第77話 斥候用品店に行ってみる
下級ダンジョンの下調べをした翌日、斥候用品店を訪れる事にした。今日はそこで買い物をして斥候ギルドの場所を教えてもらったら、そのままギルドまで行きたい。それで人形も全員連れてきた。
とはいっても、5体中3体はインベントリの中で待機中だ。街中で5体も同時に連れていると、他人の通行の邪魔にならないか心配だし、インベントリもようやく、複数の人形をしまえるだけの容量を確保できるようになったので。
最初の目的地である斥候用品店は、キセラの街の北西通りでは、薬屋の隣で魔道具屋の向かいの位置にあった。看板の絵は鍵のマークだ。
狭い店内には細かい道具から大型の道具まで、色んな商品が置いてあった。何に使うかわからないものもたくさんある。
店の奥に一部が途切れているカウンターがあって、出入り部分が階段になっていた。そのカウンターの奥には小さな人影がある。
「やや、新しいお客さんかなっ? ボクはナナルーだよっ。この斥候用品店の店主さっ。君の名前を教えてくれる?」
店内に入った俺を出迎えてそんな声を上げたのは、ハーフリング種族と思われる見た目の、小さな男の子の姿をした人だった。枯草色の長髪を後ろで一つ結びにしている。目の色は茶色で、深緑色の上下に分かれた服を着ている。
その人は身軽な動作でカウンターの奥から出てきて、俺の近くまでやってきて俺を見上げた。
この店主……ナナルーさんは、なんとなく食えない性格の人なのかもしれないと思った。喋り方といい、含み笑いを浮かべた表情といい、こちらをからかおうと悪戯を企んでいる子供そのものだ。
「……はじめまして、鳴神 鴇矢です」
(見た目は8歳から10歳くらいに見えるけど、この店の店主って事は、ワールドラビリンスの30層超えなんだよな? って事は、それなりの年齢だって事? え、それでこの、子供感満載の喋り方? 見た目は種族の特性だとしても随分と癖が強い感じだし、俺の苦手なタイプかも)
精神的にちょっと引いてしまった。でも俺だって考えてみれば、前世を含めれば、精神的には結構な歳になるはずなのだ。そのわりに精神的に子供っぽいと言われれば、一切反論ができない。前世の事は誰にも明かしていないから、そういった指摘を受けた事はないけどさ。
(……でも、別に不愉快になるような事を言われた訳でもないのに、口調や雰囲気だけで、いきなりそんなふうに決めつけるのは失礼だよな)
喋り方なんて個人の自由だ。正直、実年齢とのギャップは気にはなってしまうけど、できるだけ気にしないように接しよう、と思い直す。
「この店に来たって事は、斥候用品の買い物だよね? うふふっ、ボクは斥候を頑張る子を応援してるよおっ。さあ、欲しいものは何かなあ?」
「その、俺は人形使いでして、この人形に斥候系のスキルを覚えさせて、斥候として育てていこうと思ってます。今日買いたいのは、斥候用品で必要なものを一通りと、それを入れるリュックです。あとは斥候ギルドの場所も教えて欲しいです」
連れてきていた黒檀を前面に出した。途中でこの口調で混ぜっ返されると、目的のいくつかを忘れてしまいそうなので、来店目的全部を一気にがーっと喋った。
「なるほどなるほど。お人形さんに斥候役をねー。お人形さんて喋れないから、罠の場所とか発見しても、口で伝えられない点はマイナスだけど、身振り手振りでなんとかなる範囲かなあっ? そんでもって、斥候に必要なのもの一通りと、それを入れるリュックねー。あとは斥候ギルドの場所、と。ふむふむ。……じゃあまずは斥候用品からねっ」
ナナルーさんが小さな体でちょこまかと動いて、店内から手早くあれこれと商品を物色してきて、カウンターの上へと並べていく。鼻歌をふんふんと歌って楽しそうだ。
「鍵開けや罠解除に使う用の針金や細い金属棒なんかの道具一式でしょ、罠作成用のトラバサミやピアノ線なんかの道具一式でしょ、ロープとロープを結ぶ時や崖とかで足場を作る用の、ロープを通せる穴の空いた金属杭が10本でしょ。それと光が反射しにくい特殊加工の手鏡にぃー、睡眠薬や毒薬なんかを入れる場所のある専用の特殊ナイフ、……あとは潜伏に有利な景色写しのマントもお勧めかなあ? この辺りでどう?」
うまく並べられました! と自慢げな表情で、カウンターの上の商品を手振りと声で「じゃーん!」と示された。
「どう?」と言われても素人なので、それで過不足ないのかは俺には判断できない。まあ最初はお勧め通り買っておくのが無難だろう。あとで足りないものができたら、その都度買い足していけばいいんだし。
「景色写しのマントって、魔道具なんですか?」
「そうなのっ! 斥候用の魔道具は魔道具屋じゃなくって、こっちに置いてあるのっ。写し取りたい景色を氣を使って写せるんだよー。そうすれば、周囲に馴染みやすいでしょお? 移動して景色が変わる度に、最適な状態に手作業で変更しないといけないから、ちょっと面倒だけどねっ」
