第105話 夏休み最後の水中訓練
今日は友達みんなで集まって、水中戦闘訓練をする日だ。これが夏休み最後の集まりになる。
俺は差し入れにお菓子を持っていった。屋台お疲れ様の差し入れを更科くんにだけしてなかったから、それも兼ねている。
雪乃崎くんも、親戚の家に行ったお土産に、ダンジョン固有の果物で作ったドライフルーツをお土産に持ってきてくれた。
「親戚の家で作ってるダンジョン固有の果物を、工場でドライフルーツに加工してもらったんだって。これはまだ試作品だけど、そのうち製品として、地域の物産展で売ってみるって言ってたよ」
雪乃崎が持ってきたドライフルーツは乾燥していてもとても綺麗な青い色の果肉だった。味はちょっと甘酸っぱさのあるマンゴーのような感じで、食感は……少しだけアロエっぽいかな?
「へえ、これもすごく美味しいね」
皮じゃなくて果肉がここまで綺麗な青色っていうのも珍しい。なんだか作り物みたいだ。生のままデザートにしたら、着色料なしでカラフルな配色になりそうだな。
ドライフルーツやお菓子を食べ終えて、本番の水中戦闘訓練を開始する。
「鳴神くんも溺れなくなってきたねーっ」
「スムーズに泳げてるよ」
更科くんと雪乃崎くんにそう褒められた。
「うん、ようやく少し、息継ぎのコツがわかってきたかも」
俺も、自分がちゃんと泳げている事に、内心でほっとしている。長年カナヅチだったから、一夏で克服できるかどうか、実は自信がなかったのだ。何とかなって良かった。
「夏休みももう終わりだし、休みが終わる前に、無事に泳げるようになって良かったな」
早渡海にもそう言われた。
「うん、ありがとう。これで10層へ行く準備がほぼできたかな」
「みんなで集まっての水中訓練もこれで終わりかな。集まる機会がなくなるのはちょっと残念だけど、泳げるようになって良かったね」
更科くんが、訓練が終わるのをちょっとだけ残念がっている。彼は友達で集まって遊ぶのが好きみたいだから、集まる機会がなくなるのが寂しいようだ。
まあ、長期休み中じゃないと、こうやって定期的に集まるのも、予定を合わせるのが大変な面があるから仕方ないんだけど。
「みんなで集まるのは、また別の機会に考えればいいんじゃない?」
長期休みじゃないと機会が減るのは確かだけど、やればできなくもないだろう。またそのうち集まって遊ぶ機会を作ればいいんじゃないかな。
今日で、みんなで集まっての水中訓練は終わり。その最後の仕上げという事で、ピラニアを多めに出してもらって、多めの数に対応できるかどうかを試してみる。
雪乃崎と更科くんは二人で10匹。俺と早渡海はそれぞれ人形達と組んで、40匹のピラニアをプールに放してもらう事にしたのだ。
これが普通のピラニアなら、逃げられてなかりでいつまで経っても倒せないで、プールを借りている時間が切れてもプールにピラニアが放たれたままという困った事態になりかねないけど、戦うのはあくまでもピラニア型のモンスターなので、相手がこちらに気づけば必ず襲い掛かってくる。なので全部を倒すのも、実力さえあれば可能なのだ。
これまでも、一度に20匹くらいのピラニアを放しての訓練はしてきたけど、一度に40匹もの数を放すのは、これが初めてだ。
人形達と一緒に、武器を訓練用の木製武器から通常武器に持ち替える。自前の武器だと足りない武器があったので、そこは訓練施設から通常の鉄製武器をレンタルした。
山吹の槍と黒檀の片手剣だ。
この二人はこれまでも、地上で戦う場合とは違う武器で水中対応していたのだけど、訓練用の木製武器はあっても、本番用の鉄製武器はまだ買っていなかった。
明日にでも武器屋に自前の鉄製武器を買いに行こう。新しい武器を買ったら、手に馴染ませる為の慣熟訓練及びモンスター相手の戦闘もしたいから、実際に10層に移動するのは、あと二日後、……夏休みの終わり直前になりそうだ。
「うう、装備の上からとはいえ、あの牙に噛みつかれると、心臓に悪いねーっ」
「一度に対応できる数を超えると、どうしても噛みつかれちゃうね」
最初に二人で10匹を試してみた雪乃崎くんと更科くんが、プールから上がってからマスクを取ってから、そう感想を述べた。
