第118話 本音で話す  前編

「NPO法人の設立?」

 いつものお昼休み。更科くんが日常生活ではあまり聞かないだろう単語を出した。


「そう、NPOの設立を目指した方が、できる活動が増えるし、社会的信用も得られやすいかなって思ってさ。今、渡辺さん達と相談してるんだ」

 お弁当を食べながら、更科くんが頷く。

 どうやら彼は渡辺さん達と小まめに連絡を取って手伝っているようだ。昨日の街道作りのバイトも、その一環で人集めをしたり裏方として協力したりしていたのだろう。

「随分熱心に関わってるんだね」

 バイトに参加していなかった雪乃崎くんは、それまでの事情を軽く聞いて、更科くんの積極性に驚いている。

「そりゃ、渡辺さんの活動をお手伝いしたいからね。今のところ彼の集落が、俺の将来の移住候補だし。それに弓星さんのところはもうそれなりに人も集まってやり方も固まってきてるけど、渡辺さんの方はまだ始めたばかりで、体制もなにも整ってないから、俺でも手伝える事がありそう」

 彼は既に渡辺さんの作っている集落を、将来の移住先として考えているらしい。更科くんは決断が早いな。もうそこまではっきり考えて決めているなんて。


(俺もうっすらと移住については考えたけど、まだ全然、具体的に決められてないし。手伝いたい気持ちはあっても、どういうふうに関わっていくかも不透明だもんな……)

 つい自分の中途半端さと比べてしまい、どうにも溜息をつきたくなる。

「NPOのサイトを作る為に、俺もWEBサイト作成の勉強を始めたんだーっ。俺は元々ネットでブログや動画やってるから、その分野なら趣味と手伝いをうまく両立できるかなって思ってさ」

 そんなふうに更科くんは、とても楽しそうに話している。やりがいを感じているんだろう。

「虐待された子を保護するにも、やっぱり専門知識がないといけないから、地球でちゃんと勉強する人を集落から出すか、そういう知識を持った人を募集するかしないといけないって話もしてるよ。いくら善意があっても、素人が間違ったやり方で保護しようとしたせいで、子供を余計に辛い目に合わせたりしたら、本末転倒だからね」

(う、具体的な話が出ちゃったな)

 俺の苦手分野に話が及んで、咄嗟にお弁当に視線を固定する。バイトも無事に参加できたし、苦手意識も少しはマシになったんじゃないかと期待してたけど、そんな簡単なものじゃなかったようだ。

(でも、専門知識があった方がいいのは当たり前か。考えなしに保護しようとして失敗して、逆に親からの虐待がもっと酷くなったりしたら、目も当てられないんだし)

 例え子供が勇気を出して助けを求めても、それをうまく聞き遂げて実行できる大人が周囲にいなければ、悲惨な結果になりかねないのだ。そういう事案に本格的に関わろうとしている以上、専門知識があった方がいいのは確かだろう。

「子供の保護に関しては、日本よりアメリカの方が進んでるようだから、そっちに留学も考えてもいいかもね。言葉の問題も、10層資格者なら言語スキルが付与されてるんだし」

 更科くんの話す内容を、耳はちゃんと聞いているのだけど、うまく表情を取り繕って返事ができる自信がない。



「その、間違ってたらごめん。もしかして鳴神くん、こういう話が苦手なんじゃない?」

 不意に、雪乃崎くんが更科くんの話を途中で遮って、俺に向かって問いただしてきた。俺は図星を突かれて息が詰まる。

「え!? そうなの!?」

「そうなのか鳴神」

 それに、更科くんと早渡海くんが驚く。みんなの視線が一斉に俺に突き刺さった。

「え、えーっと」

 俺は何とか返事をしようとして、うまく言えなくて言葉に詰まった。しばし沈黙が落ちる。

「……その、実はそうなんだ。なんか、苦手意識があるみたい」

 結局、俺は観念して、雪乃崎くんの指摘を正直に認めた。ここで無理に隠しても仕方ない。


「そういう事なら、遠慮しないで、もっと早く言ってくれれば良かったのに」

「……俺は頭が堅いと言われるし、察するのが苦手だ。言ってくれないとわからない」

 更科くんと早渡海くんに申し訳なさそうな顔をされて、俺の方が申し訳なくなる。

「二人とも積極的に頑張ってるから、こんな気持ちは話しづらくて……」

「一人で抱え込んで、ストレスを溜める方が問題だ」

 早渡海君にきっぱりと断言される。

「俺の配慮が足りてなかったね。そういうのに興味ない人や苦手な人だっているよね」

 更科くんがこれまで一番その話をしていたからか、一番しゅんとしていて、ますます申し訳ない思いがする。俺がちゃんと苦手意識の事を話しておかなかったせいで、却って悪い事をしてしまった。

