第65話 更科くんのダンジョン街講座  その2

「沖縄の特殊ダンジョンの街は、複数あるんだよっ」

 あちらの事情に一番詳しい更科くんによる、ダンジョン街講座の始まりである。

 前にも似たような感じで、色々と教えてもらったな。


「え? 街って、ひとつのダンジョン内にひとつじゃないんだ」

 ゲートで行き先を選ぶ時、富山の特殊ダンジョンだと、「街」とか「街内 中央ゲート」とかしか出ないから、あそこにはキセラの街しかないと思ってた。

(でもそういえば、他の特殊ダンジョンには行った事ないな)

 富山の特殊ダンジョンが偶々ひとつしか街がなかっただけで、他の特殊ダンジョンでは、街1、街2、って感じで表示されるのだろうか。帰ったらゲートで確かめてみよう。


「そういうところもあるし、複数のところもあるんだよ。ダンジョンがこの世界に現れて以降でも、街が新たに作られた例もあるしねっ。最近では、地球からの移住者が中心になって街を作る動きも出てるっていうし。で、沖縄の特殊ダンジョンの1層には、海に面した街が四つある訳っ」

「へえ、そんなにあるんだ」

「更科くん、相変わらずダンジョン街に詳しいね」

 特殊ダンジョンの1層に街が複数あるところもあるって話自体をそもそも知らなかったけど、その他にも、地球からの移住者が新たに街を作る動きがあるって話も初めて聞いた。

「俺、将来は地球とあっちで二重生活するのも良いかなって思い始めてさ。あっちの生活に憧れるけど、ネットがない生活は趣味に不便だしね? それで両方で拠点を作って二重生活できないかなって思うようになったんだっ。それで今、その方面の情報収集してるんだー」

 更科くんの将来の展望は始めて聞いた。いずれあちらに住むつもりなのか。


「それで、あっちに住むにはワールドラビリンスの10層まで到達しないといけないから、攻略にも本腰入れようと思ってさ。これまでずっとソロだったんだけど、ここ最近パーティ組んで頑張ってる最中なんだっ」

「二重生活? そうなんだ? でもそういえば、地球からの移住者の人って地球に戻ってこれるの? 前に街であっちの人がこっちに来れるか聞いた時は、「ダンジョンの思し召し」って、話を濁されたけど……」

 そこが気になって質問した。もしあっちに移り住んだら地球に戻れなくなるとしたら、移住はかなりハードルが高いと思う。でも更科くんは、どちらにも行き来する二重生活を前提に語ってる。


「あ、それねー。地球出身の人が出入りする分には問題ないみたい。地球出身じゃない人がこっちに来れるかどうかは濁されて、答えてもらえないけどね。実際、あっちに移住済みの地球人さんが行き来してるのは確認できてるから、そこは大丈夫っ!」

 更科くんに太鼓判を押されて保証された。

(元の出身がどこかが重要なんだ?)

 システムが何を重視してそんな規制をしているのかよくわからない。

 ただ、あちらに移住してもこちらにいつでも戻ってこられるという話は興味深かった。もしも俺がいつかあちらに移り住むなら、その辺は重要だ。


「そうだったんだ、ありがとう、教えてくれて。話を逸らしてごめん」

 俺がそう言って話を戻そうとしたら、雪之崎くんが今度はおずおずと片手を上げて、言葉を発した。

「あの、また話が逸れちゃうんだけど、更科くん、新しくパーティ組んだんだよね。その人達は、同じ学校の人じゃないの? その人達とお昼一緒に食べたりとかしなくて良いの? 僕らに気を遣ってくれてる?」

 雪之崎くんが心配そうな顔をして質問した。彼としては、更科くんが無理に自分達に付き合ってくれているのではないかと、不安になったのだろう。ぼっち気質だと余計、そういう人の気遣いに敏感になるよな。わかる。


「え、違うよーっ。俺はみんなと一緒にいたくているんだしっ。そものも俺のパーティメンバーって、ここの学校の人どころか、地球人じゃないしっ」

「地球人じゃない? どういう事だ?」

 早渡海くんが眉を顰めて更科くんを見た。まあ、普通には滅多に聞かない単語だよな。「パーティメンバーが地球人じゃない」って。でも俺はその条件で、どこの相手か思い当たった。

「あ、もしかして、ダンジョン街の人達とパーティ組んだの?」

「そう! 鳴神くん、正解!」

 なんか、更科くんには驚かされてばかりだな。まさかあっちの人とパーティを組むなんて。

 それだけ仲良くなったって事だろうけど。そもそもあっちの人とパーティを組めるって可能性自体、これまで考えもしなかった。


「更科くん、あっちで親しい友人作ってるって聞いてたから、もしかしてって思ったけど。そっか、あっちの人達とパーティって、組めるものなんだ……」

「あっちの人達って高レベルの人ばかりだから、こっちは大概低レベル扱いになっちゃうんじゃないの? 良くパーティが組めたね」

 雪之崎くんも、とても驚いている。

 確かにレベル差が大きいと、パーティを組むにも支障が出るよな。下手すると寄生みたいな状態になりかねないし。

 だけど更科くんは雪之崎くんの疑問を、笑って否定した。

「あははっ、流石に高レベルの人とパーティは組めないよ、足手纏いになるだけだもんっ。俺が組んだメンバーは全員俺と同世代で、まだ初心者ダンジョン攻略中で、レベルもそんなに変わらない子達だよっ」

