第120話 修学旅行へ行く話

 母や千尋兄と話をして。その結果を家族や友達に話したりして。

 そんな事をやっていたら、あっという間に修学旅行の当日になった。



 俺の通う中学校の修学旅行の行き先は、定番の京都と奈良だ。

 京都や奈良は建築物が独特だけど、どこか懐かしくて、異国という雰囲気は感じない。それならダンジョン街の方がよっぽど異国だし。

 古い歴史のある建物を見学して回るのだけど、基本はクラスごとの団体行動だし、同じような観光客で溢れているしで、情緒をのんびりと感じている暇はない。次はここ、その次はこっち、と予定を詰め込み過ぎて、ひたすらに忙しない気がする。

 それに普段ゲート移動になれていると、鉄道やバスでの移動が、ひどく窮屈に感じられてしまう。旅行を楽しめる人にとっては、乗り物での移動も楽しみにできるのだろうけど、俺はそういうのをあまり楽しめない質なのだ。

 それでも、道中でたわいもない話ができる相手がいるというだけで、小学校時代の修学旅行とは比べ物にならないほどに気が楽だ。

 それに先日の街道作りのバイトで、仁良坂くんや水上くんとも話ができたおかげで、かなり話しやすかったのもある。偶然だけど、あのバイトに参加して良かった。

「お小遣いの所持金制限が4000円とか、少なすぎだよなー。これじゃお土産に菓子の箱でもひとつ買えば終わりじゃん」

「シーカーやってると余計、普段の買い物の金額が大きくなるから、金銭感覚狂ってるしな。4000円ぽっちでどうしろとって気分になるな」

 仁良坂くんと水上くんがそんなふうに所持金制限について話していたけど、確かに修学旅行で色んな店を見て回っても、実際に買えるものが少なすぎて、お土産を選ぶ張り合いがないんだよな。

 まあ、今は買おうと思えば大抵のものは通販で買えるから、今回の旅行で無理に買い込む必要もないし、あれこれと見て回るのをメインにするしかないか、といった感じで話は纏まった。



 移動時間のズレが原因で、予定を変更して建物の中に入らず、バスの中から外観を眺めるだけで終わった行程があって、あまりの味気無さに、俺の口からつい愚痴が零れた。

「……ダンジョン街に修学旅行に行けたら、移動がすごく楽そうなのに」

 バスの中から建物を眺めるだけって、ネットや写真で見るとのほぼ変わりない気がする。交通状態や大勢の生徒が移動する際に生じるロスも考えて、もうちょっとゆとりを持った行程を立てればいいのにと思わずにいられなかった。

「今はまだ、ダンジョン反対派の親もいるから、あちらへの修学旅行などは絶対に実現しないだろうが、いつか実現するかもしれないな」

 早渡海くんが律儀に返してくれたコメントに苦笑する。そういえばそうだ。世間にはまだそういう主義の人達もそれなりにいるのだから、ダンジョン街への修学旅行なんて、早々に実現するものじゃなかった。

「でも、あっちへ観光に行くのも楽しそうだよなー、色んな街があるんだろうし、景色が綺麗なところも多いんだろ?」

 仁良坂くんはダンジョン観光に賛成してくれた。

「なにより移動時間なしで、外国風の街に行けるのがいいよな」

 水上くんも同意する。修学旅行における移動時間の長さにうんざりしているのは、何も俺だけではなかったらしい。


「金閣寺と銀閣寺はあるのに、銅閣寺ってないんだなー」

 仁良坂くんのこのコメントは、オリンピックメダル感覚なのかな。金、銀と続けば銅ってなるのって。

「今ならダンジョンのドロップアイテムで、総金で作った金閣寺も作れるんじゃね?」

 量を集めるのが大変ではあるだろうけど、それも不可能ではなさそうだな。

「作ってどうすんだよ、それ」

 水上くんが仁良坂くんの妄想に呆れている。

「ダンジョン産の幻想金属で、宇宙ステーションだか何だかを作るって話もあったっけ」

「金よりも幻想金属のがずっと値段が高いんだぞ。建築費どんだけかかるんだか」

「あれ、そもそも作るのって宇宙ステーションだっけ? それとも宇宙船だっけ?」

「月面基地は作成中で、一部は既に稼働中だってネット記事は、前に読んだよ。あと宇宙船はもう、その基地と地球を行き来してるって」

 二人の会話に偶々俺の知っている知識があったので、知っている内容を話してみる。ただ黙って聞いてるだけより、適度に会話に参加した方が雰囲気が気まずくならないと、ここ数年の友達付き合いで学んだのだ。

