第109話 引き続きピラニアと戦闘する

 初の長時間の水中での戦闘は、思ったよりも体に負担を掛けていたようだ。部屋に戻ってきてストレッチをしてみたら、結構変な部分の筋肉が痛んだりした。

 人形達のポシェットにマジックテープを縫い付ける作業をしたりして、一時間以上休んでから、装備に破損がないか、コアクリスタルの残量に問題がないかなどを一通りチェックする。

 そしてまた再び、10層に潜って水中でピラニアと戦ってみる。

 まだ同じ場所から動けないので、前回拾い損ねたドロップアイテムが落ちていたりもする。もっと殲滅速度を上げないと、ピラニアの数は一向に減らないし、先にも進めないようだ。

 とりあえずは先に進む事よりも、水中に慣れる事と経験値を溜める事を目的にして、じっくりやっていこうと思う。


 やはりピラニアの数が多すぎて、攻撃を防ぐのが間に合わずに体に噛みつかれる。装備が頑丈なおかげで貫通せずに済んでいるけれど、もし牙が肌まで届いたらと思うとゾッとする。できればちゃんとこの攻撃を防げるようになりたいところだ。

(ピラニアの尾びれって、結構鋭いギザギザだよな)

 全身装備だからいいけど、下手に素肌が出ていると牙以外でも怪我を負いそうだ。

 一匹ずつは大して強くないけど、集団の力は侮れない。どうしても抜けてくる敵が出てくる。装備はこまめにチェックして、僅かでも破損があればすぐ修理に出すようにしないと。コアクリスタルの残量チェックと装備の点検は、これから毎日の日課になりそうだ。

(後は、戦いながら少しずつ様子を見ていくしかないか)



(これ、水中を歩くのと立って戦闘するのがメインだから、泳げるようになる必要性はあまりなかった気がしてきた。……まあ、泳げるようになって良かったって思っておこう)

 苦労して泳ぎを覚えたのに、実戦では全然泳がないと気づいてちょっとがっかりしたものの、気を取り直す。

 ドロップアイテムは、コアクリスタルや魚の切り身や魚丸ごと、あるいは海老や蟹、貝もそれぞれ種類が色々とあって、本当にラインナップが豊富だった。

 謎ラップで厳重にくるまれているので、水中にドロップしても品質には影響がない。ただ、ちょっと大きめのアイテムがドロップすると、人形の持つポシェットでは入りきらず、俺のインベントリに仕舞う為に、荷物を受け渡す作業が必要になってくる。その作業の合間を狙ってピラニアに食いつかれたりもしている。敵の数が多すぎて、落ち着く時間がまったくないというのは、本当に厄介だった。

(もっとレベルが上がって水中戦闘に慣れれば、隙を晒さなくなるかな?)


 声が出せずに人形達に細かい指示が出せないのも、やっぱり不便だ。唯一、人形専用スキルの「遠隔指示」を持っている黒檀にだけは、スキルを通じて直通で指示が出せるのだけど。

(……またスクロール探しをさせる羽目になってガイエンさんには申し訳ないんだけど、遠隔指示と視覚共有の人形専用スキルを、黒檀の分だけじゃなく人形の人数分、時間がかかってもいいから揃えたいって、相談させてもらおう)

 遠隔指示のスキルは、使い手である俺が人形の体を動かすスキルじゃない。距離が離れていても声に出さずに指示を出せて、人形本人に指示を出して動いてもらうスキルだ。なので人形達全員が遠隔指示のスキルを所持していれば、今のように声を出せない状況でも指示出しはできるようになる。

(もっと早く気づいて、頼んでおけば良かったな)

 まあ、今後悔しても遅い。実際に戦ってみないと気づかない事があるのは仕方がないと割り切るしかない。後でスクロール屋に注文に行こう。



 さて、今度の戦闘では直接攻撃以外……特に精霊の活用法を探っていきたい。まあ、火属性の炎珠だけは、水中で活躍させるのは最初から諦めているが、他の精霊は活用できるはずだ。

 先程、結聖のバリアで身を守ったように、精霊の力をもっと活用していきたいところだ。

(結聖召喚、スフィアバリア!)

 強く念じると、言葉に出さなくても精霊召喚は可能だ。これは自分が魔法を使う場合でも同じ仕様らしい。

 結聖のバリアのおかげでピラニアの攻撃を弾く事ができて、水中でも一息つける。今はまだ入り口付近から進めていないが、先に進むようになれば、途中で少し休んでまた先に進んでとやらなければ、いつまで経っても出口につけない。バリアはその為の大きな武器となるだろう。


(花琳召喚、毒の範囲魔法を頼む!)

 魔法の名前をうっかりど忘れて、魔法名ではなく効果そのままで頼んでしまった。だがこういう頼み方でも別段問題はなく、花琳がちゃんと毒の範囲魔法を使ってくれる。魔法の種類が多くなってくると、名前が憶えづらい緑魔法は特に、とっさに魔法名が出てこない時もある。なのでこういうアバウトな指示でも精霊がこちらの使って欲しい魔法を察してくれる仕様は本当にありがたい。

 花琳の状態異常の範囲魔法は、水中でも大活躍だった。敵の数が多いので、単体魔法を試してみる暇はない。とにかく数を減らしたいので、動きを阻害する範囲魔法はこの層にぴったりだった。

(状態異常魔法を花琳に覚えさせて良かった!)

 思いのほか役立ってくれて、この魔法を買って良かったと実感した。


 一方で、石躁が今持っている魔法では、ピラニアにあまり有効な魔法がなかった。

 石柱撃では消費魔力のわりに倒せる数が少なすぎるし、石の檻では閉じ込められる数は数匹のみ。ストーンウォールは何の障壁にもならないし、土操作は石の地面のここでは使えない。

(10層で効果があって石躁が使える、新しい魔法が欲しいな)



 休憩時間、部屋でネットで石属性もしくは土属性の魔法を探してみる。うまくピラニア相手に有効な魔法があればいいのだけど。


「あ、これは良さそうだな」

 見つけたのは「石化」魔法だ。石化自体は単体魔法だが、範囲魔法もないかと探してみたら、「石化拡散」という範囲魔法もあった。

 敵の体表から内部にかけて、体の組織を石へ変える魔法だ。これも動きを阻害するのに有効だろう。

(今回はとりあえず、範囲魔法だけでいいかな? それとも念の為に、単体魔法の方も買っておこうかな?)

 少し悩んだが、今後使い分けしたい時もあるだろうし、やっぱり単体魔法の石化の方も買っておこうと決めた。



 早速、いつものスクロール屋に石躁の魔法を買いに行ってきた。

 その時にガイエンさんに、遠隔指示と視覚共有の人形専用スキルを黒檀以外の4体分注文した。

 専用スキルが必要になった理由を話すとガイエンさんも、「まあそれなら、あった方が便利か」と納得してくれた。暇を見つけて探しておくと請け負ってくれたので、申し訳ないがお任せする。

(ガイエンさんには苦労をかけてしまうな。また今度、何か差し入れでも持って行こう)

 マイナースクロールを入手できる方法が、ガイエンさんが探す以外にも何かあればいいのだけど、それも難しいだろうか。



 部屋に戻って来て早速、今度は7層へ赴いて、イヌに石躁の新魔法の試しをしてみる。

 石化魔法を使うと、イヌの体の表面があっという間に石化して灰色に硬くなった。石化部分は筋肉の動きにも支障が出るらしく、確実にその後の動きが悪くなっている。

(これならピラニアでも問題なく、行動阻害できそうだ)

 これで石躁も活用できそうだ。





 夏休みも今日で終わりだ。

 学校から出ている課題はすべて終わっている。ノートパソコンを買った事で、ネットでの調べものもよりしやすくなった。

 今年の夏休みは特に色々な出来事があった気がする。特に本の導入に関してのあれこれは今もまだ、自分の功績とは思えないでいる節がある。

(まあ、事が大きすぎて、まだ実感できないんだろうな)

 早渡海くんに詳しい事情を聞こうかとも思ったけど、やっぱり止めておいた。

 エバさんの要請がどこまでの範囲だったのか、どれほど世界に影響を与えたかは気になるけれど、あまり深入りして詳しく事情を知っても、俺にできる事などないだろうし、そもそも彼を何度も煩わせるのも申し訳ない。

(どうしても話さないといけないような事情があれば、早渡海くんの方から連絡をくれるだろうし。俺の方から聞き出すのは止めておこう)

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