第70話 食堂で店主夫婦と顔合わせ

 母にラーメンの相談を快諾してもらったので、俺は今後の予定を詰めに、もう一度キセラの街に戻ってきた。武器屋にて、アルドさんに母が承諾してくれた話をする。アルドさんは俺の話を聞いて、すぐに店の入り口に向かった。


「食堂へ行って聞いてみる。行くぞ」

「え? あの、お店は!?」

「鍵をかけておけば問題ない」

 店の入り口に鍵をかけ、ドアノブに引っ掛けてある札をひっくり返す。これで一時閉店中となる。でも定休日でもないのに、こんな突発的に休みを入れていいのだろうか。この辺は個人経営の店だからか、対応が大らかだな。

 速足で先を行くアルドさんを追いかける。目的地はすぐだった。まあ最初から近所の食堂に頼むって話だったから、近くなのはわかってたけど。

 同じ北西通りにある食堂は、武器屋から徒歩3分くらいの距離にあった。

 俺はここの食堂には入った事がない。これまでは特に外食する必要もなかったし。この前更科くんの案内で入ったオルブの街の食堂が、ダンジョン街で初めて入った食堂である。



「ジジム、シェリン、今いいか」

 アルドさんが食堂に入っていくので、お俺も後をついていく。

 店内には木の椅子とテーブルが六つと、カウンターがあった。午後を1時間ちょっと過ぎたところで、お客さんは満員近くまで入っている。従業員らしい男女が二名、エプロンと三角巾をつけて、注文を受けたり料理を運んだりしているし、今はまだ忙しい時なんじゃないかな。

 もっと後で客が減った頃に出直した方が良いんじゃないかと、ハラハラしながら成り行きを見守る。

「どうした、アルド」

 のっそり店内の奥の厨房から出てきたのは、2メートル前後の身長の、大柄で筋肉ムキムキな男の人だった。白い調理服にコック帽の装いなのに、戦士のような迫力を感じる。

 髪は癖のある赤毛で、目は榛色。小麦色の肌で、耳が上に向かって尖っている。尖った耳とはいってもエルフのような笹穂耳ではなく、悪魔っぽい尖り方だ。でも角とか翼とかはないから、悪魔ではなさそう。俺の知らない種族なのかも。


「ラーメンの相談に乗ってくれる相手を見つけた」

「おお、あの麺の話か」

 既に食堂の人には、ある程度話は通っているようだ。アルドさんがそこで俺に顔を向ける。

「俺にラーメンの存在を教えてくれた常連客だ。トキヤ、こっちはここの食堂の店主のジジムだ」

「はじめまして、鳴神 鴇矢です」

 アルドさんの紹介に合わせて、頭を下げて自己紹介する。

「オレはジジムだ。そうか、ラーメンは向こうの食いもんだって話だったな。アルドの要望だし、なんとか店で出せるモンになればいいんだが。中途半端なモンは出したくない。助言があれば助かる」

 職人気質の人なのか、筋肉で盛り上がった太い腕を組んで難しい顔をしている。どうやら単価だけでなく、味の方も改善したいようだ。


「あなた、新しい注文が入ったわよ」

「おう、今行く。シェリン、俺の代わりに話を聞いてやってくれ」

 ジジムさんは自己紹介を終えた途端、忙しそうに厨房に戻っていく。どうやら調理担当はジジムさんらしい。代わりにやってきたのは、ジジムさんと同じ小麦色の肌に尖った耳をした小柄な女性だった。髪と目の色もジジムさんと似ている。強いて言えばこちらの女性の方が、髪の色がオレンジがかった赤毛かな。ふんわりカールした髪を後ろで三つ編みにして、エプロンと三角巾をつけている。

 見た目の印象では父娘か兄妹っぽいけど、さっきジジムさんの事を「あなた」って呼んでたから、夫婦なのだろう。

 その女性がジジムさんと入れ替わりにこちらにやってきて俺を見る。ぱっちりとした大きな目で背丈が小柄なのもあって、知らなければ人妻とは思わないような可憐な雰囲気の人だ。


「あたしはシェリン。ジジムの妻よ。アルドが来たって事は、ラーメンの話よね?」

 やはり夫婦だった。同じ種族だから見た目が似てるだけのようだ。

「初めまして、鳴神 鴇矢です。忙しい時間帯にすみません。俺の母が調理師免許持ちで、単価を安くする相談に乗ってくれると言ってました。今日はその話し合いの日時が何時がいいか、予定を聞きにきました」

