

 疑問点を質問してみる。

「確かに少し消耗が早くなりますが、消耗部分の取り換えが可能なタイプもあります。防水、防刃なのはどちらも同じですし、登山兼用の良い靴を一足揃える方が、お値段はお安くなりますー。勿論、予備として別の靴を仕立てたいと仰るなら、その通りにします。どうされますー?」

「もし靴が履けなくなった場合の予備も兼ねて二足誂えるか、一足の値段を高めて、良いものを追及するかですか。……でも、もし予備が必要になった際に注文制だと、すぐには履き替えられないですよね?」

 俺の最大の懸念はそこだ。俺はできるだけ毎日ダンジョンに潜りたい性分なので、万が一靴が壊れたら、新しい靴が仕上がってくるまでダンジョンに潜れなくなってしまうのは勘弁してほしい。

「そうですねー。作成に二週間ほどはお時間を頂きます」

「なら、やっぱり二足に分けて、普段用と登山用で作って下さい。予備がないのも不安なので」

 やはり予備がないと、いざという時が不安になる。既製品なら壊れてもすぐ買い替えられるけど、注文制だとそうもいかない。二週間もの期間、ダンジョンに潜れなくなるのは痛手すぎる。


「了解ですー。登山靴の方は、3万DGを超えてしまいそうですが、よろしいでしょうか? それとも素材を普段の戦闘靴とか変えますか?」

「同じでいいです」

二足で60万円越えになりそうだな……。でも、高額だけど今の貯金額なら払えない額じゃないし、靴を履き替えた時の違和感は、できるだけ少ない方がいいよな。

「デザインには、何かご注文はございますか?」

「特にないです。履きやすくて丈夫でシンプルなら、それでいいです」

「では、こういった形と、こういった形では、どちらの方が好きですか?」

 俺が具体的な指定をしなかったからか、ガダさんは店内から見本用の靴を持ってきた。手渡された二足を比べてみると、丸みを帯びた形と、角がちょっとだけ尖った、がっしりとした感じの靴という違いがあった。俺は丸みを帯びた靴の方を選ぶ。

「ではこちらの靴に似たデザインにしますねー。色はどういたしましょうかー」

「黒でお願いします」

「わかりました。少々お待ちください。今見積もりをお出ししますのでー」

 ガダさんはメモ帳に必要素材や作成費用などを書いて、その場で詳細を計算している。

「お値段は、一足目の通常の戦闘靴が二万八千DG。登山仕様の戦闘靴が三万五千DGになりますー。こちらでよろしいでしょうかー?」

「はい、それでお願いします」

「ご注文を承りましたー。半額前払いになりますが、問題ございませんかー?」

「大丈夫です」

 銀行カードで半額を前払いする。注文票を受け取って終了だ。

 個別作成というだけあって、選択肢が沢山ありすぎて戸惑ったけど、本職のガダさんにほぼ丸投げして何とかなった。

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