第124話 友達みんなで食事会  前編

 ジジムさん達の食堂を貸し切って、友達で集まって食事会をすると決まったのは、夏休みが終わった直後の事だ。

 今日はついに、その食事会の当日となる。



「それなら、私も料理を作るわ。差し入れに持っていって」

 実は予定が決まった日に母に食事会の話をしたところ、とても生き生きとした表情でそう言われていた。見るからに張り切っている様子で。

「うん、それじゃお願い。日本の料理は珍しいだろうし、きっとみんなに喜んでもらえるよ。ジジムさんの食堂を貸切って開催するっていう話だけど、良ければ母さんも参加する?」

 差し入れを作るなら、どうせなら母も参加するかと聞いてみたのだが、それには首を振られた。

「せっかくだけどやめておくわ。鴇矢の友達には会ってみたいけど、親の私が顔を出すと、鴇矢も友達とのんびり話せないでしょ。その代わり、料理はたくさん作るから」

 どうやら俺に気を遣ってくれたらしい。

「わかった。差し入れ料理、楽しみにしてるよ」


 ……そんな感じで、事前に差し入れを作るって話そのものは母から聞いていたのだけど、当日の今日、母から持って行くようにと手渡されたのは、三段重ねのお重が二つの他に、大きなタッパーが五つという、ものすごい量だった。

(張り切り過ぎなのでは?)

 驚くくらい大量の料理である。俺にインベントリスキルがあって良かった。これを一人で運ぶとなったら大変だったに違いない。

 でも、母の料理は美味いから楽しみだ。差し入れ用に作ったのなら、きっといつもの食事より豪華だろうし。



 中央公園ゲートの付近で、雪乃崎くん、早渡海くんの二人と合流してから食堂へ向かう。更科くんは食事会の主催者側なので、準備の為にかなり先に食堂に行っているそうだ。

 そして、貸し切りの大きな看板が扉に張り付けられている(らしい)食堂の入口を開けると、中から素晴らしく香ばしい匂いの奔流が襲ってきた。

(うわ、いい匂い!)

 匂いに面食らいながら食堂に入ると、まず目に入ってきたのは驚きの光景だった。


「え!? 豚の丸焼き!?」

 なんと、食堂内の片隅で、ジジムさんが豚の丸ごと一匹だとわかる形状のものを焼いていたのだ。すごい迫力だ。

「丸焼きの実物なんて初めて見た……」

 創作物の中では偶に出てくるけど、当然実際に見るのはこれが初めてとなる。こうしてみると、俺が想像していたよりもずっと大きかった。そして香ばしい匂いが室内に充満しているし、その質量と迫力にただ圧倒されてしまった。

「またなんとも、香ばしい匂いが室内に充満しているな……」

「本当、すごいね」

 店内の入口で、俺達は揃って度肝を抜かれた。

 窓を開けて換気しながら魔道具の大口コンロで焼いているのだけど、建物が煉瓦なので、火事の心配はないのだろう。……というか、豚の丸焼きって、室内でもできるものなんだな。

 あまりのインパクトある光景に、俺達の目は丸焼きに釘付けになっていた。

「いらっしゃい、トキヤくん。お友達のみなさん。アルドがトキヤくんへのお礼にって、豚を丸一頭、持ってきたの。それで、見た目の迫力もあるし、面白がってもらえるかと思って、丸焼きにしてみたのよ」

 俺達の来訪に気づいたシェリンさんがこちらに寄って来てそう告げる。

「すごいです。俺、この目で実物を見るのは初めてです。食べるのも勿論、初めてです」

 呆気にとられつつ何とか返事をする。確かにこれは、普段は食べる機会のない料理だ。アルドさんがわざわざ今日の為に、普通の動物の豚を狩ってきてくれらたしい。


「いらっしゃいみんな! 今日は楽しんでいってね!!」

 今度は更科くんが、エルンくんとシシリーさんを連れて入口付近にやってきた。店の扉を開きっぱなしにする訳にもいかないから、俺達は慌てて店内に入って扉を閉じて、彼らと向き合う。

