第117話 街道作りを手伝う話  後編

 マレハさんとナクテムさんが、斧でさくさくと木を根本から切っていく。細い木なら一撃で、太い木でも数回斧を振れば、あっさりと木が倒れるのだ。流石に高レベルのシーカーだけあって、まるで早送り映像を見ているような光景だ。

(これは、倒れる木の近くにはいない方が安全だな)

 俺は既に切り倒された木を指さして、人形達に「これを街道の外の、邪魔にならないところに積み重ねて置いてくれ」

 と指示を出す。人形達はそれぞれ、重い木は二人がかりで、軽い木は一人で持ち上げて、木を街道上からどかす作業を始めた。

 俺も精霊を呼び出して、残された切り株と根の始末をする事にする。

「石躁召喚! 土操作でこの切り株の根の周りの土を避けてくれ」

 切り株の周りの土を、石躁の魔法で一気に避けて貰う。これでこの切り株も街道予定地から運び出せるようになった。


「おお、精霊だー」

「鳴神、ソロだって聞いてたけど、精霊と人形を使って戦ってるのか」

「人形達も大活躍じゃん」

「かなり力が強いんだな。あんな大きな丸太を二体で軽く担ぎ上げてるし」

 仁良坂くん達も作業を開始しながら、俺の人形や精霊を見て歓声を上げた。彼らはどうやら、人形も精霊も使役していないようだ。

「育てるのに時間もお金もかかるけど、使役系はやっぱり便利だからね」

 俺も彼らに答えつつ、人形と一緒に、掘り出した木の根を街道の外に移動する作業にかかる。こういった取り除いた木なんかは、後で渡辺さん達が選別し、再利用できるものは運搬して利用し、そうでないものはダンジョンに吸収させて、そのまま処分するそうだ。

 街道外の場所に放置しておくだけで勝手に消えてくれるのだから、始末は楽だな。

 木を燃やすのは延焼すると危ないし、花琳や結聖の魔法は土木作業には向かないので、石躁がクールタイムの間は、俺と人形が人力で切り株をどかして、その穴を土で埋めて均してといった作業を地道に続ける。

 今日は石躁と人形達が大活躍だな。彼らの作業量には、俺では全然叶わない。石躁の土操作は土を一気に根本からどかして運びやすくしてくれるし、人形は疲労がないし力も強いから、こういう作業には打ってつけだし。


 一時間くらいで、マレハさんとナクテムさんが、俺達の班に割り当てられた所定場所の木をすべて切り終えて戻ってきた。そして切り株の除去と土均しの作業へと加わった。こちらも彼らの作業はすごく早い。正直、同じ額のバイト代を貰うのが申し訳なく思える程だ。

 熱中症や脱水症状にならないように、一時間ごとに小休憩を取って、飲み物を飲んだりおやつを食べたり、トイレに行ったりした。

 ちなみにトイレは、渡辺さん達が一区画ごとに一か所、携帯トイレとそれ用の小部屋を用意してくれていた。街道予定地の外にトイレに行ってモンスターに襲われたりしないように、ちゃんと配慮されているようだ。



「みんな、お疲れ様ーっ! お弁当持ってきたから、昼休憩にしてねー!」

 お昼近くの時間帯になって、更科くんが渡辺さん達と一緒にお弁当を配りにやってきた。

 更科くんはどうやら運営側の一員として、バイトの人達に問題が起きていないか見て回る人員として配置されているようで、お弁当を配った後は、忙しそうにまた別の場所へ行ってしまった。

 早渡海くんは剣道と柔道の道場関係者に囲まれていたらしく、そのまま別の班に配置されたようだ。今日はまだ顔も見ていない。

 雪乃崎くんは親戚の子とダンジョンに潜る話をしていたから、このバイトは不参加だろう。

 そういえば、エルンくんやシシリーさんも不参加みたいだ。どうも、ダンジョン側の参加者には、子供は一人もいないみたいだ。地球側からのバイトも多く参加するって事前にわかってるから、子供は参加しないように配慮されているのかな。


「おー、めっちゃ豪華じゃん!」

「バイトの配給で、こんな豪華な弁当が出る事ってある!?」

 仁良坂くん達がお弁当を開いて、思いっきり歓喜して騒いでいる。作業全般がかなりの重労働だったからお腹が空いているのもあるけど、それ以上に、配られたお弁当はとても豪華で美味しそうに見えた。

 どこかの店の仕出しとかではなくって、手作りっぽい。渡辺さんが以前言っていた、同じ集落の凄腕料理人さんが関わっているのかも。

「本当に、すごく美味しいね」

 俺も感嘆する。

 鳥の照り焼きや卵焼きといったごく普通の料理でさえ、市販のお弁当よりもずっと美味しく感じられた。

(この料理の腕前なら、確かに売りになるな)

 冷めていてもこんなに美味しいなら、出来立ては一体どれほど美味しいのだろうか。ぜひ、食堂経営の話が無事に実現して欲しいものだ。この腕を埋もれさせるのは勿体なさすぎる。

「マジ、こんな美味い弁当、初めて食った」

「これ、明日のバイトもこんな感じなのかな? だとしたら、めっちゃ楽しみなんだけど」

「確かに、明日も弁当が楽しみだな」

 仁良坂くん達にとっても大満足のようだ。みんな美味しそうに食べている。


「これは、トキヤ様の国の料理でしょうか?」

「慣れない味付けのものもあるけど、すごく美味しいねー」

 マレハさんやナクテムさんにも、お弁当は好評の様子だ。

「これは多分、渡辺さんの集落に住む方の手作りだと思います。前に、とても料理の腕の良い方がいると聞いたので。中身は和食も洋食も混ざってますが、概ね俺達の国の料理です」

