第122話 文化祭と後日談
修学旅行から帰ってきてから一週間ほど経つと、今度は文化祭の準備が始まった。
文化祭が終わると受験一色になるとわかっているからか、三年生は特に、気合が入っている生徒が多い様子が見受けられる。
今年の俺のクラスでの出し物を話し合う時間には、「ダンジョン街で変わった肉を仕入れてきて調理する」って一風変わった案も出た。
けれど、「自分達で仕入れてきた塊肉を調理できるのか? あるいはダンジョン街の肉屋に下拵えの段階まで頼めるのだろうか?」という疑問が上がって、それにクラスの大半が黙った為、結局は無難な鳥の唐揚げの屋台に決まった。
俺はダンジョン街の肉屋さんだって、きちんと対価を出して頼めばそれくらいはやってくれそうだと思ったけど、それを声に出して意見するつもりはなかった。
初見でいきなり中学生の無茶振りに付き合わせるのも、肉屋さんに申し訳ない気がしたのだ。
(それにしても、俺の所属するクラスは、三年連続で屋台になったな)
文化祭の出し物は、喫茶店とか演劇とかお化け屋敷とか、他にも色々とあるはずなのだけど、何故か毎年、クラスで何をやるか決める時に、屋台が一番人気になるのだ。
まあ食べ物の方が美味しいし、演劇とかだと演技の練習や舞台セットを作るのも大変だ。適度に楽しめて盛り上がり、自分達の教室を休憩所に確保でき、屋台セットはレンタルできるので作成しなくて済むという点で、屋台が一番やりやすいのだろう。
そして文化祭当日、俺は修学旅行で同じ班だった3人と、またもや同じ班になった。
俺の係は調理係だ。一年の時の焼きそば以来だな。
「いらっしゃーい!」
明るい仁良坂くんがお客さんの呼び込みで、水上くんが唐揚げを紙パックに入れて、更に袋に入れる係。そして早渡海くんが会計の係となっていた。
(でも、ずーっと揚げ物を揚げ続けてると、油の匂いで胸やけしてくるな……)
最初は美味しそうな匂いに感じていたのに、次第に胸がムカムカしてきてげっつりしてしまった。
俺の様子を見た早渡海くんが途中で機転を利かせて、交代で調理班と会計係をと申し出てくれて、本当に助かった。
自由時間には早渡海くんと雪乃崎くんや更科くんの4人で合流して、他のクラスの出し物を見て回った。更科くんがあれもこれもと屋台の食べ物を大量に買いたがるので、止めるのが結構大変だった。せめて四人で食べ切れる量に抑えて欲しい。お土産に持って帰るつもりならそれでもいいんだけど、そういうつもりじゃないみたいだし。
打ち上げに余った鶏肉をみんなで揚げて食べたけど、更科くんが大量買いした食料の消費に付き合った俺はもう満腹で、今年は味見以外では、打ち上げでは唐揚げを食べられなかった。
(まあそれでも、今までで一番楽しかった文化祭かもしれないな)
友達みんなであちこち回ってみるのは、とても面白かったし楽しめた。できれば高校に入ってからも、こんなふうにみんなで一緒にいられればいいな。
文化祭の翌日の月曜日は、学校は代休となる。
その日、早渡海くんから電話があって、少し話したいと言われた。
ちょうど家に誰もいなかったのもあって、そのまま俺の家に来てもらう。わかりやすい場所で待ち合わせして迎えに行こうかと提案したのだけど、俺の家の住所はわかっているから大丈夫だと言われた。
(俺、早渡海くんに住所を教えたっけ?)
首を捻りながらもお茶とお茶菓子を用意して待っていると、早渡海くんがすぐにやってきた。
「急に来てすまないな」
「ううん、俺も早渡海くんのお家に何度もお邪魔させてもらってるんだし、気にしないで」
俺の部屋で、お茶とお茶菓子を出して二人で向かい合う。
「実は、修学旅行と文化祭の期間中、鳴神には公安の人員が、密かに監視と護衛に当たっていた」
「ええ!? 公安!?」
いきなり衝撃の内容を告げられて、俺は驚きに声を上げた。
(公安って、小説や漫画に出てくる、特殊な警察みたいなもの、だよな?)
正直俺の公安に対する知識が、創作物の中のもの程度しかない。本来どういう役割を持っていて、どういう仕事をしているのか、殆ど知らない状態だ。なんとなく秘密めいた組織で、国家の危険を見張る人達ってイメージくらいしかない。
そんな人達が、俺の監視と護衛をしていた? ……え、何の為に?
「父の上司から正式に要請があったそうだ。万が一、内部から情報が洩れていて、一般人である鳴神に何かあったとなっては、国としても大問題だからな」
どうやら、先日の本の導入に関する功績の一件で俺に危険が及ばないか、確認してくれていたらしい。まさか国がそこまでしてくれるとは思っていなかった。
「えええ、そこまでして貰ってたんだ。俺は全然気づかなかったよ」
(そんな事になってたのか)
本当に言われるまで、これっぽっちも気づかなかった。それに公的組織はもっと、事件が起きるまで動けないようなイメージがあった。ニュースとかで事件が報道されるのも、大抵は事件が起こった後になって判明したってケースが多いし。
それとも、事前に事件性を察知して警察などが事件を未然に防いだものは、ニュースとして取り上げられない事が多いのだろうか。
それにしても今回の件は、公安が事前に動くほど重要なものだったのだろうか。
考えてみて、一つの仮説に行きつく。
(ダンジョン街の住人がわざわざ配慮してくれたのに、もしも日本政府の内部から話が漏れていました、なんて事になっていたら、国としての面目が丸潰れになるかも?)