「ツグミの幼馴染の早渡海 神琉だ」

「僕は鳴神くんと更科くんの友達の、雪乃崎 一途です」

 初顔合わせの面子に対して、早渡海くんと雪乃崎くんが自己紹介する。特に雪乃崎くんは、キセラの街に俺と一緒にやってきたのは初めてとなる。ダンジョン街の住人とは、全員が初対面だ。

 俺はここにいる面子とは全員と顔見知りだったので、今回は自己紹介に混ざらなかった。

「よろしくね、カミルとカズミチでいいわよね? 私はシシリーよ。ツグミのパーティメンバーよ」

「よろしく頼む。ぼくはエルンだ。シシリーとツグミのパーティメンバーだ」

 二人の自己紹介に対して、まずシシリーさんとエルンくんが答える。今回の食事会の主催だからだろう。

「私はシェリン、この食堂を夫のジジムと一緒に経営しているの。よろしくね」

「ジジムだ。この食堂の店主だ。よろしく頼む」

 次いで、食堂を貸し切りにして食事会の場所を提供してくれたシェリンさんとジジムさんが名乗った。


「アルドだ。エルンの兄にあたる。この食堂の近所で武器屋をやっている。トキヤは常連客だ」

 今回の食事会の為に豚を丸ごと一頭提供してくれたアルドさんが続く。

「ガイエンだ。一部の面子には前にも名乗ったな。近所のスクロール屋の店主だ。俺も前にトキヤ坊に差し入れをもらってっからな。今日はお返しに、珍しい果物を持ってきたぞ」

「ガイエンさんの果物は、ジュースとデザートの果物のタルトにしたから、楽しみにしててね」

「俺はホルツだ! 俺の防具屋も、トキヤが常連客だぜ! 今日はブタの丸焼きを回す交代要員として呼ばれたんだ! まあ、料理も楽しませてもらうがな!」

 なんと参加メンバーの中に、ガイエンさんとホルツさんもいた。確かに俺が良く行くお店の店主さんだけど、どうして参加しているんだろうと思ったら、ガイエンさんは差し入れのお礼にと、こちらも食材を提供してくれていたらしい。そしてホルツさんは、豚の丸焼きを調理する為の交代要員として呼ばれたようだ。

「シギです。食堂の従業員として料理をしますが、食事会にも参加させてもらう事になりました。よろしくお願いします」

「ドモロです。俺も食堂の従業員で、料理やブタの丸焼きをしながら、食事会にも参加させてもらいまーす」

 食堂の従業員である二人も、手伝い件、参加要員のようだ。確かに、ただ手伝いに徹して貰うよりは、食事会にも参加して貰った方が、俺も気が軽くなってありがたいな。

「エバ・ホバである。エバと呼ぶのを許そう」

 最後に名乗りを上げたのはエバさんだった。まさか普通に参加しているとは、完全に予想外だった。そういえば、身を守る魔道具を貰ったのに、彼には何もお礼もできていない。今日参加するって前もって知っていたなら、お礼の品を何か考えて、用意してきたんだけど。

 次に会えた時の為に、悪くならない品をインベントリに入れて準備しておくべきだったな。……今度から、それも準備しておこう。今日はせめて、食事会で母の差し入れの焼きそばを味わってもらいたいところだ。


