第114話 バイトの打診と嫌な夢
「急な話だけど、良かったら今週末の土、日に、バイトできないかな?」
更科くんからの電話は、そんな内容から始まった。
「お祭りの打ち上げで会った渡辺さんがさ、キセラの街の住人の協力を得られかたら、今度、集落と街の街道の、繋がってない残りの部分を繋げたいんだって。その作業の人員をバイトで募集してるって聞いたから、俺も手伝いに行こうと思ってさ。それで鳴神くんも、もし都合が良ければどうかなって」
バイト内容を説明される。どうやら以前会った渡辺さん関連のようだ。
「キセラの街で目的を表明したからか、結構人手が得られそうなんだって。だからここで一気に街道を繋ぐところまで持って行ければ集落としての体裁も整うから、バイトを募集して人手を増やしたいんだって」
そういえば祭りの時に、渡辺さんの集落はまだ街道も繋がっていないと聞いた気がする。それをきちんと繋げて、少しでも移住しやすい環境を整えていこうという趣旨のようだ。キセラの街の住人達も渡辺さんの目的を知って、街作りに積極的に協力してくれるようだ。
「そっか。それなら俺も人形と一緒に手伝うよ」
俺は更科くんに、人形達と一緒に参加する旨を表明する。
バイトはボランティアじゃないから厳密には手伝いじゃないのだけど、人手があった方がいいのなら、俺も参加して力になりたい。
……多分、普通のバイト話だったなら、更科くんには悪いけど、ダンジョン攻略を優先したいからって断っていたと思う。
だけどこの前の祭りの打ち上げで、渡辺さんからどうして街を作りたいのかって動機を聞かされて、何か手助けしたいって気持ちがあった。
俺が渡辺さんの手伝いができる機会なんて早々ないだろうし、街道作りなら土木作業で力仕事が中心だろうから、俺や人形達にもできる事はあるだろう。
(修学旅行の準備っていっても、大して必要な買い物もないしな)
来週はもう修学旅行本番だ。本来なら学生の一大イベントとしてもっと浮かれるものだろうけど、俺は苦手意識の方が強いので、楽しみという感覚が希薄なのだ。
「人形のバイト代は人の半分って決まりだけど、それでもいい?」
「うん、大丈夫」
ダンジョン街では人形の労働基準が、大体それで固まっているのかもしれない。でも、講習を受ける際は一人分として扱われたりするし、あちらでも使役系の金額の取り扱いはそれなりに複雑そうだ。
俺は別にお金稼ぎが目的な訳じゃないから文句はないけど。
「土・日の朝8時から夕方5時までの労働で、休憩時間はお昼休みの他にも適宜って感じ。昼食や飲み物は主催者が用意するって。バイト代は一日2000DGの支払いだよ。その条件で問題ない?」
更科くんが細かい条件を並べていく。それにしても、一日二万円分のバイト代を二日分か。ダンジョン攻略の報酬に比べれば微々たるものとはいえ、大勢にそれを支払うとなると、総額は結構なものになる。昼食も用意するっていうし、渡辺さんやその集落の人達は、事前準備が大変そうだな。
それともこういうのにも、ダンジョンシステムからの補助金って出るのだろうか?
「大丈夫」
「良かった、じゃあよろしくね。当日の集合場所は、キセラの街の西門出入り口ゲートだよーっ」
「うん、わかったよ」
必要事項の確認をして電話を終える。
(そういえば、特殊ダンジョンの1層の街の外に出るのは、これが初めてだな)
特殊ダンジョンの1層は、普通の動物とモンスターが半々の割合で生息していると前に聞いたし、1層で戦うつもりはなかったから、詳しく調べていなかった。そもそも特殊ダンジョンは他人と獲物の取り合いになったりする可能性のある仕様だから、特に必要がない限りは攻略するつもりもなかったし。
(まあ、今回は街道作りに参加するだけなんだから、戦闘になる心配はしなくていいんだろうけど)
それでも一応、ネットで特殊ダンジョンの1層について調べてみた。1層はどこも、初心者程度から下級の「易」程度の敵しか出ない、とあった。
(うーん、下級の「易」程度の敵でも、俺の手には余るんだけど。……でも、戦闘については何も言ってなかったんだし、7層攻略中の更科くんも参加するんだから、そこは大丈夫なんだろうな)
少し不安もあるけど、安全に街の外を体験できるのなら、良い経験になるかもしれない。そんな、少しワクワクした気持ちもあった。
バイトの打診を受けたその日の夜、嫌な夢を見た。
幼い女の子が一人でダンジョン街をとぼとぼ歩いているところに遭遇して、俺が「どうしたの?」と声を掛ける夢だ。
その子は「お兄ちゃんがダンジョンで食べ物を取ってきてくれるって言ったのに、帰ってこなかったの。だから迎えにドアに入ったら、知らないところで迷っちゃったの」と泣きながら言った。
俺はそれですぐ、この子は親から食事が貰えずに虐待されている兄妹なのではないかと夢の中で見当をつけて、焦ってその子を保護しようとするのだ。
夢の中の舞台はキセラの街だったから、シェリンさんの食堂にでも連れていってご飯でも食べさせてあげて、その間に渡辺さんを呼ぼうと思って、「食べ物を食べさせてくれるところに行こう」って言って、その子の手を引いた。
そこで急にその子の母親らしき人が現れて、俺に向かって叫ぶのだ。
「人攫い!」
って。
違う! 俺はこの子を攫うつもりなんかなかった。ただお腹が空いて迷子になっているみたいだから、知り合いの食堂に連れて行こうと思っただけだと俺は必死で弁明するのに、相手はまったく取り合ってくれず、俺の手を払い、素早くその子を取り戻した。
そして、冷たい目で嘲るように笑ってこう言った。
「馬鹿ね。覚悟もないのに中途半端に関わろうとするから、この子を助けられないのよ」
母親の腕の中に閉じ込められた女の子が、縋るような絶望したような目で、泣きながら俺を見ていた。
「どうして助けてくれなかったの?」
その子の絶望した声が届く。
俺はそれを、追いかける事もできずにただ見送ってしまう……そんな夢だった。
目が覚めてしばらくは気分が悪かった。どうしてこんな夢を見たのか考えれば考える程、俺の覚悟のなさが浮き彫りになった。
(見て見ぬフリはしたくないって思って。できる事は手伝いたいって思って。だけど実際にそういう子が目の前に現れた時、俺は躊躇わずに動く事ができるのかな)
夢のように自分の保身を優先させて、助けを求める子を、ただ見送ってしまうんじゃないのか。
(覚悟もないのに中途半端に関わろうとしても、誰の為にもならないのかな)
街道作りの話をされただけで、関連した「子供への虐待」の話を思い出して、こんな夢を見るくらい、俺はその手の話題が苦手なのだろう。
偽善でも何でもいいから、自分の負担にならない範囲で何かしたいと思った。
だけどそれは、すごく身勝手な要望なんじゃないか。
助けたいなら全力を出せ。「負担にならない程度で」なんてやり方では誰も救えないと、誰かに責められた気がした。
(深呼吸して、気持ちを落ち着けよう。やらないよりはやった方がいいはずだろ。中途半端だって責められても、何もしないよりはマシなはずだ)
ザワザワと落ち着かない気持ちを、無理矢理しまい込む。
(俺の苦手意識は一旦置いておこう。関わっても関わらなくても嫌な思いをするのなら、せめて誰かを助けたいと思ってる人達の手助けをしたいと思った時の気持ちを大事にしよう)
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