第100話 功績に纏わる話  後編

「明日また、前回と同じ友達の家に、午後に遊びに行く事になったんだ。夕飯までには帰ってくると思うけど、遅くなるなら連絡するよ」

 夜7時の晩御飯の時間に、家族に対して明日の予定を告げておく。まさか二回連続で同じ言い訳を使う羽目になるとは思わなかったな。でも家族に事情を説明する訳にはいかないから、誤魔化しておくしかない。

「あら、そうなの? 明日の午後からなら、私が午前中のうちにお菓子を買って用意しておくから、鴇矢はちゃんとそれを持っていってね。ああ、時間が合えば、私もお友達に挨拶したかったわ。午後すぐに出るなら、料理教室の時間帯と被っちゃうわね」

 母がなにやら張り切っている。そんなに前回、手土産を自分で用意できなかったのが無念だったのだろうか。そもそも、友達の家に遊びに行くのに手土産って毎回必要なものなのかさえ、俺にはわからない。

「うん。じゃあ、お願い……」

 俺はおとなしく頷いておいた。


「鴇矢も頻繁に友達と出掛けたり、遊びに行くようになって、良かったよ」

 父は最近、俺が自主的に色々と出歩いているので満足そうだ。

「夏休みも残り少ないし、課題はちゃんと終わらせておいた方がいいぞ?」

 兄は受験勉強真っ只中だからか、頭からつま先まで勉強に侵食されているようだ。実は天歌兄は、国内でも三指に入る有名大学を、第一志望として希望しているのだ。その分だけ勉強内容も高度で濃密なものを熟しているらしく、今は流石に余裕がないらしい。

「鴇矢に付き合ってくれる貴重な友達なんでしょ? あんまり相手に甘えすぎて、迷惑かけないように気を付けるのよ」

 姉からはそんなふうにツンとして、小言かあるいは忠告を言われた。

「また、琉璃葉はそんなふうに、鴇矢にキツい事を言って……」

「この場合は、「相手の家に遊びに行くばかりじゃなく、家にも連れてきたらどう?」が正解だろ」

 母と兄がちょっと呆れた様子で、姉に物申している。

 なるほど、どうやら姉は二回連続で俺が遊びに行く方だったから、今度は家にも連れてきたらどうか、と言いたかったらしい。兄が意訳してくれてようやくわかった。姉は性格が勝気なのもあって、たまに本音とは違う言葉が口から飛び出してしまう事があるらしい。

 本人もバツが悪そうな顔をして、「そ、そう言いたかったのよ」と、ツンとそっぽを向いた。



 その日の夜は、屋台の手伝いでできなかった昨日の分も、集中して勉強をしたかったのだけど、色々と気がかりで集中しきれなかった。

 詳細は明日話を聞かなければわからないのだし、今気にしても仕方ないのに、それでも気になってしまうのだ。

 そして翌日、午前中は気分を切り替えて、人形達を連れていつも通りにダンジョンに潜った。手慣れた手順でウシを狩る。戦いで体を思い切り動かすと、気分も少しすっきりした。やっぱりダンジョン攻略は楽しいな。




 午後、手土産をインベントリに収納して、前回と同じ公園で早渡海くんと待ち合わせた。

「ごめん早渡海くん。前回に続き今回も、ここまで迎えに来てもらって」

 一度行った事があるから大丈夫だと言ったのだけど、迷ったらいけないからと、彼はわざわざ迎えに来てくれたのだ。

「いや、むしろ鳴神が、本に関する要望の裏にある事情を早く教えてくれて助かったと、父が言っていた。事情を知らなければ、大勢の役人が右往左往していただろうと。迎えに来るくらいはなんでもない。気にするな」

 彼の言うそれは政府の事情であって、早渡海くん本人には関係ないはずなのに、彼は気にするなと言う。将来自衛官になりたいと決めているだけあって、今からその意識が強いのだろう。

(それにしても政府の方は、そんなに騒ぎになってたんだ?)

 昨日の夕方に、俺のステータスボードの功績欄に記載されたって事は、同じ頃に政府に要望が伝わって、検討され始めたのだろうか。

 多分、俺が帰った後すぐに、要望を出すと言っていた面子が動いてくれたのだろう。それがすぐに街役場から政府まで伝わったのだろうか。あるいは政府関係者が、たまたまどこかの街役場で会合中だったとか?

