第64話 水中スキルとペイントスキル購入、友達と海水浴計画?

 ヒツジ戦でスクロールがドロップした。

(そろそろスクロールがドロップするのも珍しくなくなってきたな)

 勿論、収入的にはあった方が断然嬉しい。でももう、「これで何度目のドロップだ」と、一々数えなくても良いか。先に進むにつれてドロップ率は上がり続けるのだろうし。

 ちなみに今回ドロップしたのは「アイスジャベリン」の魔法スクロールだった。特に希少なものでもないので、そのまま買い取り窓口で売却し、結構良い値段で売れた。


 予約していた水中装備一式も無事に購入した。

 そして今日は10層に備えて、水中系スキルを購入する事にした。

 水中戦闘の訓練をするにしても、まったく泳げない状態が続くと精神的にキツイ。自分の運動神経のなさを見据えて、少しでも早く水中系スキルを入手してレベルを上げて、泳げるようになる確率を上げておきたかったのだ。


「こんにちは」

「おう、トキヤ坊か。ああそうだ、ペイントがひとつ見つかったぞ」

 スクロール屋の店内に入ったところで、ガイエンさんから朗報が。

「え、本当ですか!」

「収集癖の連中が持ってる中でも、普段はあんま通えないような僻地にある倉庫にあってな、見つけるまでだいぶかかったがな」

 収集癖の人達は、各自で数十個ずつ倉庫を所持しているらしい。一体何人いるのか知らないが、全員分の倉庫を合わせたら百を超えそうだ。その中には、交通の便が良くない倉庫もあるらしい。


「それ、俺が買っても良いんですか? ものすごい希少なスキルですよね?」

 効果はともかく、それだけ見つからないという事は、数がとても少ないスキルのはず。俺が買わせてもらっていいんだろうか。

「構わねえよ、どうせヤツらも集めるのが楽しいだけで、溜めた在庫が減ったって気にしねえんだ。事前に許可はもらってるし、金もちゃんと払ってるしな」

「では、ペイントスキルもお願いします」

(これは黒檀に使わせるのがいいよな。斥候はその場所に応じて目立たない色になれた方がいいだろうし。本当は全員分欲しいけど、流石にこれだけ見つからない希少スキルで、それは高望みしすぎか)

 俺はペイントを購入して黒檀に使わせると決めた。


「ペイントの他に、水泳スキルひとつと水中呼吸スキルひとつ、圧力耐性スキルひとつ、それと水抵抗軽減スキルを六つください」

 更に、今日の本来の目的であるスキル名を列挙する。

 人形達は口も肺もないから呼吸してない。なので水中呼吸は必要ないはず。そして体の表面が金属質なのもあって、体重がわりと重い。その為泳げるかどうかも疑問がある。今度水中訓練の時に連れていって、水中活動に問題ないか確かめてみる予定だ。

 ただ、他はともかく水抵抗軽減は必要だと思って、今日はスクロール屋に人形全員を連れてきている。


「10層の準備か? 10層は深いところでも3、4メートル程度だから、圧力耐性が必要な程じゃないと思うが?」

 ガイエンさんから怪訝そうに質問された。まあ、ネットでも10層のお勧めスキルに圧力耐性は載ってなかったし、普通に考えるならいらないのだろう。

「減圧症って怖いって聞いたので、念の為にです。圧力耐性があれば減圧にも耐性がつくって書いてあったので」

 減圧症で体が異様に膨らんでしまった人の写真を見て、こんなふうになるのは怖いと思ったので、スキルで予防できるならした方がいいかと思ったのだ。

 俺のその言い分に、ガイエンさんは眉を顰めて苦い顔をした。

「耐性はあくまでも、「ある程度耐える」だけで絶対に防ぐってもんじゃねえから、過信はしない方がいい。減圧症だって生きてりゃポーションで治療できるが、死んじまえばそれまでだ。深いところに潜る時は、きちんとした知識と対処策がないとヤバいぞ。ダンジョン内なら死んでも蘇るが、外じゃそうはいかねえんだ」

