第95話 インスタントラーメン各種の突発試食会  中編

「ラーメンには随分とスープの種類があるようだが、どれが「味変」でどれが「大元」なのかね?」

 午後三時過ぎ、空白の時間帯に店を一時締め切って、何故か突発的に始まったラーメン論議。そしてそこに何故か堂々と参加している、本来は無関係であるはずの老紳士、エバさん。

 だがエバさんは遠慮する気はこれっぽっちもないらしく、己の疑問をどんどん俺に質問してくる。訊かれた俺の方は、その質問に首を捻る。

(大元って事は、本場の味? それだと中国かな?)

 ラーメン発祥の地は中国のはず。麺そのものの発祥の地はイタリア……というか、古代ローマあたりだっけ? でもダンジョン街にもパスタそのものはあるんだから、この場合の「大元」は中国のラーメンの事を指すと解釈しておく。

 しかし俺は日本式のラーメンしか食べた事がないので、本場の味がどんなものなのかわからない。日本のラーメンのどれが本場の味に近いかといった知識もない。どう答えたものだろう。


「大元ですか? それだと多分、隣の国の中国がラーメン発祥の地で、本場って言われてます。でも俺はそっちは食べた事がないんです。それに、俺が住んでる日本っていう国は魔改造好きって言われていて、色んな国の食べ物を自分達の舌や食習慣に合った形に変化されて取り入れてきた国なんです。なので、中国式のラーメンと日本式のラーメンはもう別物って聞きます」

 俺のわかる範囲で、ラーメンの歴史を説明していく。

「要するに、今ここにあるのはすべて日本式の改造済ラーメンなので、本場の味は俺にはわかりません」

 そんなふうにしか答えられない。

「むむむ、国を跨いで愛される食べ物とは、流石我が輩を虜にしただけはある。歴史からして、なんと奥が深い食べ物か。さて、ではどうすれば本場のラーメンを食べられるのであろうか?」

 エバさんに続けて質問されたこれもまた、答えに困るものだった。俺も食べた事ないし、ダンジョン街でどうすれば中国のラーメンを食べられるかなんて、俺にもわからない。

「えーと、中国の領有内にある特殊ダンジョンの街で宅配が始まっていれば、食べれるかもしれません。俺にはわからないです。すみません」

 これも正直に、わからないと答えるしかない。なんかあんまりちゃんと答えられる事がないな。まあ俺が普段食べているのは日本式ラーメンばかりなのだから、中国式の方を聞かれてもわからないものは仕方ないのだ。申し訳ないとは思うけど。


「そうか。では味変と呼ばれるものは、この中ではどれだね?」

 エバさんも俺がわからない事を責めるでもなく、自身の知的好奇心を満たす為、次から次へと質問を繰り出してくる。わからない部分に関して深堀するより、一旦置いておくのを選んだようだ。

「日本で「定番」と言われているのは、「塩」「醤油」「味噌」「豚骨」あたりです。なのでこっちの醤油豚骨やカレーラーメン、チキンラーメンなんかは、味変の一種になるでしょうか? 地域や個人によっても、「定番」って変わりますけど。豚骨ラーメンが有名な地域へ行くと、他のラーメンはあまり扱っていなかったりするみたいですし。まあ、蕎麦やうどんも有名な地域に行くと、そのお店ばっかりだったりしますし、そういうものなんでしょうね」

 有名な食べ物がある地域に、それ関連のお店が大量にあるのはもはや常識だ。うどんを食べる為だけに讃岐国……現在の香川県まで行く人もいるくらいに、地方特産は強いのだ。あと、蕎麦は信州が有名かな。他ももあちこちに産地があるみたいだけど。

 俺の説明に、それまで黙って、熱心に説明に聞き入っていたシェリンさんが、急に身を乗り出してきた。

「蕎麦? うどん? トキヤくん、それも食べ物なの?」

 興味いっぱいのシェリンさんに食い入るように聞かれて、俺は、何か変わった事を言ったっけ? と自分の発言を振り返りながら、とりあえず頷く。

「そ、そうです。そういえば、蕎麦やうどんは、日本独自の食べ物だったかな? 麺の種類で、温かくしても冷たくしても食べれます。多分、宅配商品のカタログにも入ってると思いますよ。生めんも乾麺もありますし。あとは冷や麦や素麺とかも」

 ……良く考えたら、蕎麦やうどんって、ダンジョン街にはないのか。そこでそう思い至る。

 どちらも俺の日々の日常生活にありふれている食べ物なものだから、珍しいものってイメージが全然なかった。でもそういえば、外国にはない食べ物だったようだ。

 シェリンさんが反応したのも、初耳の麺類らしき食べ物が俺の口から出てきたのに興味を惹かれたらだろう。

(まあ、蕎麦やうどんなら日本ではどれも珍しくない一般的な商品だし、宅配が難しい代物でもないんだから、きっとカタログにあるはずだ。多分だけど)

 俺が宅配にあるはずと説明すると、シェリンさんは素早い動きで、店内の一角に纏めて置いてあったカタログの束を持ってきた。

「ちょっと待って、どの商品カタログ? それに、そんなにもたくさん、麺の種類があるの?」

 シェリンさんが慌てた様子でカタログをテーブルに広げる。なんか、一気に麺の種類を言い過ぎただろうか。

 シェリンさんやジジムさんは多分、アルドさんの「食堂でラーメンを食べたい」という要望を受けてからこっち、その関連で忙しくしていて、宅配商品をあれこれ試してみている暇がなかったのかもしれない。そんな状態で急に、色んな種類の麺の名前を一気に出されて焦っているのかも。

 俺、ラーメンの説明のついでに、余計な事まで言っちゃったかな。段々話がわき道に逸れていっている気がする。

 まあ簡単に説明だけして、あとで宅配で取り寄せてから改めて実食して貰えばいいか、と思い直して、俺は説明を続ける事にする。

「パスタとかはこっちにもありますけど、他の麺ってこっちにはないですか? 麺の種類も、言われてみれば結構ありますね。……宅配のカタログは多分、その分厚いヤツです。スーパーのカタログの。……このページあたりですね」

 シェリンさんが持ってきたカタログから、スーパーのカタログを選んで、麺類のページを広げて紹介する。やっぱり蕎麦もうどんも素麺も冷や麦も、ちゃんと宅配商品のラインナップに入っていた。まだ試用期間のはずなのにラインナップが豊富に揃っている。企業努力に感心する。


「これは、スープがついていないようだ」

 ジジムさんが、麺だけが袋に入っている写真での商品の紹介を見て、怪訝そうな顔になる。そういえばラーメンは、インスタントにしろ生麺にしろ、基本はスープとセットで販売してるのが多いな。そうで別売り商品もあるんだけど、ジジムさんはこれまで見かけた事がないのか。

「麺つゆは別売りが多いです。……このページの「麺つゆ」がそうです」

 同じカタログ内の別ページから麺つゆの商品を探して提示する。なんだか通販紹介みたいになってるな。

「これも、随分と種類が多いわね?」

 ずらっと並んだ各種メーカーの商品に、シェリンさんがどれを選んだものかと悩まし気だ。これに関しては、値段、味、好みなんかで色々と変わるから、これといったものをお勧めしづらい。少しずつ自分の好みを探っていってもらうしかないと思う。

「メーカーが違うので、どうしても味や値段が変わるんです。基本、値段が高い方が良い材料を使っているので美味しいものが多いですけど、家計に適度な値段の中から、好みの味を探っていくって感じでしょうか」

 ジジムさんとシェリンさんの目はカタログに釘付けだ。



「ふむ、そちらの麺も大変興味深いものではあるが、まずはこちらのラーメンの試食からではないのかね?」

 俺の説明が一段落ついたのがわかったのか、エバさんが話をラーメンに戻した。

「そうだ、このアレンジレシピというのが食べてみたい。トキヤは必要な材料のトマト缶とツナ缶というのも買ってきてくれてある。ジジム、作ってくれ」

 黙って話を聞いていたアルドさんもそこでエバさんに賛同する。

 この二人にとっては、ラーメンとそれ以外の麺との間には、比べられない程に、価値観の距離が開いていそうだ。重度のラーメン中毒ゥ……。

「……作るのは構わないが、まずはアレンジする前に、元の状態の味を見てからだ」

 ジジムさんが改めて、先程も言っていた宣言を繰り返し、テーブルの上のラーメンをすべてインベントリに回収して厨房に持っていこうとする。それを今度はエバさんが引き止めた。

「我が輩もぜひ、その試食会に参加させてもらいたいのだが、どうだろうかね? 店主殿」

 彼の要望はストレートだった。まあそうなるよな、と思う。ここでエバさんだけ仲間外れにするのは、流れ的にちょっと気の毒だ。

 それにラーメン中毒としては、やはり初見のラーメンは少しでも早く食べてみたいものなのだろう。

(昨日の様子からも素質があるとは思ってたけど、やっぱりラーメン熱がすごいな)

「む、……まだ自分で味も確かめていないようなものを、客に出すのは気が進まないのだが」

 試食会への参加を申し出られたジジムさんは渋い顔だ。料理人としては、そういう拘りもあるのだろう。

「ならばこれで、何とかしてはもらえないだろうか」

 エバさんがジジムさんに向けて、ステータスボードを表示する。何故にここでステータスボード?

 俺が不思議に思って首を捻っているのを他所に、エバさんのステータスボードを見たジジムさんの表情が、驚愕に染まっていった。


「む? むむ……なんと! ワールドラビリンス300層越えだと!?」

 ……300層!?

 俺は聞き間違いかと、思わずジジムさんを凝視する。だが彼自身、驚きの視線をステータスボードに向けて固まっているだけで、撤回の発言はなかった。……え、マジで?


「えええ!?」

「300層!?」

 みんなが驚きの声を上げる。

(すごい! ワールドラビリンスには、そんなにも先があるんだ! それに、そんなに先まで攻略している人がいるなんて!!)

 俺もまた、今目の前にいる老人がそんな偉大な先達だった事に、痺れるような衝撃を受けた。俺にとっては憧れの大先輩とでもいうべき存在である。

 そもそも、ワールドラビリンスが300層超えまであるなんて、今初めて知った。ネットではダンジョン街の住人の常套句から、おそらく100層まではあるだろうと言われていたけど、それもはっきり判明していなかった気がする。

 それが、いきなり300層を超えているという存在が、こうして目の前に現れたのだ。受けた驚きは相当なものだった。


「自慢ではないが、我が輩は求道者である。そしてダンジョン街の店舗には、100層到達シーカーの要求には、理不尽なものでない限りは便宜を図る義務がある。我が輩としてはぜひ、この権利を使わせてもらいたいと思うのだが、どうかね?」

「求道者?」

 エバさんの自己紹介にあった聞き慣れない単語に、俺はついオウム返しに訊き返してしまった。一体どんな意味だろう。この流れだと普通の意味じゃなさそうだけど。

「ワールドラビリンスに挑めるようになって、シーカーはようやく「挑戦者」と呼ばれるの。そして100層に到達すると「超越者」と呼ばれるわ。……「求道者」は、100層という大きな区切りを迎えても尚、更に先に進む者を表す言葉ね。……300層越えならば確かに、超一流の求道者だわ」

 シェリンさんが驚きの余韻から覚めぬまま、それでも俺の疑問に答えてくれた。

「300層越えの求道者には、初めてお目にかかる」

 アルドさんが目に見えて丁寧な言葉遣いになって、エバさんに向かって軽く一礼した。それだけ、300層越えというのは、ダンジョン街の住人にとって、大きな名誉なのだろう。


「たかが非常食のラーメンの試食に100層の権利行使とは、随分と豪快なお方だ」

 ジジムさんが唸った。納得のいかないような、微妙な表情だ。

 言われてみれば「たかが」なんだよな。インスタントラーメンは日本では珍しくもない、ありふれた非常食だ。それがすごく珍しい、貴重なものみたいに扱われている今の状態がおかしいだけだ。

「試食を客に食べさせるのは、店主の矜持としては面白い事ではなかろう。だがしかし、そこをあえて頼みたい。なんとかならんだろうか」

 エバさんは己の偉大なる功績を誇るでもなく、淡々と、やや申し訳なさそうにジジムさんに申し出て頭を下げた。それにジジムさんとシェリンさんの方が慌てて、止めようとしている。

 多分、エバさんの持っている権利って本来なら、こんなしょうもない事に使うような些細なものじゃないんじゃないかな。多分、もっと重大な決定とかに使う、貴重なもののような気がする。そんな権利を振りかざして、一介の食堂の店主に頭を下げて頼んでまで、ラーメンの試食がしたいのか。なんてすごい拘りだ。


「そういう事ならば、ぜひ食べていってください」

 ジジムさんが前言を撤回し、エバさんの試食会への参加を認めた。言葉遣いまで丁寧に改まっている。

「そうです、まさか300層越えのシーカーがうちに来店して下さるなって、思ってもみなかったです。その権利、思う存分使ってくださいな」

 シェリンさんも、エバさんを丁寧な仕草で、試食会の為に、テーブル席へと案内している。

(それにしても、100層到達権利なんてものがあるんだ。それも初めて知ったな)

 100層、300層まで到達するような偉大なるシーカーともなれば、自然と敬意を払われるものであるらしい。ジジムさんもシェリンさんも、揃って改まった態度でエバさんに対応している。 アルドさんも態度が改まったし。エバさんの300層超えっていう功績は、俺の想像以上にすごいのかもしれない。

「強引に参加させて貰い申し訳ないが、楽しみである」

「どんな味だろうな」

(期待が重いー。いくらプロが作っても、単なるインスタントラーメンなのに)

 エバさんとアルドさんの期待に満ちた様子に、俺は胃が重くなる。極端な期待外れにならなきゃいいけど。






「では実際に作ってみよう。まずはアレンジなしの通常の塩ラーメンからだ。アレンジするにも、通常の味を知ってからでなければな」

 さて、エバさんが実は300層越えの求道者と呼ばれる存在だった事で、一時騒然とした食堂内だったけど、気を取り直して、ついにインスタントラーメンの試食会が始まった。

 ジジムさんは袋の裏に書いてある説明書を読んで、基本に忠実に丁寧に麺を茹で上げていく。

 そうして仕上がった一人前の塩ラーメンが、5人分の器に分かれて試食に出された。それぞれの食べる量としてはごく少量だ。

 まあ、ジジムさんも「まずは」と言っているんだし、俺がアルドさんへの差し入れにと持ってきた他の味のラーメンも、これから試していくのだろう。ならばここでいきなり多めに作って、お腹いっぱいになる訳にはいかないよな。


「これは、あっさりとした味だが、……塩だけの味ではないな。それに麺もかなり生麺とは食感が違うようだ」

「そうね、スープは野菜でダシを取っているのかしら」

「ふむ。確かに麺の食感がかなり変わるが、これもまた違った味わいで良いんじゃないか」

「なるほどのう。昨日のスープも唸る程の美味さであったが、スープの違いでここまで表情を変えるとは。麺そのものはシンプルでいて、幅広い味の受け皿となるしっかりとした土台の上にあると言える。真に奥の深い食べ物である事よ」

 ジジムさん、シェリンさん、アルドさん、エバさんが、それぞれ試食を口にして興味深げに感想を述べている。俺にとっては、何度も食べた事のある馴染み深い、いつもの塩ラーメンの味だ。ちょっとコメントのしようがない。一人だけ黙って麺を啜る。テンションが違い過ぎて、謎の申し訳なさを感じる気がする。

「袋の裏に、スープに入っている食材の種類が書いてありますよ」

 俺にできるのは、わかる範囲で助言するくらいだ。



「次は先ほどの塩ラーメンのアレンジレシピだ。トマトとツナの冷やしラーメンだそうだ。トキヤが持ってきてくれた紙の通りに作ってみた」

 食べ比べの為に、あえて通常の味の塩ラーメン次にアレンジレシピを持ってきたようだ。

「ほほう、これはどちらかというと、パスタに近い味付けとなるのだな。これまでのスープとは随分と趣きが異なる。同じ塩ラーメンを素材としているとは思えん程の変わりようではないか」

 饒舌に感想を述べるエバさん。

「オリーブオイルを使うからかしら。かなりこれまでのラーメンのスープとは違った形になるのね。それに、こういったアレンジは、別に乾麺でなくてもできるんじゃないかしら?」

 シェリンさんは、通常のラーメンへの応用を考察しているようだ。

「あ、はい。乾麺のアレンジレシピが多いのは、単に同じ味で飽きないようにする為なので。普通の生麵でもアレンジはできますよ。ラーメン屋とかいくと、今月の新作限定ラーメンとかいって、変わり種の味を毎月発売してるところもあるくらいですし。アレンジは人それぞれの発想や工夫で、無限にできますから」

 シェリンさんの疑問に答えて、俺もアレンジレシピを味見してみる。

(俺は普通の味の方が食べやすいかな……。アレンジが不味い訳じゃないけど、すごく美味しいって感心する程でもない感じ)

 ツナ缶じゃなくて鶏肉とかならまた違うのだろうか。評価としては正直微妙だ。

「むう、これも決して不味くはないが、俺は冷たいスープでパスタに近い味付けよりは、温かい麺の方が好みだな」

 アレンジレシピを一番楽しみにアルドさんにも、あまり口に合わなかったらしい。まあ、多分アルドさんは、パスタ系アレンジよりも、もっとラーメンの風味が前面に押し出されたタイプの方が好みなのだろう。



「次はこの「焼きそば」という味付けだが……これも乾麺でない、生麺が別にあるのか?」

 ジジムさんが手早く次のインスタントラーメンを茹でてくる。どうやら、大鍋に大量にお湯を沸かしておいて、そこから必要分のお湯を測って小鍋に入れて利用する事で、ラーメンの茹で時間を少し時短しているようだ。

 今回は突発の試食会だったし、夕方のお客さんが大勢来る時間帯までには終わらせたいからだろう。ラーメンにはどれも具材は何も入っていない。

「あります。焼きそばの生麺は確か、ラーメン用の生麺を蒸してあるんだったかな? それを更に、具材と一緒に炒めて、ソースを絡めて作る料理です。ラーメンの派生料理ですけど、それはそれでまた別の美味しさです」

 焼きそばは以前、文化祭の屋台で作った経験があるから、俺も少しだけ助言できる。といってもやはり、大した事は言えないのだが。

「ほう、これはまた、ガツンとした味付けであるな。濃厚なソースが麺に絡み、力強さを表現しているのである。スープがない事で、これまでのラーメンとは確かに別物になっていると言えよう。また、炒めるという調理法を用いる事で、香ばしさをより深める事に成功しておる」

 エバさんは相変わらず饒舌に論評している。よくこんなに食べてすぐ、こんなに饒舌に感想が浮かぶな、と俺としては感心しきりだ。

「これは、スープはないのに、温かいままで食べるのか。本当に色々な種類があるんだな」

 こっちは先ほどのアレンジよりは、アルドさんの好みに合ったようだ。美味しそうに食べている。

「これは確かに、ラーメンの派生なのに、完全に別物ね。これはぜひとも、生麺の方も試してみたいわ」

 焼きそばなら、食堂で出すにも向いていそうだ。シェリンさんにはぜひ、宅配で生麺を取り寄せて試してみて欲しい。

「こうも様々な味付けがあると、人ぞれぞれで好みが分かれるというのもわかるな」

 ジジムさんも焼きそばを食べて感心している。俺は焼きそばに関しては好み云々言うよりは、もう完全に別の料理になってると思う。



「次は」

 ジジムさんが次のラーメンを茹でに、厨房の方に行こうとしたところで、俺は片手を上げて声をかけた。

「あの、すみませんジジムさん。俺はここで試食メンバーから外してもらっていいでしょうか。流石に間食でこれ以上食べちゃうと、夕飯が食べれなくなっちゃいそうなので」

 俺はここで、この先の試食係から外れたい旨を申告する。

 試食会をしているところで一人だけ途中で抜けるのは申し訳ない気もするが、家に帰っての夕飯も考えると、これ以上の量は食べられそうにない。もう既に結構、お腹がいっぱいになってきている。

「いいのか? ……そうか、トキヤはもう、これらを食べた事があるのか」

 気づかわしそうなアルドさんの表情が、質問途中で納得したものに変わった。

「ええ、別に遠慮している訳じゃなくて、どれも食べた事があるので、試食しなくても味はわかるんです。それと、全部の種類を一気に食べるのは流石に量が多すぎると思うので、普通の醤油や味噌、あとは似た味になる醤油豚骨や塩豚骨なんかは、また別の機会に回してはどうでしょうか?」

 試食を抜けるついでに、思い切って別の提案もしておく。一袋を4人で分けて食べるとはいえ、持ってきたもの全種類制覇は、どう考えても多すぎる。せめて今回は、変わった味のものに限定とかに留めて欲しい。そうでないと、見ているだけでこちらまでお腹いっぱいになってしまう。


 俺のその提案に、他の面子は悩まし気に顔を見合わせた。

「そうね。トキヤくんの言う事ももっともよ。お腹がいっぱいになりすぎると、細かい味が分からなくなってしまうわ」

 真っ先に提案に頷いたのはシェリンさんだ。多分彼女も、あの量を全部試食するのはキツいと気づいたのだろう。三袋目で既にこれだけお腹に溜まっているのだ。全部の味を一度に試食するのは、量的に無理がある。

「惜しい。とはいえ、無理に食べ過ぎるのもよくないか……。やはりこの至高の食べ物を食べるからには己が体調を整え、できるだけ美味しく食べてやらねば失礼であるしな」

 エバさんも口調は無念そうで、心底から惜しそうにしているものの、俺達に同意した。いつのまにかラーメンが、至高の食べ物に認定されている。

「インスタントラーメンは生麺と違って、賞味期限の長さと、鍋ひとつで作れる手軽さが売りの商品です。食べたくなったらいつでも気軽に作って食べられるものですから」

 俺はなんとか、彼らを宥める言葉を重ねる。

 アルドさんのように料理が壊滅的とかいう事情さえなければ、今無理して食べなくても、いつでも食べられるものなのだ。それにインスタントばかり続けて食べると、いくら味が違うものでも舌が飽きてくる。こういうのはあんまり食べ過ぎるのも健康に良くないし、適度な量を適度に楽しんで欲しい。


「ではトキヤが今上げた味は、今回は抜かすか」

 最終的に作り手のジジムさんが頷いて同意した事で、いくつかの味の試食を抜かすのは決定となった。

「残念だ」

 唯一、意見を口にしていなかったアルドさんが、がっくりと肩を落としている。もしかしたらこの機会にお腹いっぱい、限界までラーメンを食べようと目論んでいたのだろうか。

「……あまり食べ過ぎると、エルンくんに怒られますよ。確か前に、ラーメンは一日一杯までってエルンくんと約束してましたよね? 一部を抜かした量でさえ、合計すれば一杯分よりも多くなりそうなのに、それ以上食べたら、後で絶対に怒られると思います」

「む、そうだな。仕方ないか」

 俺が呆れつつ弟さんの名前を出して忠告すると、アルドさんは未練ありげな様子ながら、仕方なさそうに同意した。

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