(なんか、俺のした提案のせいで慌てさせる事になったなら、申し訳ないな)

 昨日はシェリンさんの誤解を解こうと必死だったから、その後に政府関係者に与える影響までは、考えている余地がなかったのだ。誤解を解くだけに留めるとか、他にもやりようはあったのかもしれない。反省しても遅いけど。




 早渡海くんの家について応接間に案内され、忘れないうちに手土産を渡してから、改めて貞満さんと早渡海くん相手に、一連の流れを説明する。

 まあ、昨日のうちに大体の内容は伝えてあるので、今日はあくまでも細かい部分の補足だ。できるだけその時の状況を思い出しながら、時系列順に話をしていく。

 弓星さんと渡辺さんの過去話では、話を聞く二人も揃って難しい顔をした。

「シェリンさんが役人さんの濁した返答を聞いて、政府が本の規制をしているんじゃないかと疑惑を持った」という辺りでも、非常に難しい顔になった。やはり国に携わる者として、そういった誤解は辛いものがあるのだろう。

 俺がした本の導入方法の提案の数々については、「変な誤解が拗れる前に解こうと、鴇矢くんなりに頑張ってくれた結果なのだから、責める事などない」と言われたけど、関係者を慌てさせてしまった件については、俺からも頭を下げて謝っておいた。

 エバさんが100層越えの権利をラーメンの試食の為に使おうとした事で、彼が300層超えのシーカーだと判明したくだりでは、貞満さんに頭を抱えさせてしまった。この辺りは今日が初出の情報だったというのもあるけど、やはり内容が衝撃的だったのだろう。

 100層到達権利と店舗の義務の話もここで明かされた訳だけど、やっぱり、エバさんの権利の使い方はとんでもなく奇想天外だったんだろうな。




「政府は昨日、街役場に赴いていた役人を通じて、緊急かつ重要と銘打って上げられた要望の数々が届き、本当に驚いたそうだ」

 貞満さんからは、政府サイドの昨日の様子が語られた。

「そんな騒ぎになっていたんですね」

 騒動の原因は俺にあると言えなくもないので、非常に申し訳なく思う。

「その後、鴇矢くんから話があった事で事情がわかって、本当に助かったよ。すぐに知らせてくれてありがとう。変にあちらの裏を探ろうとして対応を先延ばしにしていたら、余計にその誤解が広がって、話が拗れていたかもしれない。事情が分かりさえすれば、誤解を解く為に最優先で本を導入すると決定できるし、それに全力を尽くせる」

 改めて、貞満さんからお礼を言われた。政府としては事情を知れた事が何よりありがたかったと。

「う。俺達が誤解を招いた原因なので。むしろ、政府関係者のみなさんに申し訳ないです」

 祭りの打ち上げでの話さえなければ、そもそもシェリンさんも日本に悪いイメージを抱かず、誤解もしなかっただろう。そう思うと、マッチポンプというイメージが拭えない。

「それに関しても、誰も偽りも誇張も言っていないんだ。ただ本人達の過去を話しただけだ。君達の話した内容も、一般的に知られている内容ばかりのようだし、話したからといって責められるようなものじゃない。……そもそも、彼らがダンジョンへ移住するまでに助けられなかった、国の責任だ」

 慚愧の念を感じさせる表情で、貞満さんは言い切った。責任感が強いと、その背に負うものもまた重いのだろうな、と思わせる表情だった。


「俺はできれば、日本の良い面も悪い面もどちらも正直に打ち明けて、その上であちらと付き合っていけたらって思うんですけど、それは望みすぎでしょうか」

 俺としては、飾る事も貶める事もしたくないのだ。……そりゃ、俺自身は日本にマイナスイメージを持っているのは認める。だけどそれだって、俺が現代社会に不適合かつネガティブな性質でこの国で過ごしてきた事で自然とそう思考形成されただけで、別に意図的に悪く言いたい訳でも、進んでそう思いたい訳でもない。もっと楽に幸せに生きてこれたなら、もっと素直にこの国を好きになっていただろうし、誰にでも誇れたと思う。

(こんな、国に責任転嫁するような俺の思考も、精神が今よりもっと成長すれば、また変わっていくのかな……)

 自分の思考回路に、ちょっと自分が情けなくなった。

「包み隠さず正直に打ち明け、その上で彼らと付き合っていきたいという君の考えは、私は正しいと思う。下手に隠そうとしても、余計な誤解を招く元になるだけだ」



「そうそう。今回の件では我が国よりも保守的な国の方が慌てている最中らしい。まだ暫定的な情報だけだが、自国の歴史を知られたくない国は特に慌てているそうだ」

「え? あの、要望があった街役場って……」

「日本以外の街からも、要望はあったそうだ」

 やはりエバさんの伝手の中には、国内以外の街もあったようだ。本導入に関する騒ぎは国際化しているらしい。発端が自分だと思うと、どうしていいかわからずに途方に暮れてしまう。

