第121話 田園と風車の街セトとその斥候ギルド
修学旅行も無事に終わり、いつもと変わらない日常生活が戻ってきた。
今日は日曜日だ。
ダンジョンに潜る以外の予定がない日なので、以前からいずれは行かないとと思っていた、新しい街の斥候ギルドに行ってみる事に決めた。
俺はまだ、キセラの街とオルブの街以外のダンジョン街には行った事がない。なのでどうせなら、街中を少し歩いて散策してみようと思っている。
それで、朝に母に「今日のお昼は、新しい街の斥候ギルドに行くついでに、その周囲を散策して、食堂に入って食べてみたいから、お昼ご飯は用意しなくていいよ」と言った。
「あら、そういう、のんびりした散策も楽しそうね」
「そういう楽しみ方もいいじゃないか」
両親は俺が積極的に出歩く事に肯定的だ。
「その食堂が美味しかったら、ちゃんと場所を覚えておいて、後で教えなさいよ?」
姉は食堂の料理が美味しかったら、今度食べに行くつもりらしい。
「ちゃんと道がわかるのか? 斥候ギルドの場所の地図は?」
兄からは、俺の迷子の心配をされた。……まあ、家族旅行に行っていた時ははぐれて迷って迷惑をかけたからな。心配になる気持ちもわかる。
「ネットに地図が乗っていたから、その地図を参考にして行くつもりだよ」
俺は準備はできていると答える。
「なら大丈夫か。……でも、もし地図が偽物だったりしたら道に迷う可能性もあるし、その街でも念の為、斥候ギルドの場所を聞いてみた方がいいぞ」
「え、そういう可能性もあるんだ。……そっか、気を付けるね。街の人に地図が合ってるか、ちゃんと聞いてみるよ」
兄の忠告にハッとした。ネットの情報をすべて鵜呑みにするのは危険な場合もあるよな。俺も普段から用心しないと。
「おう、念の為にな。ネットってたまに、間違った情報が載ってる場合もあるからさ」
「うん。教えてくれてありがとう、兄さん」
朝食後は、10時頃までは通常のダンジョン攻略をしてから、その後で斥候ギルドで訓練を受ける為の準備をしてゲートを潜った。行き先は高知県四万十市にある特殊ダンジョンだ。ダウンロードして印刷した地図に載っている通り、街1の南門公園のゲートを選ぶ。
斥候ギルドの場所の地図がネットに載っていたのが、高知県と北海道と東京都の三つだったのだ。それで、東京都のダンジョン街は人が多くていつも混雑していると聞いたので避けて、今日は高知県の特殊ダンジョンに、そして後日には北海道の特殊ダンジョンの斥候ギルドへ行ってみるつもりだ。
キセラの街と合わせて合計三か所。それくらいの数を不定期に行き来すれば、罠の配置に慣れる事もないだろう。もし数が少ないようなら改めて、通う斥候ギルドの数を増やすのを検討しよう。
ゲートを出て最初に目に入ったのは、大きな風車だった。
三階建てくらいの大きさの塔に、幅が広い羽の風車が設置されていて、それがゆっくりと可動している。
足元は灰色の石畳の通路になっていて、建物はみんな白い石でできていた。そして屋根は黒。辺りを見渡してどこを見ても同じ色だ。街全体がそんな感じで、統一された整った雰囲気になっていた。
近くを歩いている人達は、ちょっとだけ和の雰囲気を感じさせる、前合わせで袖が広めの服装をしている人が多いようだ。ダンジョン街もその地域によって、服装に特徴が出るらしい。
ゲートが街の外門の近くに設置されていたので、門の前まで行って外を眺めてみる。街の外に行くつもりはないけど、外の景色にも興味があった。
街の外は、なんと田園が続く光景だった。異世界で田んぼを見るとはちょっと意外だ。別に異世界だって麦畑ばかり作ってる地域ばかりじゃないだろうから、単なる定番イメージの問題だけど。
(田んぼがあって、日本の田舎の風景みたいなのに、あちこちに西洋風の趣きの風車があって、なんとなくアンバランスで面白いな)
別に田圃が日本特有の景色って訳じゃないし、風車だって異世界にあっておかしくない光景なのに、一緒にあるとちょっとアンバランスに感じるのは、無意識に地球と比べてしまうからだろう。
丁度稲刈りの時期なのか、まだ刈られていない田んぼは穂を垂らして黄金色に輝いている一方で、すでに稲刈りの済んだところは、短い茎が残るのみとなっている。割合は半々くらいか。視界の隅では今も大型の魔道具を使って稲刈りに励んでいる人の姿が見える。
(食材ダンジョンがあっても、1層で田んぼや畑を作って、農業をやってる人もいるんだな。そういえば弓星さんも、酪農をやってるって話してたっけ)
単に農業が好きなのかもしれないし、大勢の食を支えるにはドロップアイテムに頼るよりも農業の方が効率がいいとか、何かしらの理由があるのだろう。
牧歌的な風景は、見ていて心休まるものだった。しばらくぼんやりと、田んぼの連なりと稲刈り作業を眺めて過ごす。
その後は街中を少し歩いてみる事にした。
天気は快晴で、やや強めの風が吹いていて、暑さを殆ど感じさせない気持ちのいい気候だ。
大きな風車が回るギィギィという音が聞こえてきたり、街の中を細めの水路が張り巡らされていたりした。キセラの街のように、街中の建物のベランダで色とりどりの花が育てられているといった事はないけれど、通路の端に低木が植わっていたり街路樹があったりして、植物そのものはそれなりに多い。
公園や街路樹には紅葉や銀杏など、秋に色づく木も多数植えてあった。もう少し秋が深まったら、それらが一斉に色づいて華やかになりそうだ。
「いらっしゃい」
お昼近くに入った食堂では、恰幅のよい女性が給仕をしていた。頭に角があるので鬼人だろう。服装は、やはり和にちょっとだけ近いテイストの服を着ていた。
「こんにちは、昼食のメニューは何があるでしょうか」
メニューの文字は俺には読めないので、口頭で訊ねる。
「昼は、猪のステーキ定食と、焼き秋刀魚定食、あとちょっと値段が高いけど、小料理大皿定食ってのもあるよ。ステーキと焼き魚の定食は70DG、大皿定食は150DGだね」
「小料理大皿定食?」
(小さいのに大皿?)