1匹や2匹なら噛みつかれないように気を付けて対処しつつ戦るけど、それ以上の数になるどどうしても、他の敵と戦っている間にフリーとなる個体が出てきて、体に噛みつかれてしまうようだ。
装備が頑丈なおかげで怪我はしないとはいえ、噛みつかれるのはやはり心臓に悪い。
「じゃあ、次は俺がやってみる」
今度は俺が、人形達と一緒にプールに入る。
俺は体に重しをつけているので、人形達と同じように、水中にどんどん沈んでいく。この重しがないと、俺一人だけ水面に浮かんで孤立状態となってしまうので、人形達と一緒に行動したい時には、重しは必須なのだ。
施設の係員さんが早渡海くんの合図でピラニアを40匹、檻を開けて水中に放つ。俺は人形達と一緒に水底で武器を構えて、それを迎え撃った。
……戦闘時間自体は、10分弱程度、かな。俺達はなんとか、全部のピラニアを倒し終えた。
俺も何度か、その鋭い牙に噛みつかれて焦ったりもしたけど。でも人形達は表面が金属質なおかげで、ピラニアの牙は歯が立たずに弾き返すだけだった。
「……ふー、なんとか倒せた」
水中に設置された長い梯子を上って、順番に地上に戻る。浮上するには重いので、上に戻るにはこうするしかないのだ。梯子がないダンジョンでは、脱出機能で戻る他ないだろう。
「次は俺だな」
早渡海くんが最後に、人形達を引き連れて潜っていく。彼は俺達の中では一番上達が早かったし、今も一人だけ、一段も二段も技術的に上回っている。やっぱり幼い頃から武道をやっていると、要領を掴むのが早いようだ。
雪乃崎くんの合図で、係員さんが40匹のピラニアを水中に放つも、彼だけはやはり、一度も体に噛みつかれずに、うまく対処したようだ。ううむ、レベル上では殆ど差がないはずなのに、それ以外のところで腕が違い過ぎる。
午前中の水中訓練を終えて、昼食に、更科くんのお勧めで前にも食べに来た、蟹パスタが美味しい食堂に来た。
今日のランチは、蟹と青菜のクリームパスタと、蟹とパプリカのオリーブオイルと黒胡椒のパスタだった。俺は今日は青菜のクリームパスタの方にした。
昼食を食べながらの話題は、俺が先日斥候ギルドで教えてもらった、シーカーギルドについての話題になっていた。
「シーカーギルド? そんなのあるんだ」
雪乃崎くんが感心する。
「斥候ギルドは知っていたが、そちらは知らなかったな」
どうやら早渡海くんも、シーカーギルドの存在は知らなかったようだ。
「俺は一応シーカーギルドで、ダンジョンの歩き方講習は受けた事あるよっ。あと、一応は魔法ギルドも存在するみたいだね。でもそっちは、魔法の一覧を記録したり、それぞれの魔法の細かい使い方を研究する感じのギルドで、あんまり戦闘向けじゃないみたい」
情報通の更科くんだけは、元々シーカーギルドの存在を知っていたようだ。それどころか、魔法ギルドなんてものまであると言及している。……もっともそちらの方は、戦闘にはあまり関係がなく、俺達とは縁がなさそうなギルドのようだけど。
「更科くん、ダンジョンの歩き方講習って、どんな内容だった?」
シーカーギルドの講習のひとつを受けた事があるという更科くんに、詳しいところを聞いてみる。
「そうだねー、モンスターに前後から挟み撃ちされないように、通路で敵に気づかれずに先を偵察する方法とか、隠し通路とか罠がありそうな場所の違和感を見逃さないように、気を付ける点とか。あとはパーティメンバーが多い場合、味方同士で攻撃が当たらないように距離を置くようにとか? 罠の方は斥候ギルドの領分らしくて、基本的な内容が多かったかな」
更科くんの説明では、やはり歩き方の方はネットの評判通り、ごく基本的な内容が中心のようだ。
「歩き方講習はともかく、戦闘講習もあるから、そっちを受けてみたいんだ」
俺がそういうと、雪乃崎くんが頷いて賛成した。
「僕も一度行ってみたいな」
「なら午後の予定を変更して、これからみんなで行ってみない?」
更科くんが提案する。元々は午後も水中訓練の続きをする予定だったけど、そちらはある程度は目途が立ったので、確かに別の予定に変えても問題なさそうだ。
「そうだね、そうしよう」
「ふむ、そうだな」
全員更科くんの案に賛成したので、午後からはみんなでシーカーギルドに行ってみる事に決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます