第96話 インスタントラーメン各種の突発試食会 後編
俺が試食から抜ける事と、一部の味の試食を今回は見送る事で話は纏まった。
「では改めて、次は「冷やし中華」というのにしてみるか」
ジジムさんが再び厨房で次のラーメンを調理してくる。今回のラーメンには、他の試食と違って、トマトとキュウリとハムといった、切るだけで用意できる簡単な具材が載っていた。ジジムさんが、これは冷たい麺だけでは真価がわからないと考えたのかもしれない。
確かに冷やし中華は、野菜類なんかの具が載る事で随分と味わいが変わると思う。初見でそれを見抜くなんて、ジジムさんの料理人としての勘がすごい。
「ふむ? これは冷たい麺ではあるものの、先ほどのアレンジレシピとは違って、スープが醤油ラーメンに近いようであるな。それに冷たい具材を上に載せて、合わせて食べる訳であるか。のど越しが良い食感なのである」
エバさんが感心しながら美味しそうに麺を啜っている。彼は冷やし中華もとても気に入ったようだ。というかこれまで出したものの中で、エバさんが気に入らなかった様子のものは一度もなかったような気がする。彼は好みの幅が広いのだろうか。それともラーメンならばなんでも美味しいと思うくらいに深く、ラーメンに嵌まってしまっているのだろうか。謎だ。
「これなら俺も好きな味だ」
冷やし中華はアルドさんにとっても、受け入れやすい味だったようだ。アルドさんは奇を衒ったものよりも、王道のラーメンらしいスープの方が好みに合うみたいだな。
「少し酢が入っていて酸味があるから、食欲を増進するのね。暑い時期にはさっぱりしてて、美味しく食べられていいんじゃないかしら。これなら店でも出したいわ」
「……今年はもう夏も終わるが、来年にでも、店舗で出すのも検討するか」
シェリンさんとジジムさんは、既に食堂で来年の夏のメニューに冷やし中華を、といった検討まで進めている。冷やし中華は全員に好評だった模様だ。
「では次はトンコツ味だ」
「むむ、これはまた、これまでのスープとは随分と違った味わいであるな。だが、前にこれと近い味を、別の郷土料理として食した覚えがある。あれは確か、動物の骨を煮込んで作ったスープだと聞いた覚えがあるが」
エバさんは300層超えまで行くような人であるだけに、見た目よりもずっと長く生きてきて、多くの地域を訪れ、様々な料理を食べてきているのかもしれない。豚骨に似た料理を食べた経験があるようだ。
「豚の骨からとったスープで「豚骨」スープなので、エバさんが食べた動物の骨のスープと同じような作り方だと思います」
翻訳がうまく「トンコツ」=「豚骨」に変換されているのか疑問だが、そう注釈を入れておく。
「濃厚なようであっさりしているとも感じれる、不思議なスープね」
シェリンさんはしみじみとそう言って、少しずつスープを味わっている。
「独特の色と味だな。だがラーメンには合っている気がする。俺はこれも好みだ」
アルドさんも、この味は気に入ったようだ。もうそろそろお腹もいっぱいになるだろうに、スープまで残さず全部飲み干している。
「このスープは非常に興味深い。コクがあって、味わい深い。骨からダシを取る料理か……。参考になる」
ジジムさんは料理人として、スープの作り方が気になったようだ。他の料理への応用も考えているのかもしれない。彼にとって一番気に入ったスープなのかもしれない。感慨深く頷きながら、少しずつ味わっている。
「……その、みなさんお腹の方は大丈夫ですか? いくら少量ずつとはいえ、かなり色々な種類を食べてますので、合わせれば一人前を超えてそうですけど」
ここで一度、俺はお腹の具合を確かめてみる。あんまり無理はして欲しくない。どうしても今日食べなければならないものでもないのだし。
「まだいける。幾種類かは抜いているのだ。せめて新しい味だけは食べるぞ」
「……確かにお腹はいっぱいになってきたけど、やっぱり味が気になるものね」
「うむ、ここは次に行くべきであろう。主要なものだけでも制覇せねば気が済まぬ」
残りはあと二種類だ。本人達がこうまで言っているなら、無理に止めるのも憚られる。変に意地になってるんじゃなきゃいいけど。
「では次はチキン味だ。……これは、鳥のダシの味なのか?」
人数分に小分けにして、お盆に載せて持ってきたジジムさんが、少し不思議そうな首を捻っている。色がオレンジっぽいのが気になるのかもしれない。
「そうですね、鶏のチキンです。確かこのラーメンが、インスタントラーメンの発祥だったような……」
うろ覚えなので、はっきりと断言できない。日本で最初にインスタントラーメンを発売したのって、このメーカーで、この袋のチキン味だったよな?
