第91話 キセラの街の創立祭・打ち上げ その8
「渡辺さん、俺もその目的、応援しますよ。お互い助け合いながら、できる限りやっていきましょうよ」
穏やかな笑みを浮かべて弓星さんが述べた。彼にとっては、似た経緯を辿った同志とも言える。共感するところも多いのだろう。
「……そうね、そういう話を聞いちゃうと、なんとかしようと足掻いてる人を応援したくなるわ」
「うむ、何かできる事があればいいが」
シェリンさんとジジムさんも、真面目な表情で頷き合っている。重い話だったけど、何も知らないでいるよりは、あちらの実態が知れて良かったってところだろうか。
(そういうのがあるって知っていれば、もしかしたらって感じの子を見かけた時とか、注意深く観察したりするようになるもんな)
それが実際にそういうケースなのか、もしそうであっても助けられるのかはまた別だろうけど、先にそういう事例ももあると知っているだけでも、何かできる可能性は広がると思う。
アルドさんが、その二人に向かって口を開いた。
「それならシギを連れて、一度ユヅルの集落に行ってみないか? 俺も一緒に行く」
「え? いきなりどうしたのアルド。どうしてシギちゃん?」
シェリンさんは目をぱちくりと瞬いて、不思議そうにアルドさんを見つめ返す。確かに唐突な申し出だった。意味がわからない。
脈絡のない発言に、みんなの注目が一斉にアルドさんに集まった。
「ユヅルのところには、あちらの料理に詳しい凄腕の料理人がいるらしい。だが30層の資格がなく、自分では店を出せないそうだ。シギはあと数年で30層に到達するところまで行っていただろう。そして、いずれ独立して自分の店を持つのを希望していると聞いた。ならば、あちらの料理を学びながら食堂を経営できるなら、その環境を選ぶ可能性もある」
淡々と、何故そんな話をし出したのかを説明するアルドさん。なるほど。説明されれば、ちゃんとした理由があるのがわかる。
そして食堂の従業員であるシギさんは、現在ワールドラビリンス30層間近まで攻略済みで、いずれは独立して自分の食堂を持ちたいと希望している人なのか。確かにそれなら、本人が移住を希望するなら、渡辺さんの集落で食堂を運営する打ってつけの存在となりうる。
「ええ!? そりゃ確かに、食堂経営してくれる資格持ちの子が来てくれれば、すっごいありがたいけど! 多分、その子に料理を教えるのも、了承してもらえると思うけど! でもオレのトコ、マジで辺鄙よ!?」
アルドさんの提案に、当の渡辺さんがものすごく驚いている。まあ移住希望者が全然集まらないと嘆いていたところに、いきなり降って湧いたような話だ。驚くのも当然だろう。
「だから本人に希望を聞いた上で、一度実際に現地を確かめてから、改めて考えてみればどうかと思ってな」
アルドさんも別に、シギさんに無理強いするつもりはまったくなく、あくまでも本人に訊いてみて、その気があるようならば、一度集落を見に行って、それから自分で決めればどうかという提案だ。もしシギさんにその気がなければ遠慮なく断れる程度の、強制力のない話だ。
「そう。そういう事。あちらの料理を教えられる腕の確かな人がいるなら、確かにシギちゃんにとっても、悪い話じゃないかもしれないわね。彼女は色んな料理を覚えるのにとても熱心だから」
シェリンさんもその説明を聞いて納得している。
「アルドが一緒に行くというのは? 何の為に?」
ジジムさんが怪訝そうに問いかけた。そういえばアルドさんも一緒に行くって提案していたっけ。
「一度現地を見て、良さそうなら俺も移住を検討しようと思っている」
アルドさんがそれに平然と答えた。だがその答えに、周りは大いにざわついた。
「ええっ!?」
「兄上!?」
「いきなりどうしたんだ?」
みんなが驚きの声を上げた。中には驚きすぎて、椅子からガタンッと立ち上がった人までいる。それくらい、その言葉にはびっくりさせられた。
特に弟であり、兄の家に同居しているというエルンくんの驚きは、一際大きかったろう。他にも、ご近所で店舗を経営している馴染みの仲間であるジジムさんとシェリンさんも、とても驚いている。
俺も勿論驚いた。それと同時に心配になる。もしもアルドさんが渡辺さんの集落に移住して、店舗も移転ってなると、仮設ゲートを使えない俺では、もう彼の店に買い物に行けなくなってしまう。
(渡辺さんの集落の住人が増えるのは、喜ばしい事なんだけど……)
