第89話 キセラの街の創立祭・打ち上げ  その6

「で、そっからは街を作る気になったトコまで飛ばすな。オレも弓星くんの話を聞いて、さっきやっと気づいたトコなんだけどさ。……オレも結局は、行き場のないヤツを受け入れられる場所を作りたかったんだなーって。親に搾取されてる子とかいるじゃん。まだ幼いのに食べさせてもらえないからってダンジョンに潜ってんのに、必死に取ってきたドロップアイテムまで掠め取られちまうような。……そういう子の手助けがしたいって思ったんだ」


 ついに渡辺さんが街を作ろうと思った動機が明かされた。それは確かに弓星さんと似て異なるものだ。彼の場合は大人になってから家を追い出されているのだから、虐待されている子供とは直接の類似点はない。その点、自分と同じ境遇の人を助けたいと願った弓星さんとは違う。

 でも、どうしてそうしたいと思ったのかは理解できた。結局は、かつての自分の境遇と似ている相手を重ね合わせて見てしまっているのだ。同病相憐れむって言ってたし。

 でも、それ自体は悪い事じゃないと思う。きっかけが何であれ、誰かを助けたいと思う気持ちは尊いものだ。そしてそれを実行に移せる人はもっと少ない。


「社会問題になってますよね」

 深刻な表情で弓星さんが同意した。

 虐待や搾取といった問題は、ダンジョン出現以降も解決していないのだ。


「そんなどうしようもない親がいるのか?」

「そっちの役場は何をしているんだ!?」

 ダンジョン組は揃って憤然といった様子だ。まるでそういった悲惨な話を初めて聞いたと言わんばかりの反応をしている。


「ダンジョン街ではそういうの、丸っきりないの?」

 勢い込んで憤慨する面々に、渡辺さんが不思議そうな様子で質問する。

 ダンジョン街の治安はとても良いと聞くけど、子供に酷い事をするような親は、本当に一人も存在しないのだろうか。そんなのあり得るのかな。

「少なくとも、食事を満足に与えないとか、暴力のような明らかな虐待行為は、システムが把握してすぐに衛兵に通報されるから、衛兵が飛んできて子供は保護され、親と隔離されるわ。親がその後どうなるかは罪の重さ次第だけど……。子供が簡単に親元に返される事はないわね。街で孤児院に保護されるわ。今この街には保護されてる子はいないから、孤児院は休業中のはず」

 シェリンさんがダンジョン街での、親がいない子供や虐待された子供の扱いを告げる。……そうか。システムが完全管理してるから、救助漏れが出る恐れがないのか。

 ダンジョン街はそうやって、システムが治安を担保しているらしい。

「あー、システムの監視があれば、見逃しがなくて済むのかー。その点は羨ましいな」

 システムが科す制限は不便なものもあるけれど、治安に関してはまさしく鉄壁だ。

(でも、ダンジョンに「まともな人」しかいないのって、明らかにシステムが「選別」してるからだよな。地球人に対してだって、犯罪者の出入りを禁止して隔離してる訳だし……)



「日本の人口は1億5千万人を超えてますから。細部まで目が行き届かないのも、人が多すぎるのが理由かもしれません」

 弓星さんが指摘する。

 確かにもっと少人数の社会なら、一人一人まで目が行き届くかもしれない。

 でも小さな村社会だと、異端者への差別が今よりもっと悪くなりそうで、それはそれで怖い。

(そういえば、日本の人口は、1億2千万人越えじゃないのか。ポーションおかげで死亡者が減った分、日本の人口も急速に増えてるな)

 前世の人口と比べてみて、改めて急速な人口増加を実感する。少子化は悪化してるのに、老衰で亡くなる人が減るだけで、こんなにも数字の上で増加するのか。

「人の多さは理由になるのかしら。国の怠慢を疑いたくなるわ」

 不穏な話題が続いたからか、シェリンさんは日本の行政に懐疑的になっているようだ。ちょっと尖った口調で弓星さんに反論している。

 実際どうかは、俺には判断が難しい。災害が起これば自衛隊が救助を頑張っているし、困っている人向けの支援体制も整ってると思う一方、ダメな部分も思い浮かぶ。


「あー、……なんか偏った視点から、一方的に言い過ぎちゃったかー」

 渡辺さんがまずい事をしてしまったと言わんばかりの気まずい表情になった。

「えーと、まずね? そもそもの前提として、日本ってあっちの世界でも有数の、平和で豊かな国なのよ。国民の大多数は平穏な暮らしを享受してて、国にも日常にも大きな不満なんか持ってないの。犯罪発生率もかなり低いし、文化も発展してて娯楽も多いし、規制も少なくて、自由で暮らしやすい国なのね」

 渡辺さんが気まずそうに頭をガリガリと掻いて、前提を一から丁寧に説明する。

(……そっか。ダンジョン街に暮らす住人にとっては、日本を知る機会が俺達の話しかないのか)

