第103話 斥候ギルドの講習と罠試し
斥候ギルドの講習では、講師役の男性職員から鍵開けの基本を詳しく習った。
透明な素材が使われていて中が見える状態で、鍵穴の中がどうなっているのか、どうすれば鍵が開くのかを詳しく解説してもらったり、分解した鍵穴の部品を見学したり。
それらの講習を受けてから、実際に開錠を試してみたところ、一番簡単な構造の鍵を、黒檀と紫苑が開けられた。知力や器用さが高いからだろうか。俺や他の人形は、同じように習ったのにできなかった。
斥候用のスキルを所持していても、魔法のように鍵を自動で開けたりできるようになる訳じゃないので、専門の知識と地道な努力はどうしても必要となる。
一方スキルとは別に、鍵開けや罠発見、罠解除の、斥候用の魔法もちゃんと存在はするらしい。
その存在を知ってからは、できればそれも取得したいと思って、時間がある時にネットでそれらの情報を調べている。そこで得られた情報では、鍵開け、罠発見、罠解除の魔法は、属性的にはすべて、「時属性」という属性になるそうだ。
できれば斥候役にその魔法を覚えさせられれば、それが一番いいのだけど、うちの場合は斥候が人形なのでそれは不可能だ。生憎と人形は、魔法は一切覚えられない仕様なので。
だから斥候用の魔法は、俺が覚えるか、あるいは精霊に覚えてもらうかの二択になる。
(次の精霊は氷属性にって考えていたけど、斥候補助の要員として、時属性もありかなあ)
時属性は、下級レベルの魔法は斥候用の三つしか存在しないが、いずれは攻撃にも補助にも使える属性になるそうだ。そして回復……というか、「怪我する前の状態に、体の一部の時間だけを巻き戻す」という荒業の魔法も存在するらしい。
ただ、時属性は魔力消費が非常に大きな魔法が多く、殆どの魔法は中級以降にならないと使えないものばかりだそうだ。
(でも、鍵開けと罠発見、罠解除の三つの魔法だけは、下級で覚えられるんだよな。……その為だけに精霊を一枠埋めるか、予定通り氷属性を取るか、……悩むな)
仮に時属性の精霊にした場合、その精霊は当分は、その三つしか魔法が使えないという状態になってしまう。だがいずれ成長すれば、新たに強力な魔法を覚えられるようになる。
一方、氷属性を覚えさせた場合、即戦力になってくれるだろうけど、鍵開けと罠発見と罠解除は、完全に黒檀のスキルのみを頼りにする状態になる。
どちらがいいのか決められず、まだ迷い中だ。
(というか、紫苑は鍵開けスキルも持っていないのに、簡単な鍵なら開けられちゃうんだな)
黒檀だけでなく、紫苑までもが鍵を開けられた事に感心する。
一番簡単な鍵は、昔の車の鍵をハンガーで開けられる人がいたのと同じようなもので、鍵の部分にうまく金属棒が引っかかってくれさえすれば開くようだ。……まあ俺はできなかった訳だけど。
鍵開けの講習は難易度別に何段階かに分かれて開催されていた。罠解除の講習も受けないといけないし、また黒檀の技術向上の為に、時間を見つけて講習を受けにこないとな。
鍵開け講習を終えた後は、昼食の時間になるまでは、斥候ギルドの訓練施設でそのまま訓練する事にした。
今日は着替えも持参しているので、前回は回避してやらなかった、沼の上に浮かぶ板を渡るという訓練も人形達と一緒に実践してみた。
まあ案の定、俺も人形達も揃って沼に落ちて、びしょぬれになった訳だけど。
それも想定内だと開き直って、濡れたまましばらく同じ挑戦をしてみた。黒檀が何回かに一回くらいは、簡単なコースを成功するようになった辺りで、背筋に軽い悪寒がしてきたので、俺は慌ててその訓練を切り上げる事にした。
風邪を引いてもポーションで治るけど、まあ最初から変な無理はしない方がいいよな。この沼の訓練は、もっと平衡感覚とかのレベルが上がって、他の訓練をスムーズに熟せるようになってから再挑戦しよう。
訓練施設には男女別に分かれた着替えの為の場所もあったので、そこ着替えさせてもらって、他の訓練も一通りやってみた。これらの訓練も、やっぱりまだまだスムーズにとはいかない。
講習を終えて家に帰ってきた。
マレハさんから教えられたシーカーギルドが、どれくらいマイナーな扱いなのかとかが気になっていたので、昼食後にちょっとだけ、ネットでシーカーギルドについて検索して調べてみる。
すると、「基本すぎて習うまでもない」「わざわざ金を出して講習を受ける程じゃない」といった否定的な意見がいくつか見つかった。
一方、「自分は素人だったし、それなりに参考になった」といった意見もあった。
シーカーギルドでやっている講習は、「ダンジョンの歩き方」「キャンプの仕方」「基本の戦闘の仕方」の三種類だった。
今はまだダンジョン潜っていても、すぐに戻ってきてもさほど問題ない程度の広さのフィールドばかりだけど、難易度が上級までいくと、道順がわかっていても一日では次のゲートまで辿り着けないくらい、広大で複雑なフールドが普通にあったりするらしい。次のゲートを潜るまでの時間がどれだけ短縮しても一日以上かかるなら、どうしても攻略の為にはダンジョン内部での泊まりといったキャンプ作業が必要になってくる。キャンプ講習はその為のものだろう。
(中級までは一日あれば、最短距離を行きさえすれば次のゲートまで辿り着けるらしいし、俺が攻略でキャンプが必要になるのは、まだだいぶ先だな。キャンプ講習は今はまだ受けなくてもいいだろうけど、でも、他の二つの講習は受けてみたいな)
マレハさんから地図も貰った事だし、今度シーカーギルドに行ってみよう。
ネットを切り上げ、午後からは前に買ったトラバサミを実際に罠として仕掛けて使ってみようと思い立った。
(トラバサミは斥候用品で買ってきたものの、一度も実戦で使ってなかったしな。やっぱり一度、実際に使って試してみないと。それに新しい魔法をいっぱい買い込んだんだから、試せる分の魔法は、使用感を試しておかないとな)
そんな訳で午後からは9層のウシを相手に、トラバサミを試してみる事にした。
草原の草丈は結構長くて、俺の足首くらいまではある。黒檀に指示してトラバサミを設置してもらうと、その殆どは草に隠れて見えなくなった。
(これなら避けられる心配はあんまりないかな?)
草原以外だとトラバサミを隠す為の偽装工作が必要になるかもしれないが、今はまず、このフィールドでちゃんと使えるかを試してみよう。
ガジャン!!
大きな音がして、トラバサミが金具部分で分解された。更にハサミの部分もひしゃげてしまった。
「あ、壊れたっ」
黒檀にウシをトラバサミに向かって誘導してもらったところ、ちゃんと目的地を通ったのだけど、肝心のトラバサミ本体が、ウシに踏まれて壊れてしまった。
ウシそのものは、トラバサミの少し後ろで大盾を構えていた青藍と山吹にちゃんと止められる。その後はいつもの手順で無事に倒せた。
「それにしても、盛大に壊れちゃったな」
俺はトラバサミを手に取って壊れた部分をそっと確かめてみるが、金具の部分がひしゃげて、使い物にならなくなってしまっていた。
仕方がないので試しを一時中断して、代わりのトラバサミを買う為に、ダンジョン街の斥候用品店へ赴く事にする。
「そりゃ、ウシは重量オーバーだよお~。適正はイヌやオオカミとかだねー。ブタやイノシシでもちょっとギリギリかなあ。ウシやクマは勿論、完全に重量オーバーね!」
子供のような見た目のナナルーさんに、呆れたように肩を竦められてしまった。
「あとは力のかかり具合によっては、軽い獲物が相手でも壊れちゃう場合があるよー。買うだけじゃなくて実際に使ってみようって試みは、ボクも評価するよお? でも、トラバサミは普通の鉄製なんだから、もうちょっと、獲物の重さを考えよっか?」
指摘された内容のあまりの正論さに、ぐうの音も出ない。
「……はい、すみません」
悄然として謝る。確かにトラバサミを仕掛けてみる相手の体重を、全然考えていなかったのだ。
俺が今、ウシを相手にして戦っているからって、いきなりウシを相手に罠を仕掛けたのは、すごくダメな行為だったようだ。反省だ。
「じゃ、壊れたトラバサミは、こっちで安値で引き取るねー。新しいのを買うって事でいいー?」
「はい。予備も含めて三つ下さい」
また壊れないように気を付けたいが、使い方は習熟しておきたい。それで予備を含めて、トラバサミを三つほど新しく買っておいた。
その後、ダンジョン街から戻ってきて、改めて初心者ダンジョンへ出向き、7層でイヌを相手に、新しいトラバサミを試してみた。
けど、イヌは斥候役の個体がいるせいか、それとも元々鼻がいい種族だから匂いでわかるのか、トラバサミを設置した辺りだけ、うまく避けられてしまう結果となった。
(購入時に俺が触ってるから、その匂いがついてたとか?)
その後、消臭スキルを持つ黒檀にトラバサミを持たせて、土に塗させて匂いを念入りに消してから設置という手順を踏んだら、今度はある程度は罠にかかるようになった。やはり匂いが避けられた原因らしい。
敵が草の分け目に罠を発見して、目で見てから避ける場合もあるから、罠にかかる確率は100パーセントではないけど、匂いにちゃんと気を付ければ、一応は罠にかける事はできるようだ。
更に8層でもヒツジ相手に同じように試したところ、こちらはイヌよりも高い確率で、うまく罠にかかってくれた。
夜、早渡海くんに電話して、斥候ギルドでのマレハさんのやり取りを説明しておいた。
「明後日にはまた水中訓練で顔を合わせる予定だけど、その時は他のみんなもいるから、先に説明しておいた方がいいかなって思って」
前回の煎餅関連の時もそうしたけど、今回は余計に迂闊に巻き込むのが躊躇われる。俺のせいで二人まで危ない目に合うような事態にはなって欲しくない。
「そうだな。ツグミや雪乃崎は今回の件に関わっていないし、下手に事情を教えて巻き込むのは良くない。隠しておいた方が安全だな。……それにしても、ダンジョン街の住人がそうした形で協力してくれるとは思わなかったな。これは父にも話しておく」
「うんお願い。これで、ダンジョン街でステータスボードを提示した時に、うっかり周りにバレるって心配は、ほぼなくなったと思う」
日本の日常生活では、ステータスボードの提示を求められる機会なんてほぼない。ダンジョン協会の買取所でも、身分証明書の提示は必要だが、ステータスボードを提示しないといけない義務などないのだ。だから漏洩の危険性はぐっと下がったと思う。
「そうだな。彼らが気を付けてくれるなら、そちらから漏れる心配はなくなったと言っていいだろう」
そんなふうに話し合って、夜の電話を終えた。
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