第107話 水中用武器購入、エバさんから魔道具を貰う
昨日の水中訓練で泳ぎに問題がなかったし、10層の攻略を開始したい。
ただ、10層は水中フィールドなので、一部の武器を新しく用意しないと。水中で弓が使えない紫苑は予備の片手剣でいいけど、山吹には槍を買う予定だ。水中戦闘で使っている木製の練習用の武器もそうしていたし。
山吹の斧は幅が広い分、水抵抗が激しくなって使いづらいと思う。
黒檀にはできれば重い武器は持たせたくなかったが、水中では投げナイフは使えないし、短剣ではリーチが少し短すぎるようだった。なので水抵抗ができるだけ少ない、細身の片手剣が良いだろう。
そんな訳で今日は午前中、アルドさんの店に武器を買いに行く事にした。
「そうか、トキヤもついに10層か」
訪れたいつもの武器屋で、アルドさんが感慨深げに言う。
「はい、そろそろ挑戦してみようと思ってます」
俺も、ついに初心者ダンジョンの最後の層に行けると思うと、かなり感慨深いものがある。
「必要なのは、槍と細身の片手剣だな」
「はい。山吹は槍スキルは覚えてないですけど、水中で幅広い斧は使いづらいと思いまして」
「そうだな。斧も使えなくもないが、動作が遅れる場合もあるだろう。長さが今の斧と同じくらいの槍ならば、スキルがなくともそれほど問題なく使えるだろう。大型のモンスター相手なら水抵抗があっても斧の方がいいばあいもあるだろうが、小型のピラニアが相手なら、速さの方が優先だしな。というか、槍スキルは覚えさせないのか?」
「そう、ですね。水中だけなら別に必要ないかと思って、これまで取らなかったんですけど、武器スキルはその武器を使用していない時以外は、氣を消費しない仕様なんですよね。水中フィールドはこれからもあるんですし、思い切って山吹に槍スキルを持たせるのもアリですね」
槍スキルを持たせれば、水中でもより武器が使いやすくなるだろうし。ここで数万円の投資を惜しんで山吹に槍スキルを持たせないっていうのも、かえって戦力的に損なだけかもしれない。帰りにスクロール屋で、槍術スキルを買っていこうかな。
「槍術か、棒術かだな。棒術なら先端に武器がついているものでもそれなりに適用できるから、長柄の武器を使っている者に持たせるのも有効だ」
「なるほど、棒術ですか。それなら山吹だけじゃなく、紅にも覚えさせられますね。……氣の消費がちょっとだけ多くなっても、長柄武器の扱いが得意になるなら有効ですね」
アルドさんのアドバイスに、むむむと悩む。いっそ山吹には棒術と槍術を、紅には棒術を追加で買ってしまおうかな。武器の習熟が早まるのは良い事だ。武器スキルを多く取り過ぎて氣の消費が追い付かなくなってしまうと問題だけど、今のところ二人の氣の使用量はそこまで切迫していないようだし。
「とりあえず、二人に良さそうな武器を見繕おう」
アルドさんが店内から、いくつかの槍と剣を持ってくる。俺は連れてきた山吹と黒檀に、それぞれの武器を持って試してみるように言う。今日連れて来ているのはこの二人だけだ。他の人形達はインベントリの中で待機してもらっている。
「ふむ。買い物中のようだが、少し話をしたいのである」
「エバさん!?」
急に背後から声を掛けられ、俺は驚いて振り返った。
店の扉が開いた音がしなかったのに、店内にいなかったはずの存在から急に声を掛けられたのに驚いた。それとエバさんは300層超えの偉大なシーカーなので、そう簡単に会えるものではないだろうという固定概念があったので、余計に驚いた。
「トキヤといったな。そなたにはこれを渡しておくのである」
エバさんが俺に何かを差し出してきた。
「これは?」
手に平に乗る程の大きさの……メダル? 金貨? 金色のメダルっぽいものに、しっかりした生地の布リボンがついている。勲章とかによくある、太めで真ん中がカットされたリボンだ。
「斥候ギルドから話が回ってきた。功績持ちに対して、良からぬ逆恨みをする輩が出るかもしれんとな。あれはそなたの話であろう? 我が輩としても、自らが関与した事案で逆恨みの犠牲が出るなど、許しがたいのである。この魔道具を持っていればいざという時、あちらの世界であっても確実に助けを得られる。インベントリに入れていつでも持ち歩くように」