 真顔で忠告されてしまった。どうやら、減圧症に安易にスキルで対処しようというのは、とても危険な行為だったようだ。


「今のところ、外で海に潜る予定はないですが」

 ダイビング趣味はない。圧力耐性もダンジョン内での使用を考えて取ろうとしただけだ。

 減圧症が起こるのは水深8メートル以上だったか。ダンジョン内でもそこまで深く潜水するつもりはない。今後ダンジョンにそういうフィールドも出てくるかもしれないが、事前に下調べして、必要ない限りは避けると思う。

 初心者ダンジョンは一種の洗礼として水中攻略を推奨しているし、今後も必要があれば対処するけど、自分から水中フィールドを選ぶ程水中に拘りはない。むしろ避けられるなら避けて通りたい。

「なら圧力耐性もいらねえと思うぞ? 耐性スキルは数が多いんだ。必要なもんから厳選して取らねえと、氣の運用もできなくなるぞ」

「そうなんですか、……わかりました。レベルに応じて少しずつ耐性系スキルを増やしていこうと思っていたんですが、どれから必要になるか、もっと考えてみます。確かに手当たり次第取ってたら、本当に必要な耐性が欲しい時に、氣が足りなくなってしまいますね」

 レベルが上がったら適当に耐性系を増やしていこうというのは、甘い考えだったようだ。もっと真面目に次に潜るダンジョンの情報を調べて、必要なものを考えて選ぼう。


(ガイエンさんが、ただ客に言われたスキルをそのまま売るだけじゃなく、忠告してくれる人で良かった)

 売った方が儲けになるのに、わざわざ忠告して止めてくれたのだ。本当に感謝しないと。

 そんな訳で圧力耐性は見送って、その他を購入した。

 店内でさっそくスキルを使う。俺は水泳と水中呼吸と水抵抗軽減、黒檀が水抵抗軽減と人形専門スキルのペイント、そして他の人形達は水抵抗軽減を使用して、無事に入手した。




 9層のウシは、突撃が直撃すれば大怪我や死亡の危険もあるが、魔法も使ってこないし、群れもしないモンスターだ。ネットで調べたところ、9層の推奨スキルは特になし。魔法による結界などがあれば便利、といった程度の記載だった。

 結界魔法は次の精霊を聖属性にすれば入手可能だ。でも聖属性の結界がなくても同様の効果は得られるから、そこまで心配していない。石躁のストーンウォールや土操作による落とし穴、花琳による蔦で足を絡めて突撃を止められれば、ウシを倒すのはそう難しくないのではと思っている。8層で充分にレベルを上げてから挑む訳だし。


 むしろ心配なのは、10層の水中フィールドとピラニアだ。

 10層は地下鍾乳洞の洞窟空間に地底湖がある地形だ。水面から天井までは1メートルないくらい。水深の深さは3、4メートル程度。低い天井の鍾乳洞が邪魔になるので、魔法で空を飛んで移動したり、水面をボートで移動するのは無理だという。

 また、鍾乳洞はこれまでのフィールドと違って明かりもなく暗いので、灯りの準備も必須。初心者ダンジョン最後の出口は階段ではなく、出口専用の転移魔法陣が水中の地面のどこかにあり、それを見つけて無事に戻ってこれたら攻略完了となる。


 ただでさえ水中というだけでも難易度が高いのに、ピラニア型モンスターの大群が敵だ。ひとつの群れに何匹といった区分もなく、周囲にいる敵が一斉にこちらに襲い掛かってくる。

 倒しても時間をかければリポップしてしまうので、とにかくひらすら倒しながら先に進むしかないらしい。

 ……正直、話に聞くだけでも厳しいと感じる難易度だ。 中には10層を攻略せずに他のダンジョンへ移行する人もいると聞く。

 だけど、下級以降のダンジョンでも水中フィールドはあるのだ。ここで水中を克服しておかないと、あとが厳しくなるだけだ。

 この先もシーカーを続けていく為に、なんとしてもここを通過したい。


 10層の推奨スキルは水中呼吸と水抵抗軽減。俺は泳げないから、それに加えて更に水泳も取った。

 水中装備一式は買ったし、あと必要なのは、魔道具屋で水中でも使えるランプを人形の分と予備も含めて10個と、水中呼吸用の魔道具を予備含めて3つ購入する事かな。


 救いは人形達が硬質化スキルを持っている事。表面が金属質なら、おそらくピラニアの牙でもダメージを受けないと考えられる。

 なら、人形にまず水中を先行してもらって出口の魔法陣の場所を先に探してもらった上で、最短距離を俺を連れて移動してもらえば良い。

 その移動こそが一番の難所となるだろうけど、それも人形たちに周囲を守ってもらいながら行ける分、一人より心強い。

 8層でもそうだったけど、10層でも人形達が頼りの綱となるだろう。




(水中戦闘訓練っていうと、更科くんが前に教えてくれたな。確か沖縄の特殊ダンジョン内の街に、そういう施設があるって。調べて行ってみようかな)


