第94話 インスタントラーメン各種の突発試食会  前編

 速足に歩くアルドさんの後を、焦りながらついていく。ジジムさん達に迷惑にならないといいんだけどと、祈るような気持ちで。

 辿り着いた食堂は、午後3時過ぎの時刻だからか、店内には一人しかお客さんがいなかった。それに少しだけほっとする。これでお客さんがいっぱいで忙しそうだったら、罪悪感が半端ない。


「あら、アルド、トキヤくん。昨日はお疲れ様。今日はどうしたの?」

 店内にはシェリンさんがいて、こちらに気づいてすぐ声を掛けてくれる。今日は従業員のシギさんとドモロさんはいないようだ。昨日も用事があるからと祭りの手伝いができなかったようだし、今日も引き続き休みなのかもしれない。

「これを作ってくれ」

 アルドさんがシェリンさんにアレンジレシピを手渡し、次に近くの空いているテーブルの上に、俺が持ってきたアルドさんへの差し入れ一式をどんどんと取り出して、テーブルの上を占拠していく。

「これは?」

 シェリンさんは怪訝そうに、アルドさんから渡されたレシピのチラシを覗き込む。そして内容を読んで目の色が変わった。

「トキヤが持ってきてくれた差し入れだ。乾麺で賞味期限が長いラーメンで、変わった種類の味が作れるらしい」

 アルドさんが説明する。

 そう、乾麺の長所はやっぱり、賞味期限の長さにあると思うんだ。買い溜めして家にいつでも貯蓄しておけるから、食べたい時にすぐ食べられるのがありがたいのだ。


「このレシピを参考にすればいいの? ……え、待って。これ、全部の袋で味が違うの!?」

 シェリンさんがテーブルに出された大量の袋のラーメンに驚きの声を上げる。その声が厨房にまで聞こえたのか、「どうした? シェリン」とジジムさんまでやってくる。

 そしてジジムさんもテーブルの上に積まれた差し入れ一式を見て、真剣な表情になった。

「この袋のラーメンの山は?」

 真面目な声音で聞かれる。

「その、俺がアルドさんに差し入れをと思って持ってきたんです。インスタントラーメンって言って、乾燥した麺が袋に入っていて、保存食としていつでも手軽に食べられるもので。面白がってもらえるかなと思って、色んな味の種類を買ってきたんですけど……ついでに味変アレンジのチラシを持ってきたら、アルドさんが「食堂で作ってもらう」と言って、こちらに持って来てしまって。営業時間内にいきなり、すみません」

 俺はラーメンについて説明して、それから営業時間にいきなり訪ねてきてしまった事を謝った。

「別にトキヤが謝る事ではない」

「そうね、暴走してるのはアルドだもの。それにアルドはまったく料理ができないから、前から「差し入れに調理が必要な食べ物を貰ったら、ゴミに変えるのは勿体ないから、うちに持ってきなさい」って言ってあるのよ。トキヤくんが気を遣わなくていいのよ」

(ゴミって……そこまで酷いのか。アルドさんの料理の腕は)

 食べ物をゴミに変えると言われるアルドさんの料理を想像して慄きながらも、とりあえず、彼の行動が食堂の夫婦の公認によるものだとわかってほっとする。


「そんな事よりも、この味変アレンジというのはなんだね? 非常に興味深い」

 急かされるように訊ねられる。

「えっと、それは……え!? 昨日、屋台にラーメンを何度も食べにきた、紳士のおじいさん!?」

 咄嗟にその質問に答えかけて、質問してきたのが自分の前方にいる食堂の夫妻ではなく、前触れなく背後から自然と会話に加わってきた相手であるのを認識して、驚いて相手のそのままの印象を声に出して叫んでしまった。

 いきなり会話に入ってきたその相手はなんと、昨日の屋台で何度も見かけた、モノクルとシルクハット、ステッキを装備して、燕尾服を身に着けたカイゼル髭の紳士の老人だったのだ。

 間近で見ると、髪や髭は真っ白で、瞳の色は漆黒の黒だとわかる。一見、地球人と変わらぬ種族に見える。

(なんでいきなりこの人が、自然と会話に混じってきてるんだ!?)

 俺はあまりの驚きにただ固まる。

 というかこの人は、一体いつ食堂内に入ってきていたのだろう。食堂で食事をしている一人きりのお客さんは、この人ではない。この人はとても目立つ衣装だから見ればすぐわかる。扉が開く音もしなかった気がするのだけど。


「ふむ、間違っていない呼び名であるがな。我が輩の名はエバ・ホバという。エバと呼ぶ事を許そう」

 カイゼル髭をゆっくりと撫でながら、やや尊大に名乗られる。口調が独特だ。

「……えっと? はい」

 呆然として、ただ頷いた。ここは俺も自己紹介を返すべきだったのだろうか。正直いきなりの展開に、全然ついていけないんだけど。

 ジジムさん達の知り合いって訳でもないんだよな? とそちらを見やるるが、やはり彼らも俺と同じように、いきなりの老人の登場に戸惑っている様子だ。やっぱり昨日、ラーメンの屋台に来たのが初対面のようだ。