エバさんからそう言って渡される。裏返してみると、勲章のような見た目のバッチだった。裏側にピンの他に、小さな穴が開いている。これがどういうふうに危機を察知して、どう助けてくれるのかはわからないが、300層越えのシーカーであるエバさんが持ってきたものである。きっとすごい効果のある魔道具なのだろう。
これがあれば安心感が段違いだ。俺は素直に受け取って、エバさんにお礼を言って頭を下げた。
「ありがとうございます。これ、動力はコアクリスタルでいいんでしょうか?」
万が一の時に動力不足で発動しないという事態は避けたい。この裏の穴にコアクリスタルを入れればいいのだろうか。
「既に目一杯入れてあるのである。そして実際に危機に陥って発動しない限りは、消費はほぼない仕様なので、特に気にせず持っていれば良い」
「わかりました。インベントリに入れて持ち歩きます。わざわざありがとうございました」
エバさんがどうして俺がここの武器屋にいると知ったのかはわからないが、多分話を聞いて俺の為に、こうして魔道具を持ってきてくれたのだろう。改めてお礼を言う。
「む? トキヤが厄介事に巻き込まれたのか?」
アルドさんが微妙に眉を寄せて訊ねてきた。
「その。もしかしたら逆恨みされる可能性があるかもしれないと指摘を受けたので、一応は気を付けているだけなんですけど」
実際に何かあった訳ではないから、厄介事に巻き込まれたと断言するには微妙な気もする。
「そなたも食堂でトキヤが本導入の話をした時にいたであろう。あの提案の要望が通ってあちらの本が大量に導入されれば、自国の歴史をこちら側に知られるのを避けようとしていた国に逆恨みされる可能性があると、トキヤの国の関係者は考えたようである」
エバさんが簡潔に説明する。どうやらエバさんは、本導入の提案をしたあの時にあの場にいた面子しかいない場所に、俺が現れるのを待っていた? あの時あの場にいて話を聞いていたのは、エバさんとアルドさんの他には、ジジムさんとシェリンさんだけだ。そして俺はあれ以来、彼らの食堂にはまだ行っていない。それにもし行っていても、食堂は他のお客さんもいる可能性が高い。だからアルドさんの武器屋で、俺以外にお客さんがいない今を狙ってやってきたのかも。
「それは随分と身勝手な話だな。……それにしても本を読むだけで、国が危惧する程の情報が手に入るものか?」
アルドさんは前半をちょっと不機嫌そうに、後半を不思議そうに言う。
「世界全体の歴史を見れば、この国は過去にこの条約を破って他国に攻め込んだとか、条件つきで合意したのに約束を履行しなかったとか、そういうのが大体わかりますから。それで国の性質も図れるんです。自国の本に関しては内容を都合のいいように変えられても、他国の本はそうはいきませんから」
俺が説明すると、なんとなく納得したらしく頷いた。
「そうか。そちらには随分、多くの国があるようだしな。ひとつの国だけが情報を偽装するのは難しいのか」
「ええ、特に国際関係や歴史の情報は、隠すのが難しいと思います。色んな視点から語られている本が多数出ていますから。いくつもの国の本を読み比べれば、まったく違う内容が描かれているものがおそらく偽装されたものではないかと見当をつけられます。まあそれも、それぞれの立場や視点で物事の見方が変わるのは当たり前なので、絶対とは言えませんが」
実際、複数の国が共謀して一国を陥れようとする場合もあるだろうし、数だけでは正確性は図れないだろう。あくまで参考になる程度だ。
「国の性質や国民の性質は、そう簡単には変化しないものであるしな。参考にはなろう」
エバさんもそう意見を述べた。
「トキヤの国は、本の導入に賛成しているのか?」
「そのようです。うちの国も過去には自国内で争っていた時代があったり他国と戦争したりといった歴史がありますし、今も問題がない訳ではないですけど、下手にそういう情報を隠そうとして後々こちらとの関係が拗れるよりは、正確に現状を知ってもらった上で、今後も良いお付き合いをしていければ、という方針のようです」
少なくとも貞満さんから聞いた話では、そうらしい。他の情報源はないから、細かいところまではわからないけど。
「そうであれば、少なくともトキヤの国にある街では、本の導入が早期に進むであろうな」
エバさんは俺の答えに満足げに頷いて、特徴的な髭を撫でた。