 俺は推測も交えて答える。違ってるかもしれないけど、少なくとも日本の市販のお弁当ではないだろう。原材料や値段などを示すシール類が一切ないし。

「ワショク、ヨウショクというのは、料理の区別でしょうか?」

 マレハさんから質問されて、そういえば、その分類の仕方では、こちらの人には通じないなと思い至る。

「はい。日本に昔から伝わる伝統的な料理を「和食」と呼んでいます。それで洋食は、西洋……外国から入ってきた料理の中でも、ヨーロッパと呼ばれる地方の国々の料理です。うちの国はそれらの料理を自分達の舌に合うように改造して取り入れて、それらを纏めて「洋食」と呼んでいます。あと、中国という国の料理は「中華料理」と呼んで分類しています」

 洋食と纏められているものも、イギリスから入ってきたものもあれば、ドイツから入ってきたものもあるし、イタリアから入ってきたものもある。他の国から入ってきたものも当然あるだろう。

 店によってはイタリア料理のみをイタリアンと呼んだり、フランス料理専門の店として区別してたりもするけど、大抵は「洋食」と一纏めにしがちだ。

 中華も然りで、広い中国の色んな地域の料理の中から日本に馴染みやすいものを選んで、アレンジして食べていたりする。

「なるほど、このお弁当一つに、何か国もの料理が混ざっているのですね」

 ざっくりした説明だったが、マレハさんにはなんとなく理解してもらえたようだ。

「はい。日本はたくさんの国の料理を取り入れて、自国風にアレンジするのが得意な民族性なんです」

 まあ魔改造に関しては、外国の人も結構やってるみたいだけど。お寿司アレンジとか謎の中華風料理とか、面白いものもあるらしいし。

「色んな国の色んな料理が食べられるのは、楽しそうでいいねー」

 ナクテムさんがそう言って笑った。



 午後からはまた、街道作り再開だ。

「それにしても鳴神って、大人しい性格かと思ってたけど、大人相手でも、物怖じしないで喋れるんだな」

 作業しながら、仁良坂くんにそう感心したように言われた。……言われてみれば俺が一番、マレハさん達と喋ってるな。顔見知りだからっていうのもあるけど、ここ数年ダンジョン街に頻繁に通って会話してきた事で、大人と話すのに免疫がついたのかもしれない。思えば昔はもっとずっと人見知りだったし、口数も今よりも少なかった。

「俺ら、たまに騒ぎすぎだって叱られる事もあるからさ。修学旅行の時も、騒ぎすぎだって思ったら、遠慮しないでちゃんと言ってくれよ」

 仁良坂くんには、今度行く修学旅行においての頼み事もされた。

 そういえば彼らは一年生の時に同じクラスだった頃から明るくて陽気な性格の人達だったし、だからこそたまに盛り上がりすぎて、騒ぎすぎだと周囲から叱られていた事もあったっけ。

「仁良坂はわりと、テンション上がると騒ぐ方だからなー」

「あはは。それ、佐久間も人の事言えないよー!」

 そんな感じで、これまでろくに話した事のなかった佐久間くんと都築くんとも、なんとか普通に話せた。




 翌日のバイトも班分けは同じで、場所だけは別の未整理区画に移動して、同じように作業した。俺達の班も他の班も、怪我も大きな問題も発生しなかったし、作業はとても順調に進んだ。

 お弁当は次の日も品目こそ違ったけど、やっぱりすごく美味しかった。


「昨日今日と、立て続けにお疲れ様ー!」

 日曜日の夕方、渡辺さん達が時間の終わりを告げに来て、全員でキセラの街へ戻る。

 街道は、一部だけ均しが終わってない部分も残ったけど、木はすべて抜き終わったので、一応は貫通したと言っていい状況まで持っていけたという。残りは渡辺さんの集落の人達が、暇を見つけて舗装していくそうだ。

 一部の大人はこの後、貫通祝いで集まって酒を飲むらしいが、俺は未成年だし家の夕飯の時間もあるので辞退した。他に参加していた未成年の人達も大体見参加のようだ。まあもし参加したとしても、ダンジョン街の人達から酒を飲まされたりはしないだろうけど。


「道も大体つながったし、良ければそのうち、うちの集落にも遊びにきてよ!」

 バイト代を受け取る時、渡辺さんにそう誘われた。

「はい。温泉も入ってみたいですし、いつか機会があったらお邪魔させてください」

 俺は笑顔でそう返した。



(無事に終わって良かった)

 家に帰って、ほっと一息つく。

 更科くんからバイトの話を受けた日に嫌な夢を見たせいもあって、どこか気構えていた部分もあったけど、なんとか無難にやり過ごせたと思う。今度の修学旅行で同じ班となる仁良坂くん達と交流できたのも良かったし。

 虐待された過去を持つ子供に会う事もなかったし、その手の話題が出るような事もなかった。

(渡辺さんの集落も、道も繋がったし人も増えそうだし、これからどんどん拡大していくんだろうな)

 今後、どんな形でかはわからないけど、俺も少しだけそれに関わっていけたらいいと思う。

 人が増える事が発展に繋がるのだから、いつか10層の資格が取れたら、集落に移住する事も視野に入れてもいいかもしれない。

(……俺の苦手意識がもう少し薄れたら、それも考えてみようかな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る