第71話 ラーメン試食会 前編
翌日の午前中、母に買い物メモを渡されて、試食会に必要な物資の買い出しに出掛けた。
ノリやメンマや醤油といった食品系はスーパーで。中華鍋やラーメン丼、蓮華、箸、菜箸、湯切りとかはホームセンターで。麺とスープの素は、近場で個人にも売ってくれる製麺所を事前に母が調べてくれていたので、その製麺所で。買い出しが大量だったから、インベントリが大活躍だ。
そして午後は、母を案内してキセラの街へ。食堂に行く前にアルドさんの武器屋に寄って、声をかける。
ラーメンを食堂で出す提案の発起人であるアルドさんも今回の話し合いにはぜひ参加したいそうで、アルドさんに食堂の裏口まで案内してもらう約束を事前に取り付けていたのだ。
裏口から入るのは、食堂が定休日だからだ。表から入ると営業中と勘違いして、他の客が入ってくるかもしれないとの事で。
「アルドさん、こんにちは」
「来たか。紹介する。この子は俺の弟のエルンだ」
そういって紹介された先には、アルドさんと良く似た見た目と雰囲気の少年がいた。髪は金色で、目は宝石みたいな紫色をしている。見た目の歳は俺と同じくらいかな。身長は俺より高い。物語から飛び出してきたような、凛々しい美形エルフだ。
「はじめまして。エルンと言う。この度は、兄が迷惑をかけてすまない」
初対面でぺこりと頭を下げられた。どうやら今回の話し合いがアルドさんの要望によるものだと知っている様子だ。
「はじめまして、鳴神 鴇矢です。こっちは俺の母です」
俺も自己紹介を返し、母を二人に紹介する。
「こんにちは、はじめまして。鴇矢の母の日多岐です。どうぞよろしくね」
母もにこやかな笑顔で頭を軽く下げて、二人に挨拶した。
「エルンさんも、今日の試食に参加するんですか?」
この時間帯にわざわざここにいるって事は、多分そうだと思うけど。
「そうだ。兄上が試食に託けてラーメンを食べ過ぎないよう、見張りにな。……トキヤといったか。見たところ同じくらいの年頃のようだし、敬語はいらないぞ。さん付けもいらない」
きっぱりと言い切られた。
「あ、うん。じゃあそうするよ。エルンくん」
同じくらいの歳頃に見えると思ったら、彼は実際にまだ若いらしい。俺はそういう事ならと敬語を止めて、今後は彼を「エルンくん」と呼ぶ事にした。
「はじめまして、鴇矢の母の日多岐です。今日はよろしくね」
武器屋から場所を移動して、裏口から入った食堂で、母が微笑んで挨拶する。ここからは、実際に作り方を教える母が主体だ。
「この店の店主のジジムだ。今日はよろしく頼む」
ジジムさんが名を告げて、手短に挨拶した。
「ジジムの妻のシェリンです。この度は、わざわざご足労いただいて申し訳ないです。本日はよろしくお願いします。この子達はうちで働いてもらってる従業員の、ドモロくんとシギちゃんです」
シェリンさんは深々と頭を下げて挨拶する。続けて従業員の紹介もしてくれた。
「ドモロです。よろしくお願いします」
一人は黒い肌に青色の短髪、金色の目が三つ、……額にも目がある種族の男性だった。見た目の年齢は20代前半くらいで、身長は180センチほど。しなやかな細身の筋肉のついた体型と、爽やかな笑顔が似合うイケメンだ。シェリンさんに紹介されたのに合わせて、ぺこりと頭を下げて挨拶する。
「シギです。よろしくお願いします」
もう一人は真っ白な肌に、真っ白なサラサラストレートの髪をボブカットにして、赤い目をした、頭に二本の角を生やした女性だった。種族は鬼人でアルビノかな? 見た目の年齢は17~19くらいで、身長は170センチ前後。睫毛の密度が濃くて長くて、整った顔立ちをしている。こちらもシェリンさんの紹介に合わせて、ぺこりと頭を下げて挨拶する。
「はじめまして」と、俺と母は二人に挨拶を返す。俺は昨日、二人がここで働いている姿をちらっと見ているけど、自己紹介したのは今日が初めてなので、初めましてで良いよな。
「シェリンさん、敬語はなくていいわ。普通に話してちょうだい。それとさっそくだけど、厨房を使わせてもらっていいかしら? 試食用にラーメンとトッピング具材を用意してきたの。レシピを教えるにしても、味が気に入らなければそれまででしょ? まずは食べてみないとね」
母がテキパキと話を進めて場を仕切った。時間が3時間程しかないから、のんびり話をしている暇はないと判断したのだろう。
「わかったわ、ヒタキさん。普通に話させてもらうわね。勿論、厨房は自由に使ってちょうだい。それと試食の準備は、ぜひ私も手伝わせて」
キリッとした表情になって、シェリンさんが申し出る。
「ええ、お願いするわ」
母とシェリンさんは一気に意気投合したみたいで、二人で頷き合って厨房へ入っていった。
(主婦同士、何か通じるものでもあるのかな?)
