第99話 功績に纏わる話 前編
夕方、ダンジョン街からゲートで部屋まで戻ってきた。
さて、これから短時間でもダンジョンに潜るか、それとも色々あって精神的に疲れたから、少しだけ休むかとぼんやりと考えていると、ピローンという間の抜けた音とともに、ステータスボードが自動的に俺の前に現れた。
念じてもいないのにステータスボードが勝手に現れるなんて、初めての事態だ。俺は驚いて、ステータスボードを手に取って、何か変わったお知らせでも来たのかと、上から順番に内容に目を通していく。
そして、その記載を見つけた。
「地球の本導入の加速に一役買った功績」
「何これ!?」
思わず叫んだ。
ステータスの功罪欄が、これまでは一纏めで空欄だったのに、功績欄と犯罪欄に分かれていた。そして犯罪欄は空白のまま、功績欄にそんな見慣れない記載が記されていたのだ。
(一体なんで……、いや、多分、昼間のやり取りが原因だよな?)
混乱しかけたが、記載されている内容から推察できるものもあったので、どうにか気持ちを落ち着けて考えてみる。
さっき、シェリンさん達に日本が変な誤解されないようにと、必死であれこれと本の導入方法を提案した。それを彼らが早速、街役場に要望として提出したのだろうか。そしてそのうちのどれかが、まさか速攻で通ったのだろうか。それで最初に提案した俺の功績として認められた?
(いや、いくら何でも早すぎないか? それとも、ステータスボードを管理しているシステムが、俺のした提案はこのまま通りそうだって判断して、さっさと功績欄に記載したって事? ちょっと気が早すぎない?)
何がどうなってこうなったのか、何もわからない。
功績って、そんなに簡単につくものなのだろうか。これは果たしてすごい事なのだろうか。それともあちらでは良くある、日常茶飯事な出来事なのか。
(え、これどうしよう。どうしたらいいんだ?)
頭の中で大量の疑問符ばかりが積み重なる。
そもそも功績がついた事で、これからの生活が何か変わるのだろうか。功績っていうからには、別に悪い事ではなさそうだけど。犯罪欄じゃないのだし。
いきなりの出来事に、俺はぐるぐると悩みこむ。そのまましばらく固まっていたが、(そういえば、貞満さんに本の件を相談しようと思ってたんだ! この功績の話も一緒に聞いてみよう!)と、思い至った。
自衛隊所属の貞満さんに話を聞いてもらっても、この疑問が解決するかはわからない。それでも、信頼できる大人に話を聞いてもらえるだけでも、気分はすっきりするだろう。
前に「ダンジョン街関連で何かあっても、安易に家族や友達に話を広げず、こちらに相談して欲しい」と言われているのだ。今回の件を相談するのに打ってつけの存在だと思う。
「とりあえず、早渡海くんに電話してみよう」
メールアドレスも知っているが、今回の事情を一から文章に起こして説明するとなると、長文になりすぎる。思い切って電話をかけて説明した方が早いだろう。
アドレス帳に登録した連絡先から、早渡海くんを選んで通話を押す。
「もしもし。鳴神か」
「あ、早渡海くん! ごめん、いきなり電話して。その、聞いて欲しい話ができて。今、長電話する時間とれるかな!?」
「ああ、問題ない。何かあったのか?」
とても落ち着いた早渡海くんの声音に、俺も少し、昂っていた心が落ち着いてくるのを感じる。
俺はできるだけ分かりやすくなるよう心掛けながら、今回の事情を説明していく。
昨日、手伝いに行った祭りの打ち上げで、二人の日本人の辛い過去話を聞いた事。今日、その話を一緒に聞いていたダンジョン街の住人に、差し入れを持っていった事。