確か当時は値段が700円もしたとか、それから段々と技術が確立して、値段が下がって安定供給されるようになったとか、どこかで読んだ覚えがある。最近は食品全体が値上がりしてきているのに伴ってこれらも値上げされているけれど、インスタントラーメンは長らく、庶民の安く簡易な食事として愛されてきた食品だ。それを生み出したメーカーは素直にすごいと思う。
「つまり、乾麺の状態で初めて発売されたのが、このラーメンだという事かね?」
「そうだった気がします。インスタントラーメンに限って言えば、「元祖」ってヤツだと思います」
他の種類の麺に関してはともかく、インスタントラーメンに関してはそれで合っていたはず。
「なるほど、ラーメンに歴史ありとな……」
ふむふむと、カイゼル髭を撫でて感心しているエバさん。それまで積み上げられてきた努力の一端に思いを馳せているのかもしれない。
「あっさりとしているのにコクがあって、これも美味しいわ」
シェリンさんにもこの味は好評だ。シェリンさんはどれが一番好みだったのか、俺から見てよくわからなかったな。どれに対しても一定の評価をしていたような気がする。
「他とは麺が少し違うような気がする」
アルドさんは食べながら首を捻っている。そういえばこの麺には、スープの袋が別についてなくて、麺に味がついてるんだよな。それで違うように感じられるのかも。
「これ他と違って、麺にスープの色がついていた。最初から麺に味付けしてあるのだろう」
調理したジジムさんは茹でる前の状態を見ているのもあって、その違いを正確に指摘した。
「最後はカレー味というものだ。……これはまた、随分と匂いと色が独特のスープだな」
ようやく、試食もこれで最後だ。途中からは見ているだけの俺も、結構お腹がいっぱいになった気がする。
そしてカレー味か。これが最後に来たか。
「カレーは慣れると美味しく食べられるようになる人が多いんですが、最初は色と匂いが独特で、敬遠する人もいるかもしれません。何種類ものスパイスを配合してある食べ物です」
(みんな、食べられるかな?)
俺は内心、ちょっと心配になる。
日本人は小さい頃からこの見た目と味に慣れ親しんできているけど、これを初めて見る人にとって、簡単に受け入れられるものかどうかは微妙な気がする。そういえば前にアルドさんに出前のお勧めを訊かれた時には、そう思ってお勧めから抜かしたんだっけ。
国民食と言われるくらい広く親しまれている食べ物なのだから、多分こちらでも美味しいと思ってもらえるのではと期待する一方で、見た目で敬遠する人がいたっておかしくないかも? という不安もある。今回は色んな種類を揃えるのを優先して、カレー味まで持ってきてしまったけれど、果たしてダンジョン街の住人に、無事に受け入れられるものだろうか。
辛さや味だって、その独特の風味を苦手に思う人だっているかもしれない。まあそれはカレーに限らず、何にでも言える事なんだけど。一般的にご馳走に数えられえるところの寿司やお刺身が食べれない俺にとっては、誰にでも受け入れられる食べ物なんてないと、わが身をもって実感している。
「確かに、他ではあまり見ない色合いと、鼻につんと来る匂いであるな」
器に少し顔を近づけて、慎重にその匂いを嗅ぐエバさん。
「カレーそのものは、元々はインドという国が発祥の食べ物で、お米と一緒に食べたり、ナンという、パンを平たくしたようなものと一緒に食べたりする食べ物なんだそうです。スパイスが豊富に使われていて、暑い地域でも食欲を失わないように、効果的に栄養が摂れるようにできているとか」
カレーはインド発祥でいいんだよな? ちょっと説明する側の俺の知識が怪しい。当たり前に普段の食事で食べているのに、その由来を改めて言葉にして説明しようと思うと、これでいいのか不安になる。
「それがイギリスという国を経てスープカレーに変化して、日本に渡ってきたんです。そして日本で更に、日本の主食のお米に合うように改造されて、味付けが変わって国民に親しまれるようになったんです。日本ではカレーはお米にかけて食べるのが一般的です。これはその味を更にラーメンに合わせてアレンジしているので、アレンジしすぎて、元の食べ物とはかけ離れたものになってますね」