「ううん、更科くんのせいじゃないよ! 俺がみんなに配慮させるのが申し訳なくって、言い出せなかっただけだから! それに苦手意識があっても、できる事は手伝いたいって自分で決めたんだ!」

 声を大きめにして、強く否定した。ここで配慮されて、今後はその関連の話題を出さないようにされても、俺も困るのだ。自分で関わっていくと決めたのだから。

 俺が強く否定したからか、更科くんは目を丸くして、ちょっと意外そうな顔をした。

「苦手なのは本当だけど、関わっていきたいっていうのも本当なんだ?」

 雪乃崎くんが俺の顔を見て、ゆっくりと俺の意思を確認してくれる。

「うん。苦手だからって避けて通りたい訳じゃなくて、できれば苦手を克服して、何かしら手伝いたいって思ってるんだ」

 重ねてそう自分のやりたい事をはっきりと伝えた事で、ようやく更科くんも納得しくれたようだ。


「そっか。無理して俺に付き合ってくれてたんじゃないなら、それでいいんだ。でも、何も言わないで溜め込むよりは、一言伝えておく事で、避けられる事態もあると思う。苦手なら苦手って言っていいんだよ」

 更科くんが柔らかな笑顔になって、諭すようにゆっくりと告げた。

「……苦手意識も、そんな急に克服しようと頑張らずとも、ゆっくりと変化するのを待つのでも、いいんじゃないか」

 早渡海くんも、少し心配そうな様子で俺にそう言ってくれた。

「うん、ありがとう」

 二人の気遣いに、俺はじんわりと心が温かくなるのを感じながら、ただただ頷いた。

「僕だって、前に両親や親戚の事で愚痴を言った事もあるしね。友達なんだから、困った事があったら、言い合える方がいいと思うよ」

 雪乃崎くんも、自分の以前の言動を引き合いに出して、友達なんだからもっと遠慮せずに、言いたい事を言い合おう、と穏やかに笑ってくれた。

 以前は引っ込み思案だった雪乃崎がここまではっきり言うなんて、数年前にはとても考えられなかった事だ。

 なんだかお互い、随分と成長したり変わったりしてきたんだなあと、むず痒い思いがした。

「そうだね。ありがとう、雪乃崎くん」




「苦手なものなんて人ぞれぞれなんだしさ。無理しなくていいんだよ。それに苦手意識を持ってると、それが相手に伝わる可能性もあるし。先に申告してくれて良かったよ。知っていれば、こっちで被害者には関わらせないよう配慮できるからさ」

 更科くんがそう、俺の思っていなかった視点で意見をくれた。

「そっか。そうだね。被害者に余計な負担をかけるのはダメだよね」

 俺の苦手意識が相手の負担になる事態は、確かに避けないといけない。そんな事さえ、これまでは気づけなかった。

 俺だけの問題じゃないのだ。一番優先すべきは被害者の心情だ。

「それに、直接的なもの以外なら手伝ってもらえるなら、やって欲しい事はいくらでもあるしさ。お金を稼げるようになったら寄付してもらうとか、そういうやり方もあるでしょ。……あ、こう言っちゃうと、お金の要求してるみたいになっちゃうかな」

 更科くんがおどけたように言う。わざと明るくおどける事で、俺の心理的負担を軽くしてくれてるんだって、俺でもわかった。


「ううん。……そうだね。俺なりのやり方で関わっていけるなら、その方がいいと思う」

 苦手意識を克服できるならそれが一番いいんだろうけど、今はまだ、それくらいの距離感でもいいのかもしれない。

 そう思えるようになっただけで、少し心が軽くなった気がした。

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