「それで、質問に答えたまえ。昨日の屋台のラーメンとこれは、随分と趣きが違うようだが? そもそも、ここに置かれた袋のラーメン! このすべてが違う味というのかね!」

 大仰な仕草で手を広げ、ついでステッキでテーブルの上のラーメンを示されて、俺は困惑する。

 そこまで騒がれるようなものなのだろうか。……そうかもしれない。この人、アルドさん並みのラーメン中毒者になりそうな片鱗を感じたし。この人にとっては、昨日知ったばかりのラーメンに、実はこんなにも種類があったっていうのは、驚愕すべき事態だったのだろう。

 とりあえず、何故この人がここにいて、急に話に混ざってきたのかは深く考えないで、まずは聞かれた事に答えればいいのかな。

 深く考えてもどうしようもないみたいなので、俺はとりあえずエバさんの質問に答える事にした。


「えーっと、味変っていうのは、既についてる味を変えるって意味で「味変アレンジ」って呼ばれています。元々、インスタントラーメンって、時短とか非常食って意味合いが強い食べ物でして。乾燥麺なので、賞味期限が半年くらいあって長いので、家に買い置きしておけるし、作る時も鍋ひとつでお湯を沸かして茹でるだけでできますから、忙しい時の食事として重宝されてるんです」

 まず、味変アレンジが登場した経緯と意味を説明して、それからインスタントラーメンと立ち位置を改めて説明する。

「ふむふむ」

 エバさんは非常に興味深そうに、何度も頷きながら聞き入っている。

「でも、忙しい時が続くと、毎日同じ味ばかり続くのは飽きるっていう事で、有志の人が、「こんなアレンジしてみたら美味しかった」って広めていったのが味変です。なので探せば色んなレシピがあるんでしょうけど、どれが美味しいかはわかりません」

(正直、わざわざ手間をかけてまで味変するよりも、普通の作り方で作って食べた方が美味しいって感じるレシピもあるだろうし)

 俺がこう思うのも、普段頻繁にインスタントを食べる機会がないからっていうのもあるかもしれない。うちは母が毎日朝晩はちゃんと美味しい料理を作ってくれるので、俺が自分で食事の用意をする必要があるのは、母が料理教室に働きにいっている日の昼食だけなのだ。それもあって、ノーマルな食べ方でインスタントに飽きる程、続けて食べた経験がない。アレンジレシピも、二、三回、簡単なものを試してみた事があるだけだ。


「むむむ、まだ他にも、数え切れぬ程、多くのレシピがあるというのか」

 エバさんはとても深刻そうな表情で唸っている。まあ実際、アレンジレシピを全部を食べてみようと思えば、膨大な手間と時間がかかるだろうな。そもそも地球に広がっているレシピを一通り集める事さえ、ダンジョン街側では困難な作業かも。

「ここに持ってきたのは、「定番」って言われる、全国的に馴染みのある味のものと、ちょっと変わったものです。定番の中でも、焼きそばや冷やし中華のように、麺の種類が同じでも、調理方法や味付けが、まったく違うものもあります」

 説明しながらも、俺の拙い言葉で、ちゃんと相手にうまく伝わっているか不安になる。料理って実際に食べてみないと、言葉だけじゃ想像もつかないものも多いし。

「なんと。なんと奥の深い……」

 エバさんはなにやら大仰に感心している。



「お会計お願いー」

「はーい、今行きます」

 食堂内で食事していた唯一のお客さんが食事を終えたらしく、会計を求めて声を上げる。それにシェリンさんがすぐ対応した。そこで俺も一旦、口を閉じて説明を中断する。

 そしてそのお客さんが会計を終えて「ごちそうさまー」と店を出ていくと、いよいよ店内にはラーメン関係者(?)だけが残された。みんなが顔を見合わせる。

「ううむ、一度店を閉めるか」

「そうね、トキヤくんが持ってきたラーメンの試食もしたいものね。丁度お客さんも切れたところだし、そうしましょうか」

 ジジムさんとシェリンさんが手短に話し合って、食堂の入口にかけられている木札を裏返し、扉に鍵をかけてしまった。アルドさんの武器屋もそうだけど、ダンジョン街って営業形態が自由だな。

(というかエバさんは、お客さんには入らないのかな……?)

 明らかに昨日の屋台でラーメンに嵌まって、この食堂までわざわざラーメンを食べる為にやってきた、という気がするんだけど。彼もまたラーメン関係者として一括処理しているのだろうか。

 そうしてついに気兼ねなく、激しいラーメン論議が交わせる状況はここに整ってしまった。……いや、さっきまでも、食堂にお客さんがいたのに、みんなで集まってラーメンに関する話をしてたのだけども。

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