第66話 オルブの街で友達と過ごす一日  前編

 今日は水中訓練と友達との浜遊びの日だ。

 予定では午前中は浜辺で遊びながら水泳の練習をして、お昼は地元の食堂で外食、午後には様子見で水中戦闘訓練施設に行ってみる、という内容になっている。

 友達と海水欲に行くと決まった日の夜に家族にそれを話したら、またまた家族みんなに大げさに感激されてしまった。

 母には全員分のお弁当を作ろうかと提案されたけど、既に外食をする予定を組んでいたので、申し訳ないけど断った。

(普段家で食べてばかりで外で食べる機会がないから、偶には外食もいいと思う)

 昼食の食堂は、更科くんがオルブの街でのお勧めのお店に案内してくれるという。ブログで食べ歩きの成果を掲載しているだけあって、彼はそういうのにとても詳しいのだ。



 オルブの街の東口ゲート付近が待ち合わせ場所として更科くんに指定された場所だ。空気がからっと乾燥していて気温が高く、空が真っ青で、遠くに見える海もすごく綺麗だった。まさに南国リゾートって雰囲気だ。

 この街には初めて来る。同じダンジョン街って括りでも、キセラの街とは雰囲気が違う。ゲートも鮮やかな赤で塗られた大きな木製の門だ。

 ゲートのある公園は敷地が広く、その殆どが緑と花に覆われていた。ヤシの木とかハイビスカスの赤い花とか、名前も知らない植物とか。全体的に南国風。

 通りは細かい白色系の細かい砂利が敷かれていて、通路以外の場所は丈の短い草が生えている。

 公園内のところどころに四阿が設置してあって、適度に日陰を作っている。直射日光と暑さが厳しいので、その対策だろう。

 そういえば、ダンジョン街ではみんな徒歩で、自動車や自転車は勿論、馬車や台車なんかも見かけない。だから通路が砂利敷でも問題ないのだろう。

(病気や怪我はポーション治療、荷物はインベントリやアイテムボックスで運搬、遠くへの移動はゲート使用が前提なのかな)

 街の住人らしき異種族の人達はみんな、大きな荷物を持ち歩いていない。身軽で軽装だ。露出度が高いのは、ここの街の気温が高いせいだろうけど。

 馬車は見かけないけど、普通の動物や幻獣なんかを連れて散歩してる人は偶に見かける。

 周囲の建物はペンキを塗った木製の建物が多めだ。大体、どの建物もカラフルな色をしている。壁がカラフルな分、屋根の色は少し落ち着いた色が多めかな。


 ゲートの周囲を見渡して観察していると、待ち合わせ時間より10分前くらいだったけど、雪乃崎くんがもう来ているのを発見した。他の人の通行の邪魔にならないように端に寄っていたようだ。

「おはよう雪乃崎くん、早いね」

「おはよう鳴神くん」

 そちらに小走りに駆け寄って挨拶を交わす。

「親に海水浴の話をしたら、随分安心されたよ」

 雪乃崎くんが苦笑しつつそう言う。

 彼の両親は以前はダンジョン反対派だったけど、息子である彼の決死の説得でダンジョン攻略を認めるようになったという経緯がある。今はもう息子がダンジョン攻略する事自体は反対していないものの、それでもそればかりに熱中しているのではと、心配はしているようだ。

「俺も喜ばれたよ。……やっぱり少しはダンジョン攻略以外でも、友達と出掛けた方がいいのかな」

「うーん、今回みたいに訓練も兼ねてるならともかく、僕はもう少しダンジョンに集中したい気持ちもあるんだけどね」

 彼の場合、長年親に反対されてダンジョンへ行けなかった分、鬱憤が溜まっているのもあるんだろうな。その反動でダンジョン攻略に夢中になっているんだと思う。

「焦り過ぎるのも危ないと思うよ? 俺もこの前、ヒツジの電撃で気絶したし」

「そうだね。7層のイヌは連携してくるし、数が多いから手古摺ってて、気が焦っちゃってたみたいだ。もっと慎重に行くよう気を付けるよ」


「おはよう。もう来ていたのか」

 早渡海くんが待ち合わせ時間5分前くらいに到着し、ほぼ間を置かずに更科くんもやってきた。

「おはようーっ、みんな早いねっ」

「早渡海くん、人形5体全部の硬質化、取れたんだね」

 彼の連れている人形達の表面が金属質になっていて、無事に硬質化を入手できたのだと知る。

「ああ、おかげさまでな」

「二人の人形、随分大きくなったねっ。俺達より背が高くなった子もいるし。大きい人形が10体も揃うと壮観だねーっ」

 更科くんの言う通りだ。今日は訓練も兼ねているので、俺も早渡海くんも人形を全員連れてきているから、人が4人+人形が10人で全部で14人の大所帯となっている。しかも身長が180センチを超えた人形も複数いる。確かに壮観だ。


「オルブの街は入り江がΩの形になってて、西側が遊泳・海水浴区画、東側が訓練区画に分かれてるんだ。だから今日は東側ねっ」

 更科くんが先頭に立って道案内を務めてくれる。彼の指定が東口ゲートだったのも、目的地が東側だからだろう。

「昼前は海水浴なら、西側に向かわなくていいの?」

 隣を歩く雪乃崎くんが、不思議そうに訊ねた。

「今日はカミルと鳴神くんの人形も一緒だから、午前中も浜辺を一部貸切った方がいいかと思ってさ。訓練用の浜辺は、海水浴用に開放されてるところよりも入場料が高いけど、その分気兼ねなく遊べるからねっ。なんだったら、俺が昼前の分はみんな出してもいいよ」

「ダメだよ更科くん、そういうのはちゃんと全員で出さないと」

「そうだよ、ちゃんと4等分しよう」

「ツグミ、そういうのを軽々しく言うと、タチの悪い相手に集られるぞ」

 俺達が3人揃って更科くんの言葉を訂正する。金銭的なものはきちんと分けた方が良い。その方が気兼ねなく友達付き合いできる。

「そっか。気を付けるよ」

 更科くんはちょっとバツが悪そうな顔をして頷いた。

「料金は人形の分もかかるのか?」

 早渡海くんが問う。

「一区画でまとめて払うから、料金は人形がいても変わらないよー」

(それなら4等分で良いのかな?)

 人形が10体もいる分だけ広めの場所を借りるなら、その分を俺と早渡海くんで多めに出すべきかなと思ったけど、一区画の広さが最初から決まってるなら割り勘でいいか。



「東側の浜辺から少し離れたところが岩場になってて、そこで獲れる岩蟹が街の名産なんだっ。お昼はその岩蟹を乗せたパスタを食べようと思ってるんだけど、みんな蟹もパスタも食べれる?」

 蟹のパスタとか、聞くだけでも美味しそうだ。俺はアレルギーもないし、お昼が楽しみだ。

 更科くんの質問にみんな問題ないと頷いた。

「そこのパスタは絶品だよ。俺のブログでも紹介してるけど、蟹の身がどっさり入ってるし、なにより美味しいから!」

「カニ型モンスターが蟹を落とすの?」

「ううん、違うよ」

 モンスターが同型のドロップアイテムを素材として落とすのはよくあるから、その蟹もそうなのだと思ったら、更科くんに否定された。


「特殊ダンジョンの1層は、モンスターと普通の生物が半々くらいで生息してるんだよっ。だから岩蟹は、普通の生物の括りだね」

「え。つまり、ここで狩りしたら、動物の死体がそのまま残る場合もあるって事なの?」

 雪乃崎くんが困惑した表情で、更科くんに質問した。

(モンスターだと思って狩ったら普通の動物だったとか、人によってはダメージでかそうだな)

 ダンジョン内に普通の動物がいるパターンもあるんだよな。精霊ダンジョンや幻獣ダンジョンもそうだし。

「そうだよ。だから、血抜きや解体ができない人は、そもそも特殊ダンジョンの1層での狩りは避けてるってさ。モンスターと普通の動物の区別もつきにくいし、動物の場合はコアクリスタルも手に入らないし」

「そうだったんだ。僕も普通の動物は狩れないし、狩っても後始末に困りそうだから気を付けないと」

 雪乃崎くんが更科くんに、知らずに1層で狩りをしなくて済んで良かったとお礼を言った。

(特殊ダンジョンの1層は人が暮らす街がある場所として設定されてるから、モンスターだけじゃなくて普通の動物も混ざってるのかな?)