なるほど。この魔道具のマントがあれば、潜伏するのに役立ちそうだ。ペイントスキルと少し似てるけど、あっちはステータスボードを通して自分の手で絵を描いたり、色を選んでつけていくのに対して、こっちは周囲の景色をそのまま写し取れるらしい。潜伏にはこの魔道具のマントの方が便利かもしれない。
「これを全部ください」
資金が潤沢にあるのもあって、一括の大人買いだ。
「りょうかーいっ! さーてお次はリュックだね。色は何色がいいかなあ?」
「できれば黒で」
他のリュックを背負っている面々が、名前に因んだ色のリュックを背負っているので、できれば黒檀もそれに揃えたい。
「黒ねー、まあ上から景色写しのマントを被れば、どの色でも問題ないか! リュックでお勧めなのはこれだよおっ。四角く薄い構造で、できるだけ背中に密着させて潜伏の際に邪魔にならないように配慮されてる、斥候用のリュックなのっ」
リュックもちゃんと斥候用に形が考えられているようだ。
「ではそれも買います」
「はあいっ! えーっとあとは、斥候ギルドの場所ねっ。うふふ、それ、結構よく聞かれるから、地図のメモを描いて、魔道具で印刷して、用意してあるんだあ。このメモあげるねー。キセラの街の第三街区の中央通り、東公園のゲートから出た後は、その地図の印のついた建物へ行くといいよお」
「ありがとうございます。地図も頂きます」
メモ用紙を受け取る。簡略化した地図だけど、ちゃんと目的地はわかりやすく描かれている。これがあれば斥候ギルドまで迷わずに行けそうだ。この地図はナナルーさんの厚意で、タダでくれるようだ。俺は頭を下げてお礼を言う。
「気にしなくっていいよおっ、それじゃあ、これで用事は終わりかな? じゃあ、お会計にしよっか?」
「はい、お願いします」
そんな感じで会計を終えて店を出る。
(終わってみれば、別に普通に買い物できたな。……やっぱりあの子供口調は、ちょっと苦手に感じるけども。でもだからってそれだけで、人を避けるのも良くないよな)
初対面で内心思いっきり引いてしまった事を反省する。
そういえば更科くんとの初対面の時も、明るくて人懐っこいタイプの彼があまりにも自分と違い過ぎるのに慄いて、壁を作っていたような気がする。
更科くんの場合は、彼が毎日めげずににこやかに話しかけてくる日常が続いたから、俺も次第に慣れていったんだよな。
(ああ、それに空織兄さんも、天真爛漫でグイグイと距離を詰めてくる、押しが強いタイプだったな。昔は力加減のわからないガキ大将っぽい感じだったし)
従兄弟の空織兄を思い出す。彼の事も、昔の俺は大の苦手としていた。
空織兄が遊びに行くと言って飛び出していく際、強引に俺の腕を掴んで駆けだして、突然の事についていけなかった俺が、足を縺れさせて転んだ事があった。他にも、似たような事が数回繰り返されたりもした。彼自身には悪気はないのだが、子供だった分、力加減や気遣いが下手だったのだ。
小さい頃の俺は、そんな言動の空織兄に怯えてばかりで、天歌兄や海嗣兄の後ろに隠れてばかりいたっけ。
彼が中学に上がる頃には、少しは落ち着いたところも出てきたりして、そして海嗣兄によるフォローがうまくなったりもしたおかげで、だいぶ普通に話せるようになったのだ。でもそれも、親戚という立場で、否応なしに毎年顔を合わせていたから、次第にお互い順応していったのもあると思う。
……だから要するに、結局は慣れの問題なんだろう。
(そりゃまあ、出会う相手の中には、俺とは絶対にどうしたって合わないって人だっているだろうけどさ。生理的に無理とか、性格的にソリが合わないとか)
俺は人間ができてないから、大抵の人と仲良くやれるなんて、間違っても思わない。むしろ大抵の人からは距離を取って生きてきた。
(……でも、乱暴な言動だったり、嫌な事を言う相手だったり、こっちを一方的に利用したりする相手だったり、こちらを見下してきたり、考え方がどうしても理解できなかったりして、どうしても受け入れられない相手じゃない限りは、どんな人ともできるだけ、普通に接していった方がいいんだろうな)
どうしても受け入れられそうにない人種を並べてみると、付き合いを避けたい相手は結構な種類になった。今咄嗟に思いつかないだけで、他にも避けたい種類の相手はいるかもしれない。
何をどう努力したって嫌いな相手や、分かり合えない相手なんかは、できるだけ避けて、関わり合いにならないようにするのが一番の自衛手段だと思う。
でも、ナナルーさんんはそのどれにも当てはまらない、普通に親切な店主さんだった。口調や表情、仕草なんかで、俺が一方的に苦手意識を抱いただけで、彼がこちらに悪意を持って接していた訳じゃないのだ。だから俺がその口調に慣れれば、何の問題もないはずだ。
俺は元々、人付き合いが苦手だ。人との接し方には、いまだに悩む事も多い。
それでも生きていく以上は、折り合いをつけながら、やっていくしかないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます