第113話 雪乃崎くんがネクロマンサーを取得した話
「え、ネクロマンサーっ!?」
「雪乃崎くん、ネクロマンサースキルを取ったの!?」
その日、いつもの四人でお昼休みにお弁当を食べながら雑談していたら、雪乃崎くんから驚きの事実を聞かされた。
「ネクロマンサー」は、「人形使い」「精霊召喚」「幻獣使役」と同じ、使役スキルのひとつだ。俺がグロやホラーが苦手なものだから、その能力を詳しく調べもせずに、真っ先に候補から外したスキルである。
(まさか雪乃崎くんが、ネクロマンサーを取得するとは思わなかった)
これまで彼は自分自身が強くなる事に拘っていて、使役系スキルを取ろうとしなかった。それを覆したと思ったら、選んだのがまさかのネクロマンサーである。意外すぎて驚いている。
「7層でイヌの群れを相手にするようになって、どうしても手数が足りなくなってきてさ。親戚の子達と一緒に戦うにも、やっぱり彼らのフォローができる分の戦力が欲しいし。……これまでは自分が強くなってるって実感が欲しくて使役スキルには手を出さなかったけど、もうそろそろ、そんな事も言ってられなくなってきたんだ」
雪乃崎くんが使役系スキルを取得する事にした理由を説明する。
……確かに7層から一気に難易度が上がるので、ソロで使役系もなしだとキツいだろう。特に、イヌの群れが複数寄ってきた時の対処に困りそうだ。
「でもなんで、ネクロマンサーを選んだの?」
更科くんが不思議そうに訊ねた。まあそれは俺も考えていた疑問だ。
「消去法かな。精霊召喚のスキルは、もう既に自分でかなり魔法を覚えているから、今から精霊に新たに魔法を覚えさせるのもどうかなって思って避けて。幻獣使役のスキルは、幻獣を飼うには広い庭とかがないと不自由な思いさせてしまうから、僕の家じゃ無理だからって避けて。人形使いのスキルは、人形達にスキルを買って覚えさせるのにお金がかかるし、大器晩成型だって聞いてたから避けたんだよね。僕はちょうど今、インベントリを買ったばかりでお金がなくて」
他の三つを避けた理由を並べられると、納得できるものではある。でも、ネクロマンサーならその問題を解決できるのだろうか。
「ネクロマンサーは安上がりなの?」
「うん、そうなんだ。ネクロマンサーが使役するアンデッドって、初期に持ってるスキルや魔法以外は、いくら成長しても一切覚えないんだって。……流石に基礎レベルだけは上がるけど」
雪乃崎くんの説明にまた驚く。スキルか魔法、どちらかしか覚えられない仕様は人形も精霊もあるけど、どちらも一切覚えられないとはまた、随分とひどい仕様ではなかろうか。初期に覚えているスキルや魔法の数が例えたくさんあったとしても、やっぱりそのうち運用が厳しくなってこないかな?
「え。それって、安上がりなのはいいけど、かなり弱いんじゃ?」
懸念をそのまま質問する。
「魔法もスキルも覚えられないって、それって専門スキルや専門魔法も含めて?」
ほぼ同時に更科くんも、雪乃崎くんに質問した。
「他の使役に比べれば弱いと思うよ。それに、わざわざ説明に「一切のスキルも魔法も覚えない」って書いてあるくらいだし、ネクロマンサーには専門のスキルも魔法もないんじゃないかな。でもその代わりこのスキルは、10レベル上がるごとにアンデッドを2体ずつ増やせるんだよ。だから、レベル100までに20体使役できるようになる訳だね」
俺達の質問に答えた後、雪乃崎くんはネクロマンサーの強みについても説明してくれた。
「20体!?」
またまた驚く。他の使役系と比べて、数が倍だ。弱さを数で補うって事か。
倍の人数を使役できるなら、スキルや魔法を初期に持っているもの以外増やせなくても、やりようによっては戦力になるだろう。むしろ他の使役系スキルより強い場面もあるかもしれない。
「それはまた随分と、他の使役系とは仕様が違うな」
「倍の数が使えるのは、確かに強いかも……」
「中々ピーキーなバランス調整だねー」
早渡海くんも俺も更科くんも、それぞれ感心の言葉を漏らす。
そういう仕様なら、一番最初にネクロマンサーのスキルを取得さえすれば、以降は出費がいらないから、確かにすごく安上がりだ。そして倍の数を使役できるから、手数では一番有利となる。
その部分だけ取れば、すごく有能スキルに聞こえる。でもやっぱり、使役するのがアンデッドだっていう点と、レベルが上がるにつれて、スキルも魔法も覚えさせられない不利が目立つようになるんじゃないかって心配は消えない。
「使役するアンデッドって、やっぱりゾンビなの?」
俺は一番ポピュラーなアンデッドを例に挙げて訊ねる。
「ううん、僕も最初はやっぱりゾンビを想像してたんだけど、意外な事に、最初に選べる選択肢にゾンビはなかったんだ。選べるのは「スケルトン」と「ゴースト」の二種類だけだったよ。まあ、ゾンビは流石に気持ち悪いから、選択肢にあっても選ばなかったと思うけど」
雪乃崎くんもやっぱりゾンビは気持ち悪いらしい。それでもネクロマンサーを取得候補に入れて能力を調べてみようと思ったって事は、俺みたいに極端にホラー系に弱い訳じゃなさそうだ。
「ゴーストってどういう見た目?」
「顔がなくて半透明で、色は白くて、頭の方が丸くて先っぽは細くなっていく、漫画とかアニメでよく見るタイプだね」
説明しながら雪乃崎くんが、机の上に指でゴーストのフォルムを描いている。丸が伸びてしっぽがついたような姿。手も顔もない、単純な見た目らしい。
(それならまだ少しはマシ、かな?)
説明されてみれば、スケルトンもゴーストも、怖いは怖いけど、そこまで極端な気持ち悪さは感じないかもしれない。スケルトンは理科室の骨格標本みたいな見た目だろうし、ゴーストは顔がないせいか、そこまで怖くなさそうな気もする。
「実際に使ってみてどうだった?」
早渡海くんは見た目より性能の方が気になる様子だ。使用感を訊ねている。
「スケルトンは、レベルが低いとすぐ骨が折れちゃうから、見ていてちょっと心臓に悪いね。でもレベル1の段階から身長が180センチくらいある体格だから、大きさは問題なかったかな。でも、体重がすごく軽いから、イヌの体当たりでも派手に吹き飛ぶけど……。まだレベルが低いけど、もう少しレベルが上がれば、イヌの足止めくらいはできるようになりそうかな?」
雪乃崎くんが所感を説明する。
その説明によると、どうもスケルトンは体が骨だけの構成なので、体重が軽すぎるという問題があるようだ。あと、味方の骨がイヌにかみ砕かれる姿を想像するのはかなり心臓に悪い。
「ゴーストの方は?」
「ゴーストは精霊と同じ実体のないタイプで、敵の攻撃は受けなかったね。使える初期魔法は、体力を奪う「エナジードレイン」と、氣力を奪う「オーラドレイン」と「おたけび」の三種類。「おたけび」は恐怖耐性がない、もしくは耐性が低い相手を硬直させる魔法だよ」
ゴーストが持っている初期魔法を説明される。ドレインは吸収系の魔法の呼称だ。
「そっか。ゴーストはドレイン系の魔法が使えるんだ」
体力にしろ氣力にしろ、奪われる分には厄介だけど、奪う側に立てれば有用な魔法だ。
それにしても、物理攻撃を一切に受けずに敵の体力や氣力を一方的に奪えるなんて、かなり優秀な使役なのではないだろうか。この場合、聖属性のターンアンデッドのような特殊魔法を使わないと、ゴーストにはダメージが入らないのかな?
「マナドレインはないんだねー」
「どの属性の魔法でも魔力を回復させる魔法はないし、何か縛りがあるのかもね」
更科くんの感想に雪乃崎くんが答えている。確かに他の属性でも、魔力の回復や吸収ができる魔法はなかったんだよな。
「ゴーストも中々便利そうだ」
早渡海くんが感心している。
「まあ物理攻撃手段はないから、相手を衰弱させるか足止めするかの専用だけどね」
持っているのが魔法だけで実体がないなら、精霊と同じで、魔力が切れたらできる事がなくなりそうだな。運用には魔力管理も注意しないといけなさそうだ。
「スケルトンが初期に持ってるのは、どんな魔法なの?」
ゴーストが初期に持っているのが魔法だったから、スケルトンの方も魔法なのかと思って聞いたら、雪乃崎くんが首を振った。
「ううん。スケルトンが初期に持ってるのは、魔法じゃなくてスキルだね。「自動修復」「自律行動」「学習知能」の三種類だよ」
どうやら使役するアンデッドの種類によって、初期に覚えているのが、魔法かスキルかで分かれるようだ。
「あ、それ、人形の初期スキルと同じだ」
スケルトンの初期スキルは、完全に人形と同じ構成だった。
「そうなんだ。でも考えてみればスケルトンって、スキルの覚えられない、体重の軽い人形みたいなものかもね。生き物扱いじゃないからか、インベントリにもしまえるし」
言われてみれば、運用方法は似ているのか。人形とスケルトン、精霊とゴーストが似ていると考えれば、雪乃崎くんの戦い方は、今後は俺とちょっとだけ似たタイプになるのかも?
「実体がないゴーストの方も、必要時だけ召喚するんじゃなくて、常時そこにいるの? 昼間でも使える?」
「ゴーストもスケルトンも召喚じゃなくて、インベントリの中や僕の部屋で待機してるよ。昼間でも夜でも、強さは変わらない感じだね。その辺りは本物のモンスターのアンデッドとは違うみたいだ」
どうやら同じような見た目でも、ダンジョンに出るモンスターのアンデッドとは違う部分があるようだ。モンスターの方のアンデッドは昼間は弱体化するし、日光に直接当たるとダメージを受けるという弱点があると聞いた事がある。
モンスターと違って昼間も普通に使えるのは、使役する側にとってはありがたい仕様だろう。
「少し、心惹かれるものがあるな……」
どうも早渡海くんは、ネクロマンサーを取得するか悩んでいるようだ。
「えー、でも、自衛隊に入る時にアンデッドを従えてるのは、イメージが悪いんじゃない?」
更科くんがそれに疑問を呈した。まさかアンデッドを使役しているとイメージを損なうとして自衛官として採用されないとか、そういうのもあるのだろうか。
「む。それもそうか」
実際のところは不明だが、更科くんの一言で早渡海くんはとりあえず、ネクロマンサーの取得は中止する方向に決めたようだ。
実は俺も、雪乃崎くんからネクロマンサーの詳細を聞いて、ちょっと心が揺れ動いた。
(うーん。ちょっと迷うけど、やっぱりネクロマンサースキルを取るのは止めておこう)
でも結局は、そういう結論に達した。
数が多いのは戦力的に有利になる場面も多そうだ。けど、アンデッドに対する怖さや気持ち悪さを、俺が完全に払拭できるかはわからない。そういう状態でアンデッドを使役するのも、何だか申し訳ない気がするのだ。
(またどうしても手が足りなくなったら、ネクロマンサーのスキル取得も候補に入れてもいいかもしれないけど、今はまだいいや)
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