第90話 キセラの街の創立祭・打ち上げ その7
「話を戻そっか」
誤解を解く為に本題を中断していたけど、そろそろそっちに戻るようだ。渡辺さんが話を再開すると、みんなも疑義は一旦置いて、話を聞く態勢に戻った。
「平和で成熟した国にだって、どうしようもないダメ親ってのは存在するんだよ。そんで行政だって人が運営する組織である以上は、どうしたって完璧にはいかないから。助けたいって思いはあっても、すべてを救う事はできなかったりするんだよね」
怠慢で「救わない」のではなく「救えない」場合もあるのだ。
話題が話題だから仕方ないけど、どうしても重い雰囲気になってしまうな。悲惨な話は聞くだけで精神が削られる。だからといって、耳を塞いでも現実は変わらない。
「そういう子を保護する制度は国がちゃんと整えているよ。でも、見過ごされちゃう子も皆無じゃない。国の機関は通報があれば保護に動くけど、接触が少ないと、周りも気づけなかったりするし。気づいても見て見ぬフリで、厄介事に関わりたくないって人もいるし」
「日本人は事なかれ主義なところがありますから」
渡辺さんの言葉に、複雑そうに同意する弓星さん。
俺はその台詞にドキッとした。その状況に、身に覚えがあったからだ。
従兄弟の千尋兄の件だ。
父が家におらず祖父母に育てられている彼の環境に、俺は母のように口を挟まず、「他所の家庭の事は放っておけばいいのに」と思っていた。
月臣叔父が神経質で、父と暮らすのが最良と思えなかったって部分もあるけど、事なかれ主義とか、母と叔父の喧嘩を見たくなかったとか、そういう思考もきっとあった。
(……俺も、人の事言えないな。千尋兄さんの環境を知ってるのに、彼が平然として見えるからって、問題ないって決めつけてた)
自分が無自覚に事なかれ主義を発揮していたのを自覚して、内心で落ち込む。
(見て見ぬフリしてる人だって、わざとそうしようと思って無視してるんじゃなくて、自分の暮らしで精一杯で、周りに目が向かなくて、まさか酷い事になってるなんて思わずに見過ごしてしまってるケースだってあるんだろうな)
我が身を振り返って悄然とする。前に父に視野が狭いって指摘されたけど、本当にそうだ。俺は自分の事ばかりで、周りが全然見えてない。
別に千尋兄は虐待なんかされてないけど、まるで心配しないっていうのは違う。
でも、母のやり方が逆効果だっていうのも間違ってない気がするし、千尋兄だって、周りに変に気遣われるのは嫌かもしれない。
……やっぱり難しいな。他所の家庭環境って。
「それに日本は親権が強い国です。一度虐待が明らかになって子供を手元から引き離されても、反省しているフリさえすれば、またすぐに子供を親の手元に取り返せるケースもあるんです。そうした親は、今度はもっと巧妙に、子供を虐待したり搾取したりするようになる」
俺が内心で一人反省会を開いている間にも、日本での虐待と搾取の実態について、議論が続いていた。弓星さんも思うところがあるのだろう。事例を語る言葉が重い。
「保護する方も頑張ってるんだけど。決定的な証拠がないと、親元から子供を強引に保護できなかったり、親に有利な決まりが多いよね。子供が殺されてから騒ぎになって、ようやく事態が発覚する事も多いし」
更科くんもそういった事に詳しいらしくて、自分なりの意見を述べている。「子供が殺されてから」のくだりでは、みんな顔を顰めて悲痛な表情になった。
「まーね。オレは精神が幼稚だから、自分が見捨てられたのは大人になってからなのに、そういう子達に共感しちゃうの。放っておけないのよ。でも、独身のオジサンが一人で何かやろうとしても、逆に疑われる世の中じゃん? 「子供の性的搾取が目的じゃないのか」とかってさ。まあ実際、そういう子を狙って、助けてあげるフリで手を差し伸べて搾取するヤツもいるから、タチが悪いんだよな」
思い切り顔を顰めて、渡辺さんが吐き捨てるように言及する。
もしかしたら渡辺さんは、子供を助けたくても安易に手を伸ばせなくて悔しい思いをした経験があるのかも。
