第115話 街道作りを手伝う話  前編

 日曜日、日課のマラソンを終えて朝食を取ってから、余裕を持って集合時間の30分くらい前に、人形達と共にゲートを潜った。タオルや軍手など、必要そうな装備は持ってきている。

 キセラの街の西門ゲートは初めて来たけど、ここもかなり広めの公園になっていた。そしてそこに、何十人もの人がたむろしている。この人達、全員が今日の街道作りの関係者なのかな。


「鳴神くんも参加してくれたんだ! 今日はよろしくねー!」

 ゲートから出た後、周りを見渡してキョロキョロしていると、今日の責任者であろう渡辺さんが、俺を見つけて寄ってきてくれた。

「おはようございます、渡辺さん。こちらこそよろしくお願いします。それにしても、随分とたくさんの人が集まっていますね」

 もう少し小規模かと思ってたけど、予想以上に人が多い。しかもまだ開始30分前なので、この先も人数が増えるかもしれない。

「そーなのよー! キセラの街の人達がかなり、力を貸すぞって集まってくれてさ。みんな純粋すぎて、誰かに利用されないか心配になるよ」

 渡辺さんが複雑な表情でぼやいている。人の善意を利用した詐欺が蔓延ってるから、街の人達が心配なんだろう。

「でもここはシステムの防犯体制が高いですから、街の人達が騙される心配はあんまりなさそうですよ」

 俺は苦笑してそう答えた。ダンジョン内部で詐欺なんかやらかす奴がいたら、その瞬間にシステムが感知して衛兵が飛んできそうだ。地球よりもずっと、治安がしっかりした場所なのである。



「バイトに参加してくれる子か?」

 そこで渡辺さんの隣にいた人から声を掛けられた。

「はい、そうです。よろしくお願いします」

 多分、街道作りの関係者だろうと当たりをつけて、頭を下げて挨拶する。

「鳴神くんは、ツグミンの友達ね」

「そうなのか。俺は籠原 時雨(かごはら しぐれ)。結弦の大学時代の友人だ」

「こいつがオレを居候させてくれた友達だよー。マジもんの恩人だぁね」

「……え? その、日本人の方なんですか?」

 二人からの紹介に俺は目を見開いて驚いて、抱いた疑問をそのまま言葉にしてしまった。でも、それも仕方ないと思う。だって彼の見た目は完全に異種族の人のそれだったのだ。

 籠原さんは青紫色の髪に灰色の目をして、頭に針金を渦巻にしたような角が2本生えていたのだ。これで日本人と言われても、戸惑うのはしょうがないと思う。

 俺のそんな様子を見て、二人は「ああそうか」と納得して、更に詳しい事情を話してくれた。

「今の俺は、見た目が完全に異種族だからな。そりゃ、日本人と言われれば驚くのも無理ないか」

(今は、という事は、前は普通に日本人だったって事?)

「時雨はこっちに移住してエンデンさんと恋人になって、去年結婚したんだよ。見た目が異種族なのは、別の種族同士で子供を作るには、どちらかが相手の種族に転変しないといけないからだね」

 渡辺さんの説明には、俺が初めて知る驚きの内容が含まれていた。

(……種族の転変?)

 つまり籠原さんは、自分の種族を地球人から、エンデンさんという人と同じ種族に変化させたって事だろうか?


「え? それじゃ、元は日本人だったけど、別の種族になったって事ですか。結婚するには種族を揃えないといけないんですか?」

 種族を変更できるなんて仕組み自体、今初めて聞いた。俺の疑問に、籠原さんが首を振る。

「別に結婚だけなら、別種族でもできるぞ。ただ、子供を作るには、夫婦で種族を揃える必要があるんだ。異種族の人達って見た目は結構似て見えても遺伝子構造的にはかなり違うから、種族が別のままだと、子供を作るのに支障があるんだとさ。それでダンジョンシステムが、異種族婚で子供が欲しい住人向けに、そういう仕組みを特別に提供してるんだってさ」

 籠原さんから勘違いを訂正される。結婚そのものは、異種族同士でも問題なくできるようだ。

「なるほど。子供を作る為ですか」

 そりゃあ、たくさんの異なる種族が共存して暮らしている世界だ。異種族同士で恋人になったり結婚したりといった事例もあるだろう。

 ただ、異種族同士で子供を作る為にはどちらかの種族を合わせないといけないなんて、不便な点も多いんじゃないだろうか。これまで過ごしてきた種族から別の種族に自分の体を作り変えられるなんて、かなりの覚悟がいりそうだ。

(まあ、中には進んで別の種族になりたいって人もいるかもしれないけど)

 でも、自分の自由意思で好きに種族を変えられる訳じゃなく、あくまで子供を作る為の特別な仕組みらしい。それなら、それを利用できる人も制限されていそうだ。俺がこれまでネットで種族変更の話を見かけなかったのも、それが原因かもしれない。


「俺は両親が既に亡くなってるから、親に気兼ねがいらないしな。こういうのは男女関係なく、どちらがよりお互いの為になるか検討しないとな」

 籠原さんの方が種族を変更した理由が、本人の口から語られる。

「そうだったんですか。……あの、でも子供って、歳を取ると作れなくなるんじゃないんですか?」

 渡辺さんの大学時代の友人だったなら、おそらく彼と同世代だろう。つまり50代前半のはずだ。その歳になっても子供って作れるものなのだろうか?