「あ、マジで? 今作ってる宇宙船って、月行きが目的じゃないのか」

「そういえば、NASAが火星行きの有人探査船を作成中だという話は聞いた事があるな。すべてを幻想金属で作るという話は聞いていないが」

 早渡海くんも宇宙関連のニュースはそれなりに調べているらしく、さらっと話題に加わった。

「日本産の有人宇宙船も、JAXAと民間会社が共同で開発中だったはずだし。もしかしたらそのうち、月に修学旅行に行ける学生とかも出るかもしれないね」

 ダンジョン街に修学旅行に行くのと月の修学旅行に行くのは、どちらが早く実現するだろうか。俺達の年代ではまだ無理だろうけど、未来に期待だ。

「それは随分と遠い話なような」

「でも意外と、近い将来、有り得るかもしれないぞ」



「ぎゃー! 鹿がめっちゃ寄ってくるー!!」

「怖い、こんだけ集まると、鹿でも怖い! 煎餅に群がる迫力があああ。こいつら、ダンジョンのモンスターかよ!」

「あ、どんどん鹿に鹿煎餅食べられてる……」

「まあ、元々鹿にやる為に買ったのだから、問題はないだろう」

 鹿煎餅を買って奈良の鹿に群がられている二人を、ちょっと離れたところから早渡海くんと眺めたりもした。……実は鹿煎餅を買ったらそうなるって知ってたから、俺は買わなかった。二人が買うのも止めようかどうしようかで迷ったけど、本人達が騒ぎながらも結構楽しそうだったので、止めなくて良かったのだろう。多分。



「この像、社会の先生に似てね?」

「あっちの像が、理科の先生に似てる気がする」

 仏像がたくさん並んでいるお寺では、何故か学校の先生に似ている仏像探しをする事になった。

「ダンジョンの解明が進めば、地獄や天国といった概念が実際にあるのかもどうかも、解明されたりしないだろうか」

 早渡海くんが怖い独白をしている。

「え。地獄が本当にあったって発見されたりしたら、ものすごい怖いんだけど」

「ダンジョン街の住人の見た目がまんま異種族だし、異世界はありそうだけどな」

「異世界も行ってみたいよなーっ。ダンジョンを通じて、いつか行けるようになったりしないかな?」

「ダンジョン内部が、そもそも異世界みたいなモンだろ?」

「えー、でも異世界で異種族の美少女と恋仲になるとか、やっぱ憧れるじゃん!」

 仁良坂くんが現役の中学生らしい、中二病に相応しい妄想を披露してくれた。


「異種族の人と結婚して、子供を作る為に種族を変化した日本人の人には、この前会ったよ。二人も参加してた、街道作りのバイトの時に」

 俺はこの前会った籠原さんを例に出してみた。

 何も異世界まで行かなくても、異種族との恋愛の機会ならば、丸っきりのゼロではないのだ。……実際に恋が上手くいくかは本人次第だろうけど。

「えええ!? 種族変更!? 地球人じゃなくなった人!?」

「子供を作るには、親の種族を同じに揃えないとダメなのか?」

 二人にはそこを驚かれた。俺も、異種族な見た目をした籠原さんが実は日本人だと知った時にはすごく驚いたから、彼らの気持ちはわかる。

「そうみたい。結婚そのものは異種族でもできるけど、異種族間で子供を作るにはどちらかの種族に合わせないと、遺伝子がどうとか問題があって、子供ができないって聞いたよ」

 この前聞いたばかりの話をしながら、いつのまにか仏像とはまったく違う内容に会話がシフトしている事に、内心で首を傾げた。

「ふえー、そんなところだけ科学的とは」

「ダンジョンってなんでもアリで、もっと緩いと思ってたわ」

 そんな感じで、仁良坂くんや水上くんが話すたわいない内容を聞いて、たまに会話に参加するだけでも退屈しなかった。無言が一番、雰囲気が微妙になるからな。二人が始終、気軽に話を続けてくれて助かった。

 観光地でかなり人が多い中を、事前に立てたスケジュールに合わせて移動するのはやっぱり忙しなかったけど、問題なく行動できただけで安堵した。



 旅館に泊まった夜には、更科くんと雪乃崎くん、そして仁良坂くん達のパーティメンバーである佐久間くんと都築くんも集まって、みんなでダンジョンの事や高校の進路、今好きな人がいるか……なんて感じの、たわいない色んな話した。

 仁良坂くんがみんなでやろうと提案した枕投げに関しては、シーカーの身体能力でやると、下手すると部屋を破壊してしまいかねないので、必死で止めさせてもらった。

 みんなも物損はマズいと合意してくれたので助かった。


 二泊三日の日程を終えて家に帰ってきた時には、かなりヘトヘトだった。

 今回は俺なりにこの行事を楽しめたと思うけど、長距離移動や慣れない外泊は、やっぱり精神的に疲れるものも多かったようだ。

 それでも小学校の修学旅行の時と違って、無理に取り繕わなくっても、家族に楽しかった旅行の思い出を話せると思うと安堵した。

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