第75話 お盆に親戚と会った話

 お盆には恒例の父母の実家巡りとお墓参りを済ませ、親戚との顔合わせもした。

 父の兄にあたる幽玄(ゆうげん)伯父さんに、「鴇矢もだいぶ逞しくなったな」と感心された。

 父の不知火は三男なので、長男である幽玄伯父さんの他に、次男の星霜(せいそう)伯父さんという兄もいる。お盆なので各自が実家の祖父母宅に集まったので、父方の親戚大集合って感じだ。(ちなみ父方の親戚は、ここにいる全員が「鳴神」性だ)

「そうだね、鴇矢くんも昔に比べると、随分としっかりしてきたと思うよ」

 その星霜伯父さんも俺を見て、笑顔でそう褒めてくれた。

 どうやら俺ももやし体型から成長して、ちょっとは筋肉がついてきたようだ。毎日ダンジョンに潜って戦ってきた甲斐があるな。


 幽玄伯父さんの娘であり、俺達兄弟の従姉妹にあたる佐和子(さわこ)姉と由布子(ゆうこ)姉は、俺の六歳上と四歳上で、佐和子姉は大学三年生になっていたし、由布子姉も大学一年生になっていた。

「もう就職の心配しないといけない時期なのよ」と憂い顔でため息をつく佐和子姉に、「姉さんは学校の成績いいから、就職は楽な方じゃない?」と気楽そうな由布子姉。

 由布子姉は大学一年の楽しい盛りで、就職云々言われても実感がないのかもしれない。

「佐和子姉さんは、どんな仕事に就くの希望なの?」

 訊ねてみたら、「そうね、どうしようかしら」と小首を傾げる。

「前は介護職を考えていたのだけど、救済ダンジョンができたから、介護が必要な人の数は今後益々減るでしょう? 介護資格を取ったのに生かせそうにないのよね。まあ、健康になれる人が増えるのは良い事なのだから、文句を言うのはお門違いなのだけれど」

「それでも、そういう仕事がまったくなくなる訳じゃないんだよね?」

「それはそうなのだけど、募集人数が減る分、就職も難しくなるでしょうし。わたし、ダンジョンであまりレベル上げをしていないから、本職でのシーカーもできないし。方向性を変えて一般の会社の就職活動をしようか、今のまま介護職を目指そうか、まだ迷っている最中ね」

 佐和子姉の悩みはまだ晴れそうにない。


「あたしはまだ将来とか全然考えてないなー。大学三年あたりになったら考えるわ」

 一方の由布子姉は特に悩みもなく、大学生活を目一杯満喫中らしい。

 同じ姉妹でもやっぱり違うな。俺も兄や姉とは全然違うのだから、血が繋がっていたって、生き方が似るとは限らないよな。


 空織兄からは、ガイエンさんのお店を教えたお礼を言われた。やっぱり、幻獣専用の魔法やスキルの存在は知らなかったらしく、俺のおかげで戦力を強化できたとご機嫌だった。

 海嗣兄も、精霊専門魔法が使えるようになるのが楽しみだと言っていた。中級以降だから今の俺達にはまだ使えないけど、確かに先の楽しみではある。

 その双子にとって、歳の離れた妹になる詩枝(しえ)ちゃんは、今年小学六年生で、俺の三歳下だ。彼女も今年の春からダンジョンに潜り始めたそうだ。

「私はまだ、どんなスタイルで戦っていこうか決めてないの。魔法使いも憧れるけど、人形使いもサモナーも面白そうだわ。まあ、テイマーだけは選ばないけど」

「なんでだよーっ」

 空織兄が詩枝ちゃんのその台詞に不服を訴える。

「決まってるでしょ? 空織兄さんみたいに、動物狂いじゃないからよ」

 詩枝ちゃんは己の兄にきっぱりと断言した。

(そうだよな、テイマーはやっぱり、動物愛がないとやれないよな)





「まったく、月臣(つきおみ)ったら。今年のお盆にも出張先から帰ってこないなんて。親に放置される千尋(ちひろ)くんが、可哀相だと思わないのかしら」

 母の実家である志賀來(しがらい)家に到着して早々に、母からはプリプリとした小言が飛び出る。これはここ数年、毎年の恒例だ。

 母の弟の月臣叔父さんは神経質なところがあって、母とは性格が合わない。しかも叔父は、自身の出張中に妻が浮気した事が原因で離婚し、その際に慰謝料で散々揉めたせいで、人間不信も患っている。

 叔父は離婚後、一人息子を連れて父母(俺にとっての祖父母)の実家に戻ってきた。その後は息子を両親に預け、養育を任せきりにして、本人は海外出張ばかりしている。

 何年も前だが、その件で母と言い合いになっていた。

「家を空けてばかりだって? 姉さんは口煩いんだよ。息子の将来の為には金を貯める必要があるんだ。身内だからって無遠慮に口を挟まないで欲しいな」

 以前そんな感じで、喧々諤々と言い争いになっていたのだ。なのでお墓参りは母のいる時期を避けて帰ってくるのだろう。ここ数年はそれも毎年の事だ。


(母さんも、あんまり口うるさく言わなきゃいいのに。そりゃ、千尋兄さんが可哀相だって意見はわかるけど、千尋兄さんは祖父母に可愛がられて育てられてるし、飼い猫を溺愛するのと獣医になるって夢に夢中で、父が不在がちなのも気にしてないみたいだし)

 俺は母の様子に内心で溜息をつく。母が叔父一家の事にいくら口を挟んでも、叔父はその分頑なになるだけで、何も改善していないのだ。もういっそ放っておけばいいのに、と思ってしまう。

 それでも放っておけないのが、身内ならではなのだろうか。俺から見ればむしろ、神経質な父との暮らしを強いられるよりは、祖父母に育てられる今の環境の方が、よっぽど気楽なように見えるのだけど。


 そんな複雑な事情を持つ従兄弟とは、彼の飼っている猫について真面目な話もした。

 彼は俺の二つ上の歳で高校二年生なのだけど、今の時期から受験に備えて毎日長時間勉強している。

 千尋兄は無口で無愛想で淡々としていてあまり感情が読めない、アルドさんや早渡海くん系統の性格の人だ。でも、自分で拾って保護した猫2匹をとても可愛がっている。

「猫達にとって、病気治療のポーションや若返りのポーションが悪影響を与えないか、おれは自分で研究したい」

 彼はそう語った。

 人にポーションを使う例は日々増えているけど、動物にポーションを使う例はまだ少ない。だから自分で研究して、もしポーションが動物に悪影響があるなら、その解決策を模索したいのだそうだ。

 その為に獣医になると決意を固め、ここまでずっとブレずに頑張って勉強してきている。

「ポーションで病気を治して、若返ってずっと生き続ける。この子らがそれを望んでいるかなど、おれからはわからない。この子らの意思を確認する術もない。魔道具でも、そういう事ができるという話は聞かない。……結局はおれの自己満足で、寿命を弄る事になる。だからこそせめて、ポーションを使う事で不具合がないよう、おれの手で研究したい」

 千尋兄は静かな口調でそう言った。




 そんなこんなでお盆も終わり、夏休みも後半に入った。

 9層に降りた当初から安定してウシを狩れているので、できるだけ多くの数を安全かつ確実に、手早く狩れるのを目標に、毎日頑張っている。

 夏休み開始から今までの期間に、スクロールも二本ドロップした。「気体操作」の魔法スクロールと「即死耐性」のスキルスクロールだ。

 どちらも特に希少なものでもなかったので窓口で売却した。


 8月22日はキセラの街で、ラーメンの屋台の手伝いだ。その日ももう、すぐそこまで迫っていた。

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