複雑な思いでアルドさんを見やる。周りの注目を一身に集めてもその様子はなんら変わらず、彼はいつもの無表情で淡々と話を続けた。
「元々俺は、鍛冶場を併設した広い店が欲しいと思っていたからな。今は鍛冶がしたければ、親方の店で場所を借りるしかない。だから店の移転自体は、前から考えていた」
……そういえばアルドさん、打ち上げが始まって間もない辺りで、渡辺さんに集落がどれくらい離れているのか質問した後で、何かを考え込んでいたな。そうか、実はあの時点でもう、移転の可能性を検討していたのか。
「それと街役場では新たな街を作る為の支援として、南側の店舗からはイロハの村への移住を推奨、北側からはユヅルの集落への移住を推奨、その為の援助をするとなっていただろう。だがユヅルのところはかなりの僻地にあるという事で、今まで一人も移転希望者は出ていなかった」
(そうなんだ。キセラの街でも、新しい街作りを支援する為に、そういう枠組みが街役場で決められて、住人に通知されてたんだ)
これまでは生憎と、渡辺さんの集落への移住希望者は一人もいなかったようだけど、以前からキセラの街役場からの協力自体は得られていたようだ。
「それに、俺は温泉がわりと好きだしな。ユヅルの集落が街になるまでは、キセラとの二か所掛け持ち経営もできなくもない。当面、こちらで週5、あちらで週1の営業割合で良ければ、移転を検討する為に、一度現地を見に行きたい」
アルドさんが渡辺さんに、移転の検討をする為の条件を告げている。……というかアルドさん、実は温泉好きだったのか。
「おおう。そりゃ勿論、掛け持ちでも移住を検討してくれるならありがたいけど。でも本当にいいんだ?」
移住希望は嬉しい申し出のはずなのに、渡辺さんはまだとても焦っている。思わぬところからいきなり話が上がったので、驚愕が抜けないのかも。
「店舗の掛け持ち経営って、可能なんですか?」
俺は思わず疑問を口に出していた。
(俺としては、アルドさんがキセラでも商売を続けてくれるのは助かるけど)
折角仲良くなったのだし、できれば今後も、武器屋はアルドさんのところを利用し続けたい。でも仮設ゲートが使用できない状態だと、徒歩で12時間以上かかると言われるところまで毎回買い物に行くのは無理だ。
なので、渡辺さんのところが街に昇格するまでは、アルドさんがこちらでも商売してくれるなら、その方がすごく助かる。
「あちらにも店舗を用意して、こちらの店舗も引き払わなければ可能だ。システムも別に、掛け持ち経営は禁止していない」
アルドさんが答えてくれる。それを聞いてほっとした。
「それなら良かったです。アルドさんのお店が移転しちゃったら、もうお店に買い物に行けなくなるかと思って、心配しちゃいました」
「安心しろトキヤ。俺は店に来る客を蔑ろにはしない」
口調は淡泊だけど、自信満々な雰囲気で答えるアルドさん。彼も彼なりに、商売に対する矜持があるようだ。俺としても、これからも変わらずに彼のお店に行けるのは嬉しい。
「そういう事なら、私からもシギちゃんに一度話してみるわ。彼女がそちらでの食堂経営に前向きなようなら、私とジジムも一緒にユヅルさんの集落を見にいきましょう」
「うむ。そうだな」
シェリンさんとジジムさんの意見も決まったようだ。まあ、一度当人であるシギさんの意向を確認しなければ、これ以上はここで話しても仕方ないしな。
渡辺さんも驚きすぎて焦っていたのが少し落ち着いてきたのか、「なら、もしその子が興味あるようなら、いつでも来れる時に様子見に来てよ」と頷いた。
「おーい、ジジムさん! この屋台、もう解体して大丈夫かい?」
丁度すぐ隣の屋台を解体し終えた人達が、こちらに声を掛けてくる。立て続けに長話していたのもあって、いつのまにか打ち上げも終わりに近くなっていたようだ。公園内の雰囲気も、浮かれて騒ぐものから、徐々に片づけや撤収へと移っているようだ。
「ああ、私物は全部、インベントリに収納してある」
ジジムさんが彼らに答える。打ち上げでこちらのテーブルに合流するより前に、どうやら店から持ち込んだものはすべて撤収してあったらしい。
「じゃあ解体始めるよ」
彼らがテキパキと屋台の骨組みの解体をはじめる。俺もそれを一緒に手伝おうと思ってそちらに近寄ろうとしたら、ジジムさんに手振りで止められた。
「? 屋台の解体って、こっちではやらないんですか?」
「あれは彼らに任せていい」
「屋台の組み立てと解体は、食べ物系以外の屋台の人達の仕事なの。その代わり、打ち上げの食べ物を無償提供するって取り決めになっているの」