「今度沖縄にあるっていう、水中訓練施設に行ってみようと思ってるんだ。戦ってるのはまだ8層だけど、そろそろ泳ぐ練習をしておきたくて」

 最近、10層の準備に取り掛かっていた関係もあって、お昼時の雑談に、そんな話をしたところ、更科くんがぱっと顔を上げてこちらを見た。

「それなら俺、案内するよっ! っていうか、どうせならみんなで一緒に行かない!?」

 更科くんが笑顔になって、勢いよく片手を上げて提案した。

「ツグミ、鳴神は遊びに行く訳じゃないんだぞ」

 そんな更科くんを、早渡海くんが窘める。確かに更科くんのとても期待した楽しそうな様子を見ていると、遊びにいくって誤解しているかのようにも見える。

「それはわかってるけどっ、でも訓練でも、みんなで行ったら楽しいかもだしっ」

 更科くんは早渡海くんに言い訳した。


(そういえば、これまで4人で出掛けた事って一度もなかったな)

 俺はふと思った。前にスクロール屋に案内した時は3人だったし、早渡海くんのお宅にお邪魔させてもらった時は2人だった。

「それなら、みんなの都合が良ければ、先に少し浜辺で遊んでから、訓練施設に行かない? 確か沖縄の特殊ダンジョン内って、海水と淡水、両方の訓練施設があるんだよね? なら海水浴に向いた浜辺とかもあるんじゃないかな?」

 誘いの言葉がさらっと口から滑り出てきて、自分で自分にびっくりした。友達を遊びに誘うなんて初めてだ。それがこんなふうに気負わずに、自然に言葉が出てくるなんて思わなかった。


「え! いいの!? 鳴神くんや雪之崎くんはダンジョン攻略一直線って感じだったし、カミルは習い事で忙しいから、遊びに誘うのは遠慮してたんだ! あるよ、浜辺! あっちはすごい水が綺麗だし、海水浴場も整備されてるし、もし溺れて死んでもゲートに戻されるから事故の心配なしで安全に遊べるし、すごく良いよっ!」

 更科くんが歓喜している。立て続けに海水浴場の説明もされて、その食いつきように、彼がずっと遠慮していたのを知った。

 ずっと彼に気を遣わせてしまっていたと、ようやく気づく。更科くんはきっと前からみんなで遊びに行きたいと思っていて、だけど俺達に合わせて我慢していたのだろう。


「そうだったんだ。ごめん更科くん、これまでずっと気を遣わせて……。そもそも俺、泳げないから、まず水泳の練習から始める必要があるんだ。それでどうせだったら、浜辺でみんなで遊びながら練習したら、楽しくていいかなって思ったんだけど。……その、みんな、迷惑だったら遠慮なく断ってくれていいから」

 背中に微妙に汗を掻く。改めて遊びに人を誘うと思ったら、変に緊張してきてしまった。だけどそれを打ち消すように、更科くんがすぐに参加を表明してくれた。

「俺は勿論行くよっ! わーい! 遊びにいくの楽しみだなっ!!」

 更科くんのテンションが高い。彼は人懐っこいから他にも友達がいそうなものだけど、それでも普段俺達と一緒にいる事が多い。多分彼なりに何かあるんだろう。


「俺も行こう。水中訓練はどうせ必要だ」

 早渡海も参加を表明してくれた。

「それなら僕も行こうかな。両親からも、少しはダンジョン以外に目を向けろってよく説教されるし。たまには友達と遊ぶのも良いよね。水中戦闘訓練も、どうせいずれ必要なんだし」

 最後に雪乃崎くんも参加を表明。初めて4人で遊びに出掛ける事になりそうだ。

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