「ダンジョン街に過去に攻め込んでいる国は、あちらにも危険性を把握されている。しかし実際には軍事行動を起こさず様子見をしていた潜在的危険国の中には、自国の悪い部分を隠して良いろころばかりをアピールして、友好関係を築き上げたい思惑を持っている国もある」

「……それは」

「本導入を加速させた結果、地球での歴史が知られれば、その偽装工作が見破られる事にも繋がるだろうな」

(ある意味自業自得だけど、それ、俺がやったってバレたらやばくない? 逆恨みを買わないかな?)

 外国の恨みなんて買いたくないんだけど。……けれど、もう遅いかもしれない。事態は動いてしまっている。今更それを止めるのは不可能だ。

「我が国も友好国には、「あちらの有力者が、地球の本導入に積極的に動いたようだ」と、一部の情報を流している。……ああ、君に関しては何も言っていないから安心したまえ。一般人が偶然関与したのを無暗に教えて、注目を集めるような真似はしない」

「それなら良かったです」

 自分の存在が表に出ない事を貞満さんに保証されて、俺はほっと息を吐く。

「ただ、ステータスカードを提示すると、功績欄の記載で気づかれるので、そこは気を付けて欲しい。最近では入国の際にステータスボードの提示を義務付けている国も多い。そうなっては秘匿は難しいだろう」

「外国に行くような機会はないと思いますけど、気を付けるようにします」

 ステータスボードって、功績欄と犯罪欄は非表示にできない仕様なんだよな。今後はダンジョン街でステータスボードを提示する時にも、周りに地球人がいないか気を付けないといけなさそうだ。




「後はそうだな。おそらくエバ・ホバという御仁は、街役場に一斉に通達を出す何らかの手段を持っていると思われている。それぞれの役場に赴いて説明したにしては、反応が早すぎる」

「そう言われてみれば……」

 貞満さんから断定されて、ようやく連絡手段に思い至る。確かに、地球でのメールの一斉送信みたいな手段がなければ、あの短時間で複数の街役場に要望は出せないだろう。

「100層到達者の権利に、そういった通達手段や権利がついてくるのかもしれない。これは勝手な想像に過ぎないが、そもそも、ダンジョンのシステムを管理運営しているのが、彼ら100層到達者なのではないか?」

「え!? システムの運営が!? 何故ですか? だってダンジョンは、100層到達者が出るより以前から存在しますよね?」

 俺は驚いて、反射的に否定してしまった。

 特別な権利が100層到達者に与えられるという予想はわかる。地球でも30層までは、到達者が既に出ているのだ。その人達が持つ権利を知っていれば、それ以上の権利が100層にあると考えても不思議はない。

 けれど、ダンジョンシステムの管理運営となると、また話は違ってくる。それはダンジョンにとっての生命線であり、彼らにとっての法律のような存在だ。それに特定の個人が関与できるとなれば、まるで重みが違ってくる。

「勿論、ダンジョンを作成したのは別の存在だろう。その作成者がそのまま運営している可能性もある。だが、100層到達者にも、権利の一部が与えられている能性もあるのではないかと、一部は考えているようだ」

(国の上層部の一部が、その可能性を考慮している? そんな考えを持つに至るには、何か根拠となる出来事でもありそうだけど……。そういえば政府で100層到達者に会った人はいるって、昨日の電話で言ってたっけ。その到達者の言動から何かを感じたのかな)

「そうだとしたらエバさんも、ダンジョンの管理や運営に参加してるって事になりませんか?」

 ダンジョンに住みながら、システムに縛られない者がいるのだろうか。むしろ逆に、システムを管理している? エバさんのような到達者が集まって? 俺にはどうにも想像が及ばない。


「可能性の話だから、真相はわからないがね。ただ、今回の件ではあまりにも多くの街役場が、同時に要望の声を上げた。そして本日も、確認の為に役人を各地に向かわせたところ、声を上げていなかった役場からも、同様の声が上がったそうだ」

「ええっ? そんなに多くの街役場が動いたんですか!?」

(エバさんの言う「いくつか」って、一体どれだけだったんだ!?)

 彼の伝手の広さに慄くしかない。こうして話を聞いているだけで、とんでもない事態に巻き込まれているような悪寒を感じた。とても一介の中学生が関わっていいような事態ではなさそうだ。


「少なくとも、日本領有内に存在する街の役場は、すべてが動いた」

「ひえっ!?」

 貞満さんから重々しく告げられて、俺は悲鳴を上げて硬直した。

「まだ確認は取れていないが、ダンジョン内にあるすべての街の役場に対して一斉通達があって、その通達を受けた役場が、すべて動いた可能性もある。それもあって、100層到達者が持つ権利というのは、こちらが想像するより大きいのではないか、といった声が出ている」

「……すべての街役場を動かすって……」

 もう絶句するしかない。それは「いくつかに伝手がある」ってレベルの話じゃない。エバさんは一体何をやらかしてくれたのだ。下手したらダンジョン街と地球全体を巻き込んでしまっている。

 しかも、ただ要望を出せるだけでなく、優先して取り組むように命じる強制力でも持っていなければ、役場も一斉には動かないだろう。

 それを考えれば確かに、100層到達者の持つ権利は大きいのではと政府が考えるのも仕方ない。

 貞満さんに改めて、今回の事態が今後どう動くかわからないので、俺の功績の件はなるべく周りに知られないように、慎重に行動して欲しいと要請されて、俺はただただ頷いた。






 夕方、家までの帰路を歩きながら、一連の話を考えてみる。

 もしかしたら世界を動かしたかもしれないという衝撃は、とにかく大きかった。今後自分がどんな目に合うかわからないという恐れもある。

 だけど少しだけ冷静になってみると、違う見方もできた。結局のところ俺がやったのは、ただ思いついた提案を口にしただけだ。エバさん達が要望を出してくれたからこそ事態は動いた。だから、俺が何かすごい事を成し遂げた訳じゃない。強いて言うなら、300層越えのシーカーであるエバさんの影響力が、桁違いにすごかったってだけの話だ。

 俺は大した功績は上げれてない。そんなふうに、どこか納得がいってない自分に気づく。


(俺は、自分が功績を上げる事に興味ないのかと思ったけど、そうでもないのか?)

 自分でも不思議な程、心のどこかが引っかかっている。

 大した事はしていないのに己の功績として記載されて、居心地悪いっていうのはあると思う。

 自分でやろうと決めて最後まで成し遂げた事ならば、きっと俺も誇れるんだろう。今回のは偶然が重なって貰った栄誉だから、座り心地が悪いんだ。

 功績を得る事そのものよりも、俺にも何かを成し遂げられるんだっていう実感そのものが欲しいのかもしれない。

 前世で報われなかった分まで含めて、今世で努力して強くなって。その結果としての「何か」が欲しいんだって考えると、自分の気持ちにしっくりくる気がした。



(俺がやりたい事はダンジョンを攻略していく事だ。それがはっきりとした功績として認められるのって、ワールドラビリンスの100層に到達したら、なんだよな)

 10層で居住権利、30層で店舗やギルドや役場の運営といった権利が貰える。それもひとつの区切りとして扱われているけど、「偉業」だとはっきり認められるのは、やはり100層を超えてこそだ。

 エバさんが成し遂げた、300層超えという偉業を聞いた時の衝撃を思い出す。


(うーん、遠いなあ)

 ようやく初心者ダンジョンの終盤に入ったばかりの俺にとって、それはあまりにも遠い話だ。

 ……だけどどうせなら、それを目標にしてもいいかもしれない。

(100層越えのシーカーになるなんて、とてつもない目標だけど。でも、俺には絶対に不可能だなんて、誰にも決めつけられないんだ)

 寿命の問題もないのだし、諦めなければ到達できる可能性はゼロじゃない。

 遠大で難関な道程なのは、考えればわかる事だ。ダンジョンが出現して30年で、地球最高峰のシーカーがようやく30層を超えたところなのだから。


(でも、挑戦してみるのも面白いんじゃないかな)

 武者震いのような興奮で、気持ちが沸き立つのを感じる。

 戦う事、先に進む事、強くなる事。俺はそういうのに執着してる。そしてその集大成として相応しい指針が、今そこに見えている。

 遠いからって、困難だからって、諦める理由にはならないはずだ。

 むしろ500層とか1000層とか、誰も見ていない高みを目指すのも面白い。どこまで続いているのかわからないからこそ、その果てが見てみたい。

 それは、人生の目標として据えたいと思える程、俺にとって魅力的な夢だ。

 どこまで行けるのか、そこに果てはあるのか、謎に満ちたダンジョン。それを構築しているシステムに感謝したい。


(……よし、決めた! 俺は人生の目標として、まずはワールドラビリンスの100層を目指そう!)

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