第108話 10層の攻略を開始する

 夏休み最終日というギリギリな日程になってしまったが、今日はついに初心者ダンジョン最後の層である10層に挑む事にした。

 ……10層で出るのは、ピラニア型のモンスターだ。

 水中で自由に動くピラニアは、普段は群れを形成していないが、敵を見定めると周囲からどんどんと集まってきて、一気に大群になるという、これまでよりずっと危険度が高いモンスターだ。

 装備が整っていなければ、水に入った途端に四方八方から襲われて、抵抗もできずに食い殺されて終わり……といった、恐ろしい事態にもなりかねない。

 また、3~4メートルの水深がある地底湖を、明かりがない中で進まなくてはいけないという、これまでの層ではなかった新たな仕様も追加されている。初心者ダンジョンの終わりの層だけあって、全体的に下調べや下準備の大切さを実感させる為に用意されたような、厳しいフィールドだ。


(10層攻略に備えて専用装備を用意したし、ランプや水中呼吸用のマスクも用意した。それを稼働する為の燃料であるコアクリスタルの予備だって準備は万全だ。俺自身も水中訓練を重ねて、ようやく泳げるようにもなった。だけどこれで十分かどうかは、実際に試してみないとわからないんだよな)

 実は、10層の攻略に関しては、ピラニアの牙ではダメージを受けない人形達に任せて、俺は様子見に徹するという案も、以前は考えていた。

 だけど結局は、俺もきちんと最初から戦いに参加する事に決めた。

 理由は、今後も先に進めば、水中フィールドのダンジョンはたまに出てくるからだ。ここで少しでも水中戦に慣れておいた方が、後々の為になると判断したのだ。

 俺が参加する事で却って人形達の足を引っ張ってしまうかもしれないけど、できるだけ早いうちにちゃんとした戦力になれるよう、鋭意努力するつもりだ。




 10層のフィールドである地底湖は、入口付近の一部だけが天井が高くなっており、その周辺にだけ狭い地面があって、階段の出口とゲートが揃って設置されていた。

 それ以外の場所は、水面近くまで長々と鍾乳洞が伸びていて、空中には広い空間がない。

 そして辺りはかなり暗い。事前に調べていたので慌てる事なく、インベントリから魔道具のランプを取り出してスイッチを押す。 辺りがふわりと優しい薄い黄色の灯りで照らし出された。

 このランプは水中でも灯りが消えない優れものなので、10層では必須のアイテムだ。

 俺自身が腰に吊るす分の他にも、人形達それぞれに持たせる分も買ってある。壊れた場合に備えた予備もだ。

 俺や人形達の装備も水中対応仕様だ。人形達は一部が武器を持ち換えただけで防具がないのは普段と同じだけど、俺の方は水中装備を全身に装備しないといけないから、その分だけ準備に時間がかかった。この層ではこの装備の問題があるから、ダンジョンに潜る時も切り上げる時も、時間をこれまでよりも余計に見積もっておかないといけないな。

 水中で呼吸する為の魔道具のマスクもつけて、準備は万端だ。俺が指で合図をすると、青藍が先行して水中にゆっくりと入り、そのまま沈んでいく。その青藍の後を追うように、紅、紫苑が次々と続いていった。

 俺も体に重しをつけた状態で、黒檀と共に水中に潜る。その俺を見失わないように気を付けながら、最後に山吹が後を追ってくる。


 今回水中という特殊フィールドで敵の数が大量に出るという条件も鑑みて、俺の護衛に2体同時に張り付いてもらう形を取った。これでどうなるか様子を見てから、またフォーメーションを改めて考える予定だ。

 暗い水中に沈んでいく最中にも、ピラニアが数匹こちらに寄ってきて、そのまま襲い掛かってくる。モンスターは基本的に、人間を見れば即敵だと認識して襲い掛かってくるものだから当然だが。

 武器は抜き身で手に持ったままだが、俺は寄ってくるピラニアの処理よりも、水中の地面につくのを優先した。黒檀が慎重に、細身の片手剣を使って、俺に攻撃してくるピラニアを追い払ってくれる。

 水底につくと全員を見渡して、身振りで指示を出して態勢を整える。マスクで口を塞がれているから、いつものように言葉に出しての指示は出せないのだ。

 そうこうしている間にも、ピラニアは仲間の血の臭いに惹かれてくるのか、どんどん数を増していった。俺達は俺を中心にして、背後はできるだけ入口の壁に背をつけるようにして前面に集中できる態勢を整えて、本格的に戦闘を開始する。




 ピラニア一匹一匹は、あまり強く感じない。だけどその数が多すぎる。

 倒しても倒してもキリがないのだ。集まってくる数の方が多くて、ずっと同じ場所で壁を背にしたまま、戦い続ける時間が続く。

(やっぱり、一気に大量の相手に襲われると対処しきれないな)

 ダンジョンモンスターは時間を置くとリポップしてしまう仕様だから、狩るなら一気に狩らないと、いつまで経っても先に進めない。

 人形達はピラニアの牙では金属質の表面を傷つけられないで済んでいるけど、こちらを攻撃してくる相手を素通りという訳にもいかないし。

 俺の水中装備も頑丈な素材で作られているから同じく牙のダメージは通らないで済んでいるけど、体のあちこちを噛まれたまま放置しておく訳にはいかないし。……結局は、攻撃して倒してって対処が必要になる。

 ピラニアを倒すとほんの僅かにだけどその体から血が流れて、その後に姿が消えてドロップアイテムに変わる。

 その僅かの血の臭いに惹きつけられて、周辺のピラニアが一気に群がってくるのが何よりの問題だ。


 紫苑と黒檀には、水中戦闘用装備として片手剣を装備させている。面積が広いと水の抵抗が増すだろうと思って、山吹の武器も斧から槍に変更中だ。紅と青藍は元々の武器をそのまま使っている。俺の武器は予備の片手剣だ。

(リーチの長い武器の方が良さそうなら、俺の武器も槍に変更するけど、どうだろうな?)

 リーチの長い槍はピラニアの胴体を貫くのに便利そうではあるけど、水の抵抗が少ないのは片手剣の方だろうか? でも俺の体に群がって噛みついてくるピラニアの対処をするのに、リーチの長さが今は却って邪魔になりかねないという感じも受けた。これなら多分、片手剣の方が対処には良さそうだ。


 とりあえず初戦という事で無理をせず、疲労が溜まらないうちに一度切り上げるつもりだ。

 でも、どこで切り上げるというきっかけがない。次から次に襲ってくるせいで。

 あと、ドロップアイテムを拾うのがかなり面倒くさいというのが判明した。

 人形達の体重が重いのも相まって、泳いでの移動は無理と判断して水底で足をついて戦っているのだけど、地面が結構ボコボコに凹凸があって、とても移動し辛いのだ。その上、そんな地面に落ちた小さなアイテムは、探すのも拾い上げるのにも苦労させられる。

 特に、たまに落ちる銀の粒が小さくて、凸凹の隙間に挟まると、拾うのがかなり厄介だったりする。

 コアクリスタルもそうだ。わずかに赤く光ってるから見つけるのはその分まだ楽なのだけど、拾うのが大変だ。

 ピラニアを倒してすぐ、水中に漂うほんのわずかな時間でさっと手早く回収できればいいんだろうけど、他のピラニアが間断なく襲ってくるせいでそれも難しい。特に銀の粒は小さいわりには重いようで、地面に落ちるまでの速度も速いし。

 そもそも、ピラニアが間断なく襲ってくるせいで、満足にドロップアイテムを拾う時間を捻出できないでいるのが一番の問題だった。

 これまでの層のモンスターは、アイテムを拾う間もなく……というのは、イヌの群れが大量に押し寄せてきて撤退する時以外はなかったのだ。それもあって、アイテムをどう確保するかが課題となっていた。


 ちなみにインベントリは、俺が出し入れしたいと思うもの以外は入らない仕様なので、入口を開けた途端に水が大量に内部に入り込む、みたいな事態にはならない。水が流れ込んで、代わりにアイテムが流出なんて洒落にならないからな。この仕様で助かった。


