第68話 夏休み開始と9層のウシに挑戦
期末テストも終わって、ついに夏休みが開始した。俺は今日から9層のウシに挑む予定だ。8層のヒツジでだいぶ長い期間レベル上げしてきたから大丈夫だと思うけど、緊張するな。
9層のゲートを出る。8層までと同じような草原フィールドだ。石柱があるのも同じ。
ところどころに生えている木に生っている果物はサクランボだった。
(あ、やっと俺の好物がきた! あとで収穫していこう)
サクランボは好きなので、地味に嬉しい。サクランボの生っている木は丈がそれほど高くないから、収穫もしやすそうだ。
まず花琳を呼び出して「干し草の守り」をかけてもらう。衝撃を吸収して緩和してくれる緑魔法だ。これでもしウシに突撃されたとしても、少しは衝撃を肩代わりしてもらえるはず。この魔法は一定時間ごとにかけ直さないといけない。忘れないようにしないと。
(さて、ウシは単体行動なんだよな)
斥候である黒檀と手分けして、気配察知系のスキルで敵を探す。少し歩き回ると反応があった。
屈んでそっと相手を観察する。敵はこちらに気づいていない。気配察知系のスキルは持っていないようだ。
大きさはこれまで戦ってきたどのモンスターよりもずっと大きい。
牧場とかで見られるような普通の牛とはまったく違う。闘牛かと思われるくらい体格が良くて、迫力がある。見た感じの印象だけど、多分余裕で一トンを超えている。
「青藍、山吹、大盾を出すぞ」
持ち歩くには重いからインベントリにしまっていた大盾を、二人に手伝ってもらって取り出す。二人が長方形の大盾の下の部分に付属した鋭い止めを地面に刺して構えたのを見て、他のみんなを見渡す。全員、戦闘準備は良さそうだ。
「紫苑、あのウシをこっちにおびき寄せるのに、矢を射てくれ。途中でまず、花琳の蔦で足止めできるか確かめてみる」
あのウシの立派な体格を見ると、花琳の蔦で足止めできるのか、不安になる。あっさりと引き千切られる可能性もありそうだ。
その場合、青藍と山吹の大盾頼りになるか、それでも吹き飛ばされる場合は石躁のストーンウォールか、もしくは土操作による落とし穴の出番になる。
できれば青藍と山吹の二人のところで止めて欲しいとは思う。石躁だって戦闘ごとに呼び出せる訳じゃないから。
「ブオォォオ!!」
紫苑の矢は見事にウシの背中に刺さった。その痛みで攻撃されたと気づいたウシが、重低音の威嚇の鳴き声を上げる。腹の底に響くような鳴き声だ。
その後こちらを視認して、後ろ足で地面を掻く仕草をする。
「! 突撃してきた!」
草原の草ごと土を跳ね上げて、こちらに向かって真っすぐに突撃を開始した。ウシの走った後には土埃が舞い、蹄の駆ける振動はまるで地響きのようだ。
(すごい迫力だな)
「花琳召喚、あのウシに蔦の戒めを!」
ある程度、スピードに乗ってきたところを見計らって花琳を召喚し、予定通り、ウシの後ろ足に蔦を巻き付けて行動を阻害してもらう。
ウシの重量と突撃の勢いに耐えられず蔦は引き千切られたが、同時にウシも蔦によってバランスを崩して、勢い良く横倒しになった。ズドオォン、と重い音と衝撃が草原に響き渡る。
「っ! 今だ! みんな攻撃! 青藍と山吹も盾を放して攻撃参加!」
このチャンスを逃すまいと、全員一斉に攻勢に出る。俺も指示を出した後はクロスボウを撃って参加した。
筋肉で盛り上がって見るからに硬い体だ。紅の槍の攻撃もあまり深くには刺さらないようだ。それでも各自が攻撃に専念する。ウシは必死に体を起こそうともがくが、横倒しになった際に脚を痛めたのか、体を起こせずにいる。俺達は全員で猛攻を仕掛け続けた。
「やったっ、倒せた!!」
山吹の斧の一撃が止めとなって、ウシは無事に撃破できた。
今回、山吹の斧による重い攻撃が、特にウシに大きなダメージを与えていたように思う。
攻撃力の特に強い山吹が存分に力を振るった結果、ウシは立ち上がる事ができずに命を落とし、姿を消した。
落としたのはコアクリスタルと牛肉の塊だ。一回目から肉がドロップするとは運がいい。
「みんな、良くやった! 最高の出だしだな!」
俺はみんなを見渡して存分に人形達の働きを褒め称えた。とても初挑戦とは思えないような、鮮やかな手並みだったと思う。
(そろそろ山吹の斧も、柄の長いバトルアックに変更してもいいかもな)
山吹の武器を変更すればその分だけ威力も上がるし、リーチが長くなる分だけ戦いやすくなるだろう。そうすればもっと戦いやすくなるはずだ。
「山吹、今より柄が長い斧でも持てそうか?」
俺が訊ねると、山吹は自信ありげに大きく頷く。それならここは武器変更だな。
「よし、今日もう何戦かしたら、武器屋に行こう」
とりあえず、まずは一戦目クリアだ。この後もパターンをいくつか試しながら、どんどんウシと戦っていこう。
その後、石躁による落とし穴に嵌めて攻撃する作戦もうまくいったし、炎珠のファイヤージャベリンで先にダメージを与えてから青藍と山吹の大盾で抑え込んで攻撃するパターンも順調にうまくいった。
(ヒツジでレベルを上げる期間が長すぎたとか? 順調すぎて呆気ないくらいなんだけど)
あまりにも順調すぎて呆然とする。だけどそこで油断すると大怪我だ。ウシの突撃力は本当にすごい迫力で、青藍と山吹が二人がかりで押さえる大盾ごと、地面を擦りながら後退させられるくらいなのだ。
大盾が後退させられた距離の分は草が剥がれ、土が剥き出しになっている。どれだけの威力があれば、こんなふうになるのか。これを生身で受ければ絶対に無事じゃ済まない。
その後も休憩を挟みつつ、戦闘を繰り返していく。
特に俺は突撃を受けないよう、細心の注意を払った。
5匹、10匹と、戦闘の数を重ねていく。
レアドロップの鉄の塊も、氣力回復薬ポーションもドロップした。鉄の塊は銅の塊より大きい。確か、値段の単価は銅の方が高いんだっけ。その分鉄の量を盛ってるのかな。
ウシは単体行動の上に、周囲で大きな音がしても寄ってこない性質らしい。戦闘は常に一体ずつで、何の問題もないままだ。
油断してはいけないと思う一方で、拍子抜けの思いもする。もっと苦戦すると予想していたのに、あまりにも順調すぎるスタートだった。
「今日は一旦ここで切って、この後、山吹用のバトルアックスを買いに行こうか」
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