 でも、モンスターか動物かわからないで狩るのは、俺も避けたいところだ。実際に狩りをする前に情報集めを忘れないようにしないと。

「モンスターは一定時間でリポップするから減らないだろう。動物とモンスターの生態系が崩れたりはしないのか?」

 早渡海くんが更科くんに訊ねた。さっきの説明で疑問に思ったのだろう。

 言われてみれば確かに、最初こそ半々の割合でも、そのうち割合が崩れてモンスターだらけになってしまいそうだよな。

「なんか、ダンジョン内の動物は、一応動物分類だけど、モンスターと同じようにリポップするらしいよ? 繁殖もするし、ダンジョンによって数が調整されてるって話を聞いたよ」

「そうなのか」



 訓練用区画について、そこの管理用の建物で、半日分の料金をみんなで割り勘で支払う。管理施設に併設されている着替え場所で水着に着替えてから、割り当てられた区画へ向かう。

 白い砂浜が続く浜辺が、15メートル間隔で木で作られたパーテーションで仕切られていた。一区画が結構広く取られてる。

 更科くんによると、一般の有料海水浴場の方は仕切りがなく、レンタル器具貸家や海の家などの施設が充実しているそうだ。また、街からかなり離れた海辺は無料で使えるものの、海の家などはなく、ゴミを捨てたりすると、ステータスボードの功罪欄に記載されるとの事。(ゴミは放っておいてもダンジョンに吸収されるけど、不法投棄は犯罪行為だし、一時でも景観が損なわれるのはダメらしい)

 事故などで溺れ死ぬ心配もなく安全に遊べる分、ダンジョン街周辺の観光地は地球からの観光客が大勢訪れる事で結構な賑わいとなっており、街1のカシュムと街2のザディスパはオルブの街よりもっと人が多いそうだ。

 ちなみに街4のクォーシィは、観光客の数は少なめだが訓練施設も少ないとか。まだ作られて数年の街というのもあって、不便な面もあるらしい。それで街3のオルブを選んだそうだ。

 レンタルのビーチパラソルや浮き輪、飲み物や軽食なんかは、訓練区画でも借りたり買ったりできた。おかげで人のいない場所を貸し切って、身内だけでのんびりできる。


 海は本当に綺麗に澄んでいた。波は穏やかだし、砂浜には小さな蟹やヤドカリもいる。小さい頃に行った日本の首都圏近くの海とは全然違う景色だ。こんな外国の観光地みたいな場所で泳ぐのは初めてだな。

 みんなで準備体操をしてから、海の浅い部分に浸かってみた。

 海水温度は温くて浸かりやすい温度だった。外が暑い分、海水に浸かっているのが気持ち良い。さっそく海で泳いでみる。


「げほっ、ごほっ、ううぅ」

 溺れる寸前でなんとか膝立ちになる。浅いところで助かった。

「え、鳴神くん、氣が切れた途端に溺れかけた?」

「8層で戦うだけの身体能力があるのに溺れるとは、中々器用だな」

「不器用だから溺れてるんだけど……」

「水泳スキルを取ったばっかりなんでしょ? そのうちレベルが上がれば改善してくるよ、きっと」

 カナヅチだから泳ぐ練習から始めてみたんだけど、息継ぎがうまく行かず、案の定泳げなかった。その後、手足の動かし方や水の浮き方をみんなに指導してもらってやってみるんだけど、中々思うようにいかない。

 息継ぎに水中呼吸のスキルを使えばとりあえずは溺れずに微妙に前に進むんだけど、それも不格好で、ゆっくりにしか進めない。前途多難だ。


 一緒に連れてきた人形が水中で動けるかの実験もしてみた。事前の想定通り呼吸は必要ないようで、ずっと水中に潜りっぱなしでも問題なく動ける。

 一方、体重が重すぎるせいで、こちらも懸念通り、浮かばなかったし泳げなかった。海水の方が真水より浮かびやすいはずだから、それで浮かばないのなら真水では尚更だろう。

「やっぱり人形は浮かばないね……」

「水の底を歩いて移動する前提で、攻略計画を練った方がいいだろうな」

「一人だけ浮いてるとピラニアの的にされるだろうし、人形にしがみついて移動した方がいいのかも」

 同じ人形使いである早渡海くんと、10層の攻略法について話し合ったりもした。


 海で泳いだり浜辺で砂遊びをしたり、時折休憩して飲み物を飲んだりもして、午前中はみんなでめいっぱい遊んだ。

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