第72話 ラーメン試食会  後編

 醤油ラーメン半盛りを全員が食べ終えて、一通り感想を言い終えると、料理班はまた厨房に戻って、次の試作を始めた。

 お次は味噌ラーメンだ。こちらは肉と野菜を中華鍋で強火で一気に炒めたものと、ネギとコーンが具材として乗って出された。これらの具材はダンジョン産の、食堂側が用意したものを使ったそうだ。宅配で出来合いのものを買うより単価は安くなるかな? 野菜は日本じゃ結構高い食品だけど、ダンジョン内だとどれくらいするんだろう。

 味噌ラーメン半盛りが出来上がったところで、また全員で試食開始だ。


「ミソも美味しいわね。同じ麺なのに、スープの味と上に乗せる具材で、随分と印象が変わるわ」

 シェリンさんがスープを飲んで唸っている。わかる。同じラーメンって括りなのに、スープによって全然味が変わるもんな。どの味が好きかも、個人によって分かれるし。ラーメンは奥が深い食べ物だ。

「うむ。これは出前で食べたものとは、また違った味わいのスープだな……」

 スープを特にじっくりと味わいながら、アルドさんもそう評する。アルドさん、ラーメン中毒になってるくらいだから、ラーメン屋の出前のメニューはすべて制覇していそうだ。

(今度、カップラーメンか袋のインスタント麺でも持ってきてみようかな? 変わった味のヤツとか)

 どうもアルドさん、料理はしないみたいだけど、お湯で茹でるだけとかお湯を入れるだけなら、多分できるだろう。……それもダメそうなら、調理はエルンくんに頼もう。

「味噌は大豆を発酵させた調味料なんだけど、種類がたくさんあって、どれも味や風味が違うの。店によっては味噌ラーメン専門で、味噌ばかり何種類も味を用意しているところもあるくらいよ。出前のものとは違う味になるのも、スープに使っている味噌の種類の違いでしょうね」

 アルドさんの疑問に、母が味噌の違いについて説明した。

「同じ名前の調味料なのに、随分とたくさんの種類があるのですね」

 麺を食べながらも顔を輝かせ、頻りに感心しているのはシギさんだ。

「赤味噌、白味噌、田舎味噌、合わせ味噌といったふうに、ある程度は分類しているけれど、同じ名称でも、作っているお店によってかなり味が変わるの。同じように、大豆を発行させた調味料である醤油も、結構色んな種類があって、味も店ごとに変わるわ」

「え? このミソも、さっきのショウユも、どちらも大豆を発酵させた調味料なんですか?」

 ドモロさんが驚いて顔を上げ、母に質問している。まあ知らなければ、どちらも同じ原料だとは思わないか。

「ええ、うちの国は大豆の加工食品が豊富なの。大豆は「畑の肉」という別名があるくらい、昔は重要なたんぱく源だったからなのでしょうね。大豆を加工した食品としては、味噌や醤油の他にも、豆腐や納豆といった、たくさんの食品があるの」

 母の蘊蓄が入る。ラーメンとは直接関係ない話だけど、まったく違って思えるスープの味が、突き詰めればどちらも大豆原料だっていうのは、こちらの人には面白い話なのかもしれない。


「ひとつの素材をそこまで色んな加工食品に変えるなんて、こちらではあまり聞かないわ。面白いわね」

「ああ、実に興味深い」

「……納豆はかなり癖が強くて匂いもキツイですし、糸を引く見た目もインパクトがある発酵食品ですから、外国の人は勿論うちの国の人でも、苦手な人はそれなりにいますよ。発酵食品って偶に、とんでもない匂いとか見た目のものがあるじゃないですか。慣れてない人が見るとびっくりするようなヤツが」

 大豆の加工食品に興味を示したシェリンさんとジジムさんに、俺は思わず真顔で忠告する。蛆の湧いたような食品とか匂いが強烈で鼻が曲がりそうな食品とかが世の中にはあるけど、俺はそういう珍味は避けて通りたいタイプだ。

 珍しい食材に興味を持つのはいいけど、納豆はかなり強烈な匂いのする上に見た目も独特な食品だから、好き嫌いがかなりはっきりと分かれると思う。勿論、納豆が好きな人を否定する訳じゃないけど、受け付けないって人も結構多いんじゃないかな。(外国で納豆を食べるととんでもない目で見られたりするっていうし)

 それに比べれば豆腐は癖がないから、調理法方がわかれば受け入れられやすいかもしれない。(豆腐単体で何もつけないで食べると味がほぼないから、なんだこれ? ってなりそうな気はする)


「あとは、地域によっては豚骨ラーメンばかり食べるところもあるわ。変わり種ではカレー味とかチリトマト味といったものもあるしね」

 母の解釈は続く。カレーやチリトマトは、カップラーメンでおなじみの味だな。生ラーメンでそれらの味を食べた事は、実はないんだけど。

「季節限定の味とかもあるし、すべてを網羅するのは無理だと思います」

 俺は先にアルドさんを牽制しておく。全部の種類が食べたいとか言い出されても、無理だから。季節限定ものって当たり外れも結構あるし、入れ替わりも激しいし、全部を網羅するのは絶対に無理だ。案の定、アルドさんが悔し気だ。

「うぬう、そんなに色んな種類があるのか。出前で食べられるもの以外にも、変わった味があるとは」

「兄上、一日一杯までですからね。試食のこれは麺の量が半分ずつなので特別に二杯ですが、今日はこれで終わりです」

「むう。……味わって食べねば」

 弟のエルンくんのおかげで、アルドさんの暴食は防げそうだ。まあ今度差し入れに、変わり種のインスタント麺を持ってくる予定なのだけど。……俺もアルドさんに加担してる事になるのかな、これ。



 一通りの試食を終えて、お茶を飲んで一息つく。

「気に入ってもらえたと思っていいかしら?」

「ええ、勿論よヒタキさん。とても美味しかったわ。この煮卵と煮豚が自作できるだけでも、単価はだいぶ違うわ。それにミソの方の野菜炒めは、全部こちらの材料で作れるし」

 母は頷いて、レシピを書いた紙を出した。

「言語スキルを持ってると、日本語も読めるのよね?」

 母がシェリンさんにレシピが書かれた紙を渡す。シェリンさんはその紙を、大事そうに受け取った。

「問題ないわ。ありがとう。今回のお礼はどうすれば良いかしら?」

「そちらも商売だし、無料って訳にはいかないでしょう? 材料費はきっちり貰うわ」

 俺が昨日、シェリンさんに報酬について訊かれた件を、あらかじめ母に伝えていた。それで母は今回の報酬についても考えてきていたようだ。助かる。俺じゃどうしていいかわからなかった。

「材料費だけって訳にはいかないわ」

 毅然とした表情でシェリンさんが言い募る。ここは引かないぞ、という謎の気迫を感じる。

「そう? なら私と鴇矢がそれぞれ、6時間分のバイト代でいいかしら? 買い出しや料理に使った時間と今の時間合わせて、6時間前後だから」

 どうやら母も最初から、材料費のみで片付くとは思っていなかったようだ。シェリンさんの言を受けて、即座に次の案を出した。

「そうね。それで手を打ってちょうだい。それと、レシピ代は?」

 やり手の経営者のような表情で、シェリンさんが次の議題に移る。母はそれにははっきりと首を横に振った。

「レシピは日本では、無料で手に入るものが多いのよ。私の持ってきた煮卵や煮豚も、ネットなんかで無料で公開されてるものそのままだったり、人のレシピを私なりにアレンジしたものだったりね。だから、レシピ代は受け取れないわ」

 今度は母の方が、これは譲れないと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。なんだか他が一切割って入れないような、独特の気迫が二人の間を駆け巡る。……ちょっと怖い。