国が早々に動いた理由を、そう推察した。
ダンジョン街で「ステータスボードを見ても功績の件を口にしない」配慮をするように話を回して貰った結果、俺の情報があちらから漏れる心配はほぼほぼなくなった。
そうなると俺に関する情報を持っているのは、今のところ日本政府のみになる。
政府が俺を狙う理由なんてないのだから、俺が狙われた場合、政府から情報が漏洩したと考えるのが妥当となってしまうのだ。
それが本当かどうかはともかく、政府としてはダンジョン街で、一連の事情を知っている住人から、そう思われるのを避けたかったのかもしれない。そんな事になったら、国の信用そのものが低下するからな。
(でも、プロの尾行だと、俺がいくら気を付けようとどうにもならないって、今回の件で証明されてしまったな)
俺もそれなりに周囲を警戒して、気配察知スキルをたまに作動させたりしてたのに、何も違和感に気づけなかった。監視も護衛も、こうして早渡海くんから聞かされなければ、そうされていた事にすら気づかないまま終わっていた。
「修学旅行、文化祭と、外部との接触が多い行事が立て続けにあったが、鳴神へ手出ししようとする輩はいなかった。今のところ、問題はないようだ」
そうはっきり断言されて、俺は安堵の息をつく。
「そっか、良かった。スカウトの件で早渡海くんに心配かけて申し訳なかったけど、これで一安心だよ」
監視のプロっぽいイメージの公安の人員が、俺を狙っている輩はいなかったと断言するなら、それは信頼していいんじゃないかな。
「スカウトについては、俺が父に話を上げた後、買取所の監視カメラなどから、相手の素性を調べたそうだ。とある企業の、ダンジョン部門の担当者だったようだ」
「え、そこまでしてくれてたんだ!? それじゃ、本当にただのスカウトだったんだ」
まさか、俺に声をかけてきたあのスカウトの素性まで、既に調べてくれていたとは。
それに本人の申告通り、本当に企業のダンジョン部門の担当者だったのなら、俺を狙う裏の意図があった訳ではなさそうかな?
「だが、そのスカウトが所属する企業が外資系だったので、絶対に白と断言もできなかったようだ。それもあって、しばらく監視と護衛がついていた訳だが」
早渡海くんがそう付け足す。
「外資系……。でもまあ、今の日本じゃ、そういう企業も珍しくなさそうだよね」
はっきり白とも言い切れないが、それだけでは黒とも言い難いという、微妙な線の相手だったようだ。
「ああ。とりあえず今回の学校行事で何もなかった事から、監視と護衛はなくても問題ないと判断された。だがそれでも、これだけで完全に安心できるものでもない。もし何かあるようなら、些細な事でもいいので、すぐこちらに連絡して欲しい」
「うん、わかったよ。ありがとう、早渡海くん」
わざわざそれを知らせに家まで来てくれるなんて、彼には随分と面倒をかけてしまった。
俺はあのスカウトの件もあの日以降はそこまで深刻には捉えずに、呑気に学校行事を楽しんでいたというのに。
(そういえば、修学旅行の時も文化祭の時も、早渡海くんはずっと俺の傍にいたな。もしかして彼も、俺を守ろうとして、できるだけ傍にいてくれていたのかも)
今更彼の行動に気づいて、更に申し訳なくなる。いくら将来は自衛官を志望しているとはいえ、同級生の護衛なんて、一介の中学生がやるような事ではないだろうに。
早渡海くんの帰りがけに、母が料理教室から帰ってきた。
「あらあら! 初めまして、鴇矢の母の日多岐です」
母は俺が初めて友達を家に連れてきていた事に驚いて、それから慌てて挨拶している。
「鴇矢くんの同級生で友人の、早渡海 神琉です。本日は急にお邪魔させて頂いて、申し訳ありません」
早渡海くんも、母に向かってきっちりと挨拶を返す。彼は目上の人に非常に礼儀正しいのだ。
「鴇矢のお友達に会えて嬉しいわ。どうせなら、もっとゆっくりしていってちょうだい」
「いえ、今日は話があって、少し立ち寄っただけですから。また今度、機会があればお邪魔させて頂います」
そんな感じで母と少し話した後、彼はそのまま帰っていった。
「とてもしっかりした子だったわね、早渡海くん」
早渡海くんが帰った後、母が感心したようにそう言った。
「うん、お父さんが自衛隊員なんだって」
「まあ、それで礼儀正しくてしっかりしてるのね。鴇矢も友達が増えて、こうして家まで遊びに来てくれる子ができて、本当に良かったわ」
(それだけじゃなくて、俺を守ってくれたりもした、すごく誠実で優しい性格の友達なんだ)
そんなふうに、彼の良いところを全部言えないのが、ちょっともどかしく感じた。
「うん。俺の自慢の友達だよ」
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