第123話 マレハさんに漫画本を差し入れする

 文化祭も終わって、学校は一部の三年生が受験に向けて殺気立つ季節になってきた。

 でも俺達四人はみんな、今の成績で十分に合格圏内の同じ学校を本命として受験する予定なので、焦ったりはしていない。同じような感じの生徒も俺達以外にもそれなりにいるみたいだし、そもそもこの学校にいるのは、最初から勉強熱心ではないタイプが多いんだろうな。

 家では天歌兄が本来の受験生らしく猛勉強しているので、家族みんなで気を遣ったり、美味しいものを差し入れたりして陰ながら応援している。でも兄はちゃんと、模試でA判定を取って、志望校の合格圏内にいるという。その辺りは流石、文武両道の自慢の兄である。

 それと、あれから何度も買取所に行っているが、その後はあのスカウトの人とは会っていない。他に怪しい人物に声を掛けられたりもしていないし、とても平穏な日常が続いている。



(戦闘はそこそこ順調だけど、まだ探索が全然できていないんだよな)

 毎日ピラニア相手にひたすら戦っているのだが、実はまだ入り口の壁を背にした状態から、まったく先に進めていないでいる。

 今はレベル上げの為の期間と割り切って、黙々と入口付近で戦っているけれど、そのうち戦いながらも前に進んで、10層の地形探索もしていきたいところだ。10層の出口となる魔法陣を探さないと、いつまで経っても初心者ダンジョンの攻略が完了しないからな。



 それはそうと、今日はキセラの街の斥候ギルドに行って、鍵開け講習を受けるつもりだ。あとは、斥候ギルドの職員さんにみんなで食べてもらうようにお菓子を買って、マレハさん個人に何か差し入れに持っていきたいと思っている。

 以前、マレハさんがステータスボードの功績を見かけても迂闊に口にしないようにと、ダンジョン街に広く根回ししてくれたおかげで、安心してどこでもステータスボードを提示できるようになったのだ。彼にはぜひお礼がしたい。

(お菓子は和菓子屋の「和み花籠」でいいかな。母さんのお勧めで、ガイエンさん達も気に入ってくれたお菓子だし、うちから結構近いところにある店舗だし。あとはマレハさんに対する個人的なお礼は……どうしようかな)

 以前、本の導入が進みそうな事をとても喜んでいた様子だったから、お礼は本にしようと思ってはいるが、どのジャンルの、どの形態の本を買うかが悩みどころだ。

(俺が好きでお勧めできるのって、ライトファンタジーの小説か漫画が中心なんだよな。流石に読んだ事のない本を贈るのはどうかと思うし)


 ……そういえば、ダンジョン街には漫画は存在するのだろうか?

(紙が貴重なら、小説はあっても漫画はないかもしれないな。……それなら漫画自体が珍しい訳だし、面白がってもらえるかも。よし決めた。俺のお勧めのファンタジー漫画の単行本を持っていこう)

 あちらにはまだ、地球の本の導入はほぼ進んでいない状態だろうから、持って行った作品が既に読んだ事があるものという事態はおそらく避けられるだろう。

 俺は早速外に出掛けて、お菓子と本を購入する事にした。





「マレハさん、こちらをどうぞ。この前のお礼です」

 斥候ギルドの受付でマレハさんがいるのを確認してから、インベントリから菓子折りと本の入った紙袋を取り出して、カウンターの上に置く。

 ちなみに選んだのは少年漫画と少女漫画の両方で、完結済みで10巻から20巻程度のシリーズ二つにした。どちらも非常に情緒が揺さぶられる描写がある、異世界が舞台のファンタジーである。俺のお気に入り作品だ。


「こちらは?」

 マレハさんが差し出されたものを前に、不思議そうに小首を傾げている。

「お菓子は斥候ギルドの皆さんで食べて下さい。こちらは、「漫画」という、絵と文字を使った独特の形態の本です」

 紙袋の中身が本であると説明する。袋の口を閉じていないから、本の背表紙は一部見えている状態だ。

「わざわざありがとうございます。私は以前から、そちらの世界の本にとても興味があったのです。……それにしても、こんなにたくさんの本を一度にお借りして良いのでしょうか?」

 何故か貸し借り前提で話をされた。こちらでは本が貴重で、知り合いで読み回しするって前にシェリンさんが言っていたし、その習慣から借り物だと認識したのかもしれない。

「お礼品の贈り物として、本もそのまま受け取って下さい。あちらでは本も安く大量に手に入るので、遠慮しないで貰って下さい」

 俺がそう言うと、マレハさんは眉を僅かに下げて、申し訳なさそうな表情になった。

「それはそれは。却ってお気を遣わせてしまいまして、申し訳ありません。私が致しましたのは、至極当然の事でございますのに」

 マレハさんはそう言うが、彼にとっては当然の事でも、俺にとって非常に助かったのは確かなのだ。それに対してお礼をしたいと思うのもまた、俺にとっては当然の思いなのである。

「いえ、おかげでとても助かりましたから。これはほんの気持ちです。本当に、高価なものではないので、ぜひ受け取って下さい。あと、本は俺の好きな作品なので、暇な時にでも読んで、感想を聞かせて下さると嬉しいです」

 俺が重ねて受け取って欲しいと頼むと、マレハさんはようやく頷いてくれた。

「そういう事でしたら、こちらの本もありがたく受け取らせて頂きます」


「あ、本の内容には、残酷な描写も含まれていますが、あくまでも、架空の世界の創作物ですので……」

 受け取って貰えた事にほっと安堵して、それから思い出して注意しておく。

 自分が好きなファンタジー漫画から選んだのだが、二つの作品には両方とも、それなりに残酷な描写が含まれているのだ。そこを、あくまで地球の常識ではなくフィクションですと申告しておく。

「こちらにも娯楽用の小説などが少しはありますから、創作物を読んで、そちらの世界の出来事と勘違いするような事はいたしませんよ」

 マレハさんはすぐ、俺の発言の意図を察してくれたようで、笑顔でそう返してくれた。

「それなら良かったです。持ってきた漫画という本は、俺の国では特に子供に親しまれている娯楽品なんですけど、大人でも読んでいる人はいっぱいいます。こちらにないなら面白がってもらえるかと思って選んでみました」

 次いで、漫画を選んだ理由を告げる。

「マンガという形態の本は確かに、こちらでは聞かないものです。絵本とはまた違うのですよね?」

「ええ、絵本とは、かなり違った感覚の読み物です」

 そう簡単に漫画の説明をする。まあ実際に読んで貰えれば、違いは自然とわかって貰えると思う。

「珍しい品をありがとうございます。ぜひ読ませていただきますね」

「はい、楽しんで貰えたら嬉しいです」


 そんな感じで差し入れの受け渡しを終えて、俺は改めて受付を行って今日行われる鍵開け講習を、人形達と共に受けて、その後は訓練もやってから家に帰った。

 マレハさんにお礼の差し入れをしようと思い立ってから、学校行事が立て続けにあってお礼品を持ってくるのが遅くなってしまったけれど、ようやく渡す事ができて良かった。

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