 その台詞で、俺はふと前に聞いた話を思い出した。

(そっか。そういえばアゼーラさんにも娘さんがいるって話を前に聞いたんだっけ。街にも子供がいるんだよな。そんでその子供は当然、レベルも低いのか)

 ダンジョン街に住む住人は高レベルの人達ばかりっていうのがネットの常識だったけど、子供もいれば低レベルの人もいるはずなのだ。


「あちらにも子供がいるのか。ワールドラビリンスの10層まで行かなければ、居住できないと聞いたが」

 早渡海くんが目を見開いて驚いている。

 ダンジョン街で異種族の子供を見かける機会って、そういえばこれまでなかったかも? 小人種族の人もいるから、小さいってだけでは子供とは限らないし。

「数は少ないみたいだけど、子供もいるし、学校もあるよっ。あと、居住権を持つ人との同居って形なら、10層まで行ってなくても住むのはできるんだってさ」

 早渡海くんの疑問に更科くんが答える。資格ありの人との同居なら、資格なしでも住めるのか。まあそうでなければ、街で子供ができたらどうやって育てるのか、扱いに困る事になるよな。

「学校まであるんだ。知らなかった……」

 雪之崎くんも驚いている。


(考えてみれば、子供がいるんなら、学校があってもおかしくないか)

 異種族の人達にだって教育機関は必要だろう。

 もしかしたら幼稚園や学校なんかは住宅街の方にあって、普段地球人がわざわざ足を延ばさないような地区にあるのかも。

 あっちの人にしてみたら、異世界(地球)からの見知らぬ人達が小さい子供を危険にさらさないか警戒もするだろうし。子供の姿を見ないのは、その辺が原因っていうのも考えられる。(でも犯罪があれば即座に飛んでくるんだから、距離は関係ないのかも)

 あとは、子供の数が単純に、とても少ないというのも考えられる。

 地球でもポーションで若返った人には子供ができにくい問題が起きているのだ。ダンジョン街でだって、同じ問題が起きている可能性は高い。むしろ高レベルの人が多いあちらの方が、子供の数が少なくても不思議はない。

(更科くんはそういう住宅街まで遊びに行って、子供世代の相手と知り合ったのかな。だとしたら本当に行動力があるなあ)



「更科くんは、沖縄の街の名前も知ってる?」

 街の名前はゲートに記載されないから、知ってる人に直接聞かないとわからない。

「うん、ゲートで表示される「街1」が「カシュム」、「街2」が「ザディスパ」、「街3」が「オルブ」、「街4」が「クォーシィ」だよ。俺が水中戦闘訓練と海水浴でお勧めなのは、三つ目の街「オルブ」かな」

 やっぱりゲートでは街の個別名は表示されないんだな。それぞれの街の名を地道に住人に聞いて回ったのだとしたら、更科くんの根気と情報収集能力がすごい。

「じゃあ予定は……あ。俺、水中戦闘用のスーツは用意したけど、まだ魔道具のマスクとかランプは用意してないんだ。すぐには行けないかも」

 みんなで遊びと訓練に行く日の予定を立てようとして、まだ装備の準備が終わってない事に気づいた。成り行きとはいえ自分から誘っておいて、段取りが悪すぎる。どうしよう。

「全部を用意する前でも、訓練自体はできるだろう。俺も先日ようやく9層に入ったばかりで、10層の用意すべては終わっていない」

 焦っていると、早渡海くんからフォローされた。

「え、そうなの?」

「そもそも鳴神が泳げないなら、おそらく最短でも数回は訓練を行わなければ、ものにならないはずだ。最初はスーツがなくてもいいだろう。普通に泳ぐ練習ならば問題ない」

 きっぱりと断言された。……そうか、水中訓練が一回で終わるはずないか。そりゃそうだよな。これまで何回も海水浴やプールで泳ぐ練習をしてるのに、ずっと泳げないままなんだから。スキルを取ったからって、一回で訓練が終わる訳なかった。


「僕はまだスーツも何も準備してないから、今回は普通の水着で参加するよ」

 雪乃崎くんもそう言う。そうか、彼は今7層だって言ってたから、まだ水中用装備を用意してなくて当たり前だ。自分だけじゃなく、みんなの準備具合の事も考えてなかった。

「俺もスーツは持ってないなー。俺はこの前パーティを組んでようやく7層に入ったばかりだから、そろそろ水中装備の準備も始めないと。……でも初回はみんな、普通の水着でいいんじゃない? 本格的な訓練は、次回かその次あたりからって事でさ」

 更科くんは6層攻略中だって前に聞いたけど、パーティを組んで7層まで進んだようだ。彼は趣味に重きを置いていたからこの中で一番攻略速度が遅かったのだけど、パーティを組んだなら、今後はソロの俺達より攻略速度が上がるかもしれない。

「そっか。なら今週の日曜に初回でいいかな? みんなの予定はどうかな」

「俺は日曜で問題ない。その次は期末テストが近くなるから、テスト明けの方が良いだろう」

「僕もそれで良いよ」

「俺も!」

 それぞれが頷いた。

「じゃ、次の日曜で決定だねっ! わーい、楽しみーっ」

 更科くんが無邪気に喜びの声を上げた。


(水着で海水浴……今回はスーツなしか。まず泳げないと話にならないもんな)

 泳げるようになるかは不安だけど、初めて友達と遊びに出掛けるのだ。(前に早渡海くんと更科くんに店の案内はしたけど、あれは遊びとはちょっと違う気がする)不安もあるけど、純粋に楽しみでもあった。

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