その差し入れ先で、「日本の政府が本の規制をしているのではないか」という疑惑を持たれて、日本に悪い印象がついてしまいそうで慌てた事。何とか誤解を解こうと思って、あちらに本を導入するのに効果的と思われる提案を色々した事。それらの提案を、彼らが街役場に要望として出してみると言っていた事。
更に家に帰ってきた今、念じてもいないのにステータスボードが急に現れて、功績欄に「地球の本導入の加速に一役買った功績」という文が記載された事を、静かに聞いてくれている早渡海くんに対して、順番に説明していった。
「……それは、随分と大事に巻き込まれたな。父は今、家にいる。このまますぐに父に相談するから、少し待ってくれ」
「うん、お願い」
早渡海くんの少し掠れた驚いた声が、電話を通じて届いた。俺は祈るような気持ちで、保留中の音楽が流れるのを聞いて過ごした。
しばし、音楽だけが流れる時間が過ぎる。
「……もしもし、鴇矢くん」
「貞満さん!」
保留音が途切れた後、通話に出たのは早渡海くんではなく貞満さんだった。
「今、息子から大体の事情は聞いたが、随分と色んな事が起こったようだね」
「はい。なんて言っていいのかわかりませんが」
打ち上げで話を聞いたのは偶然だけど、差し入れを持っていくって決めたのは俺だし、早期の本の導入を目指して提案したのは、紛れもなく俺自身の意思だ。単純に巻き込まれたとも言えない。
「できれば直接会って話をしたいが、私の方でも政府の方で、今何が起こっているのか、どういった対応を取っているのかを調べてくる時間も欲しい。鴇矢くんは明日の午後に、家に来てもらえるだろうか?」
今回は急な話なので、貞満さんの方でもまず、政府が今どうなっているのかの情報収集が必要なようだ。まあ、一介の自衛隊員が、畑違いの情報をなんでも知ってる訳ないか。
「はい、お願いします。話を聞いてもらえてありがたいです」
貞満さんが政府の方であらかじめ情報収集してきてくれるなら、明日、本の導入についても、少しは経緯が聞けるかもしれない。
「それで、すまないがもう一度、できるだけ詳細に事情を説明してほしい。数人の要望があったとはいえ、その日のうちに君の提案した要望がそのまま功績としてステータスボードに乗るなんて、尋常ではないように思う。なにか変わった事があったのではないかと思うのだが……」
貞満さんのその言い方だと、こういった功績がステータスボードに急に記載される事そのものに関しては、これまでにもあった話のように聞こえる。
多分、政府の方でそういった事態を把握しているのだろう。俺が知らなかっただけで、そういう事例が以前にもあったのかもしれない。
(それにしても、変わった事か……)
尋常でない程に変わった事。いつもと違うメンバー。それで原因と思しき人に思い当たった。
「……変わった部分といえば、エバさんが!! あの人がいたから、一気に話が進んだのかもしれないです!」
思い至ったはいいものの、どう説明していいか焦って、うまく言葉が出てこない。
「鴇矢くん、落ち着いて。説明に時間がかかってもいいんだ。そのエバさんという人は、どういった人なのだろうか?」
通話越しにも俺の焦りが伝わったのか、貞満さんから落ち着くように言われる。俺は一度深呼吸して、気持ちを落ち着けるように意識した。説明したい内容を、頭の中で纏めてみる。
「エバさんは、昨日の屋台でラーメンをすごく気に入って、何度も屋台に来たお客さんです。それで今日のインスタントラーメンの試食会にも、偶然居合わせて、参加を熱烈に希望した人なんです。その人が、ワールドラビリンスの、300層超えのシーカーだったんですっ!!」
伝えたい内容を喋っているうちに、やはり気持ちが昂ってしまって、最後は叫ぶような声になってしまった。彼の業績は改めて考えると、やはり尋常じゃない偉業だ。