 一通り自己紹介を終えてから改めて室内を見渡すと、ライトアップされていたり、花飾りがあちこちにあったりと、いつもより明らかに飾り付けされている。

「おお、室内もすごく華やかになってるね」

「でしょ? 俺達で頑張ったんだよっ!」

「こんなに大がかりにやるんなら、僕も事前に手伝いに来くれば良かった」

「そうだな、参加だけになってしまった」

「そんなの気にしないでよ、準備も楽しんでやってたしっ」

「参加してくれただけで嬉しいわ。ずっと、ツグミとトキヤの友達に会ってみたかったの」

 更科くん達がわいわいと賑やかに話し始める。俺も参加しようかと思ったけど、先に母の差し入れをシェリンさんに渡そうと思って、そちらに声を掛けた。


「シェリンさん。母が作った差し入れを持ってきたんです。今日の食事会で一緒に出して欲しいんですけど、構いませんか?」

「まあ! 嬉しいわ。楽しみね。トキヤくん、厨房に一緒に来てくれる? どうせならヒタキさんのお料理もお皿に移し替えたいし、差し入れはそちらで出してくれるかしら」

「わかりました。お願いしますシェリンさん」

 厨房に入るとシェリンさんが、食堂の方には聞こえないようにコッソリと話しかけてきた。

「アルドからあちらでトキヤくんが逆恨みされる可能性を聞いたの。私達には関わりのある事だから知っておいた方がいいだろうって。それで、その後そちらは大丈夫そう?」

 心配そうにそう問いかけられる。そうか、彼らも関係者として、事情を説明されたのか。

「シェリンさんもアルドさんに聞いたんですか。アルドさんのお店で、エバさんからその対策にって、危機になったら助けが得られるっていう魔道具を貰ったんです。それに、斥候ギルドのマレハさんっていう職員さんが、ステータスボードを見ても、功績を事を迂闊に口にしないようにって、ギルドや公共機関に話を回してくれたんです。俺が本の導入に関わったっっていう話は、日本政府が表に出さないように手配してくれていますから、外国に知られない限り問題ないと思います。あちらではステータスボードを提示する機会なんて、外国に行かない限りはないですし。だから大丈夫だと思います。心配させてすみません」

 大勢の人を関わらせて手間をかけてしまったのが心苦しいが、これだけしてもらったおかげでかなりの安全対策がなされている。だからそんなに心配しなくていいと思う。


「もう。トキヤくんは私達の為に色々と提案してくれたんだから、そのせいで何かあるのなら、私達が心配するのは当然でしょ。……そう、エバさんがいざという時の魔道具をくれて、ギルドも手を打っていたのね。それなら安心かしら」

 シェリンさんも納得してくれた。

「はい。それにしてもエバさんが食事会に参加してくれているとは思わなくて、びっくりしました」

 偉大なシーカーだから滅多には会えないに違いないみたいな、妙な先入観があったのだ。それで余計に驚いてしまった。

「あの方はあれからもしょっちゅう、うちにラーメンを食べに来てるわ。それであの方も本の導入の功労者だし、そのお礼もしたかったから、食堂にいらした際に、今回の食事会に誘ってみたの。あの方からは、ここのラーメンの種類を味噌と醤油以外に増やせないかっていう要望も受けているわ」

 どうやらインスタントラーメンで色んな味を知ったのがきっかけとなり、もっと多彩な種類を望んでいるらしい。きっかけを作った俺としては、シェリンさん達にちょっと申し訳なくなった。

「うわあ、そうだったんですか。俺、300層超えのシーカーって、もっと孤高の存在で、滅多に会えないような感じだって、勝手に想像してました……」

「それは人によるわね。……とにかく、何かありそうならすぐに相談してね」

「はい、わかりました」


「じゃあ、ヒタキさんからの差し入れをお皿に移しましょう」

 厨房に来た本来の目的に移る。俺はインベントリから差し入れを全部取り出して、母から聞いていた説明をする。

「母からの伝言では、お重……こっちの黒い箱を重ねた方は、お皿に入れ替える必要はないそうです。中身が崩れるからお勧めしないって。あと、タッパーのこの餡かけは、こっちの堅焼きそばにかけて盛り付けしてほしいそうです。それとこっちの焼きそばは、お皿に盛りつけてから、持ってきた青のりを少し振りかけて、紅ショウガを端っこにつけて盛り付けして欲しいそうです」

 母の差し入れ料理、タッパーの方は全部焼きそば類だったのだ。通常のソース味、塩味、わさび醤油味、餡かけ堅焼きそば。確実に麺好きの存在を考慮してメニューを組んでいるラインナップだ。

 そしてお重の方は、一つの箱に一種類がぎっしり入っている形式だった。エビフライ、ハンバーグ、コロッケ、ポテトサラダ。ここまでは子供に人気の定番料理だ。

 そして残り二つの箱は、一口サイズの揚げ出し豆腐と、ゴボウと牛肉のしぐれ煮。こちらの二品は、ダンジョン街では珍しい和食となる。

 どれも美味しそうだし、それに一品の量がいっぱいあるので、料理が気になったのに食べそびてしまう、という人が出る心配もなさそうだ。

「まあ、どれも美味しそう! それに変わった料理もいっぱい! 今日はうちでも、トキヤくんが持って来てくれた料理本に乗っていた料理を、いくつか作っているのよ。そちらも楽しみししていてね」

「はい、ありがとうございます」

 焼きそばをお皿に移し替えるのを手伝ってから、お重と一緒に食堂のテーブルへと運んで並べていく。四つのテーブルを並べて一つの大きな料理置き場にされていた場所には、既にこちらで準備してくれた他の料理がどっさり並んでいたから、置き場所に困る程だった。



 そうして焼きそば類も運んでいると、早速エバさんが気づいて食いついてきた。

「これは初めてみる麺料理だな?」

「はい。母の差し入れの餡かけ焼きそばです。細い麺を油で揚げて固めて、その上に餡かけをかけた料理です」

「ほほう、これはまた、興味深い。かような料理方法があるとは、なんとも面白いものよな。それに他の焼きそばもどうやら、種類があるようだ」

 流石、ラーメンにあれだけ嵌まっただけあって、エバさんは焼きそば類にも興味津々の様子だ。

「おお。まだこんなにも、麺の種類があったのだな」

 他の人と話し込んでいたアルドさんも、麺の気配を察知して寄ってきた。

「通常のソース焼きそばの他に、塩焼きそばとわさび醤油の焼きそばもあります。ぜひ食べ比べてみてください」

「お? トキヤが運んでるのが、トキヤの母ちゃんの料理か。ってー事は、あっちの料理だな? そりゃー楽しみだ! 丸焼きを回す係として呼ばれて役得だな!」

「今日は食事会に参加して得したじゃねーか」

 ホルツさんとガイエンさんも、母の差し入れを楽しみにしている模様。まあ、こっちの人にとっては、あっちの料理ってだけでも物珍しいのだろうな。



 料理を運び終えて、ふと、店内の飾りつけの中に目を惹くものを見つけた。

「あの棚に飾ってあるのって……」

 食堂の目立つところにある棚の上に、折り鶴が二羽、ガラスケースに入れて飾られていたのだ。華やかな模様の和紙で作られているから、飾りとして見ごたえがある出来栄えになっている。ガラスケースに入れてきちんと保管されているのもあって、貴重な細工物みたいだ。

「そうよ! あれ、私が折った折り鶴よ! ツグミに教えてもらいながら折ったのだけど、うまく折れてるでしょ? トキヤがくれた紙が模様が入っててすごく綺麗なものだったから、折るのを失敗したらって思ったらドキドキしちゃったわ」

 シシリーさんが俺の視線の先に気づいて、胸を張って得意げに申告してくれた。どうやら彼女に差し入れた折り紙と折り紙の本も、無事に活用してくれたようである。

「祖父がやっている古本屋にも、同じように折り紙を飾ってもらってるの。お客さんの反応もいい感じよ。何よりあの紙がとても綺麗だから、出来栄えも良くなるのね。おかげで作り甲斐があるわ。紙を折って、色んな形の細工物を作り出すなんて、変わってて面白いわね。ちゃんと手順通りに丁寧に折れば、初めて作る私でも、教本通りの形になるんだもの。トキヤの国には綺麗なものや面白いものがいっぱいあるのね」

 シシリーさんがとても楽し気に、熱心に語ってくれる。ここまで喜んでもらえたなら、差し入れを持ってきた甲斐があるな。

「楽しんでもらえて良かったよ。和紙の折り紙の種類も、今回持ってきたもの以外にもあるから、また今度持ってくるね」

「まあ、そんなにも種類があるのね。ありがとう、楽しみだわ」

 シシリーさんが目を輝かせてにっこりと笑う。


「入浴剤も気持ち良かったぞ。兄もぼくもとても気に入って、トキヤが差し入れでくれた分が終わったら、また新しいのを購入したいと思ってるんだ。カタログでは同じものは見当たらなかったが、要望すれば宅配で取り寄せられるだろうか?」

 今度はエルンくんが、以前の差し入れの話を持ち出してきた。どうやらこちらも入浴剤を気に入ってくれたようで、俺もまた嬉しくなる。

「多分大丈夫だよ。宅配はまだ試用期間中で、取り扱いの品も少ないけど、これからどんどん増えていくみたいだし。要望があれば、取り扱ってくれると思うよ」


 そんな感じで、まだ食事会を開始してもいないのに、話が盛り上がった。

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