日本に渡ってくるまでの経緯も複雑なら、今の状態が一般的なカレーライスからのアレンジで。なんとも説明に困る品である。これを選んで持ってきたのは俺なんだけど。
みんな、見た目にちょっと躊躇していたようだけど、恐る恐るスープを口にした。
「変わっているが面白い味だな。悪くはないが、俺は他のラーメンの味の方が好きだな」
アルドさんはそう評した。彼はやはり、ラーメンっぽい味付けが一番好みなのだろう。
「香辛料が豊富に使われていて少し辛みが強いが、悪くない」
ジジムさんからも、合格を貰えたようだ。
「色は食べ物としてはあまり見慣れない色で気になるけど、味は美味しいわ」
シェリンさんもカレーを無事に受け入れてくれたようだ。それにほっとする。
「ふむ、様々な香辛料の香りがして、どれほど辛いものかと最初は懐疑的になったが、実際に食べてみると、それほど辛みは強くないのであるな。複雑な味わいと匂いが舌に広がっていくのである。食欲を増進させる効果といわれると納得させられる。これは薬に近い効果があるのやもしれん」
(薬かあ。漢方だと、食べものがそのまま薬になるんだっけ? それと似たような発想かな?)
エバさんの評価に、違うかもしれないけどなんとなく、「医食同源」という漢方の言葉を思い出した。
「日本ではカレーライスは、ラーメンと張るくらい人気の食べ物です。慣れれば癖になる人もいると思います」
一応、そうフォローしておく。初見でいきなり良さがわからなくても、慣れれば次第に好物になる人もいるんじゃないかな。
「他にはどんなものが人気なのかしら」
シェリンさんに聞かれて、定番のメニューを思い浮かべる。
「カレー、ラーメンの他に人気なのは、ハンバーグとかエビフライ、トンカツ、オムライス。……うーん、人気料理もいっぱいあって、一度には紹介しきれそうにありません」
日本って本当に、食事のレパートリーが豊富で、美味しいものが多いんだな。すぐ思い浮かぶものだけでも、数え切れない程たくさんのメニューがある。
しかも、どれがどの国の料理かとかもあまり気にせずに、魔改造して自国に取り込んでしまう。懐が深いと言えばいいのか食に貪欲と言えばいいのか、ちょっと迷う。
「トキヤの国は本当に、食が豊かな国なのだろうな。名物がひとつあるというのではなく、日常の食事がどれも豊かで満ちているように感じられる。あちらから出前を取るとわかるが、どれを選んでも美味しいからな」
「食べ物が美味しいのは良い事だ」
改めてアルドさんやジジムさんに感心される。
「そうですね、美味しいものを食べる事への情熱が半端ない国民性で有名です。日本独自の料理は和食と呼ばれますけど、それ以外にも、外国の美味しい料理は積極的にどんどん文化に取り入れて、自分達に合う形に改造してきたお国柄ですから。こんなにも多国籍の料理を家庭で作る国は珍しいって言われてます」
色んな国が発祥の色んな美味しいものが日々食べられるのには、俺も感謝している。日本で暮らしていると忘れがちだけど、外国に行くとその国以外の料理を好きな時に食べるのも難しかったりするらしいから。
食は生活の基盤だ。日々、満足できる食事が用意できるっていうだけでも、日本はとても恵まれた環境なのだ。
「これで試食が終わったな」
「随分と、色んな味があったわね」
「非常に為になる催しだったのである。我が輩を参加させてくれた事、深く感謝するぞ」
満腹のお腹を抱えて、それぞれが椅子に座った態勢を少し崩す。
一通りのラーメンを食べ終えて突発的に始まった試食会を終えると、時刻はもう、午後4時になっていた。そろそろ臨時で閉めている店も再開しなければならないだろう。
俺もお暇しなければ、と思ったところで思い出した。そういえば俺は今日、ジジムさんとシェリンさんに渡そうと思って、彼らにも差し入れを用意して持って来ていたのだと。
(そうだ。アルドさんの行動に振り回されて成り行きで試食会になったから今まで忘れてたけど、ジジムさんとシェリンさん用にも、差し入れを持ってきてたんじゃないか。今のうちに渡しておこう)
俺はインベントリから、二人に向けて持ってきた差し入れの本を取り出した。
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