これで例えば渡辺さんが結婚していたり、性別が女性であれば、疑われずに手助けができたのだろうと想定すると、理不尽だって思いもあるだろう。
でも同時に、手助けのフリをして利用する輩が存在するのは事実だから、自衛や疑いが必要なのも確かで。……だからこそ余計にやり切れないのだろう。
「被害に合った子供を更に利用しようとするなんて、許される事じゃないわ!」
「助けるフリをして手を差し伸べるなんて、なんとも悪質な輩だな。追い詰められた子供がその手を取っても仕方あるまい」
今の話には、シェリンさんとジジムさんが特に憤慨している。彼ら夫婦には子供がいてもおかしくないし、人の親としての目線で、許せないとの思いが強いのかもしれない。
「そんな酷い目にあった子に対して、「騙される方が悪い」「ちゃんと自衛しないからだ」って無責任にキツい言うヤツラもいるから、余計救われないの。自衛しろ自衛しろってそればっか。子供が自衛できる範囲なんか限られてんのに」
この辺りは、常に明るい渡辺さんであっても、腹立たしさを感じさせる表情で語られた。唇が奇妙に歪んで、怒りを内に抑えこんでいる様子だ。彼の語る内容にみんな悄然とする。
酷い話だけど、決して大げさじゃないんだよな。彼が言うようなキツい言葉を、俺も実際にネットでよく見かけるから。
他人を責めるだけの無責任な言葉。そういう誹謗中傷や殺伐とした罵倒が日常茶飯事として溢れてるだけでも、おそらく本当の意味での平和とは程遠いのだ。
「そんなの全然、平和な国じゃないじゃない……」
「それでまだマシな方って、他の国は……そっちの世界のもっと酷いところは、一体どんな有様なんだ?」
ダンジョン側の年少組であるシシリーさんやエルンくんにとってはきつい内容だったようだ。顔色が青くなってしまっている。
普段からネットでそういうのを否応なく見かける俺達と違って、ダンジョン内で純粋培養で育っている彼らの方が、そういうのに対する耐性は低いのか。立て続けに重い話を聞いて、随分と心理的負担があったようだ。
地球側の事情でそんな思いをさせてしまった事に申し訳なさが募る。俺も表面上は彼らと同年代なのだから、保護者ぶるのも変だけど。
「ダンジョンが出現したおかげで、世界は平和になった方なんですよ。これでもまだ」
「戦争や内紛なんかは少なくなったって言いますね。……でも、ダンジョンへの出入りを禁止された人とかは、開き直って犯罪に走ったりもするらしいから、根が深いというか」
「世界的に見ると、ダンジョンシステムから刑罰を受けている人の数って、結構な数に上るらしいしね」
弓星さん、更科くん、渡辺さんがそれぞれ、追い打ちをかけるような発言をする。追い打ちっていうか、単なる事実だけど。でももうちょっと手加減してあげて欲しい。
「こんな世の中だから、「オレが街を作って代表になれば、社会的地位もできて信用されやすくなって。そういう子達の手助けができるんじゃないか」って、思っちゃったんだろうな」
しみじみと語る渡辺さん。自分でもようやく自覚したばかりだからか、内心を確かめるように、少しずつ言葉にしている。
「さっきの弓星くんの話を聞いて、「ああ、だからオレ、自分の街を作るのに固執してたのか」って納得したんだ。……まあ、なんか結局は、どこまでも自己満足な理由だけどさ」
語り終えて、彼は自嘲するように唇を歪めて笑った。自分の動機が全然立派なものじゃないと思っているのが察せられた。
自嘲は、自己満足の割合が大きいと思っているからか。
(言われてみれば、街を作る以外にも困ってる子供を助ける方法はあるんだから、本人の言う「自己満足」って言葉も、あながち間違ってないんだろうけど)
でも、本人も自覚していなかった無意識の願望までは、どうしようもないと思う。
それに、渡辺さんがそうやって街を作って、いつか実際に誰かを助けられるようになれば、それが自己満足の為であってもそうでなくても、結果としては同じ人助けに違いない。
何もやらないより、誰かが助けられる分だけ、そちらの方がずっと良い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます