第88話 キセラの街の創立祭・打ち上げ その5
「……なんか、辛気臭い話をしてすみません」
弓星さんが気まずそうな表情で頭を掻く。
「いや、そもそもオレが話して欲しいって頼んだんだし、弓星くんが気にする事ないよー? それにしても、前にサナトリウムって言っちゃってごめんな! 弓星くんとこはどっちかってーと、リハビリ施設だったわ! ……それに色々と参考になったし、話が聞けて良かったよ」
渡辺さんは、何かに納得したのか満足げだ。
まあ最初にこの話題を振ったのは彼なのだから、弓星さんが謝る必要はないよな。俺達も先に面白い話じゃないって忠告されていたのに、誰も話を止めなかったし。
「そうですか? 俺の話なんて、他の参考になるとも思えないですけど」
弓星さんはちょっと困ったように言って、手元の飲み物を一口飲む。
確かに弓星さんの村作りの過程はかなり特殊だったので、参考になるかは微妙かも。
「や、オレもね? エンデンさんに街を作らないかって言われた当初は、全然そんな気なかったのよ。なんで俺が個人で切り開いた敷地を他人に開放しなきゃいけないんだって、不服なくらいでさ。なのに断れなくて、やらなきゃいけない気がして、結局始める事にしたんだけど、自分でもその理由がわかってなかったんだわ。でも弓星くんの話を聞いて、ようやく自分の中の理由がわかった気がしてさ」
さっぱりした笑顔で渡辺さんが言う。どうやら彼は今の話を聞いたのがきっかけで、自分の中のモヤモヤが晴れてすっきりとしたようだ。
そういえば、渡辺さんが街を作るって話をした時、「エンデンさんに誘われて」とは言っていたけど、どうしてその話を受けたのか、理由は言ってなかったっけ。まさか本人も自覚がないまま街作りを開始したとは思いも寄らなかったけど。
「そうなんですか? なら、渡辺さんの理由も聞かせてくださいよ。俺だけ語っちゃって恥ずかしいですし」
弓星さんが茶化すように言う。まあここまで聞いたのだし、どうせならその動機も聞いてみたいよな。みんなもそう思ったのか、テーブルにつく面々が一斉に渡辺さんに視線を向ける。その視線を受けて、渡辺さんは苦笑した。
「あー、オレの場合、弓星くんみたく立派な理由じゃないんだけどね? 同病相憐れむって意味では似てるかなー?」
渡辺さんの話は、そんなふうに始まった。
「オレ、すっげー頭悪くてさ。大学受験でFラン受験したのに、それでも失敗して一浪してんの。それから家族が冷たくなって、厄介者を見る目で見てきてさあ。兄貴がエリートだったもんだから余計に比べられて、居心地も悪かったし」
過去の回想は学生時代からだった。
(上の出来が良すぎると下の居心地が悪くなるっていうのは、俺もわかるな)
俺はその話にちょっと共感する。
うちの家族は別に、出来が悪い俺を厄介者扱いはしなかったけど。それでも居心地が悪くて、一人で勝手にコンプレックスを感じていたのだ。渡辺さんの場合、明確に家族から疎まれていたなら、俺よりずっと居心地が悪かった事だろう。
「ギリギリ大学を卒業した後に、これまた就職に失敗しちゃったんだよね。世間も就職難の時代だったし、オレは特技も資格もないから当然っちゃ当然だったんだろーけどさ。……そんで就職がダメになった時に、「もうおまえの面倒は見切れん」「二度と家の敷地を跨ぐな」って、問答無用で家を追い出されちゃったのよ」
渡辺さんが軽く語るその内容に、周りはみんな顔を顰めた。
「いやー、あの時は傷ついたよ。家族に見捨てられたーって。今思えば大学卒業までは待ってくれたし、預金通帳とかの私物は、すぐ持って出れる分だけは持たせてくれたから、まだマシだったんだろうけど。当時はすっげームカついたし、納得いかなくてさあ」
渡辺さんは明るい口調のまま軽いノリで話をしているけど、当時の心境を思えば、こちらが居た堪れなくなる。家族から見捨てられ家を追い出されるなんて、想像するのもしんどい。
「……あの、後で残った荷物を送ってくれたりとか、そういうのは……?」
俺は恐る恐る、気になった点を訊く。
追い出された時に手に持てるだけじゃ、私物全部は持ち出せなかったはず。
「いや全然。それどころか一度だけ顔を出したら、「二度と顔を出すなと言ったはずだ」って、兄貴から殴る蹴るの暴行受けて散々だったわ。電話も着信拒否だし、完全に縁を切られたな」
あっけらかんと言われるが、その内容はとても惨い。特に殴る蹴るの暴行は、許される範囲を完全に逸脱している。
「家族に暴力を振るうなんて最低ね」
シェリンさんが憤慨している。特に意見を表明しない人も同じ気持ちのようだ。表情がそう語っている。
「そこまで行けば少なくとも、「ダンジョン内において、店舗や他者との取引禁止」の刑罰に抵触しているだろう」
ジジムさんが、システムが渡辺さんの家族に刑罰を科しているはずだと告げた。システムの刑罰って、ダンジョンが出現する以前の罪に対しても、遡って適用されるのか。
「それはざまあだけど、多分オレの家族、モンスターと戦うなんて野蛮だとか言って、自分じゃダンジョンに潜らないタイプだわ。その癖、若返りのポーションの利益だけは享受してそー」