「では我が輩はこれで去るのである。邪魔をしたな」
去り際に挨拶の言葉を発したと思ったら、次の瞬間には彼の姿が消えていた。
「え!? 消えた!!?」
俺は驚いて周囲を見渡す。どこにもその姿はない。店内に素早く隠れるマジックという訳ではなさそうだ。というか、いくら燕尾服にシルクハット、モノクルを着用しているからって、怪盗でもあるまいし、マジックで消える必要性はなさそうだ。
「気づいていなかったのか。あの御仁は前回の食堂の時も先ほども、空間転移で直接店内に現れていたぞ」
アルドさんが慌てる俺の姿に、肩を竦めて答えをくれる。
「ええ!? そうだったんですか!? というか、個人で空間転移とか、使えるものなんですね……」
「それはあの御仁が300層越えのシーカーだからこそだろう。俺は空間転移など使えん」
「なるほど……。やっぱり300層越えってすごいんですね」
エバさんが軽々と行う行為の端々に、実力の違いを感じさせられる。
「それはそうだ。100層に到達しただけで尊敬されるのに、その3倍だ。一体どれほどの時間、ダンジョン攻略を続けているのか、想像もつかん」
アルドさんも彼なりにエバさんを尊敬しているらしく、その言葉は重々しく響いた。
その後、改めて山吹と黒檀に武器を選んでもらって購入した。帰りに紅をインベントリから出してスクロール屋にも寄って、棒術と槍術のスキルも忘れずに購入する。
ダンジョン街から戻ってきて余った時間は、新しく買った武器の慣熟の為に、訓練施設へ行って汗を流してきた。
明日は念の為、9層で新武器を使って狩りをする予定だ。それで明後日、夏休み終了直前に10層に挑戦かな。
その日の夜にはまた渡海くんに電話して、エバさんから身を守る魔道具を貰った話をしておいた。ついでに、エバさんが個人で空間転移できるって話も。
それを聞いた早渡海くんは、ちょっと黙ってから、「一度父に換わる、少し待っていてくれ」と言って、電話を保留にした。
その後、通話が再開された時には貞満さんに交代していた。
「鴇矢くんが貰ったその魔道具も、可能であれば国で調べさせてもらいたいところだろうが……、その魔道具をくれた相手が君に常に持ち歩くように言ったものだし、君の安全が最優先だ。くれぐれもインベントリから不用意に出さないようにして、そのまま所持していて欲しい」
貞満さんは一通りの話を俺から聞いた後、そう重い口調で告げてきた。
「え、国が調べたいような、貴重な魔道具の可能性があるんですか。その、いいんですか?」
どうやらエバさんがくれた魔道具は、国の方で調べてみたいくらいに貴重な代物だったらしい。どうしよう、安全になるならありがたいって、気軽に受け取ってしまったんだけど。
何かエバさんにお礼ができればいいんだけど、そもそも俺はエバさんがどこに住んでいるかも知らないし、どうすれば連絡が取れるかもわからないんだよな。
「ああ。下手に君から強引に取り上げるのも、300層越えのシーカーの機嫌を損ねる危険があると、私から上を説得する。おそらくは納得してもらえるだろう。それに君の身の安全が高まったのは国にとっても良い事だ。一般人が国の事情に巻き込まれる事など、国としても望んでいないからね。魔道具に関しては、こちら側の事は気にしなくていい。もし万が一、国の者が私の上申を無視して君に近づき、その魔道具を差し出せと言ってきても、必ず断って、こちらに連絡してくれないか。私の方できっちりと話をつける。とにかく、君は君自身の身を守る事を最優先して欲しい」
貞満さんは俺の安全を最優先に考えてそうはっきりと断言してくれているけど、国に所属する人の中には、俺から魔道具を取り上げて調べたいって人もいるのかもしれないのか。もしも権力を使って強引に来られたら、俺はどうしていいかわからない。それが国の偉い人の総意なのか、それともごく一部の人の独断なのかなんて、こちらからはわからないんだし。
「はい、わかりました」
とりあえず、貞満さんを信じてそう答えておく。
(貴重な魔道具を貰ったせいで、却って別の厄介ごとを引き寄せる可能性があるのかな?)
でも、国だって俺から強引に魔道具を取り上げる程の強硬手段には出ないと信じたいところだ。
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