 いや、俺はそもそも、人が普通は何歳まで子供を作れるのかも知らないけど。

 ただ、前に見た目を若返らせても、歳を取ると子供は作れなくなっていくって聞いた気がする。

 でも、これは本人に訊ねるには不躾な質問だったかもしれないと、言った後で気づいた。

「ダンジョンのドロップアイテムの中に、歳を取った夫婦でも子供を作れる可能性を高めるポーションっていうのもあるんだ。まあそれを使っても、歳を取るごとに可能性は低くなっていくし、一度子供ができると、更に可能性は低くなるらしいがな。俺とエンデンはどっちも、ポーションなしで子供を作れるギリギリの年齢だったから、ちょっと心配だったけどなんとかなった」

 俺の質問に気分を害する事もなく、籠原さんは「歳を取った夫婦でも子供を作りやすくなるポーション」が存在するのだと答えてくれた。それでも可能性を高めるだけで、絶対に子供を授かるものでもないようだし、やっぱり年齢に左右されるらしいけど。


「エンデンさんは今妊娠中だよー。待望の第一子ってワケよ。オレも今からもう、生まれるのが楽しみで楽しみで仕方ないよ」

 渡辺さんも籠原さんの子供が生まれる事が楽しみなようで、心底嬉しそうだ。

(そういえばお祭りの時に、お隣の屋台の責任者が妊娠してるって話をしてたっけ。そっか、籠原さんの奥さんがそうだったんだ)

「はは。結弦だけじゃなく、周りがみんな楽しみにされてるよ。こっちは子供が少ないからか、周囲みんなが新しい子供の誕生を楽しみにするんだ」

 高レベルの人達が多い事からあらかじめ予想していたが、こちらはやはり、子供の数そのものが少ないらしい。その分だけ、周りの身近な人に子供が生まれるのを、周囲も一体になって楽しみにする習慣があるようだ。

「そうなんですか、生まれるのが楽しみですね。……それにしても、種族を変える仕組みなんてものがあったなんて、初めて知りました」

「ダンジョン街ではわりとあるみたいよ? 確か。ジジムさんも前は竜人族だったのを、シェリンさんと結婚した時に変えたって聞いたし」

「え、そうだったんですか?」

 俺が知らなかっただけで、意外と身近に種族を変更した前例がいたようだ。ジジムさんが以前は竜人族だったと言われれば、確かに体格がどっしりしていて厳つい感じがそれっぽいかも。




「あ、そうだ! オレ、鳴神くんに会ったら謝ろうと思ってたんだ! この前はごめんな! 他所の屋台の打ち上げにお邪魔した挙句、暗い話題で祭りの雰囲気を壊しちゃってさ!」

 渡辺さんが急に何かに思い至ったのか、俺に向かって深く頭を下げて謝罪してきた。

「え、あの?」

 いきなりの事に、びっくりして面食らった。驚いて動作が固まる。

「ああ、この前の打ち上げの時にいた子か。先日はうちの代表が迷惑をかけてすまなかった。俺からも謝罪させてくれ。こいつは行動力はあるんだが、考え無しで動くところもあるヤツでな。後でその話を聞いて、祭りの場で子供に話す内容じゃないって叱ったんだ」

 籠原さんから、渡辺さんの行動の補足説明が入る。どうやら、先日の祭りの打ち上げで彼が話した内容が、祭りの席には相応しくないと、籠原さんが叱ったらしい。

「うん。ホントごめんな。オレ、時雨に指摘されるまで気づかなくてさ。弓星くんが過去を話したのだってオレが話して欲しいって頼んだからで、彼のせいじゃないし。オレの過去や動機だって、あそこで話さなくても良かったよな。オレが考え無しなせいで、気分悪くさせちゃってごめんな!」

 申し訳なさそうな顔で、真剣に謝ってくる渡辺さん。でも、彼に悪気がなかったのはわかっているし、あの時一緒にいた俺達も話を止めようとしなかったのだから、別に謝ってもらうような事じゃないと思う。俺は困り切って、「頭を上げて下さい」と渡辺さんに頼んだ。

