第116話 街道作りを手伝う話  中編

 少し話をした後、籠原さんに「じゃあ鳴神くん、これ持ってこの辺で待機してて」と番号の書かれた木札を渡されて、彼らとは別れた。彼らは主催者側なので忙しいようだし、いつまでも話し込んで留めておく訳にはいかない。

 辺りを見渡すと、更に人数が増えているようだ。更科くんとか、他にも知り合いがいるかもしれないけど、人が多すぎてこの中から知り合いを探すのは難しそうだ。知り合い探しは早々に諦めて、停めてある車や、箱に入ったペットボトルの飲み物など、今日の為に準備されたであろうものを眺めて時間を潰していたら、バイト開始の時刻になった。


「注目ー! 本日は街道作りに集まってくれてありがとー! 俺は主催の渡辺でーす! これから注意点を話すよー! まず、赤い杭と赤いロープで区切られてる内側が、街道にする予定の立地としてシステムに既に申請してあるから、その内側にはモンスターはでないよ! でも動物は出入りできるから、もしかしたら、熊、狼、猪、鹿なんかが出る可能性もあるから、初心者は注意して、高レベルの人と組んで作業してねー!」

 集落の代表であり、本日の街道作りの責任者でもある渡辺さんが、公園に用意した高台の上に立って、拡声器を使って声を張り上げて、集まった大勢に向かって語り掛ける。

(うわ、そうか。街道に指定した場所ならモンスターは出ないけど、動物は出るのか)

 熊と聞いて、ちょっと怖気づく。モンスター相手の戦闘はそれなりに経験を重ねているけど、クマ型のモンスターとはまだ戦闘経験がない。例え普通の動物でも熊となると、ちょっと怖いものを感じる。人形達もいるし精霊達も召喚できるのだから撃退できるとは思うけど、不安は拭いきれない。

 でも、街や街道を完全に動物の立ち入り禁止区画にしてしまうと、街中でペットや家畜を飼えないし移動もできないしで、それはそれで不便なのだろう。

(熊は大きな音を立ててると避けて来ないっていうし、街道を作る作業を大勢でしてれば、まず寄ってこないだろうけど。一応注意はしとかないとな)

「街道は、集落側から半分くらいは作り終わってるから、この二日で街側からそこまでの開通を目指してるんだ。みんな適度に頑張ろー! でも無理はしちゃダメだよ! ……じゃあ、こっちで大体のレベルを参考に考えた班分けを発表するね! 名前と番号を読み上げてくから、番号の木札を持ってる人のところに移動お願いー!!」

(あ、それでさっき、番号のついた木札を渡されたのか)

 俺は籠原さんから渡された木札を両手に持って、周りの人に見やすいように上に掲げた。同じように木札を掲げている人があちこちに見える。かなりたくさんの班に分かれて作業をするようだ。




「あれ? 鳴神じゃん」

「鳴神も、このバイトに参加してたんだな」

 どういう班分けになるのかとドキドキしながら木札を掲げていたら、なんと顔見知りがやってきた。

「仁良坂くんと水上くん!? どうしてここに?」

 数日後に行く修学旅行で同じ班になる二人がやってきたのだ。その二人の後ろには、彼らのパーティメンバーと思しき二人の男子の姿もある。

「早渡海が剣道の道場で、土曜日の稽古を「休ませて欲しい」って、事情を説明して頭を下げたんだよ。そんで師範代が、道場の有志に参加を呼び掛けたんだ。「たまには肉体労働のバイトもいいだろう」とか言ってたけど、師範代も強面のわりに人情話に弱いとこあるから、手伝ってやりたくなったんだろ。そんでオレも参加する事にしたから、どうせならってパーティメンバーのヤツラもバイトに誘ったんだ。こいつらが俺らのパーティメンバーな」

 水上くんが俺に、このバイトに参加する事になった経緯をざっと説明してくれる。

「あ、よろしくー。おれは佐久間 夏紀(さくま なつき)っていうんだ。水上とは同じ小・中の出身で、同じ剣道道場に通ってんの。早渡海とも顔見知りだぜ」

「今日はよろしくね、鳴神くん。俺は都築 悠(つづき ゆう)だよー。俺達、この四人で一緒にパーティ組んでるんだー」

 佐久間くんと都築くんから明るい口調で挨拶された。

「あ、今日はよろしく」

 一年の時に同じクラスだったものの、会話した事はほぼない二人と改めて挨拶する。

(そうか、仁良坂くんのパーティには、早渡海くんと同じ道場の人が二人もいたのか)


「それにしても早渡海くん、そこまでして今日のバイトに参加してたんだ」

 今日、更科くんだけじゃなく早渡海くんまでバイトに参加してるっていうのも初めて知ったけど、バイト参加の為にそこまでしてるとは思わなかった。

「あいつ、剣道と柔道を掛け持ちで習ってるからな。土曜日のバイトに参加しようと思ったら、両方の道場の許可取らないとって思ったんだろうな。そんで結局、どっちの道場からも臨時の人手が出る事になったんだから、頭が堅いのも悪い事ばかりじゃないのかもな」

 水上くんが半ば呆れたようにコメントする。

「そうだね、彼の誠実さは長所だと思う」

 俺もその言葉に頷いた。

 早渡海くんがきちんと頭を下げて事情を説明したからこそ、その周りの人も「なら手伝ってやるか」と動いてくれたんだろう。黙って道場を休んだりしないのは勿論、適当に嘘の理由を話したりしない辺りが、本当に彼らしい。


「俺らの通ってる道場の師範が、90過ぎの老人なんだけどさ。若返りや老化防止のポーションを、これまでずっと拒否してたんだよ。「老いぼれの役目は終わった。あとは自然に任せて朽ちるのみ。若い者に席を譲る」って言って。……なのに、今回の話を聞いて「まだ老いぼれにも果たすべき役割はあるようだ」って言って、急に心変わりしてポーション飲んで若返って、これまで見向きもしなかったダンジョンを、破竹の勢いで攻略しだしたんだぜ」

 水上くんの話の続きを、佐久間くんが引き取って話し出した。しかもその内容が驚きのものだ。

「ええ? そ、そうなの?」

「ああ。そんで早渡海や師範代や門下生を引き連れて、今日も早くから集落の代表に挨拶に行ったらしいんだ。なんか、「さっさと10層まで到達してそちらに移住して道場を開くから、場所を空けておくように」って言いにいったんだってさ。……まったく、これまで周りがどんなに説得しても信念を変えなかったのにさ。本当にびっくりしたわ」

 その師範という人は、どうやら本気でこれから集落移住を目指すらしい。渡辺さんの集落への移住希望者がこんな形で現れるとは思ってみなかった。その師範の老人は、一体何に琴線が触れたのだろうか。

「師範は剣道協会にも顔が利く大物だし、師範が移住するならついてくって門下生もいるし、本当に移住する事になれば、人も結構増えるんじゃないか?」

「師範は多くの人から慕われてるから、ポーションを飲むきっかけになった早渡海や、その渡辺さんって代表の人には、道場の門下生もみんな感謝してたよ。だから街作りも手伝いたいって、道場でみんなが話してたな」

 水上くんや佐久間くんの説明には、もう驚くばかりだ。

(とりあえず、渡辺さんの集落に人が増えそうなのは良かったな)




「トキヤ様、同じ班になりましたね。本日はよろしくお願いいたします」

 仁良坂くん達と雑談していると、少し遅れてやってきたのは、こちらも顔見知りだった。これだけ大勢の人がいて、顔見知りの相手ばかりと班を組めるとは思ってなかった。すごい偶然だ。

「マレハさん。こちらこそよろしくお願いします。マレハさんも街道作りに参加するんですね」

 俺は軽く頭を下げて挨拶する。

「ええ。周りからいい加減、副ギルド長になるか、新しい街のギルド長になるかを選ぶようにせっつかれてしまいまして。ユヅル様の集落はキセラの街から距離が離れていますし、空いている土地は広大、周囲の地形も起伏が豊かで山も海も近いと、かなり良い条件が揃っておられるそうですので、本日は様子見を兼ねて参加させて頂いております」

 どうやら彼が今日参加したのは、新しい斥候ギルドを作るかどうかを見定める為らしい。もしそれが実現するなら、渡辺さんの集落は更に人が増えるだろうな。

「距離が離れている方がいいんですか?」

 街の近くの方が便利なのかと思っていた。何か、遠くの方がいい理由があるのだろうか。

「各種ギルドは、街を作る際の必須条件ではありませんからね。あまりに距離が近いと、お客様の奪い合いになりかねません。ある程度距離が離れている方が、適度に協力し合いながら、共存共栄していくのに丁度いいのですよ」

 マレハさんが、距離が離れていた方がいい理由を話してくれる。


「なるほど?」

 一応頷きはするが、どうもその理由はしっくりこない。ゲートを潜るだけでどんなに離れた街にもすぐに行き来できるのだから、距離が近いっていうだけでは、お客の取り合いには繋がらないのでは? と疑問に思ったのだ。

「単に、近すぎるとここのギルド長にいつまでも頼られかねないって危惧してるだけじゃ?」

 そこで、マレハさんの背後から別の人の言葉が挟まれた。

「……まあ、ギルド長に独り立ちして頂きたいという気持ちがあるのは、否定いたしませんが。……ああ、トキヤ様。こちらは同じギルド職員のナクテムです」

 マレハさんが、彼の後ろにいた人を紹介してくれる。俺もその人には見覚えがあった。

「講習の講師をやってらした方ですね」

 以前、俺が人形達と講習を受けた時に、講師をしていた男の人だ。

 浅黒い肌に藍色の髪、薄い緑の目。そして側頭部から後頭部にかけて、二本の湾曲したクリーム色の角が生えている。種族の名前はわからない。しっぽがないから獣人とは違うのかも? と思うくらいだ。最近は種族名がわからない見た目の種族の人と話す事も多いし、それぞれの種族名は特に気にしないようにしている。

(なるほど。斥候ギルドの職員をしている彼らなら、初心者の域を出ていない俺達の安全に配慮しながら、街道作りもできるよな)

 斥候ギルドの職員ならば、気配察知はお手の物だろう。危険な動物が近づけばすぐ気づいて対処してくれそうだ。渡辺さん達もそう判断したからこそ、このメンバーで班が組まれたのだろう。

「ナクテムだよ、今日はよろしく。マレハさんは古株だから、ギルド長に頼りにされてるんだよ。それもあって、ここの副ギルド長になるか、いっそ別の街のギルド長になるかしろって圧力があってね」

 何やら斥候ギルドでは、ギルド長とマレハさんの間に色々とある様子だ。

「ナクテムさんですね。今日はよろしくお願いします」


「鳴神、知り合い?」

 後ろで会話を見ていた良坂くん達が、俺達のやり取りに興味を持って質問してくる。

「うん。斥候ギルドの職員さんだよ」

「斥候ギルド?」

 仁良坂くん達が揃って首を傾げている。どうやらまだ、斥候ギルドの存在そのものを知らないようだ。俺もギルドの存在を知ったのは9層に入って、下級ダンジョンへ行く為の下調べを始めてからだから、彼らがまだその存在を知らなくてもおかしくはない。

「下級から必要になる、鍵開け、罠発見、罠解除とかの講習をしたりしてくれるギルドだよ。あと、罠のある場所を抜ける訓練とか、足場の悪い場所を通る訓練とかもできるんだ」

 俺は彼らに斥候ギルドの役割をざっくりと説明する。

「へえ、そんな訓練施設あるんだ!」

「初心者ダンジョンの攻略が終わったらすぐに必要になる技能だから、今のうちから訓練や講習を受けておいた方がいいと思うよ」

 早く斥候役を決めて訓練を開始しないと、下級ダンジョンの攻略を始めてから困る事になると思う。彼らは8層を攻略中らしいし、もう時間はあまり残されていないはずだ。まあ、9層に入ってから準備しだした俺が言っても、説得力はないけども。

「おお、そうするよ」

「教えてくれてありがとなー」

 俺の意見に反発もせずに素直に頷いている彼らが、できるだけ早いうちに斥候ギルドへ行ってくれる事を祈っておく。


「こちらの皆様はトキヤ様のお知り合いの方々ですか?」

 ここでマレハさんから質問がきた。

「はい。あちらの学校の同級生です」

「そうでしたか。私は斥候ギルドの職員のマレハと申します。こちらはナクテム。本日は同じ班の一員として、どうぞよろしくお願いいたします。それとこちらは、この街の斥候ギルドの地図になります。よろしければぜひおいで下さい。お待ちしております」

 マレハさんが流れるように自分とナクテムさんの紹介を済ませ、ついでにキセラの街の斥候ギルドに来るように、さりげなく誘導もしていた。すごく有能だ。仕事ができる感じがする。

「あ、ありがとーございますっ」

「近いうちに行ってみますっ」

 仁良坂くん達はマレハさんの優雅さに気後れしたのか、やや後退りしながらも、差し出された地図を受け取って、それぞれ自己紹介を返している。この様子なら、近いうちに斥候ギルドに行ってくれそうだ。

 そんな感じで班内での挨拶を一通り終えてから、番号別に振り分けられた地点へと向かう。

 遠くの地点の班の人達は渡辺さん達が車で送ったり、幻獣などの背に乗ったり、自分の足で高速移動したりして、移動し始めたようだ。高レベルの人は走る速度も段違いだ。車よりも早いスピードで駆け去っていく。


 俺達の班が割り当てられたのは、キセラの街から程近い場所だった。

 番号の書いた立て札の他に、飲み物やおやつが入った木箱なんかが置いてある。飲み物やおやつは木箱に用意してあるものの中から、各自で自由に選ぶ方式のようだ。

 他にも、スコップやなんかの土木作業に必要そうな道具も、隣の箱に一通り揃っていた。

 街道部分は一部だけ木を切り倒して、強引に細い道を作ってある状態だ。車で資材などを運ぶ為に、先に細い道を通してあるのだろう。その残りの広めの道幅を全部、木を切って根を抜いて土を均して、街道として整備していかないといけない。

 いくら高レベルの人達が大勢参加しているとはいえ、たった二日でどこまで整備できるのか、ちょっとだけ不安だ。まあ、頑張ってやるしかないけど。


「では、始めましょうか」

「はい!」

 マレハさんの言葉に、俺達は各々が道具を持って作業を開始した。

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