初対面なのに、あまりにも分かり合ってる感じだった。
「俺も行こう」
ジジムさんもその後を追う。料理人としては、試食品の作成過程が気になるようだ。
「厨房で俺達が手伝える事はなさそうだな。試食ができあがるのを待とう」
アルドさんはカウンターの椅子に座って、早くも試食待ちをしている。エルンくんが肩を竦めて、無言でその隣に座った。
「鴇矢、インベントリの中の荷物を出してちょうだい」
「あ、そっか。今行く」
俺は母に呼ばれて、持ってきた荷物を出しに厨房に入った。煮卵や煮豚といった試食用の食べ物の殆どは母のインベントリに入っているけど、午前中に買い物に行った分は、そのまま俺のインベントリに入っているんだった。
従業員のドモロさんとシギさんも、俺の出した荷物の仕分けの手伝いに、厨房に入ってきた。
個人経営の食堂の厨房は、6人も人が入るといっぱいだ。動く場所に困る。普段は多分、2人くらいが厨房で、残りは配膳で動いてるんだろう。
荷物をすべて出した後は、俺は邪魔になるだけなので、おとなしくカウンターの方へ退散した。
厨房がにわかに活気づく中、シギさんが試食待ちの面々に、お茶を入れて持ってきてくれた。俺達はお茶を飲みながら、試食品が出来上がるのを待つ。
試食用のラーメンはどれも半盛りで2種類、醤油と味噌が用意されている。試食はまずは醤油ラーメンからのようだ。
俺が買ってきたラーメン丼や蓮華などは、ホームセンターの安ものだけど、数は10セットある。それ以上の数が欲しい場合は改めて宅配で頼んでもらえばいいのだから、今回は試食に必要そうな数だけ用意したのだ。
試食としてまず出てきた醤油ラーメンには、煮卵半分と煮豚の厚切り一切れ、メンマ、ネギ、ノリ、ワカメが具材として乗っていた。さっそく店内にいる全員で試食開始だ。熱々のラーメンが食べられると、特にアルドさんが、表情はあまり動かないながらも嬉しそうな雰囲気を醸し出している。
「む。美味い。この上に乗っている肉が特に美味い」
ジジムさんが気に入ったのは煮豚だった。母の手作りの煮豚は、たしかにとても柔らかく、肉がほろほろと解けるようだ。味も醤油ベースで、醤油味のラーメンには特に合う。
「この味のついた卵もいいわね。中がとろりとして、ラーメンに合うわ」
シェリンさんが気に入ったのは煮卵のようだ。外側は茶色く色づいて、味もしっかりしみ込んでいるのに、中の黄身は半熟でとろりとしている。この半熟の黄身の部分をスープと混ぜ合わせて食べるのが美味しいのだ。
「熱々のラーメンは、やはり格別……」
アルドさんは、もはや感涙しそうな有様だ。一心不乱にできたてのラーメンを啜っている。
「確かに美味しいが……」
エルンくんは、納得がいかぬ顔と美味しいという感情が半々かな。多分、美味しいとは思うけど、一日に何回も食べたくなる程嵌まるようなものか? という疑問があるんだと思う。兄の悪影響で、素直に味を認められない部分があるのだろう。
(ラーメンは、一日に何回も食べるものじゃないと思うよ……)
「スープが独特の味わいですね」
醤油スープを一口飲んで、「とても奥深い味わいです」と、評するのはドモロさん。
「私、これ、すごく好きです。この食堂で出せるようになると嬉しいです」
シギさんが顔を輝かせた。どうやら口に合ったらしい。そんなシギさんの様子に、「そうだろう、そうだろう」と、何故か作った人より得意げなアルドさん。
こうして、一品目の醤油ラーメンの方の試食は、好評を博して滞りなく終わった。
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