 一度撤退するにしても、落ちているアイテムを拾わないと勿体ないかと、黒檀と紫苑をアイテムを拾う係に指示して他の面子で戦いを受け持ってみたりもしたが、アイテムを拾い集めている間にも、また新たな敵がやって来るのだ。これ、全部のアイテムを拾う事に執着していると、延々と戦う羽目になって、休み時を見失うぞ。

(勿体ないけど、全部のアイテムを拾うのは諦めて、俺が疲れる前に緊急脱出システムを起動して戻るか。……そうだ。結聖を召喚して、結界を張ってもらって、拾えるだけ拾ってから脱出しよう)

「ふぐぐ」

 マスクで声は出せない。でも、精霊が水中でも使えるのは事前に水中訓練で確かめてあるので慌てない。

(結聖召喚! 俺達の周りにフィールドサークルバリアを展開してくれ!)

 声に出して言葉にしなくても、精霊は強く念じると召喚と指示出しが可能なのだ。結聖が召喚に応じて現れて、俺達の足元に魔法陣が光り輝き、その内部にピラニアが入ってこれなくなる。

 位置的に既に魔法陣内部に存在していたピラニアも、魔法が発動された際に強制的に追い出されたようだ。バリア、便利だな。

 俺は身振りで人形達に、バリアの効果があるうちにできるだけ急いでドロップアイテムを集めるように指示を出す。俺自身はステータスボードを手前に表示させて、脱出のタイミングを計る。

 腰につけたランプのおかげで灯りはあるが、これがもしなかったとしても、ステータスボードは暗闇ではうっすらと光を放つので、文字を読んだり操作したりするのには支障はない。

 バリアの維持時間が切れて結聖が帰還する直前、俺は緊急脱出システムを作動させて、人形達と共に部屋まで戻った。





「はー、結構大変だったな」

 部屋に戻ってきてマスクを外した途端、愚痴が口から零れ落ちた。

 俺は水中装備のままで防水マットの上に座り込む。

 10層は水中フィールドなので、濡れた状態で部屋に戻ってくる事になるのが分かり切っていたので、ゲート近くには大きな防水マットを敷き詰めてある。俺一人じゃなく人形も濡れて現れるのを想定して、部屋の床面積の半分はマットで覆っている。

「みんな、ピラニアの攻撃では破損はしてないよな?」

 俺の質問に、人形達はそれぞれ頷いて肯定する。

「アイテム拾いはどうだ? ポシェットに入れるのが大変とか、何かあるか?」

 インベントリを持っているのは俺だけなので、人形達は拾った各自でドロップアイテムを、一時的に自分の腰に装備してるポシェットに入れないといけない。

 そしてポシェットには、先に非常時用のポーションが入れてある。そのせいで、逆に手持ちのポーションを落としてしまったりといった不具合も発生しかねなくなっているのではなかろうか。


「黒檀のマントとかリュックとか、後は包帯とかの、水に濡れて困るものは、水中には持って行かないようにしておいたけど、手持ちの荷物とドロップアイテムがごっちゃになるのはマズいかな? 別々の入れ物に入れた方がいいか?」

 俺が問うと、人形達はそれぞれが、首を傾げたり首を横に振ったりした。……首を横に振ってる人数が割合が多いな。

「新しいポシェットは要らないか?」

 首を振った人形達が、今度は頷いて肯定する。

「荷物が増えるのは良くないって事かな?」

 また頷く。どうやら、あまり腰回りの荷物を増やしたくないらしい。

「そっか。まあ水中だと、荷物が増えると余計な水抵抗も増えるから、それもあんまり良くないか」

 俺の言葉に反対した人形達が一斉に頷くと、残りの人形達もなるほど、とばかりに同調して頷いた。

 俺はそこで少し考えて、ポシェットの内側にマジックテープを縫い付けて、ポーションの細長い瓶を固定する事にした。それならマジックテープを剝がさない限り、水中にポーションが飛び出る事はないだろう。

 これから慣れない裁縫をする為、あとは慣れない水中で動き回った体をストレッチしたりして様子を見る為に、一度水中装備を脱いで、長めの休憩を入れる事にする。

 この休憩の間に、忘れずにトイレも済ませておかないとな。

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