俺の疑問に二人が答えてくれる。
「そうだったんですか」
事前にそんな取り決めがあったのか。というか、この祭りではそれが毎年恒例の決まりなんだろうな。初参加の俺がそれを知らなかっただけで。
そういえば朝に手伝いに来た時点で、既にどの屋台もきちんと組みあがっていたし、屋台脇にはテーブルや椅子がちゃんと積みあがって置かれていた。それも彼らが事前にやってくれていたのだろう。
「もうだいぶ遅い時間だし、お開きにしましょうか。今日のバイト代も清算するわ。みんなこっちに来てちょうだい」
シェリンさんが清算用の魔道具を片手に、バイトのみんなを招き寄せる。
「トキヤくんは人形の分もね。彼らはとても役に立ってくれたから、半額だけで申し訳ないのだけど」
「いえ、人形は喋れないので接客できないですし、半額で十分です。気にしないでください」
シェリンさんから今日のバイト代を支払われた。それを受け取って、俺は首を振る。
人形達は確かにとても役立ってくれたけど、そもそも彼らを連れてきたのは、俺が少人数で手伝いするのが不安で心細かったからだ。お金目的じゃない。
「これから二次会をする予定だけど、ジジムさん達も来るかい?」
「酒を存分に飲もうぜー」
屋台の解体に来た人達が、ジジムさん達を二次会に誘っている。どうやら、祭りの本番やその打ち上げではあまり大量の酒を飲まない代わりに、有志の大人だけの酒中心の二次会が、これから開催されるようだ。お酒好きで余力のある人だけが、任意で参加する形式らしい。
(もう夜中だっていうのに、これから更に二次会とか、元気が有り余ってるな)
こっちはもうヘトヘトなのにと、そのバイタリティーに感心する。
それも基礎レベルが高い、ダンジョン街の住民ならではだろうか。あるいは大勢で集まって酒を飲む機会は、どんなに疲れていても外したくない人だけが参加するのか。
「せっかくの誘いだが遠慮しておく。明日は通常営業の予定なのでな」
「ここの余った食べ物、酒の肴に持って行って」
ジジムさんが二次会の誘いを断り、シェリンさんがテーブルの上の余った食べ物を纏めて彼らに持たせている。
「オレはちょっと顔出そーかな。屋台じゃ周りとのんびり話す暇もなかったし」
うーんと伸びをして、渡辺さんが参加表明する。彼の人集めの目的の為には、そういうこまめな付き合いが有効なのかもしれない。
「ここからが本番だ! 酒を浴びる程飲むぞ!」
屋台の解体をしながら元気な雄叫びを上げた声に、どうも聞き覚えがあるなと思って振り返ったら、防具屋のホルツさんだった。そういえば彼は酒好きで有名なドワーフ種族だし、前に本人も、お酒が好物だって言ってたっけ。祭りそのものよりもそちらの方が楽しみといった様子だ。
「俺は妻子が心配するので、村に早めに戻ります」
弓星さんは二次会には不参加のようだ。軽く手を振って挨拶をして去っていく。
「アルドとエルンくんは、シシリーちゃんを家まで送ってあげてちょうだい」
「ああ」
「きちんと送り届けます」
アルドさんもシシリーさんを家に送り届けるのに、二次会は不参加のようだ。
流石に未成年である俺達は、ここで解散だ。二次会に参加なんかしないし、周りの大人も参加させようとしない。
「みんな、お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」
「はーい、お疲れ様でしたー」
シェリンさんに返事して、みんなで撤収準備を始める。
「ツグミ、トキヤ、向こうで何かあるようなら、遠慮なくぼくらに相談するんだぞ」
「そうね、困った事があったら、いつでも言ってちょうだい」
では解散して各自家に帰るか、となった去り際に、エルンくんとシシリーさんからは、心配そうに念を押された。
どうやら彼らの脳内から完全には、日本の悪いイメージを払拭できなかったようだ。ちょっとこの辺、何か彼らのイメージアップになるようなものを考えたい気がする。
「ありがとう、また今度ね」
「うん。何かあったら相談させてもらうよ」
更科くんと俺は二人で、彼らに手を振って挨拶する。
「それじゃ、今日はこれで」
「おやすみなさいー」
俺達もジジムさん達に手を振って、中央公園のゲートへと向かう。
……長かったお祭りの手伝いも、これでようやく終了だ。
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