「……そう。それじゃあそれで、お互いに納得しましょう。会計をさせてちょうだい」

 シェリンさんが謎の気迫を収めて、話は無事に纏まったようだ。

「ええ。鴇矢、レシートはちゃんと持ってきてるわね?」

「うん、大丈夫」

 事前に母から、今回の経費はすべてレシートを貰ってくるように言われていたし、更にそのレシートを忘れずに持ってくるようにも言われていた。最初から他はともかく、材料費だけは請求するつもりだったからだろう。

 母とシェリンさんが二人で、レシートの中身と持ってきた品物に齟齬がないかを確かめて、合計金額を確認しあう。そういうところはきっちりとするのが経営者であり、社会人なのだろう。俺は全然、そういうやりとりに慣れてないな。

「じゃあこれで」

「ええ、この金額で」

 二人が同意し、清算用の魔道具で、俺と母のそれぞれのカードにDGが振り込まれる。これで依頼は無事終了、という事のようだ。




 難しい話が終わったので、肩の力を抜いて試食会の総評に入る。

「この煮豚は、ラーメンに乗せる以外にも使い道がありそうだ」

 ジジムさんは煮豚が特に気に入った様子だ。ラーメンに乗せずに余った分の煮豚を皿に乗せて眺めながら、利用方法を考えるのに余念がない。

「ええ。煮豚も煮卵も、酒の肴として、単品で出したりもするわね」

 そんなジジムさんに、母からアドバイスが飛ぶ。

「これは先に仕込んでおけば、後は切って出すだけでいいのが手軽で便利だな」

「ええ、あなた。この二つは単品提供も考えましょう」

 ジジムさんとシェリンさんは、煮豚と煮卵のラーメン以外の利用方法を検討して話し合っている。


「問題は、これからどうやってラーメンを周知するかね。。ラーメンに知名度がないと、お客さんもあまり頼まないでしょうし」

 シェリンさんが今度はラーメンの経営戦略を練っている。経営者って大変なんだな。客(アルドさん)の要望に応えて新メニューの開発をやったり、そのメニューの採算が取れるように色々と考えたり。やる事がいっぱいだ。

「なら一度、屋台でもやって宣伝してみたらどうかしら?」

 この提案は母からだ。まあ屋台でなら、普段食べた事のない変わった食べ物も、一度食べてみるかって気になりやすいよな、確かに。むしろ屋台で買うなら変わり種の、普段は食べられないようなものの方が面白いって思ってる人もいそうだ。

「それなら8月22日に、街の創立祭があるわ。今年はシギちゃんとドモロくんが用事で、お祭り当日の手伝いができないっていうから、屋台を出すか迷っていたのだけど、やっぱりやった方が良さそうね。人手については、原因のアルドが手伝ってくれるかしら?」

 ちらり、と鋭い眼差しがシェリンさんからアルドさんに送られる。アルドさんはその眼差しの厳しさを物ともせず、鷹揚に頷いた。

「元々、祭りの日は店を休みにする予定だ。構わない」

「8月22日なら、まだ夏休み期間中ね。鴇矢も手伝ってあげられない? 貴方もラーメンをアルドさんに教えた張本人なのだし」

「あ、うん。そうだね。俺で良ければ手伝うよ」

 妙なところで連帯責任が発生した。でもまあ、手伝い自体は問題ない。俺が足を引っ張らずに、ちゃんと手伝いできるかどうかって不安はあるけど。


「いいの? トキヤくん。勿論、お手伝いしてもらえるならバイト代は払うわ」

「は、はい、頑張ります。その、人形も連れてきていいですか?」

 俺は咄嗟に、人形にも手伝ってもらって、手数を増やす作戦を思いつく。人形達がいてくれれば、俺にとって心強い。

「勿論それは構わないけど……、人形の分のバイト代は、同じだけは出せないけれど、良いの?」

(そういえば人形使いって、報酬で揉めやすいんだっけ)

 俺は別に金稼ぎの為に人形に手伝わせたいと思った訳じゃないのだけど、人形の分のバイト代を辞退していいものだろうか。なんとなく、シェリンさんは無料奉仕をさせる事に対して、とても厳しそうな雰囲気があるのだけど。

「はい。人形に手伝って貰えれば、単純作業なら人手になるかなってくらいなので。バイト代は別に」

「なら人形一体あたりにつき、バイト代を通常の半額で雇いたいわ。それで良ければ、当日は人形も全員連れてきてちょうだい」

 人形の分のバイト代は別になくても、と言い切る前に、逆にシェリンさんに言い切られた。可憐な見た目とは裏腹に、やはりそういう部分はきっちりしている人だった。


「はい、わかりました。……そういえば、カレンダーはあっちとこっちで同じなんですか? 日付の確認の為に、カレンダーを見せてもらってもいいですか?」

 ふと、日付が「8月22日」でも、それがお互いに共通なのか、疑問に思った。お互いの思っている日付の認識が微妙に違っていたりしたら、当日に約束をすっぽかす事になりかねない。なので一応、こちらのカレンダーを見せてもらって整合性を取りたい。

「あら、そういえばそうね? カレンダーならここにあるわ。確認してちょうだい。ここが今日の日付よ」

「鴇矢、あっちのカレンダーを持ってるの?」

 母が怪訝そうに俺を見る。比較するなら確かに、地球のカレンダーもないと分かりづらい。

「あ、持ってないや」

「なら、これを使うといいわ」

 母が鞄から、さっと小さなカレンダー付の手帳を出してくれた。常に持ち歩いているらしい。

 シェリンさんが指示したのは、食堂の壁に飾ってあったカレンダーだ。異世界言語で書かれていたので文字も数字も読めなかったけど、アルドさんとシギさんに翻訳してもらいながら、手帳のカレンダーと照らし合わせて確認してみると、内容に齟齬がない事がわかった。

「……あっちと同じみたいです。考えてみたら、違う星なのに重力も同じに感じるし、システムが一律なるように調整してるんですかね?」

 同じなら同じで、何故同じなのかという疑問も湧くが、そこは「システムが介在しているから」で一応の説明はつくのだ。

「そうなのね。そうかもしれないわ」




「それで、前日までの準備は食堂の面子で済ませられるけれど、22日は朝早くから夜遅くまで……具体的には朝の8時から夜の11時まで、丸一日、手伝いをお願いしたいのだけど、大丈夫かしら。お祭りの開催時間は朝9時から夜10時までなのだけど、準備と片付けの時間もあるから」

「それだけ長時間だと、休憩時間を確保する為の要員もいた方が良さそうだな。それならぼくも屋台を手伝おう。パーティメンバーのシシリーやツグミにも声をかけてみる」

 エルンくんがそう申し出てくれた。彼も彼なりに、兄の出した要望が大事になったのを気にしているのかもしれない。

(……て、あれ? ツグミって言った?)

 彼が挙げたパーティメンバーの名前に引っかかりを覚える。

「……エルンくん、そのツグミって、もしかして俺と同じ向こうの人? 本名は更科 鶫くん?」

「そうだ。知っているのか?」

 俺が半信半疑で問うと、エルンくんにあっさりと肯定された。

(うわ、本当に更科くんだったんだ)

 なんだかすごい偶然だな。更科くんはダンジョン街に知り合いが多いみたいだから、この街にだって知り合いがいても不思議じゃないけど、まさか彼のパーティメンバーがこの街の人で、更に俺の知り合いの弟さんだとは。

「学校の同級生で友達だよ。最近こっちの人とパーティを組んだって話は聞いてたんだけど、それってエルンくんの事だったんだね」

「そうか、トキヤはツグミの友人か。不思議な縁だな」


 そんなやり取りがあって、急遽、キセラの街の創立祭でラーメンの屋台を手伝う事が決定した。

 その後は残り時間目一杯まで、母の指導の下で、煮豚と煮卵の作成の細かい手順や、ラーメンの茹で方なんかの質疑応答に費やされた。

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