 偏っている情報だけを与えられて、日本をとても悪い国だと誤解されてしまった。

 話題が話題だったから悪い部分ばかりピックアップされただけで、日本にも良い部分はたくさんある。それを伝えず悪いところを聞かせるのは良くない。

 渡辺さんもそう思ったから、慌ててフォローに走ったのだろう。


「え? そうなの?」

「今までの話からは、とてもそうは聞こえなかったが」

 ダンジョン街のみんなが、これまでとの話の違いに怪訝そうな顔になる。

 もう既に彼らに悪い印象を与えすぎてしまっていたようだ。その表情を見て、これまでの会話が偏っていた事を自覚して、日本側の面子は揃ってバツが悪くなる。


「いや、平和すぎて「平和ボケ」してるとか「危機感がない」とか言われるくらい、穏やかな国だよ。飢える人も虐待とかかなり特殊な状況になってる人以外はいないし、どんなに貧乏でも学校で義務教育を受けられるし、社会保障制度っていうのかな。困ってる人を助ける制度もかなり整ってる方よ」

 渡辺さんが必死に弁明する。

「二人とも、それは本当なのか?」

 疑いを持ってこちらを見やるエルンくんに、更科くんと俺も慌てて頷く。

「うん。実際、日本はすごく平和で良い国だと思うよ」

「多くの人にとっては、過ごしやすい国だと思う」

 不幸になる人もいるけど、同時にそれ以上に多くの人々が、幸せな日々を送っている。

 ありのままを偏りなく伝えるのって、ものすごく難しいな。


「自然災害があっても、国も人も助け合って乗り越えようって感じで、しんどくても周りから物を奪ったりせずに助け合ってるしね。犯罪も犯さずに国からの救援を信じて待てるのって、日本の政府が信頼されてて、今を耐えればいずれ必ず助けが来るって理解してるからだよ。そんでそうやって困ってる人のところに、ボランティアで向かう人も大勢いる。直接ボランティアに行けない人達も、寄付って形で支援しようとする人が大勢いて、復興の為の寄付金は、毎回かなりの金額が集まるよ。そういうのって、自分の暮らしにある程度の余裕がないと、他人を助けようなんて思えない事も多いじゃない?」

 具体的な例を出して、渡辺さんが自国の良いところをアピールする。俺もそれに懸命に頷いて同意した。

(日本は自然災害が多い国だから……)

 他国では災害が起こると、被災者が物資を求めて暴徒化するという。それに比べれば、日本はとても秩序だっている。それも、国が被災者を救助・支援するって信じているからだろう。

 そういうふうに信頼を重ね続けられるのは、素直にすごいと思う。

「……これまで聞いた話と真逆で、まるで想像がつかないのだが」

 両極端の話を聞かされて戸惑うダンジョン街の面々。


「あの、暗い話をした俺が言うのもなんですが、日本は法整備がちゃんとしてる方だと思いますよ。俺の件だって、もし俺に企業を訴える気力があったなら、きっと企業の問題を認めて、賠償金の支払いを裁判で命じられたと思いますし」

 弓星さんも自国のフォローに回った。自分が辛い目に合ったのは事実だけれど、それだけがすべてではないのだと。

 ダンジョン街の人達にはどうせなら、日本の良い部分も悪い部分も、どちらもちゃんと知って欲しい。片側だけの印象で国そのものが判断されるのは、とても怖い事だから。

「宗教にも寛容で、敵対する宗教同士でさえ日本ではお互いに尊重しあうとか言われてるくらいだし。漫画やアニメといった日本発祥の文化も、世界中ですごく評価されてるし? 挙げていけば切りがないくらい、良いところがいっぱいある国だよ」

 無意味に両手をわちゃわちゃさせながら、渡辺さんが次から次に例を挙げて、彼らの誤解を解こうとする。

 そう。良いところもいっぱいあるのだ。ただそれが日本人にとっては当たり前すぎて、今まで話に出てこなかっただけだ。むしろそういう点は外国人の方が、客観的な視点で物事が見られるかもしれない。

(良いところもちゃんと伝えられたらいいんだけど。サブカルチャーは前世の俺も好きだったし、日本の良い文化として紹介したいのに、うまく言えなくてもどかしいな)

 咄嗟にろくな弁明も出てこない自分が残念すぎる。


「すべての国民が幸せな国なんて、あっちにはどこにも存在しないからさ。日本はその点世界全体でも有数の、平和で恵まれた国なワケ。大多数の国民の幸せを守っているんだから、国としての役割は十分果たしてると思うよ」

 そう言い切る渡辺さんの評価が、過大すぎるとは思わない。

 地球上には日本よりずっと国情が悪い国が多く存在している。人権が尊重されていない国や、深刻な問題を抱えている国の方が多いくらいだ。それらの国で今現在も辛い思いをしている人達の詳細を知ったら、ダンジョン街の人達は一体どんな反応をするだろう。

(地球人ってだけで、一纏めに軽蔑されそう……)

 信じられないような蛮行が行われているところもある。知って欲しいと願う一方で、ありのまますべてを知らせた時の反応が怖くもあった。


「そもそもオレや弓星くんって、あっちから逃げてきたクチじゃない? だからどうしても、意見がマイナスに偏っちゃうんだわ。国全体を評価するには、普通に過ごしてる人の話も聞かないと、正確なところはわからないんじゃないかな」

 渡辺さんはそんなふうに、国への評価の話を纏めた。

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