あーやだやだ、と肩を竦めて文句を言っているが、そんなふうに軽く片付けられる話じゃない。彼が他人事なのは、自分を見捨てた家族にとっくに愛想を尽かせてるからかな。
「ダンジョンの刑罰には、「ポーションを使っても効果が出なくなる」っていうのもあるって聞きましたけど、それは当て嵌まらないんですか?」
俺はジジムさんに質問してみる。その刑罰が実行されていれば、ある意味では意趣返しになりそうなものだけど。
「それは殺人かそれに類する犯罪への刑罰だな。残念だがユヅルの家族の場合は、そこまでの罰は受けていないだろう」
「そうなんですか……」
家族にそんな真似をしても、何の支障もなく日常を送っている相手がいる。その事に胸がザワザワ騒ぐ。そういう出来事は今もどこかで起きているのだろうけど、実際に当人から話を聞くと、どうして許されているのか、納得いかない気持ちになるのだ。
「家を追い出された後は、大学時代の友達が居候させてくれたおかげで、ホームレスにならずに済んだよ。そんでバイトで生活費を稼いで居候してたんだけど、当時は将来が不安だったなー。もしソイツが居候させてくんなかったら野垂れ死んでただろうし」
渡辺さんに頼れる友人がいてくれた事に、他人事ながらほっとする。
「で、ダンジョンが一般開放されたのが、バイトで食いつないで半年ちょっとくらいの頃だったかな? オレも弓星くんと一緒で、初日にダンジョンに駆けこんだクチよ」
「あれ、それじゃ渡辺さん、俺と同じ年って事になりません? 俺、入社二年目でダンジョン解放だったんで」
「そっかも? オレは一浪してっから、同じくらいか。いやー、奇遇だねえ」
弓星さんと渡辺さんが軽く笑い合っている。どうやら二人は同じくらいの年齢だったようだ。
(ダンジョンが出現したのが三十一年前、一般開放されたのがその一年後で……その時に大学卒業から2年だとしたら、多分24歳。それから30年……え? つまり今、54歳くらいかな? 二人とも俺が想像してたより、かなり年上なんだな。俺の両親よりも、もっと上の世代なのか)
見た目が若いのもあって、もっと若いと想像していた。でも彼らがダンジョンに移住してから、村や集落を作るくらいの年月が経っているのだ。それくらいでもおかしくはなかった。
「オレ、これがダメだったらもう後がないって焦ってさ、初心者ダンジョンで、モンスターと1、2回戦ってみていけそうって判断したら、後はモンスターを無視して、一気に7層まで駆け下りて先に進んじゃったんだよね。そんでイヌの群れに囲まれて食い殺されちゃったワケ」
それはまた、随分と壮絶な体験だ。死亡しても生き返るとはいえ、ダンジョンに入ってろくに経験も積まぬうちに「死」を体感するなんて。トラウマになってもおかしくない。
一般開放された直後じゃまだ、ダンジョンの情報がなくて、7層で一気に難易度が上がるとか、そういう情報を知らなかったのだろうか。
でも、ダンジョン出現から解放まで一年あったんだから、自衛隊や機動隊なんかは先行探索していただろうし、他国ではもっと早く一般解放された国もある。当時でもネットでは既に、情報は出ていたのかも。
焦っていて余裕のなかった渡辺さんは慎重な判断ができずに、「それくらい行ける」って、先走ってしまった可能性もある。
「渡辺さんが運営してるサイトじゃ、確か3層のウサギからレベル上げを始めたって書いてありませんでしたっけ? バット一本持って始めたって」
更科くんがサイトの記載と今の話の矛盾点が気になったようで、首を傾げて質問する。
「バット一本でダンジョンに入ったのはホントーよ? 貧乏で金がなかったからさ。そんで、3層から開始って記載したのは配慮ね。ありのまま書いたら、シーカーの後輩が萎縮して、ダンジョンを怖がっちゃうかなーって思ってさ」
ちょっとバツが悪そうな表情で、渡辺さんが裏話を打ち明ける。
当時まだダンジョンの情報が出揃っていなかった時期に衝撃的な記事を書いて、攻略を目指す人が減ってしまうのを懸念したらしい。どうやら渡辺さんは多くの人にダンジョンに挑んで欲しいようだ。まあだからこそサイトまで作って、ダンジョン攻略情報を記載しているんだろう。
「イヌに食い殺されてボロボロの服で、部屋に設置したゲート前まで戻されたもんだからさ。居候させてくれてた友達が、俺の悲惨な恰好を見てぎょっとしてさあ」
そりゃあ、血だらけでボロボロの服を着た友人がいきなり部屋に飛ばされてきたりしたら、誰だって驚くだろう。
「その友達が、俺が焦って軽率に先に進んだ事を知って、「そんな焦るな! 俺はおまえを部屋から追い出したりしないし、一緒にパーティ組んでやるから!」って、俺を叱ってくれたのよ。更に大学時代に親しかった他の友達まで巻き込んで、4人でパーティ組めるようにしてくれてさ。俺もそこからは、仲間もいるんだし、慎重に攻略するようになったワケ」
「いいご友人じゃないですか」
弓星さんが微笑んで渡辺さんの友人を称える。
「まあね、自慢のダチよ」
渡辺さんも謙遜せずに頷いた。実際、彼にとってその友人は、本当に自慢なのだろう。その話をした時だけ、表情が明らかに誇らしげだった。
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