第69話 ラーメンと単価の話

 夏休み初日となる今日から開始したウシとの戦闘は、順調すぎてちょっと怖いくらいだった。

 順調すぎて調子が狂うような気分になったので、気持ちを切り替える為にも、お昼に一旦戦闘を切り上げた。

(順調なのは良い事だ。怪我がないのも、安全に狩りができるのも良い事だし。うーん、……これまでわりと、層を降りる度にギリギリな戦闘になる事が多かったから、今までと違い過ぎて、調子が狂ったのかな)

 どちらにしろ、先に進むペースを遅らせて、じっくりレベル上げをすると決めたのだ。楽勝だからと逸って10層に進むなんて選択肢はない。ここからは安全を確保しつつ、どれだけ効率良くウシをたくさん狩れるかに注力する方向に切り替えよう。

 昼食のついでに、ウシからドロップした牛肉の一部を、家での消費用に冷蔵庫に保管しておく。冷蔵庫に入れておけば、母が美味しい料理にしてくれる。羊肉もそうだけど、牛肉もご馳走だ。家族で牛肉嫌いな人はいない。ちょっと多めに家用に確保しておいても良さそうだ。


 昼食を終えて、午後からは山吹用に柄の長いバトルアックスを買う為、山吹と紫苑を連れて武器屋へ行く。すると、アルドさんから、「少し相談したいのだが、良いか?」と切り出された。

(食べ物の宅配の話かな?)

「俺でわかる事ならいいんですけど」

 以前も日本食の出前でどれがお勧めか聞かれたし、その辺りの話だろうと思って気軽に頷く。




「実は、ラーメンが非常に気に入ってな」

 とても真剣な表情のわりには、相談の内容はやはり食べ物絡みだった。

「あ、はい。気に入ってもらえて良かったです」

 深刻な内容じゃない事に安心する。まあ以前、食べ物絡みで色々あったりしたけども。何故か地球の各国の裏事情を聞かされたりとかさ。


「だが一日一食までにしろと、弟に止められた」

 悲痛な表情で、アルドさんがため息を吐く。

「……それは、弟さんの方が正しいかと。同じものばかり食べてると、栄養が偏りますし」

 もし一日に何食もラーメンを食べたいっていう相談なら、俺も止める側に回ると思う。ラーメンばかり食べるのは、流石に体に悪そうだ。野菜不足と油分や塩分の摂り過ぎで。

 だがアルドさんの話は、まだ続いていた。

「それで、一日一回だけに制限されるとなると、よりラーメンの出来に拘りたくなってな。出前のラーメンばかりでなく、出来立て熱々のラーメンを食べれるようにならないかと思うようになったのだ。そこで、近所の食堂に相談した」

「……すごい熱意ですね」

(あれーっ? ラーメン中毒になってるー!?)

 元々麺が好物だという自己申告は聞いていたが、アルドさんがここまでラーメンに嵌まるとは。

 でも気持ちはわかる。ラーメンは出来立て熱々の方が美味しい。出前だとどうしても、作られてから食べるまでに5分以上は時間が経ってしまうだろうし。

(ラーメンはやっぱり、出来てすぐに食べるのが一番だよな)

 こればかりは、俺もアルドさんの気持ちが理解できる。


「宅配のメニューの中には、袋に入った生のラーメンとスープのセットもあった。上に乗せる具材も、個別に売っていた。作り方も袋に書いてあったから、作成も可能だった。それを持って食堂に相談に行ったのだ。その結果、出前のようにたくさんのスープの種類を揃える事は無理でも、1、2種類ならば提供は不可能ではないと言われた」

 そういえば、家庭用に袋入りの生ラーメンもスーパーなどで売っているのだ。それらを使えば、こちらでも出来立てを作る事は可能なのか。宅配の商品メニューにはスーパーの品もあったし、ラーメンに必要な品も一通り揃えられたのだろう。

「おお、それではこちらでも、出来立てが食べられるんですか?」

 それなら何の問題もないのでは、と思いながら相槌を打つと、アルドさんは悲し気に首を横に振って、それを否定した。

「だが、食堂で出すには単価が高くなりすぎると言われた。せめて、上に乗せる具材を自作して単価を抑えられないと、食堂で出すには不向きだと」


 どうやらここからが今回の問題であり、相談内容であるようだ。

 材料すべてを地球からの宅配商品で賄えば、ラーメン自体は作れる。しかし単価が高くなりすぎて、食堂で提供するには向かない、と。

「なるほど、出来合いの具材ばかりだと、値段が高くなりすぎるんですね」

 食堂で商品として提供する場合、味も勿論、値段も大事だろう。あまり原価が高いものは採算が取れないだろうし、いくら客(アルドさん)からの要望とはいえ、ラーメンだけを他の品より高い値段で提供するのも宜しくなさそうだ。

 単価を下げる方法があるか、まず検討するというのは理解できる。


「それで、上に乗せる具材の内、食堂で自作可能なものはあるか。その場合、レシピはどうすれば手に入るのかを聞けないかと思ってな」

 アルドさんの相談内容は、確かに地球出身……正確には日本出身者でなければ、相談に乗るのが難しいものだった。ラーメン自体は中国発祥の食べ物とはいえ、日本式のラーメンは魔改造されて、最早完全に別物となっている。

 トッピングの具材もそうだ。煮卵や煮豚あるいは焼き豚などは、日本の調味料である醤油系の味付けのものが多いと思う。食堂で自作するにしても、レシピを用意した上で調味料を輸入しないと、同じものは作れないだろう。


(そういう事なら、母さんに相談かな?)

 母は調理師免許を持っているだけあって料理上手で、家でラーメンを作る際も、上に乗せる具材はほぼ手作りだ。調味料の種類も、母に相談すればどれを宅配で頼めば良いか教えてくれるだろう。

「俺の母がそういうのに詳しいので、相談してみます」

「ふむ、そうなのか。できれば一度、食堂の者と直接話してみて欲しいのだが。食材やレシピについては、俺ではわからない事が多いのでな」

 アルドさんは食べる方専門らしい。俺も料理は殆どできない。料理できない俺とアルドさんが間にメッセンジャーとして立っても、相談する方もされる方もじれったく感じそうだ。それなら確かに、一度直接会って話し合ってもらった方が効率は良さそうだ。


「それも聞いてみます。でも、食堂の人だと忙しそうですよね。母と予定が合えば良いんですが。……とりあえず、母に相談してみますね」

 母は料理教室の助手以外は外で働いていないので、その時間帯以外なら、わりと融通が利くと思う。でもなにもかも、まずは母に相談して、協力を了承してもらえたらの話だ。


「それで、今日の用事は?」

 アルドさんが本来の用事に話を戻す。また、食べ物関係で長話になってしまった。

「あ、はい。山吹用の斧を、柄の長いバトルアックスにできないかと思いまして。本人も使えると自信ありげです。紅にも長槍にするか聞いてみたんですが、今はいいみたいです」

 山吹の武器を変更すると決めた後、ふと思いついて紅にも、もっと柄の長い槍に変更するか聞いてみたのだ。だけどそれは首を横に振られて断られている。柄が長い方がリーチがあって有利じゃないかと思ったんだけど、本人はそれを望んでいないようだ。

「あまり柄が長いと、取り回ししにくいからな。今の長さが合っているなら、無理に長柄にする必要はない」

 話を聞いたアルドさんも、紅の槍は替える必要はないとの判断だった。

「そういうものなんですね」

 俺も一時期は槍を使っていたけど、あれより長柄の槍は使った事がない。長柄に替えるとどれくらい使い勝手が変わるのか判断がつかない。なので紅本人と武器屋の店主であるアルドさんがそう言うなら、そういうものなのだと納得しておく。無理に変更を迫るつもりはない。本人の意思を優先だ。





 山吹の武器を新しくして、古い武器は引き取ってもらった。古い武器の殆どはアルドさんに引き取ってもらって、使えないものは処分してもらったり、一部使えそうなものは、原料に戻して打ち直しに使ってもらったりしている。

 部屋の容量的にも、古い武器を全部取っておく場所はないのだ。まだ使える短剣なんかは、新しい人形の為に取っておいてあるものもあるけど。


 そうして家に帰ってから、母にアルドさんから持ち掛けられた相談の話をする。


「……そんな訳で、知り合いの武器屋さんの近所の食堂に、ラーメンの上に乗せるトッピングのレシピを教えて欲しいって話なんだけど……母さんの都合はどうかな? 話を受けても構わない?」

 俺がざっと事情を説明して相談したところ、母は小首を傾げて数秒考えこんだ。

「そうね、鴇矢がお世話になっている人なら、私も協力してあげたいわ。食堂の人と話すとなると、相手の都合もあるだろうし、明日以降の、午後の3時から6時か、夜の8時から11時のどちらかで、都合の良い時間を聞いてきてもらえる? その時間帯なら私も予定を空けられるわ。それと私は今日のうちに、煮卵と煮豚を仕込んでおくわね。レシピを渡すにしても、試食する分があった方がいいでしょうから。それに麺も製麺所から直接仕入れた方が、単価は安いはずよ。それも見本があった方がいいわよね。胡椒はあちらにもあるはずだから、あとは七味と……」

 どうやら無事に相談に乗ってもらえそうだ。母は話の途中から、さっそくとばかりにキッチンに立って、料理を始めようとしている。仕事が早い。

 まず冷蔵庫の材料を見て、家にある量では試食を作るのには足りないと判断したらしく、「ちょっと卵とか豚肉を買い物に行ってこようかしら」と母が言う。それなら俺はアルドさんともう一度、今後の予定について話し合ってこよう。


「ありがとう、母さん。俺、これからもう一度街まで行って、食堂の人の都合を聞いてくるよ」

 俺は街まで取って返す事にした。こういう時、ゲートひとつであちらに行き来できるのは、本当に便利だ。……まあその分、通話やメールでの連絡は取れないんだけどさ。

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