「あの、その話を聞いたからこそ、街の人達も街道作りを手伝おうってなったんですよね。俺もきっと話を聞いてなかったら、バイトは断ってたと思います。だから、これも縁ですよ」

 精一杯、それらしい事を口にしてみる。

「うう、ありがとな鳴神くん」

「すまんな。気を遣わせて」

「いえ、そんな」


 この話題を変えたくて、俺は意味もなく周囲を見渡した。そうしたら、街を出てすぐの空き地の土を均した部分に、ジープや軽トラが数台停めてあるのを見つけた。

「あ、車があるんですね。こっちでは初めて見ました」

 丁度いいと思って、車を指さして話題転換に使う。

「ああそれ、俺らが日本から買ってきたんだ。コアクリスタルが燃料の乗り物なら、ダンジョンで運転しても大丈夫って、システムからお墨付きを貰ってさー。50キロもの道作りってーと、どうしても車がないと不便じゃん? そんで何台か買い込んできたんだ。まあ、運転免許持ってるのは地球からの移住組だけだけどね。それでもそれなりの人数いるし」

 渡辺さんも祭りの話題を蒸し返さずに、頭を上げて話題転換に乗ってくれた。その事にほっとする。

「そのうちキセラの街の入口近くに、車を停める為の駐車場を、今よりもっと広めに整備させてもらいたいところだな。あとは、道が繋がったら、いずれ鉄道も敷きたいな」

 籠原さんもこの話題に加わる。だが、その話の内容に驚いた。


「鉄道!? ……え? 鉄道?」

 驚きすぎて、ただその単語を繰り返すだけになった。

(鉄道って、個人の希望で敷けるものなの?)

 そういう大がかりな工事は、国や自治体が計画を立ててやるものだとばかり思っていた。

(ていうか、そもそもダンジョン内部に鉄道って敷けるものなの?)

 これまでこちらの街では、乗り物らしきものを一度も見かけた事がないから、実現可能なのか不安になる。

 でも、既に車がシステムに許可されているくらいだし、鉄道も案外、きちんと許可されているのかもしれない。

「単線でも鉄道が定期往復すれば、キセラの街との行き来も楽になるからな。なんとか導入したい」

 籠原さんがそう、強い意思を覗かせる。

 辺鄙な場所にある集落でも、鉄道が通れば確かに、行き来が楽になりそうだ。

「でも、日本の鉄道会社に見積もりを依頼しても、ダンジョン内の工事なんて受けてもらえるかな? ……かと言って、流石にこっちの鍛冶師に、一から鉄道を開発してくれってのは無茶振りだろーし」

 渡辺さんは半信半疑の様子だ。どうやら鉄道の話は、まだ土台の固まっていない段階のようだ。

「まあ、実現するかは不透明だがな」

 籠原さんも、街と集落の間に鉄道を通したいという意思はあるものの、その具体的な計画までは、まだ立てていないらしい。


「鉄道が通ったら、交通の便が良くなりますね。応援してます」

 もし開通したら、仮設ゲートが使えない俺でも、彼らの住む集落に、気軽に行けるようになりそうだ。

「ああ、ありがとう」

「俺もさー、やりたい事がはっきりした以上、もっと街作りが簡単にできる場所に集落を移動した方がいいんじゃないかって悩んで、仲間に相談したのよ。そしたら「温泉という資源を捨てるのは勿体ない」、「道ができれば状況も好転する」って励まされてさ。そんで、今の場所でそのまま頑張る事にしたんだ」

 なるほど。渡辺さんの無自覚だった目的がはっきりと定まってから、彼の集落ではそういった話し合いが持たれたようだ。集落の人達も渡辺さんのやりたい事を理解した上で、街作りを一緒になって頑張っているようだ。

「確かに、一度作りかけた集落を捨てるのも勿体ないですよね。……そういえば、どうして私有地を作る場所を求めて、そんなに遠くまで行ったんですか?」

 以前は聞きそびれたけど、50キロってかなりの距離だと思う。どうしてそんな遠距離まで行ったのか、ついでに聞いてみた。

「あー、ほら。オレって幻獣持ちのテイマーだからさ。大型の鳥の幻獣の背中に乗って、空を飛んで、上から見て回ってたのよ。そんで、ちょっとした遠出感覚だったんだけど、気が付いたらかなり遠くまで行ってたってゆーか?」

 指で頭をぽりぽり掻きながら、決まり悪げな表情で、渡辺さんが当時の状況を説明してくれた。

「ああ、空を飛んで移動してたから、距離が離れた場所まで見て回れたんですね」

 俺も答えを聞いて納得した。空を飛んで高速で移動できる手段があるなら、遠出をそこまで遠出と認識しなかったのも頷けたからだ。

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