 今の時間帯に長話をするのは迷惑だろう。俺はできるだけ迅速に用件を話し終えようと、シェリンさんとの話に集中した。

「そう、悪いわね。わざわざ時間を取ってもらって。お母さんにもよろしくね」

「はい。それで、母は明日以降の午後3時から6時の間と、夜の9時から11時の間のどちらかで、都合の良い日付けを指定して欲しいとの事です」

 母はこの話をした直後にはもう、試食用の煮卵や煮豚の作成に取り掛かっていたから、できれば数日以内の方が良いのだろうけど、食堂は客商売なのだし、無理は言えない。どうなのだろうと窺っていると、シェリンさんはすぐに頷いた。

「それなら、明日の午後3時から6時の間でいいかしら? 明日は定休日だからちょうど良いわ」

「ではそれで予定を組みます」

 俺はホッと息をついた。明日なら、母が現在作成中の試食用の食べ物も、無駄にならないで済むだろう。


「明日は俺も参加する」

 アルドさんが意気込んで参加を表明した。

「そう言うと思ったわ」

 シェリンさんが軽く肩を竦めて答える。アルドさんのラーメン中毒っぷりは、どうやら彼女にとって既知のもののようだ。

「最近、食堂に来る回数が少し減っていたと思ったら、突然、「ラーメンをこの店で作れないか」だもの。アルドは元々麺好きだけど、今回の嵌まりっぷりは尋常じゃないわね」

 シェリンさんが呆れたように言った時、後ろで店の扉が開いて、新たな客が入ってきた。まだまだ食堂は繁盛の真っ盛りのようだ。

「お忙しいようですし、俺はこれで失礼します。また明日、母と一緒に改めて伺います」

 俺は早々に退散する事にした。だがシェリンさんに慌てて呼び止められる。

「待って。明日、何かこちらで用意した方がいいものってあるかしら?」

 シェリンさんに呼び止められて考える。母は母で色々と準備していた。こちらであらかじめ準備してもらうものってなんだろう。麺と煮卵と煮豚以外か……野菜とか肉とかかな?

 母にもっと詳細を聞いてから来れば良かった。てっきり明日の話し合いで必要なものを話すのかと思ってた。

「ラーメンに乗せる野菜や肉があれば、使うかもしれません。でも母は、麺も具材も一通り、見本を持ってくるように準備していたので、明日は試食と話し合いが中心になると思います」

 別に何も用意してなくても、母が準備したものを試食して話し合いでも問題ないと思う。もしあれば新たに試食品を作れて便利かなと思えるのは、野菜と肉くらいだろうか。


「野菜やお肉って、種類はなんでもいいの?」

 聞かれて思う。袋のラーメンで一般的なのって、味噌味と醤油味かな?

 味噌ラーメンの場合は、上にモヤシ、キャベツ、玉ねぎ、ニラ、ニンジンといった野菜類と豚肉の炒め物を乗せる場合が多い気がする。あとは好みによって、コーンやバター?

 醤油ラーメンの場合は、ノリやワカメ、コーン、メンマかな。この辺り、店や個人によって違うし、正解はそれぞれで変わると思う。

「なくても良いと思いますけど、ネギ、モヤシ、キャベツ、玉ねぎ、ニラ、ニンジン、ワカメ、ノリ、コーン、メンマ、豚肉とかでしょうか」

 思いついたものを適当に並べてみる。俺が今思いついたものでいいのかどうか不安だけど。

「え、待って。ネギ、モヤシ、キャベツ、玉ねぎ、ニラ、ニンジン、ワカメ、コーン、豚肉はうちでも用意できるわ。でも、ノリっていう食べ物とメンマって食べ物は、うちではすぐに用意できないわ。多分、そちらの固有食品なのよね。こちらには同じものがないと思うわ」

 シェリンさんにちょっと焦った表情で言われた。考えてみたら、ノリは日本食でメンマは中国固有の食品だったかも。そもそもこちらには、あるかどうかもわからない代物だった。


「あ、すみません。すぐに用意できるものだけでいいです。ノリとメンマは、明日見本を持ってきます。ラーメンに乗せた方がいいと判断したら、日本から宅配してもらえば良いかと」

「そう、じゃあその食品についてはお願いするわ。お支払いはどうしたらいいかしら」

「え。……支払いは、考えてませんでした」

 仕事という認識がなかったので、完全にボランティアのつもりだった。どうしたらいいのかとアルドさんを振り返る。

「……支払いに関しては明日、トキヤの母と話し合えばいいのではないか?」

 アルドさんは少し考える素振りの後でそう言った。俺じゃ頼りにならなくてすみません。

「そうね、ならそうするわ。引き止めちゃってごめんなさいね」

「いえ、母に支払いが必要かどうか聞いてみます」

 これで良かったのかいまいち不安だが、とりあえず話し合いの予定は明日に決まった。

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