「なんだって!? 300層越え!?」
俺に落ち着いてと言った矢先に、貞満さんの声が驚きで跳ね上がった。やっぱり300層超えの人なんて、滅多に見る機会がないのだ。貞満さんも驚く程の人なのだ。
「はい。ワールドラビリンスに挑戦済みで100層未満のシーカーは「挑戦者」って呼ばれて、100層に到達したシーカーは「超越者」って呼ばれて、100層を超えてもまだその先を目指すシーカーを、「求道者」って呼ぶって、今日教えてもらいました」
その区分で言うと、俺はまだ、ワールドラビリンスに挑戦すらできていない、ひよっこ未満の存在だ。彼の歩んできた道行の長さに慄く。
「なんという事だ。まさか、300層を超えるような人物が存在するとは。しかもラーメンがきっかけで、そんな大物と出会うとは、どういう巡り合わせだ」
貞満さんの声は、困惑しているように、あるいは驚愕しているように震えていた。電話越しにここまで感情が読み取れるなんて、彼の方も、相当混乱しているようだ。
「俺も驚いたんです。そのエバさんが、ラーメンの試食会に参加した流れで、本の話をした時にも、そのままそこにいたんです。それで、俺が誤解を解こうと思って色々と提案した内容を聞いて、自分もいくつかの街役場に伝手があるから、俺の提案を要望として出してみようって言ってました。多くの街役場から一斉に要望が行った方が、受け取る側も事態を重視して動くとかなんとかって言って。なので多分、彼の伝手が俺の想像よりずっとたくさんあって、一気に話が広まったんじゃないかって思います。そしてその影響が、ステータスボードにも出たんじゃないかって思うんです」
俺は自分なりの考えを述べる。
そうでなければ、今日、俺が食堂から家に帰ってくるまでのわずかな時間で事態が動くなんて、とても考えられない。俺だって、後で早渡海くんを通して貞満さんに相談して、それからどうすればいいかなと考えていた段階だ。ダンジョン街の住人のうち数人から要望が出されたからといって、すぐに街役場や日本政府が反応するなんて、まるで考えていなかった。
そこを一気に動かせる存在がいるとすれば、やはりエバさん以外有り得ない。
「……まさか、そんな事になっていたとは。明日、もっと詳しく、話を聞かせて欲しい。私も300層超えのシーカーなんて存在は、初めて聞いた。これは、とても重要な内容だ……」
驚きを強引に嚙み殺しているのか、妙に細かく区切った言葉で、貞満さんから要請がくる。俺もまた、その言葉に驚いた。
「え!? 日本政府の方でも、300層越えのシーカーの存在を、把握していなかったんですか!? 政府の方で、街の人達は最高で何層まで到達しているのかとか、聞いてみなかったんですか!?」
政府が300層超えのシーカーの存在を把握してないなんて、思ってもみなかった。逆に、きっとエバさんは知る人ぞ知る、すごい有名人なんだろうなと思っていたくらいだ。いくつもの街役場に伝手があるっていうくらいだし、きっとあちらの世界の有力者なのだろうと想像していた。
「100層超えのシーカーが実在するのはこちらでも把握しているが、それ以上の情報は、聞いても濁されてしまったそうだ。ワールドラビリンスが300層以上まであるというのも、そこまで到達しているシーカーが実在するというのも、今、初めて聞いた情報だ。これは早急に、上に報告しなければならない、極めて重要な情報だ」
重く深刻な声音で語る貞満さん。その内容に俺もようやく、国が把握していなかった情報を、何故か俺が先に知ってしまっていたという、驚愕の事実に気づく。
(だからなんで、そんな重要な権利を、インスタントラーメンの試食に参加する為だけに、使ってるんですかー!! エバさーーーーん!!!)
内心で思わず絶叫する。絶対おかしいから、その権利の使い方。
そこまで思ったところで、そうだった、その話もしないと、と思い出す。
「……あの。あちらの街の店舗では、「100層超えのシーカーに対しては、理不尽なものでなければ、出来うる限り要望を叶える義務がある」って感じの事も言っていましたが、そちらの方は、政府では把握していますか?」
細かい部分は違うかもしれない。ただ、大枠ではそんな感じの事を言っていたような覚えがある。もしも政府が把握してないならと思って、これも一応、伝えておく。
「なんだって!? ……そんな話までしたのか。そうか。ダンジョン街の店舗は、100層超えのシーカーに対して、便宜を図る義務があるのか……。その話もこちらでは初めて聞いた。これも、急いで上に報告しなければならないな」
貞満さんはもはや、驚き疲れたかのような、疲れが滲む声で言う。
(うう、まさか、国の方でさえ把握していないような情報を知ってしまうなんて)
前の、ガイエンさんのマイナースクロールの話の時は、国はマイナースクロールの存在そのものは把握していた。だけど今回は、300層超えのシーカーの存在を把握していなかったという。つまり前よりもずっと厄介な内容を、知ってしまったという事になるのだろうか。
インスタントラーメンを突発で試食するって状況に出くわさなければ、エバさんもわざわざ自分が300層超えだなんてこちらに喧伝しなかっただろう。そしてエバさんが参加していなければ、本の導入の提案も、こうまで早く広がらなかった。そう考えると本当に、偶然が重なったとしか言いようがない。
「政府の方では、100層越えのシーカーに会ったという話は出ていたが。……それにしても、君は何か、妙な星の元にでも生まれてきたのかもしれないね。こうも立て続けに、ダンジョンの重要な何某かに関わるとは」
いっそ感心したように言われて途方に暮れる。俺が妙な事態に巻き込まれたのは、これで二度目だ。普通の中学生には多すぎるのは事実だ。しかしだからといって、それを星の生まれのせいにされても、どう返答していいかわからなくて困る。
「うう、エバさんの場合は、単にラーメンに釣られてきただけのような気がしますけど」
うっかりその場に居合わせてしまったせいで、厄介事に巻き込まれてしまった気分だ。いや、本を導入する提案は、俺が必死に考えてやったものだから、自業自得の気もする。
「だが、本の導入方法に関しては、君が自分で提案したのだろう?」
貞満さんにもそう言われた。
「それはそうですけど。……前日の祭りの打ち上げで、成り行きで日本の悪い部分の話になってしまったので、日本を知ってもらうには、たくさんの本を読んでもらうのが一番かなって思いまして」
シェリンさんの妙な誤解の件がなければ、俺もあんなに必死になって本の導入方法を考えて、積極的に勧める事もなかっただろう。そもそも俺が差し入れをしようと思い立った原因からしてそうだ。それを考えると、あの打ち上げで聞いた話から、一連の出来事が繋がっていたとも言える。
「日本で辛い目にあって、ダンジョンに移住した人達の事か。……彼らもまた、日本国籍を持った、紛れもない日本人だ。国にとってや私のような公僕にとって、守るべき存在の一人だ。彼らの平穏が守られなかったのは、国の不徳とするところだ。私としても不甲斐なさを感じるよ。それを君のような子供にフォローさせてしまった事にもね」
不意に貞満さんの声音が、重く沈んだ。彼にとっても、国民が辛い目に合った話には、内心色々と思うところがあるようだ。自衛隊は国民を守る為の組織だから余計に、守れなかった人の話は堪えるのかもしれない。
「彼らはダンジョンに移住したのに、日本国籍のままなんですか?」
国籍の話が出て、俺は不思議に思う。ダンジョンへの移住って、外国に移籍したのと同じ扱いにはならないのだろうか。
「ダンジョンは国ではないから、移住後も国籍は変わらない。それに話を聞いた限りでは、彼らも国籍は捨てていないと思われる。国が守るべき民の一人に変わりはない」
貞満さんがきっぱりと答える。この感じだと、例え彼らが国籍を捨てていても、元日本人、日本の血統であるというだけで、やっぱり守るべき対象に入ってそうだな。それが貞満さん個人の意識なのか、政府の総意かはわからないけど。
「国民が移住しようと、国に残ろうとも変わらずに、彼らを守る揺るがぬ土台である事。それが我々公僕の、果たすべき役割だと思っているよ」
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