「大皿一枚にたくさんの種類の料理をちょっとずつ乗せてある定食さ。ここの名物料理だね」
「では、その大皿定食を一人前お願いします」
せっかくの機会なので名物料理を食べてみたいっていう気持ちと、あとは猪のステーキは肉の癖が強くて食べられない可能性があって、俺は大皿料理を選んだ。
「それと、ここの街の名前を教えてもらいたいんですけど」
ついでに街の名前を聞いてみた。自分で街の人に住んでいる街の名を訊ねるのは、これが初めてかもしれない。
「ここはセトの街だよ」
「セトの街というんですね。教えて下さってありがとうございます」
テーブルについて料理を待っていると、20分くらいで本当に大きなお皿が運ばれてきた。両手でも持つのが大変そうに見えるような重厚なお皿だ。
(え、これ、一人で食べ切れる量?)
戦々恐々としたけど、テーブルに置かれた大皿の上をよく見てみると、ひとつの料理の量自体は、かなり少なめに盛り付けられていた。品数こそ多いけど、一品ずつの量は少ない。あと、スープ以外の全部の料理が一皿に収まっている。
大皿の後にスープの入ったカップだけが別に運ばれてきて、これで定食は完成したようだ。
「おおー」
大皿にちまちまと少しずつ色んなものが載っているので、とても豪華に見える。
牛肉のフィレステーキが、小ぶりなものが二切れ、生野菜とチーズのドレッシングがけ、野菜の漬物、鶏肉と野菜の炒め物、小さめのおにぎりが二つ、蒸し野菜のソースがけ、焼き魚の切り身一切れ、海老と貝の揚げ物、デザートにゼリーと小さめのチーズケーキ。スープの中身は海藻と野菜とベーコンだった。
味噌や醤油は使っていないのに、どことなく和風な趣きを感じさせる味付けで、どれも美味しかった。とても手が込んでいるし、このメニューだけ値段が高いのも納得だ。
そして食事の後の会計の時に、俺が印刷して持ってきた斥候ギルドの地図がちゃんと正しいのかどうかも、地図を見せて確かめてもらった。問題なかったようで良かった。
食事の後は地図を頼りに斥候ギルドに向かう。街の南門近くまで戻って、大きな敷地の中にある建物に入る。
「いらっしゃいませー、斥候ギルドにようこそですー」
受付で出迎えてくれたのは猫の獣人の女性だった。ステータスカードを出した時に、一瞬「あっ」と小さく声を上げたものの、それ以降は顔に出さず、何食わぬ顔で受付を済ませてくれた。
ただ、受付を済ませた後、辺りに他のお客さんがいないのを確かめた後で、「あたしがちょっと顔に出ちゃった事、マレハさんには内緒にしてくださいー。お願いしますですー」と耳打ちされたので、多分マレハさんの知り合いなのだろう。
(内緒も何も、そもそも貴方の名前もまだ知らないですし、話しようがないのですが)と思ってしまったが、それは口に出さずに頷いた。口止めされなかったらもしかしたら、こんな事があったってマレハさんに世間話として話す可能性はゼロではないか。
「口に出さないよう気を付けて貰えるだけで、十分ありがたいですので。ちょっと顔に出るくらい、気にしないで下さい」
セトの街の斥候ギルドは、キセラの街のギルドよりも全体的に大規模なようだった。
平均台がわざと斜めに作ってあって、上り下りするようのものがあったり、途中に障害物を設置してあって、平均台の狭い台の上で、下に落ちないように気を付けながら、しゃがんだり横に避けたりといった動作が必要になるものがあったり。
ピアノ線を張ってある建物の中を潜り抜けていく場所も広く取られていて、天井や床などに、他の罠が併設してあったりもした。
一通り訓練施設を巡るだけでも、キセラの街の倍近くの時間がかかった。
ギルドの大きさは、街の大きさにある程度比例するようだ。キセラの街は街自体がかなり小さめのようだし、それぞれの施設もあまり大きくできないのだろう。
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